第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その11
―――レイド・サリードンも、どうにか生き抜いていたよ。
武術の腕はそうでもないのに、生き延びられた……つまり、敵の疲弊も深刻なのさ。
レイドは考える、『外国人』の戦争は、なかなかしつこくて壮大だ。
だからこそ、たくさんの『策』を仕掛ける隙間があるのか……走らせるのも有効か。
―――レイドには『見えて』いたよ、第六師団の馬の『数』と『体力』が。
父を殺された最初の会戦と、砦から逃げ出すときで二度追い回された。
それに、昨日も戦場で馬たちの動きを見ていたからね。
アレは、本来ならば、もっと跳ねるように動く生き物なんだけど。
―――動きに精彩が欠けている……ヒトと荷物を背負って戦場を動くんだ、疲れるよね。
だから、ガンダラさまは王城まで、馬たちを『走らせた』のか。
グラーセス王国を、僕たちと戦いながら、横断して、今日も朝から行軍を強いた。
アインウルフの馬どもは、その多くが初めて見たときの悪魔の強さを出さないんだ。
―――じわじわと、ゆっくりと毒が回るように馬は弱まっている……。
北に残っていた2000の騎馬たちが、西に回った王国軍を襲わなかったのは……。
……元から疲れ果てた馬だから、アインウルフは装備を運ばせる馬を、選んでいた。
北の馬たちは荷運びをさせられていたのだろう、アインウルフの護衛の馬たちの分まで。
―――だから、突撃しなかった……するほどの体力がないから。
体力を管理していたのか、アインウルフも。
戦うための馬と、移動の負担を背負う馬に分けていた。
東の丘に『ガロリスの鷹』たちを追い払いに行った馬たちが戦うための馬だった。
―――弱っているとはいえ、西に回り込まれたとき、突撃させるべきだった。
いいや、されたら困るけど、そうした方があちらには都合が良かったのに?
弱った馬が僕たちドワーフの戦士と、竜の炎に殺されることを嫌ったのかな。
アインウルフは、兵士よりも馬の心配をする男なんだな、変人だね、家畜ごときに。
―――でも……だから、ガンダラさまやサー・ストラウスに読まれたのか。
馬のことを大事にしすぎている……最強の武器だから……でも、視野が狭い。
なるほど、固執する戦術があれば、逆手に取られるのか……武術みたいだ。
『戦闘で使える馬』は、およそ2000……マリーに狼煙を上げておこう。
―――マリー・マロウズの眼鏡の下の目が、婚約者からの合図を見つけた。
……良かった!あのヘタレ!生きてる!!……っていうか、『脅威は二千のみ』?
『後詰めの馬は、ヘタレ』……なるほど、確かに、この砦から見える!!
敵の馬が、二層に別れている……ふーん、前の方さえ仕留めればいいのね?
―――後ろは、弱っている……まあ、アンタがそう言うなら、信じてあげるわよ!
マリーはその小さな体でバタバタと慌ただしく走り、城塞から身を乗り出した。
ジャスカ姫ええええ!!騎馬兵の、前半分を仕留めてください!!
後ろの馬は、疲れているみたいですよッ!!
―――そう、『南』の切り札、ジャスカ姫は砦に残っていた。
夫……というか、『センチュリオン』は更に武装を増して、姫も超がつく重武装。
まったく動けないが、矢も弾き返すほどの鎧を着ている。
彼女は『象徴』、死んでは困る……それに、妊婦だしね?
―――まったく!!ようやく出番かしら!!みんな、妊婦には何もさせてくれないの?
……ま、まあ、だって身重ですから!?
戦場でヒトを殺すなんて、この妊娠のゲロに比べれば楽勝なんだけど……。
……ジャスカ、ムチャはダメだよ?
―――動けないほどの鎧を着てるから、大丈夫よ、ゲロを吐くための隙間もない。
矢傷も受ける要素がないわ?ロジン、貴方が止まらなければ、私も無事よ?
……わかってるよ、止まらない、目の前にいるヤツらは、全員仕留めて君を守る。
さすがは私の旦那さま!……さあて、前の馬だけに突撃食らわすのでいいわけね!!
―――はい!馬の後ろの半分は、疲れてる!!……とのことです。
なるほど、たしかに、しょせん『フツーの馬』なら疲れ果てるわよねえ……?
ジャスカ姫は、ニヤリと笑うよ……ほんと、サー・ストラウス、内助の功よ?
貴方の女遊びのおかげで、死ぬドワーフが減るなんてねえ!!
