第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その16


 ―――そうさ、ソルジェの思った通りに、ミアはシャナン王のそばにいたよ。


 戦場を高速で駆け抜ける小さな妖精は、敵のあいだをすり抜けた。


 王さまあああああああああ!!ミアは叫びながら、アインウルフにナイフを投げる。


 それに反応したのは、アインウルフではなく、アレクシスだった。




 ―――アレクシスがその身を跳ね上げて、ミアの必殺のナイフを躱してみせる。


 ミアは屈辱に奥歯を噛むが、アインウルフはそのとき、馬の背から跳ぶ。


 目指したのは、ただただシャナン王だけだ。


 利き腕の動かないシャナン王は、左腕で『戦槌・バルキオス』を動かした。




 ―――振り下ろされて来たアインウルフの槍を、バルキオスが受ける!!


 利き腕では無いにしろ、ドワーフ王の筋力が、人間などに負けるものか!!


 シャナン王はそう信じていたが……アインウルフの筋力は、想像を超えていた。


 王は、獣のような殺意を放つアインウルフを見て、彼の覚悟を見るのだ。




 ―――貴様、『雷』を……腕だけでなく、『全身』に……だと!?


 そうだった、アインウルフは決死の覚悟だ。


 王の首さえ取ればいい、ただ、それだけしか考えていないからね。


 全てをそれに捧げる覚悟だ、そう、命も体も……全てをだ。




 ―――それは奇しくもドワーフ王族の、奥義である『雷帝斬り』に酷似する。


 『チャージ』は難しい魔術ではない、才あるものなら誰もが使える。


 だから、アインウルフも当然、それを使うことは出来るんだよ。


 普通は『腕のみ』だが、今の彼は迷うことなく『全身』に『雷』をまとう。




 ―――無敵の剛力が、彼には宿っているよ。


 だが、人間であるアインウルフが、全身に『雷』をまとえば?


 その肉体は力の反動で壊れてしまう、場合によれば命さえも危うい。


 ……貴様、死ぬ気か、アインウルフ!?




 ―――ええ、シャナン王よ、私は……それほどまでに、名誉が欲しいッ!!


 彼も武術の天才ではある、猟兵の水準には達してはいないが……。


 それでも、この死をも厭わぬ『覚悟』の力は、見事なものだ。


 私に……アレクシスに、名誉を、くれよッッ!!




 ―――ぐうお!?……まさか、これほどまでの力を出す……のかッ!?


 ついに、シャナン王の手からバルキオスが奪われていた。


 巨大な戦槌が戦場の空を飛び、グラーセスの血に濡れた大地へと落下していた。


 シャナン王は、自分の指が力に負けただけではないことを知る……。




 ―――戦槌を握っていたはずの指が、焦げていた。


 賢明さが、その仕組みを瞬時に解き明かしていた、アインウルフの術の『仕組み』を。


 ……お主、『雷』を、完全には、操れないのか?


 ……いいや、そもそもお前には、魔術の素質そのものが、欠けている。




 ―――そうだ、魔術とは『才能』さ、『炎』、『風』、『雷』、生まれ持った素質で決まる。


 無いものには、まったく使えないんだよ?


 たとえば、ジャン・レッドウッドは、それらの属性の才をどれも持っていない。


 だから魔術を使えない、それは人間族には珍しいことではないことだ。




 ―――マルケス・アインウルフの『血統』が、彼に与えたのは不完全な『雷』だけ。


 高身長も、運動神経も、甘いマスクも、知性も、闘争心も、地位と財産も。


 あらゆるものを持つ彼の、唯一の欠けたところは魔術の才さ。


 だからこそ、この負けず嫌いは『強さ』を求めたのかもしれない。




 ―――馬の『血統』をデザインして、至高の軍馬を産みだしたのも、それゆえか?


 まあ、馬については楽しむためという理由が、大きいね。


 彼は、心底、速い馬を愛しているだけなんだよ。


 それとは……別だね、己に対しての完璧主義には、道楽も遊びも笑顔も無かった。




 ―――武術を学び、馬術を極め、彼は欠けた才を補うに値する『強さ』を得た。


 それでも、彼は『そこ』が気にくわなかった、自分に『欠けた雷』があることが。


 普通は、才が無いなら魔術など、とっととあきらめればいいものだ。


 『属性』の才はなくても、魔力は誰にでもあるのだ、技に魔力を込めればいい。




 ―――だが、妥協しないエリートは、『欠けた雷』を求め、鍛え続けていたよ?


