第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その13


 ―――アレクシスの脚の寿命だけを考えていた、奇跡を体現できるのは何時までか?


 血でぬかるむ大地を疾駆するのは、その奇跡の時間が消費されることを早める。


 戦場などを走ることは、馬にとって幸福なことだとは限らない。


 軍馬の名誉を知る我がアレクシスよ、君の脚は、君の命は、この戦場で終わるぞ。




 ―――十分なまでの功績だ、多くを殺して、多くを手に入れた。


 私に将軍の地位まで授けてくれたのは、お前とお前の血族たちのおかげだ。


 素晴らしい血統だった、どの軍馬よりも速く駆け抜け、高く跳び、怯えることはない。


 至高の軍馬たちを多くそろえ、戦場を研ぎ澄まされた刃のように切り裂く快楽……。




 ―――その歓喜を私は忘れることが出来ない、お前の血統の馬たちはどれも最高だった。


 だが、それらの全てを超越する存在が、お前だったな、アレクシス。


 軍馬としての血統を集約した存在、我々がデザインした至高の軍馬。


 お前の脚は、生まれもっての芸術で……馬に尽くした私への神からの褒美だよ。




 ―――風のように速く、飛ぶように軽く……そして、魂は気高い。


 15年前、ユニコーンを、初めて見たときに……生物としての完成度には驚かされた。


 だが、あれは、まるで道具のように見えた、魂の輝きが、どうにも希薄だ。


 だから、魅力を感じなかった、アレは、馬ではない『何か』だ。




 ―――今、戦場で相対しても、お前だけはアレに勝っていることが確信できる。


 速さでも負けない、跳ぶ高さでも負けない、魂は、お前の方が億万倍優れているぞ。


 さあて……神馬アレクシスよ、神が私にくれた存在よ。


 最後の時間だ、何を望む?……そう訊ねたとき、お前は走り出していたな。




 ―――たしかに、お前は私とよく似ている、負けず嫌いなところはそっくりだ。


 そうだよ、アレクシス、私もお前と伝説を築いて死にたいんだ。


 お前の脚は限界が来ている、神馬である時間は、もう終わるのさ。


 ならば、燃え尽きようではないか、伝説を歴史に刻み、私と共にここで死のう。




 ―――ああ、命を失うのは残念だよ、出来ればもっと女を抱きたかった。


 4年前のブドウ……当たり年だと確信したよ、甘すぎず、酸味は多く、香りは豊か。


 あのワインを、まだ寝かせていることは残念だが……。


 それでも、お前と死ぬのなら、まあ、いいさ。




 ―――風のように走れよ、アレクシス。


 他には何もいらない、お前のための名誉だけでいい、最後の脚だ。


 ドワーフの王、シャナン!!


 『荒野の風』が選びし男、『雷帝』の真なる継承者ッ!!




 ―――その首からしたたる血ならば、あの樽で眠るワインよりも豊潤だろう。


 ああ、彼の首を取るぞ、アレクシス。


 他のものは、何もいらない。


 私たちの名誉に相応しいのは、ただ、あの強き王者の首だけさ!!




 ―――アレクシスの脚が、ドワーフの戦士どもを蹴散らしていく。


 私の槍もなかなかだろう?人馬一体とは、こういうことを言うのだよ、ドワーフよ?


 馬上での槍だけだが、あの『ガンジス』さえも褒めてくれたぞ?


 間違いなく、人類最強の武人である、秩序の番人がな―――。




 ―――戦場で私が死ねば、ウィリアム・カーゼルにあの樽が届く。


 カーゼルなら、法律などに囚われることなく、魔法の知恵を使ってどうにかするさ。


 ガンジス、巨人の奴隷戦士であることを望む君は、将から酒をもらうことを認めないのだろうが。


 それでも、どうにかしてカーゼルに騙されて、あのワインを知るといい。




 ―――私の半分、遊び人としての魂がそこにはつまっているんだよ。


 君は武の名誉をも拒絶しているだろうが、誰よりも強いことだけは私にも分かる。


 名誉なく、カーゼルのための槍でいることだけを望むのも、いいさ。


 だからこそ、君のあまりにも空虚で、語られることのない最強の強さに……。




 ―――私の半分が創りあげた傑作を、飲んでみて欲しいのさ。


 ああ、馬と酒ばかりの人生であったが、満足だ。


 ドワーフどもよ、私の愛しい神馬のために……君らの王の首をくれ。


 他には何もいらないよ、それから先のことなど、私にはどうでもいいのさ。




 ―――さあ、あの赤毛のストラウス卿も、見逃してやったぞ?


 あの位置にいたということは……恐ろしいね、兵の『壁』をぶち抜いたのか?


 フフフ、面白い男だな……帝国軍人として、帝国貴族として、期待するのは罪であるが。


 ガンジスと戦ってみたら、どっちが強いのかな?




 ―――いい伝説になるだろうよ、君たちの決闘は?