―――アインウルフは自分たちに、残された道は一つと知っている。
最強の武器、高速の軽装騎馬隊による、突撃と蹂躙……。
それは最高の切れ味をもつ、軍勢さえも切り裂く『刃』である……。
……しかし、この刃は、決して打たれ強いものではない……。
―――アインウルフの馬の脚は、強いが細いのだ、脆さもある。
この戦では走らされつづけている、歩兵もだが、最高の兵器である馬たちもだ。
疲れ切っているのさ、その細脚の馬たちは……会戦と競馬には向くが……。
長旅に向いているようには、作ってやれなかったな……。
―――アインウルフは愛馬アレクシスの脚を、やさしく撫でる。
すっかりと傷だらけになっている……この戦が、アレクシスにとっては最後の戦か。
馬の脚は何よりも繊細だと、アインウルフは考えているのさ。
アレクシスほどの神馬でも、この有り様だ……他の馬の脚はどうだろう?
―――この突撃が最後の戦だぞ、アレクシス……結果はどうあれ……。
将軍の目を、愛馬が見つめている、深く静かに、迷い無く。
……ああ、そうだな、勝つぞ、シャナン王の首を取り、お前に捧げてやろう。
神馬はヒヒンと鳴いて、将軍はその背に飛び乗った。
―――将軍は、兵士に向かって歌うのさ。
迷うな!!我々は、ただひたすらに直進する!!全てを忘れ、ただ前に進撃しろ!!
それこそが、騎馬の力!!正面突破し、敵の陣形も誇りも戦闘意欲も破壊するぞ!!
今から、この戦に終止符を打つ!!
―――第六師団のエリート騎馬隊が、歌を返した、その雄叫びは祝福の雨のようだ。
神馬アレクシスの最後の突撃に、相応しいとアインウルフは考える。
彼はやはりアスリート/競技者だった、今は、戦の後のことなど考えない。
ただ、勝利を求めている……彼とアレクシスは、その意志を貫くだろう。
―――そうさ、これはどちらがどちらを貫くか……。
ただ、それだけの勝負に落ち着いたよ。
数で劣るソルジェたちは、三つの方向から攻めて、混沌を招き、将の首を狙う。
数に勝るアインウルフは、ただひたすらにシャナン王へと走るよ。
―――さあ、勝負だよ、アインウルフ……。
これはその哲学を、どれだけの者が信じて実行出来るかの勝負。
君の仲間が君の仕上げた騎馬隊の強さを、どこまで信じるか……。
ソルジェのことを、ドワーフの戦士たちがどこまで信じたか……。
―――それが、これから試されるよ。
……じゃあ、僕たちの方から、始めるよ!!僕たちの方が数が少ないんだから!!
ガンダラがその大きな体で、角笛を鳴らし……最後の『策』を解き放つ。
『南』から、『ボルガノンの砦』から、姫と『センチュリオン』が走り出す!!
―――黒ミスリルで完全武装の姫たちが、砦を飛び出し駆け抜ける!!
七メートルの巨体が、大地を揺らし、ひたすらに敵軍目掛けて走るのさ!!
大地を揺らす?そりゃそうさ、だって、この部隊は、孤独ではない!!
黒ミスリルの鎧に守られた、七頭の『戦闘用ベヒーモス』が共にいる!!
―――アインウルフは理解する、そうかジャスカ姫の部隊か。
この決戦の時まで、体力を温存していたか!!
姫が雄叫びをあげて、ドワーフどもが活気づく!!
それと同時に、『西』のドワーフどもが戦槌を掲げて走り始めていた!!
―――ベヒーモス……さきほどのは、小型種なのか!?
あれが本物のベヒーモス……大きさが二回りも違うぞ、しかも鎧つきなのか。
そうさ、さっきの600頭とは格が違うよ……あれは『食肉用』の牛なのさ。
『戦闘用』ほどの力もないし、気性も本来は穏やかなものだ。
―――さっきの彼らは、たんにカミラの魔力に操られて、暴走していただけのこと。
これこそが、真のベヒーモスだよ、敵を蹴散らし、止まらぬ魔牛騎士たちさ!!
乗り手たちは鎧をまとい、矢と魔法を放つ!!
まあ、乗り手がいなくても、さらに暴れるけどね?
―――ゼファー並みとは言わないけれど、かなりのモンスターどもだよ!!
ほら、『センチュリオン』とベヒーモスが雪崩込んでくる!!
弓兵たちが姫たちを止めようと矢を放つが、その怪物どもには効果は薄い。
圧倒的なパワーと重量を帯びた行進で、黒い巨獣どもは兵士の肉体を破壊するのさ!!
―――歩兵と弓兵の壁を貫いて、怪物たちはアインウルフの騎馬へと走った。
レイド・サリードンの意見を採用している、前方だけを仕留めればいい!!
後ろのは、ヘタレ馬なんですって!!
狂暴な獣の貌になり、ドワーフの姫は、うざったい矢を放つ敵兵どもに雷を放った!!
―――なるほど、桁違いだ……これまで使わなかったのは?
ふむ……この突破力は、捨て身なのか。
アインウルフはその事実を悟る、そうだ、ベヒーモスは強いが、スタミナはない。
大きすぎる肉体は、突破しか知らず、敵と戦えば重傷は避けられないのさ。
―――だから、今まで、ずっと使わなかったのさ。
それだけに、長旅と戦闘で疲れ果てた兵士どもは、蹂躙される一方さ!!