 ひとつの術でいい、何か、『雷』の属性にある魔術を使ってみたい。


 『ガンジス』……彼の友人の奴隷にして、彼の『師匠』で『親友』さ。


 『雷』を豪腕に宿す男に、アインウルフは教えを請うた。




 ―――ガンジスは答えてくれた、『チャージ』ならば、使えるかもしれない。


 『欠けていること』が、むしろ幸いする可能性もあるだろうな。


 『雷』を筋肉に蓄え、筋力を強化する術だが……『暴発』の危険性はつきものだ。


 高めるほどに、器をも砕きかねなくなるのが、この魔術の限界ではある。




 ―――だが、『欠けた雷』は、つねに器から雷がこぼれてしまうのだ。


 こぼれてしまうのだから、魔力を高めすぎることはない。


 『暴発しないチャージ』……それを、貴方の才ならば、実現が可能だろう。


 もちろん、かなり確率は低いことだ……それに、リスクがあまりにも多いがな。




 ―――アインウルフは、それでもガンジスの言葉を喜んだ。


 それから、十年が経つが……アインウルフはあの日から鍛錬をしない日はないのだ。


 戦場にいる、この日の朝でさえも、『欠けた雷』を指に走らせ、槍を素振りした。


 シャナン王は、その努力を感じ取る、賢い王の目は、ヒトの歴史をも探るのさ。




 ―――見事だ、片翼の鳥が……空に遊ぶ術を見出したのかね。


 そういうことだよ、シャナン王……私の『欠けた雷』は、この形状へと至ったのだ。


 我が身の『雷』は常にこぼれ出てしまう……その『雷』は、私の肉を裂き、血を焼く。


 だが、この血へと変わり流れ出る『雷』のおかげで……私は『雷』を友に出来る。




 ―――悪友すぎるぞ、それは……君自身を焼き尽くしながらも……剛力を与えるのか。


 執念の業だとシャナン王は感心する、自分たちドワーフが『雷』を使える理由?


 アインウルフとは異なるのさ、『雷』の負担に『耐える』だけの質を体が持つだけだ。


 たんに『雷』を許容出来る、容れ物が大きいだけのこと。




 ―――小さく穴の開いた器に、『雷』を注ぐ?


 たしかに、『雷』があふれるという『暴発』はしないだろうが……。


 常にこぼれた『雷』が、その肉体の全てを焼くことになるだろうよ。


 その身を供物にしながらも、ここまでに至ったのか。




 ―――シャナン王の戦士としての魂が、思わずアインウルフを尊敬してしまう。


 だから、この一撃で死ぬのも悪くはないと考えている。


 死んでも、頼りになる姪っ子がいるのだから、王家は安泰だろうからね?


 それに、打ち合ったときに『雷』を浴びてしまい、体は動きそうにもないのだ。




 ―――王さま!!あきらめちゃ、ダメだよ!!


 ミアがそう叫び、自分の服を噛むアレクシスから、一瞬だけ逃れるのさ。


 そして、自分に残された最後のナイフを投げつける!!


 ナイフが狙ったのは?……アインウルフが掲げた槍だった。




 ―――あの槍は高純度ミスリルさ、でも、バルキオスとの衝突で、かーなり痛んでいたよ。


 ミアの鋭い瞳は、その真実を見逃さなかった。


 槍にぶつかり、ひび割れが大きくなる……王は、ドワーフの『正拳』を放った。


 拳の骨が砕けつつ、アインウルフの槍を殴りつけていた。




 ―――王の指が砕け、アインウルフの槍も、砕けていた。


 ああ、これで両腕が動かんぞ?黒猫ちゃんが可愛くて、がんばってしまったのだが。


 アインウルフの蹴りが、シャナン王を蹴り飛ばした。


 まったく、この男は?蹴りまで、『雷』を帯びているのか……そして、血もな……。




 ―――赤い煙が、アインウルフの肉体から放たれている……。


 ミアもシャナン王も、その『意味』を知っているのさ……だから、驚きを禁じ得ない。


 血が『欠けた雷』に焼かれて、蒸発しているのだ……よく生きているよね?


