第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その14


 サイアクな状況だ!!


 ターゲットさまが、まさかの単騎駆けを仕掛けてくれたおかげで、入れ違いだよ!!しかも、主力が総出で突撃をサポートしてくれていた分、最後尾の王の守りが甘いッ!!


 ああ、オレたちの突撃は完全に裏目に出てしまっているぞッ!!


 あげく、アインウルフ単騎に、この極めて屈強なはずのドワーフの戦士たちが、ああも呆気なく突破されてしまうとは!!


 ……どうなっている、あそこまでの力を発揮する実力があるとは、思えないぞ……『捨て身』ゆえの境地なのか、アインウルフ!?技量の上に命を上乗せしているのか!?


 そうだとしても、あの白馬の脚は、何だ!?……オレの見間違いでなければ、ロロカ・シャーネルのユニコーンである『白夜』と互角が、それ以上の脚をしていたぞ!?ただの馬が、瞬間的にとはいえ、あそこまで速く走り、高く跳ぶのかよ―――。


 なによりも、オレたちはアインウルフの『勝負勘』を舐めていたのだろうか……。


 まさかストラウスじゃあるまいし、『単騎駆け』だと!?あんなものは、理屈では考えていないような、ただの暴走のような選択なんだぞ!?


 だいたい、おかしいじゃないか!!


 帝国兵たちでさえも、置き去りだったんだぜ。サポートをするそぶりさえない……あまりにも無防備が過ぎた。


 あと、五十メートルでも進む場所が違っていれば、何も成せぬまま、オレに殺されていたはずだ……ッ!!連携した形跡がない……くそ!!だからこそ、読めなくもあったのだが……ッ。


「どんな『策』だよ……あれでは、あんなものは……あれでは……ただの、衝動……っ!?」


 ……そうか。あの野郎、もしかして『本当に何も考えていなかった』だけか。衝動のままに、ただ王の首を取ろうと走り出していたのかよ―――。


「くくく!!……楽しい男だ!!楽しい男だが、今は、マズいぞッッ!!」


 ―――そうだ、『ありえないと考えていたこと』をやられてしまったのだ。


 『単騎駆け』という選択。そして、あの馬の尋常でない『速さ』、そして人馬一体の槍術の『鋭さ』!!


 ヤツらがオレたちの想像を超えることを、三つも実現しやがったから、この窮地に陥った。想像を超えていることには、誰も対応する術を持たないものさ……ッ。


 そうだよ。影響は、あの将軍と馬だけに及ばされるわけではない。


 ファリス帝国軍第六師団が、蘇っていた。


 無敗の将を冠する軍勢として、その誇りを取り戻したかのように、マルケス・アインウルフと白馬アレクシスを追いかけて、突撃を始めている……ッ。


 馬どもが、雪崩込んで来やがるぜ!!それに呼応するように、兵士らもだ!!ただ、まっすぐに前に進んでくる!!……クソ、どうする!?どうすればいい!?ここは敵陣の真ん中なんだぞ!?今から、王の救援に向かっても間に合うのか!?


 だいたい、騎馬に背中を見せてかよ!?……自殺行為だぜ!!


「……クソがあああああああああああああああああああッッ!!」


 オレは怒りを帯びた声を放つ、そして、竜太刀と共に、暴れる!!当たり散らすようにな!!叫びながら剣舞と一体化して、突撃を開始した敵兵どもを、怒りのままに切り裂いて行く!!


 これは感情的なだけの無意味な行為などではない。少しでも敵兵の動きをにぶらせたい。騎馬の列にむかって魔術で『炎』を撃ち込み爆撃する。だが、ヤツらの注意を引くことも出来ない。


 何頭か仕留めても、こちらを無視して、馬たちはただアインウルフを追いかけている?まるで、あの白馬のように前進することだけに命の全てを注いでいるようだ。


 もしかして……コイツらは、あの白い馬に、統率されているのか!?


