第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その15


 ああ、ドワーフの戦友たちの死体が転がっている。敵兵とも折り重なるようにして。死の密度が高まっているな。正面突撃と正面突撃の結果だからね、本当に、ヒデえ有り様だよ。


 しかし……オレはもう冷静だ。だから?この戦況を把握し始めているのさ。この戦は、やはりオレたちの勝利は確定しているぞ。騎馬の群れが雪崩込んでくる量が激減したからな。間違いなく、ロロカ先生たちのおかげだ。


 ディアロスのユニコーン騎兵隊は、きっと『北』から『南西』に向けて切り込んできてくれたんだな。アインウルフはゼファー対策に、弓隊を両翼に置いている。


 ロロカ先生の賢い知性は見切ったんだよ。その攻略法をね。『北』の弓隊を突破して、騎馬隊を攻撃する。そうすることで、弓兵を蹴り殺しながら『射撃されることもなくなるのさ』。第六師団の騎馬隊に接近することで、彼らを『人質』にも取れるからだよ。


 敵の弓隊と騎馬隊のあいだに入れば?


 弓隊が、ユニコーンを狙うのをためらうだろう。なにせ、高速で走るユニコーンを狙った矢が外れたら?第六師団の騎馬隊にガンガン刺さりかねないからな。ユニコーンは、矢を外すためにジグザクに走ることもするしな。


 敵の懐に入り込むことで、ユニコーンのほぼ唯一の弱点である『射撃されること』を防いだんだよ。そして、加速したユニコーンたちは、突撃を始めていた第六師団の騎馬隊を背後から襲ったという流れだ。


 だから、矢は止まり、ユニコーンたちに背後から襲われた帝国騎馬の突撃は止まった。


 さすがは、オレの副官2号さまだ。『先』の読める女性だからね。


 彼女は、オレたちの強度を、第六師団の突撃が凌駕する可能性を、ちゃんと見ていた。ガンダラが取るであろう攻撃的な作戦の裏を選んだのさ。ユニコーンを『壁』にして、オレたちの消耗を防ぐつもりだったわけだ。


 軍師候補のマリー・マロウズちゃんが獲得すべき能力のひとつだな。『守備的性格』ってのは、ロロカ・シャーネルの思考技法のことを言うのさ……おかげで、死ぬドワーフの数が三分の一ぐらいにはなったよ。


 ロロカ先生たちはユニコーンで突撃を始めていた騎馬隊を、斜め後方から切り裂くように襲撃したんだろうな。最高のタイミングだ。出来過ぎだね。


 今日の神さまは珍しく公平だったらしい。『幸運』を得たのは、アインウルフの独断だけじゃなかった。オレたちにも、ちゃんと幸運は来ていたのさ。


 ユニコーン騎兵を相手に、軽装騎馬では有利なところは消失する。スピードで劣るのだから、有利なところは消えて無くなるな。さらに言えば、斜め後ろから襲われるんだから、不利なことしか存在しちゃいない。


 だから、もうこれ以上ここに敵の馬は流れてこない。


 連中、囲まれているのさ。


 北からのユニコーンに突撃を止められただけではない。南からはジャスカ姫夫婦とベヒーモス騎兵も馬を潰しにかかっているだろうからね……。


 止められた突撃の横っ腹からベヒーモスたちが襲った。ロロカとジャスカ姫に率いられた強者どもは、馬群を挟み込むようにして取り囲んだよ。殲滅は始まっているのさ。


 いくら精神力や命を消費することで能力を底上げしたところで、絶対の力量差が覆ることなど、せいぜい一瞬だ。それを持続できるのは、極めて少数―――おそらく、マルケス・アインウルフとアレクシスのコンビだけだろう。


 もう、残りの馬は気にしなくてもいい。ロロカ・シャーネルとジャスカ・イーグルゥ姫たちが、血祭りにしてくれているだろうからな……。


「……あとは、この目の前の大混戦を、平らげるのみだ」


 あの『特別なコンビ』と、瞬間的な突破に参加した騎馬隊と、疲れ果ててきている歩兵どもだけが、オレたちの敵だ。


 アインウルフたちの突破に触発されて、敵の士気は高まった。そして、突破された事実にドワーフ戦士は動揺して、その力を『落としていた』……そう、過去形だよ。


 確かに混乱はあったが……騎馬の雪崩込みが止まったことで、ドワーフの戦士たちも冷静さを取り戻して戦え始めている―――あとは、アインウルフさえ仕留めれば、敵の士気の高さも消失するだろう。