矢と命と集中力が、姫の魔牛騎士団に集まっていく……。
そうだよ、『矢』を『撃たせること』も姫の狙いであったのさ。
―――さあ!!どんどん、矢を撃ちなさい!!
……そうすれば?西から迫る戦士たちに降り注ぐ雨は少なくなるからね!
それに……こっちの『馬』を守るためにも!!サービスよ、二番目さん!!
お馬さんは、矢に弱いのでしょう?……逆に言えば、矢さえないなら、無敵よねえ?
―――二カ所から攻められている……アインウルフはそれでも、慌てることはない。
ベヒーモス、大した破壊力だな。
『最強の突撃』を、今まで取っておいたかね、似たような『策』ではないか。
こちらの騎馬隊を狙っているようだが……たどり着くより先に、私たちは走るぞ。
―――そちらが『最強の突撃』を繰り出すのならば、私の方も出してやるさ。
似ている『策』なら威力と……速度が決め手だろう?
……じつはね、似たような『策』―――じゃあないのさ、アインウルフ。
ガンダラの長い『策』は、じつは四日も前にスタートしているよ?
―――ソルジェたちが、この土地に来た理由は?
行方不明となったカミラ捜索が第一、ルードへ伸びる地下通路の調査が第二。
そして……第三の目標は、グラーセス王国と友好関係が結ばれたときに備える。
うちのクラリスは、グラーセス王国とも同盟を結びたかったからね。
―――だから、僕たちは『パンジャール猟兵団』がシャナン王に雇われるのも予測済み。
そのときのために、色々と工作をしていたんだよ。
そうさ、ガンダラも備えていたんだ。
ザクロアにいるソルジェにフクロウを飛ばした直後、『彼女』にも送ったよ。
―――ザクロアにいるソルジェのそばを離れて、『彼女』は出張していた。
商業路を開拓して、故郷とザクロアを結び、軍事と経済の同盟を作るため。
商品を運ぶためのルートと、軍隊の運用のためのルートを発見する難しいお仕事さ。
だから、『彼女たちの特別な馬』も一緒に行動していたよ、たくさんの数がね?
―――ガンダラからのフクロウが、『彼女』の槍の石突きに止まったのは四日前。
ソルジェの頭にフクロウが爪を立てるより、実はほんの少しだけ早かった。
距離の違いだよね、『彼女』のほうが南にいたからさ。
『彼女』は賢いし、ソルジェをよく知っている。
―――きっと、あのひとは、ドワーフのために戦うでしょう……。
ならば、『私』は……遅ればせながら、貴方のとなりに参りましょう。
『彼女』は、その『特別な馬』たちの全頭で、移動を開始した。
戦士は300人、『特別な馬』は600頭いたよ。
―――戦士一人で、二頭を使うのさ、ヒトを背負って走るのは、馬が疲れるから。
だから、二頭を交互に乗り替えながら、『彼女』たちは走り抜けたのさ。
ルード王国まで南下してくると?僕らも偽装工作に参加する。
サプライズの方が、楽しいでしょう?アインウルフにはバレないほうがいい。
―――ルード王国軍はド派手に演習を行って、とにかく帝国の斥候部隊を『引きつけた』。
そして、夜間の闇に乗じつつ、『彼女』たちは誰にも悟られずに密かに走ったのさ。
ルードとグラーセスの国境を乗り越え、この戦乱の地に、ようやくたどり着いていた。
国境を越えたのは今日の早朝、それから一度だけ休息を取って、三百騎で走る!!
―――『馬』の足音を風から感じたのは、馬を最も愛する男の耳が最初だった。
アインウルフは『南』のベヒーモスを無視して、『北』をにらんでいた!!
『馬』が来る……その数は―――400。
『彼女』の馬300と、『ガロリスの鷹』の盗んだ騎馬たちの『生き残り』の足し算さ。
―――『ガロリスの鷹』たちは追っ手に猛追されながらも、『北』へと走った。
『彼女』たちと合流するためさ、だいぶやられながらも、どうにか合流は成功。
アインウルフの馬は素晴らしいよ、でも、『ユニコーン』の騎馬には敵わない。
そして、『ディアロス』の戦士は、馬上戦闘の達人ぞろい。
―――軽装騎馬兵たちを仕留めるのに、数分もいらなかった。
『彼女』は『ガロリスの鷹』と合流して、戦場の位置を知る。
そして……そのまま全速力で走り、今、この戦場へと雪崩込んだのさ!!
戦況は一目で読めた、『ガロリスの鷹』から聞いた情報と合わせれば十分だよ。
―――『彼女』は……『ロロカ・シャーネル』は叫ぶ!!
弓隊の常識を超えるほどに、速く駆け抜けながら、このまま弓兵を仕留める!!
三方向から攻め立ててやりましょう!!……だから、ゼファー!!
ソルジェ団長を、貴方の炎で、導いてください!!
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