第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その10


 オレの瞳が空へと向かうゼファーを見つめる。ああ、黒ミスリルの鎧を身にまとった、オレのゼファーは、いつにも増して美しい!!


 今まで、待たせてしまっていたからな……ゼファーは、その身に力が有り余っているのだと言わんばかりに、翼を強く羽ばたかせ、空へと昇っていく!!


「くくく!!いいぜ、ゼファー!!歌いながら、敵を焼き払ええええええええッッ!!」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』


 天空に赤い閃光が走り、地上にいるオレの肌が痛みを感じるほどの熱量を浴びている。


 そうだ、それはいつものゼファーのブレスではなかった。だが、見覚えがある、この桁違いの威力は……ルード会戦の時に、オレたちとゼファーで放った『合体技』さ。


 リエルとミアが『風』を集めていたのさ、そして、その『風』をゼファーの炎に重ねることで、想像を絶する程の火力を出した―――あのときを、再現していた。


 前回はオレたち全員の魔力が枯渇してしまい、ゼファーを含め術者であるオレもリエルもミアまでも死ぬ寸前まで、命が削られていた。だが、今回はオレが参加していない分、威力と反動が抑えられているのだろう。


 さすがは、猟兵だ。これは、あのときの死にかけたことに対する、彼女たちなりのリベンジでもあるのだ。間違いないな、そのリベンジは、成功したと言っていいぞ!!


 天空を焼き払う竜の劫火は、地上にいる第六師団の騎馬隊へと襲いかかる。ああ、炎の津波が大地を焦がしながら走って行くよ。そこにいる馬も騎士も、誰もが炎に呑まれて命を焼き払われていくぜ……。


 戦場の一角が、灼熱の地獄と化していた。


 オレだけが爆笑していることに、そのとき気がついた。仲間であるドワーフさえも、ちょっと怖じ気づいてしまっているのか?……あの勇猛果敢なドワーフどもさえ、恐怖させちまるとはなあ!!―――その事実を、オレはとても気に入るぞ。


「さすがは、オレのゼファー!!さすがは、オレの正妻!!さすがは、オレの妹だ!!」


「……さあ!!グラーセスの戦士諸君!!我々も、つづきますよ!!」


 さすかは副官一号のガンダラだな。オレのフォローを忘れない。ゼファーの圧倒的な火力に怯えて、止まっていた戦場の全てが、ガンダラの言葉をきっかけにして動き出す。シャナン王は、戦士たちを統率するために叫んだ。


「行くぞ!!敵は怯んだ!!このまま、戦槌で粉砕しきってしまうぞッ!!」


 ドワーフたちが王に応える!!歌を叫び、己を取り戻すのさ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ……そうだ、まだ何も終わってはいない。たとえ、ゼファーの炎がいくら凄まじかったからといって?……それぐらいで戦争に決着がつくわけではないのだ。


 あの強大な火力は……せいぜい百騎を焼いたというところだろう。その代償に、リエルもミアももう魔力は残ってはいないはずだ。あとはゼファーの背から、矢とスリング・ショットで狙撃していくぐらいのことしか、もう出来ないのさ。


「……魔力の消費の割りに、殺せていませんな」


 ガンダラが感想を述べる。うむ、そういう見方があることも認めようじゃないか。


 たしかに、ガンダラの指摘は事実を表現できているだろう。戦い方次第では、あの二人ならもっと多くを殺せるだけの魔力を、一瞬で消費してしまってはいる―――。


「ああ。そうだな、お前の言う通りだぞ、ガンダラ―――だが、戦場の全てを『恐怖』で凍りつかせるほどの火力だったろう?」


「ええ。『心理的な効果』は十分でしょうね……誰もが、あれほどの火力を見れば、恐れを抱いて当然です―――団長以外は、ですが」


「……空気読めてなかった自覚はあるよ」


 だけど。それが竜騎士ストラウスってもんさ?竜が元気に火を吹いていたら?ワクワクが止まらなくて、爆笑するに決まってる!


 オレは怯えて動きが悪くなった敵兵に斬りかかりながら、ゼファーに魔眼越しに言葉を放つ。


 ゼファー!!ふたりは無事だな!?