 アインウルフ、ヤツを仕留められたら、この戦は終わる。


 ……それさえ確信できたら、ただ急ぐのみだ。


 オレは目の前の敵兵どもの背中を切り裂きながら、シャナン王を目指す。


 ん。ゼファーが見えた。その背にはリエルがいた。ふたりは、オットー・ノーランとギュスターブ・リコッドと組んで騎馬隊を受け止めているのか。


「死ねええええ!!バケモノがああああああッッ!!」


「……その呼び名は、好きではありませんね」


 オットーが騎兵の槍を三つ目で『見切る』。突撃する馬から放たれた高速の突き……それでさえも、彼の目からすれば無力なものだった。突き出された槍をギリギリで躱しながら、四節棍をしならせる。


 四節棍が槍持つ腕に絡みつき、オットーはそのまま敵兵を馬の背から引きずり落としていた。落馬の衝撃で、絡み取られていた利き腕が骨折し、肩は脱臼と来たか。それらの負傷は偶然の結果などではなく、オットーの技巧だった。そうなるように仕向けて、そうなったのさ。


 オットーは槍を持ち上げられない敵兵に近づいていく。その静かな殺意に、帝国兵士は怯えてしまう。大きな声で、叫んでいた。


「こ、殺さないでええええええええ!?」


「……私も、甘いですねえ」


 そう言いながら、オットーは敵兵の左脚へ靴底を叩き込み、その骨をへし折っていた。くの字に曲がる脚の放った激痛に、彼はまた叫んだが。次の瞬間、オットーの棍が彼のアゴをかすめるように殴り、失神させていた。


 ああ。とても慈悲深い男だ。殺さなかったな。


 オットー・ノーランは静かに仕事を継続する。


 四節棍を構えたまま、三つの目で敵を威嚇する。ああ、騎馬隊だろうと何だろうと、彼の守る場所を越えていくのは難しいよ。


 そして、静かなる殺意のとなりには、激しい殺意が君臨していた。


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』


 ゼファーが叫び、炎で大地を焼き払う。敵兵数名がそれに呑まれていった。上手く逃げた者を、許してやれるほど、帝国兵士を憎むリエルの矢は甘くないのだ。


「私の矢から、逃げられると思うなよ、帝国の兵士どもッ!!」


 ゼファーの背にはリエルがいて、矢で騎兵を仕留めまくっていた。ああ、彼女の技巧から逃れられる強者など、そうはいない。


 ゼファーの背に載せまくった矢筒のおかげで、彼女の矢が尽きることはないしな。ゼファーの炎に尻尾と噛みつき。されに、『マージェ』の矢の援護が加わっているんだ―――まるで砦さながらの強さだな。


「ここは、通さない!!オレは、グラーセス王国のギュスターブ・リコッドだ!!」


 ギュスターブも二刀流に戻り、元気に跳ねながら敵兵を斬り殺していく。


 ……そうか、あの刀は、戦死したドワーフの死体から借りたのかよ。戦友の刃と共にあるギュスターブは強い。


 ああ強靱なユニットだ。


 彼らと共にいるドワーフの戦士たちも、オットーから習った対騎馬用の戦槌の技を完璧に使いこなしている。横っ跳びしながら、馬上槍を戦槌で打つのさ。ドワーフの腕力なら、それで槍は砕けるし、振り抜ける強者ならば、馬の頭をも砕く。


 助太刀は必要が無さそうではあるが……敵の勢いを消すためにも、オレは魔力を使うことを選ぶ。ここにミアがいないことにオレは気づいているぞ?ミアが、影のように走りシャナン王の救援に向かっているのなら、信じられる。


 すでに我が妹、ミア・マルー・ストラウスはシャナン王のそばに駆けつけているはずだ。ならば……オレの魔力は、ここで使った方が、戦死者を減らせるというものだ!!


「『地に潜む怒れる炎の大蛇よ、その猛る誇りを帯びた灼熱の牙で、我が敵を貫け』ッ!!―――『フレイム・ナーガ』ぁあああああああああああッッ!!」


 血管を流れる血液が、弾けるように魔力を解き放つのが分かる。オレの影が赤熱を帯びて、血に濡れた大地をさらに赤く焦がすのだ。


 ああ、七つの頭をもつ、炎の大蛇が、生まれるぞ?


 シュバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!