 ああ、どちらが勝ったとしても、その事実は歴史には残らないのか。


 はかないものだ、帝国の亜人種への差別か……つまらんものだが、秩序のためにか?


 ……遊び人として、見たかったなあ、ガンジスとストラウス卿の殺し合いを。




 ―――まあ、そのような日が来るとすれば……帝国も終わりが見える時だけだ。


 ありえぬことだろうね……でも、アレクシス、どうだ?


 そういう日は、やって来るのかな?


 私は競い合う者が好きだから、その戦いを見てみたいんだがな?




 ―――アレクシスが鼻を鳴らす、ドワーフを蹴り殺しながら。


 私も槍でドワーフを突き殺しつつ、乙女を虜にするための顔をした。


 なるほど、そうか、やはり我らは人馬一体。


 見てみたいよなあ、最強を決める戦いを!!




 ―――ドワーフどもが慌てているね、アレクシスが馬を防ぐための槍を躱したからか。


 ああ、素晴らしい技術だが、アレクシスなら躱せるさ。


 強い戦士たちが大勢いるな、だが、駆け抜ければいいだけだ。


 追いつけないぞ、アレクシスにはな?




 ―――この敵味方が密集してしまった場所ではね、誰もが己を守ることで手一杯。


 疾風の殺戮者までに、守備の手は伸びないよ。


 アレクシスと私があけた道に、ほら、私の兵士たちが駆け込んでくるぞ?


 ほら、馬のいななきが聞こえるな?




 ―――私たちを追いかけ、アレクシスと血統の絆を持つ馬たちがやって来る。


 偉大なる神馬の歩いた道だ、今の彼らは、もはや馬ではない。


 真の軍馬だ、ユニコーンに背中を見せることも、犠牲になることも恐れない。


 さあ、突撃の時間だぞ?第六師団が、覚醒する。




 ―――圧倒されていたが、それだけに道を探し求めていた。


 勝利し、生き抜く道を……それをアレクシスと私とで、作ったぞ?


 さあ、走ってこい、全軍で、前のめりに、敵を襲え!!


 アレクシスを、私の槍を、あの『雷帝』の元まで、導くためにな!!




 ―――ドワーフたちが崩されていく、アレクシスと私のあけた道のせいで。


 さあ、『パンジャール猟兵団』よ?


 君らは、ガラハド・ジュビアンたちをも超越したのだろう?


 どうした、私を止められないのか?




 ―――私に背後の馬群に意識を取られては、アレクシスを、逃してしまうぞ!!


 さあ、雷帝よ、見つけたぞ!!


 高齢の男だ、たしかに強いが……私はより健康なのだよ!!


 さて、殺させてくれ!!代わりに、私の命をも捧ぐのだから!!




 ―――グラーセス王、シャナン!!


 我は、ファリス帝国軍第六師団の長、マルケス・アインウルフだ!!


 我が愛馬の名は、アレクシス!!


 いざ、その命を、我ら人馬一体の存在に……寄越せええええええええええッ!!




 ―――馬上槍を振り下ろす……シャナンは軽やかにあの重量を操り、戦槌で受ける。


 まさかな、サー・ストラウスと同じことを仕掛けてくるアホが、敵にもいるとはな!!


 ハハハ!!彼とは、気が合うかもしれん!!


 ああ、あの赤毛も女好きだしのう?酒も好きと来ておる。




 ―――双子のような男だね、私の方が、洗練された紳士ではあるが!!


 叫びながら、槍を放つ!ガンジスをも唸らせた私の技の全てだよ、だが……ああ、この槍と互角かね?


 凄まじい強さだな、シャナン王よ……他のドワーフどもとは、次元が違うな。


 『荒野の風』は、これ以上?……まったく、強さに天井はないのかい。




 ―――疲れ果てていても、ドワーフの王は無敵の戦士だな。


 私だけなら、とても勝てなかったな。


 私だけなら、ね?


 アレクシスが宙へと跳んだ、振りかぶっていた戦槌に前脚で蹴りを入れた。




 ―――バカな!?馬が、そんな技巧を!?


 シャナン王がバランスを崩される……フフフ、誇らしい動きだぞ、アレクシス。


 私は槍をそっと突き、彼の右肩を刺してやるのさ。


 ああ、若さが、足りなかった。




 ―――貴方が三才若ければ、この槍を躱してみせただろうに。


 そして、もしもアレクシスに『戦槌・バルキオス』を押されても?


 腕力頼みに、押し返し、私たちの骨をバラバラに砕いたことぐらい分かるよ。


 だが、時間というものは残酷だ、与え、奪う。




 ―――利き腕を深く損傷した貴方から、我々は離れた。


 貴方が『雷』を放ったからだ、抜け目のない戦の王だね。


 アレクシスでなくては、躱せなかったぞ?


 だが、我々はアレクシスとマルケス・アインウルフだよ、シャナン王。



 ―――さて、仕留めさてもらおう、偉大なるドワーフの王よ?



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