 馬たちの異常な興奮状態は、ヒトに制御出来るとは思えない。カミラの『ルナティック・ハイ』は別腹すぎる、ヒトには扱えないはずの第五属性の魔術だからな。


 たった一頭の軍馬に、軍勢そのものが統率される?


 オレの眼は、その現実を拒絶したいのだろうか?


 敵兵を斬りながら、オレは割れんばかりに奥歯を噛む。


 そうだ……アインウルフ以上に侮っていたのは、あの馬だったのかもしれないな。気高さを見せるという行為に、ヒトも獣もありはしない。


 あの壊れやすそうな脚で、あの馬は―――アレクシスは、命を燃やして走った。


 それが、馬と兵士たちの心に響いただけのことか!


「赤毛だ!!射殺せ!!ガルーナの『魔王』だあああああああああああッ!!」


「……ッ!?」


 おいおい、弓兵まで、突撃してくるのか!?ヤツらが、オレを目掛けて矢を放つ!!何本も同時にだ!!


「クソがああ!!」


 飛来する矢の雨を横っ跳びで躱す。そして、血でぬかるむ大地にヘッドスライディングした。そのまま、ほふく前進へと運動は連続して、オレは視界に見つけていた大男の死体の鎧を左手で掴むと、そいつを起こしながらその下へと潜り込んでいた。


 そうさ、コレ、『死体の盾』だよ。


 非人道的かね?でも、こうでもしないと、オレが死体の仲間入りだぜ。


 ああ、ザクザクブスブス、容赦なく矢が降り注いで来やがるぜ!?何てコトだ!!突撃してくる弓兵だと!?ああ、孤軍奮闘中のオレには、とっても危険な敵サンたちだぜ!!


 ……チクショウ。


 どうする?


 王は無事か?


 あれだけドワーフが周りにいるし、王も死ぬほど強い。


 無事だと信じるための根拠はいくらでもあるのだが―――マルケス・アインウルフが起こした、想定外のせいで、オレは何も信じられなくなっているぞ!?


 死んだフリして動きを止める。矢は……止む。だが……近づいてくるね。


 慎重に、取り囲もうと左右に広がっているな……かなりゆっくりだが、それだけに照準はしっかりとつけているだろう。


 ああ、マズい。考えろ?いくらなんでも、ここで死ぬのはダサすぎるぞ?鎧を脱いで突撃したあげく、獲物にヒラリと躱されて?……雑兵どもに囲まれて野垂れ死にか?


 ……つまらんぜ。


 考えろ、考えろ、考えろ。


 心を操るために言葉を用いる。口からは出さなかったが、心に暗示をかけるのさ。今は思考能力がいる。ややこしくオレに絡みつく現実を、突破するための手段を探せ―――。


 今のオレはもう冷静だ。いつもと同じようにな。


 だから、死体の重みを背中に感じつつも、考えがまとまっていくよ。


 さて……思いついたぞ。


 ここから脱出する方法を。


 魔術を撃ちながら、走り回って斬り殺す。それが、一番もらう矢が少なく済みそうだな。幸い、間抜けなラッキーもあるよ?鎧脱いでるせいで、普段よりも速く走れるもんな?強行突破だし、趣味に合う。厄介なことは魔力も体力も時間も使いそうだということだけ。


 もしくは、『雷抜き』で高速移動して、ヤツらのマスターアイ/利き目の集中から、逃れてみるか……?敵を狙っている弓兵の狭い視界には、特別に有効な技巧だと思うぜ。彼らは集中が過ぎる、視界から急に消えるような動作に、それでは対応出来ないはずだ。


 ああ、冷静になってくると、幾つか思いつくな、生きるための手段がよ。


 ここをクリアして、どうにか王の救援に行かねばな……。


 だからこそ、ここで時間と体力を余分に潰すのは、浅はかだな―――リスキーだが、上手く行けばみんなハッピーな作戦をやるとしようじゃないか。


 そうさ、幸いなことに、王が襲われているんで、うちの猟兵たちもギュスターブたちも、後退しているはずだ……だから?そのせいでオレは、本当に孤立していて、敵に囲まれているんだけどね?……ああ、皮肉じゃない。起死回生の策は、オレにはあるぞ?