 影から地を走りながら焼く炎の波が走り出す!!土を焼くにおいをさせながら、その七つに分かれた長く尾を引く炎の大蛇が帝国の鎧を着た騎馬兵たちを足下から襲うのさ。


「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」


「な、なんだあああああ!?」


「炎が、オレを、馬をおおおおおおおお!?」


「く、くわれるううううううううう!?」


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああッ!!」


 馬の脚を炎が焼きながら走って登り、兵士の脚を伝って、その身を焼いていく。七つの騎馬だけが確実に炎に包まれる。ああ、やはり……この魔術は、『呪眼/ターゲッティング』との相性が最高だね?


 一団が焼き払われたのではなく、無作為に、突然足下から出現した炎に巻かれるように焼け死んでいく。そんな死に方を晒す仲間を見たとき、帝国兵の猛る心に『恐怖』と『疑問』が生まれるのさ。何が起きたか、彼らは理解できないはずだ。それでいい。


 オレが魔術を放ったことに気がつける魔力感知能力の高い者たちは、この戦場に多くいない。オットーにはバレている。リエルにも、ゼファーにもね?でも、他の連中は気づけなかった。ドワーフは戦士がもっぱらで、使う魔術も『雷』が多いし、傾向としてシンプルな術を好むようだしな。


 『地を走る炎の蛇/フレイム・ナーガ』のように、戦士の死角から迫る術を研究するような趣味はドワーフたちにはないだろう。彼らまで驚かせてしまってかもしれないな。


「なんだ!?きゅ、急に燃えてしまったぞ!?『外国人』の病気なのか!?」


 ……ああ、想像以上に理解されていない。


 変なデマが生まれそうな言葉を、ドワーフたちの勇者・ギュスターブくんが叫んでいた。周りのドワーフまでが動揺するようなことを、言うべきではないな―――。


「ギュスターブよ、病気ではない。オレだ!!」


「え!?サー・ストラウス!?」


「うむ!!いい炎を呼んだな、ソルジェ団長!!」


 竜の背にいるリエルが、敵を射殺しながら、オレのことを褒めてくれた。おかげで、ギュスターブくんが納得のいったような顔になる。


「なるほど、今のはサー・ストラウスの魔術でしたか!!」


「そうだ!!……おい、聞け!!帝国兵士諸君よ!!」


 ……さあ、経営者としての話術スキルを見せてやるぞ?


「我が名は、『魔王』ソルジェ・ストラウス!!勇敢な君たちに、『呪い』をかけた!!君たちの馬の『影』を踏めば?踏まれた馬からは炎が噴き出し、君らの体は炎に包まれるぞ!!」


「な、なにい!?」


「ま、まさか、そんなことが!?」


「フン。疑うのなら、試してみるといい!」


 オレの『ウソ』を気にしてしまう騎馬の群れを、オレは竜太刀を振り回しながら突破していく。背後から迫ろうとした歩兵を、リエルの矢が射抜いてくれたぜ。


 そして、ゼファーの足下にたどり着く。ああ、仲間に会えたの久しぶりな感覚だよ。戦場での孤独は、なんとも長く感じるね。正妻殿は、猟兵スマイルでオレをまた褒めてくれる。


「いいウソを吐いてくれたな?」


「ああ。言葉ひとつで、ああも混乱してくれるのは、ありがたいね」


「……ああ。おかげで戦いが楽になるぞ。ここは、私たちに任せろ!!ミアが向かってはくれているが……アインウルフとあの馬は、どこか異常だ」


「分かっている。ここを頼むぞ、リエル、ゼファー、オットー!!」


「うむ!!」


『うん!!』


「お任せ下さい、団長。ここは、我々で止めてみせます。戦の流れは決まった。むだにドワーフたちの命を失わせるわけにはいきませんからね」


「ああ!!まかせたぞ、みんな!!」


「……サー・ストラウス!!」


 なんだ。ギュスターブ、別に、お前を無視したわけじゃないんだぞ?ただ、急いでいるからで―――。


「……オレは、ヤツらの影を踏んでも、燃えないのですか?」


「……ああ。燃えない」


 ただのハッタリだからな。呪いなどかけてはいない。連中が馬の影を踏んだところで燃えやしないのさ。君は、本当に面白い素材だな。純粋で、誰よりも騙されやすい……楽しませてくれるぜ。


「燃えないのか!……なるほど、わかりました!!なら、安心!!」


「よし!!ならば、敵をぶっ殺してこい!!王は、オレに任せて、暴れてくるんだ!!」


「イエス・サー・ストラウスッッ!!」




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