 『最強の戦士』・ガンジスの言葉は真実だったよ、その極地はリスクだらけさ。




 ―――『ブラッディ・チャージ』……私が唯一使える、魔術だよ。


 マルケス・アインウルフはそう語り、その血まみれの指がバルキオスに伸びる。


 ドワーフ族の至宝、バルキオス……悠久の歴史をもつ聖なる戦槌。


 その至宝が、今、初めてドワーフ以外の男を認めていた。




 ―――アインウルフが『戦槌・バルキオス』を持ち上げてしまう、片腕だけで。


 人間族の筋力の限界を超えた能力だった、アインウルフは王へと迫る。


 ミアがどうにかアインウルフを殺そうと、彼に接近を試みるのだが……。


 背後から襟元をアレクシスに咥えられて、身動きが取れなくなった。




 ―――動物虐待は好きではないが、この馬から殺そう……ミアが決意に瞳を細めた時。


 その大いなる男は、敵兵を蹴散らして、この場へとやって来ていた。


 巨人族の戦士、ガンダラだ、鈍足の彼は無数の敵に囲まれていたが突破してきた。


 体中に深い傷があった、慎重さを捨てて、無茶な突破をしてきたのさ。




 ―――軍師として、依頼主を戦死させるわけにはいかないのだ。


 彼の誇りが、それを許さない、彼は重傷の体で戦場を走り、王の前に踊り出る。


 ハルバートを構えるのさ、アインウルフは、その血まみれの巨人を見て、連想する。


 ……ガンジスと……同じ、顔……?




 ―――いいえ、私は、ガンダラですよ、マルケス・アインウルフ。


 なるほど別人か、瞳が違うようにも思えるが……声までもそっくりだ。


 懐かしに背中を押されたアインウルフは、ただの直感のままに訊いていた。


 帝国軍第一師団に……君の『兄』はいないかね?




 ―――ガンダラは、しばしの無言を使って、アインウルフの言葉の意味を探る。


 そして……ガンダラは理解する、この男にあるのは、ただの好奇心だけ。


 だから、無言を止めて、答えてやるのさ……。


 ……いますよ、ガンジス……見間違うほどに似ているのなら、それは私の兄なのでしょうな。




 ―――そうか、数奇な縁だな、我が『親友』の弟が、私の敵となるとはな?


 ……巨人族の戦闘奴隷が、親友ですと?……帝国の将軍とは、思えぬ発言ですな。


 私は、半分は将軍で―――半分は道楽者さ、法律など、半分しか守らぬよ。


 だが……それでも、アレクシスのための名誉は欲しくてね、邪魔すれば、殺す。




 ―――殺されてやるつもりはありませんよ、マルケス・アインウルフ!!


 そして、巨人の戦士はハルバートを振るい、人間の将軍はバルキオスを振った!!


 伝説の武器だからね……ガンダラのハルバートさえも、戦槌は容易く打ち砕いた。


 しかし、そうなることは承知の上さ、ガンダラの拳が、アインウルフを殴りつける。




 ―――アインウルフはもう戦槌を使いこなしていた、その柄で拳を受けていたのさ。


 ガンダラは表情を曇らせながら、その場に片膝を突くのだ。


 ガンダラちゃん!?……ミアは悲鳴する、ガンダラは、失血の限界だった。


 アインウルフに負けたわけではないが、戦場で負った傷は、彼を追い込んでいる。




 ―――純粋な能力の差なら、君に私が勝つことは難しかっただろうが……。


 これも私の運だろう、さて……私が欲しいのは、王の命を奪うという伝説のみ。


 その傷で動くな、ガンジスの弟……『この戦は、君らの勝ちだろう』?


 勝ち戦で死ぬのは、バカげているさ……。




 ―――……ふふふ、運、ですか?……たしかに、今日の貴方はついているようです。


 ですが、幸運が味方しているのは、我々も同じこと……。


 あれだけ多くの敵に攻められても……この国は不屈の誇りで、運を掴んだのですよ。


 シャナン王よ……我々は、ついていますな。




 ―――うむ……そうじゃのう、いい戦いを見物できそうだ。


 なあ、マルケス・アインウルフよ、その『バルキオス』を貸してやろう。


 ワシではアーレス殿と戦う気が起きぬからのう!……古き王の鋼と……ワシの『傑作』。


 どちらが、より優れた鋼なのかを、試してみてくれ。




 ―――なるほど、それもいいだろう……赤毛よ!!


 お前とは、決着をつけなくてはならない相手だと、感じてはいたからな!!


 ……お前でも良いのだ!!『魔王』を殺せたならば、アレクシスに相応しい伝説だ!!


 捧げてくれるか、君の命を、私のアレクシスが駆けた戦場の思い出になッ!!




 ―――そうだよ、ソルジェは間に合った、戦場を走り抜き、王のもとへと戻ったよ。


 そうだよ、ガルーナの時とは違うのさ……。


 9年前、仕えたベリウス王を守れなかった時と、今日は違うよ。


 ミアもいれば、ガンダラもいる……今の君は、『パンジャール猟兵団』の団長だ!!




 ―――さあ、終わらせようよ、このドワーフの国での大戦をね!!


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