 ここで何をしても、仲間は誰も傷つかないということが、キモだよね。


 オレは巨漢野郎の死体を背中に乗せたまま、竜太刀を動かす。生きていることがバレて、矢が放たれ、巨漢野郎の死体にまた矢が刺さる―――だが、問題はない。


 彼は死体だからな。うめき声も上げないし、彼の肉厚な肉体のおかげで矢はオレには届かんさ。


 だから、竜太刀を構えることが出来たよ。何をするのかって?


 『呪い』を試してみせるのさ……『呪い』は、鏡や磨かれた銀で反射出来ると教わっているぞ?……ならば、どうかな?


 このアーレスの竜太刀の刀身は、まるで鏡のように磨かれた鋼なのだぞ?今は、血や脂で汚れているが、手のひらでこすってやれば?ほら……白銀色だ。まるで鏡のように。


 刃に映るオレは、そのとき唇を好戦的に歪めていた。悪事を思いついたときみたいな顔をしているんだよね。そうさ、刃はオレを映すほど鏡に近いのさ。


「……これなら、どうにかなりそうだ」


 悪党じみたニヤリを世界に晒しながら、魔眼を覆ってくれている眼帯を外す。


 オレの魔眼が、金色に輝くと……アーレスの竜太刀は、偉大なる我に呪いなどが効くかとでも言いたげに、オレの『呪いの視線/ターゲッティング』を反射するのさ。


 そうだ、そこでいいぞ……オレを警戒しながら、近づいてくる弓兵どもの、ちょうど、真ん中に、『呪い』が反射されているのが見えたぞ……。


 そこに、オレの呪術、『ターゲッティング』を施すんだよ。


 そして?もちろん、魔術を使うのさ。


 『ターゲッティング』は攻撃魔術を誘導するためだけの、呪術だからな。


 だが、勘違いするなよ?


 オレの魔術じゃないぞ。ここで大技使ってしまうと、そのあとが続かない。いるじゃないか、魔力を余らせているヤツがね。混戦になり過ぎて、炎が吐けずにいるゼファーの出番だ。


 魔眼を通じて、オレはゼファーの意志と融け合った。ゼファーは馬どもを食い止めようとしてくれている。すまないな、全身を傷だらけにされているね。


 だが、頼らせてくれ。


 疲れずに生き延びて、王のために命を使わなくてはならないのだ!!


 ……ゼファーよ!!オレの状況が分かっているな!?そして、オレの考えも通じているな?だから。さあ、頼むぞ、一発、デカいのをくれ!!


 ―――うん!!そらにむかって、かぜをいれたほのおをはくね!!


「おう!!やれ、ゼファーぁああああああああああああああああああああッッ!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』


 かなり後方から戦いの歌が響いて……ゼファーが巨大な火球を空へとぶっ放した。


 ああ、火球だよ。あれは『風』を入れた炎さ……つまり、スゴく大きな爆発をする、とびっきり危険なヤツだ。もしも、アレがあそこで爆発したら?ドワーフ焼きが何十人分も完成しちまうね。


 でも、『ターゲッティング』は効いているぜ!!オレの『呪い』は、オレと仲間の魔力ならば、誘導することが可能だよ。


 つまり、オレとアーレスの魔眼を通じて、つながっているゼファーの魔力を帯びたあの炎ならば、この『呪い』の元に、『呼べる』のさ!!


 さあて、スリル満点な時間の始まりだぞ、オレに殺意と矢を放つ、クソ弓兵どもよ!!


 ゼファーの吐いた巨大火球に、金色の紋章が絡みつく。オレの『呪い』だ。成功したよ、読みは確信へと変わる。アレは、やはり操れるんだ。


 ……それで、どうなるかだって?


 オレにも細かな結末までは分からんよ。とくに、どれだけの威力なのかは想像がつきにくい。対処は分かるがね……生き残れる確実な保証などはない。


 だから、ちょっとワクワクもしているんだよ。


 不謹慎かもしれないが、命懸けの戦いは好きなんだ。


「―――『来い』」


 言葉は呪いとなって、世界に刻まれた。あの巨大火球が動いたぞ。それは、まるでリエルの放った矢のような勢いで空を飛び、オレたちの真上で急停止する。ふむ、完璧な制御だ。戦場に、二つ目の『太陽』が発生していた。


 クソ弓兵どもも、ようやく状況を察知している。


「あ、あれ。竜の、炎の……かたまり、なのかよっ!?」


「な、なあ……アレ、オレたちの真上にいないか……ッ!?」


「……まさか、し、死ぬほどデカい、ファイヤー・ボールなのかッ!?」


 そうだよ、弓兵の諸君。殺されそうなのは、オレじゃないぜ?……どちらかというとね、君たちのほうさ。まあ、オレも場合によっては、『焼きストラウスさん』になっちまうんだけどなあッ!!


 試してみようぜ!?


 生き運の強さをはかる、実験だッ!!


「おら、落ちてこいやあああああああああああああああああああああッッ!!」


 巨漢の死体の盾を捨て、大地にダイブしながらそう命じていた。『呪い』は、オレの願いを叶えてくれる。ゼファーの巨大な熱量を丸めた、あの『太陽』が動いたぞ。ああ、これまた矢のような勢いで、オレたちのいる場所へ、落下してきていた。


「わあああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


「た、太陽があああああああああああああああああああああああああッッ!?」


「お、落ちてくるうううううううううううううううううううううううッッ!?」


 悲鳴が聞こえる。たくさんね、やかましいほどに。でも、次の瞬間には、聞こえなくなっていたよ。


 悲鳴も剣戟も、走る馬たちの大地を鳴らす足音も。あらゆる戦場の騒音が、この爆発音の向こう側に消失させられてしまうのさ―――。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンッッ!!


 ゼファーの火球が大地に着弾すると同時に、爆発していた。


 そう、炎のなかに入っていた風が、解き放たれたんだよ。


 つまり、強烈な爆熱の嵐が、戦場の一角を焼き払っていたのさ……オレも、全身が焦げそうになるぐらいの熱を浴びてしまっていたが、地に伏せていたことが幸いした。爆風を浴びる面積が最小限にすんだからな。


 だけど、この周辺にいたヤツらは、それぐらいでは済まなかった。みんな、焼かれながら吹っ飛んでいったよ。勇気を持って、知性に頼るべきだったな。アレが一種の爆弾だと分かっていたなら、地に伏せるべきだろ。


 そうだ、狙っていた通りの状況に帰ることが出来たぜ。リスクを選び、十分なリターンを得たぞ。戦場が、オレの都合が良いことになっている。


 この想定外の大爆発のおかげで、敵の突撃も、少しだけおさまっているんだからな。ならば?この隙を利用して、王のところまで戻る他ない。


 まったく、計算通りにことが運ぶと、心が落ちついて来やがるぜ。


 さあて、やれるだけのことをしよう。アインウルフを討てば、敵兵どもの心も挫けるだろうさ……ああ、シャナン王よ、誰かが行くまで死ぬんじゃないぞ?どうにか力を発揮して生き残ってくれ。


 キツネから逃げる時のウサギのように、大地から必死な様子で飛び起きて、オレはそのまま全力疾走を開始する。


 ……ふむ。さっきの若者たちも、死体のマネをしていたおかげで無事のようだな。良かったな。


 でも、すぐに連中から視線を戻す。


 オレが気にしなければいけないのは、彼らなどではなく。クライアントの命だけだ。


 ……でも。死んだフリを続けておいて正解だったな?あそこの周辺で『立っていた男』は、みんな焼き払われて即死しているよ……。


 さあ、走るぞ!!


 オレはとにかく後退するんだ。


 王の命が気になるし、オレの獲物であるマルケス・アインウルフを討たねばならないのだからな。

 



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