 ―――うん、ふたりとも、まじゅつはつかえない、でも、うちまくってる!!


 さすがオレの正妻と妹だよ。ゼファー、いいか、深追いはするなよ。ムリして三人とも死ぬのは、ダメだからな。


 ―――うん!!わかってるよ、『どーじぇ』!!……でも、きばたちが、ごうりゅうしちゃう……?


 それを追いかけてはダメだぞ。東の弓隊が、お前を射殺すために待ち構えている。まだ、東には近づくな。一定以上の安全な距離で、オレたちの援護に回れ。


 お前が上空を飛べば、ドワーフたちに勇気を与えられる。仲間を鼓舞して、守ってやるんだ!!いいな、ゼファー!!


 ―――りょうかい!!『なかま』は、『かぞく』ッ!!


 そして、ゼファーの飛翔が変わるのだ。馬を追いかけていったのを止めて、空中で大きく旋回して、西側に寄りつつあるグラーセス王国軍の戦士たちを、上空からサポートしていく。ああ、いい子ちゃんだぞ、オレのゼファー!


 炎と弓矢とスリング・ショットさ!!グラーセス王国軍の再集結を助けてくれている。そうだ、オレたちは西の地に、王を中心に再び陣取るのさ。それを邪魔する敵兵たちにオレとガンダラは飛びかかっていった。


 まったくの無傷でやり過ごせることはない。


 ガンダラは、左肩に矢が刺さったまま戦っているし、オレは元々ボロボロな上、スタミナも限界。ずーっと血のにおいがすると思ったら、槍を避けきれずに頭の上が少し切れていることに気づいた。致命傷ではないが、血はしばらく流れ続けたよ。


 合流してきたギュスターブも兜を失っていた。両肩で息をしているし、双刀ではなく、剣は一振りしか持っていなかったぞ。打ち払われて失ったのか、それとも折れてしまったのか……いずれにせよ、満身創痍の戦士ばかりが集結していた。


 まあ、元からみんなここ数日間、戦いっぱなしではある。敵も味方も体力の限界を迎えつつ、戦争の最終局面に、どうにかたどり着いたというところだ。


「……だいぶ、やられたようじゃのう」


 シャナン王は眉間にシワを寄せながら、集まった戦士たちを見た感想を口にする。正直なお方だな。いいや、それは悪いことではない。むしろ、この時点での空元気は死臭がするよ。ムリして、がんばれるような状態ではない。


 ここからは、さらに命を大切にしながら、戦うしかないぜ。あちらさんは騎馬隊の主力が生き残っているんだからな。弓矢も装備しているせいで、ゼファーは近寄れないという厄介な状況だよ。


 オレたちを粉砕するための『最大の火力/騎馬隊』……それを、最後まで残してみせたマルケス・アインウルフは、やはり戦場の才を持っている。


 『策』を残していなければ、『死の美学』ブームが再燃してしまうところだったかもな。絶望的な自暴自棄が起きても、それを咎められる傲慢な戦士はいない……そんな状況にも等しい。限界ギリギリまで、オレたちは疲弊しているのは事実だ……だが?


 ああ、『ある』よ。取って置きの最後の『策』がね。オレたちには『勝利の女神たち』がついているのさ。もちろん、あの『ボルガノンの砦』に強力なお姫さまが一人と……そして―――うむ。そろそろ、時間だな?……到着する頃だぜ。見えなくても、信じられるよ。


「……ガンダラ、戦力は?」


「こちらの残存戦力は7000……あちらは、およそ9000、でしょうな―――まったく、作っておいてなんですが、命をバカ食いする戦場ですよ……たった三十分で、双方が半壊……」


 ガンダラは苦々しい草でもかじってしまった時の表情を浮かべている。知的で冷静沈着な彼には、なかなかに珍しい顔だった。


「……勝敗はどうあれ、後悔の残る戦になりそうです」


「ああ、死なせ過ぎているかもしれんな……アインウルフは、強かった。度胸と読みに優れている。決して凡庸な将などではなかったぞ」


「……はい。そうですね……ですが、勝ちだけは、いただきましょう」


「そうだ。そうでなければ、仲間をこれほど大勢死なせた甲斐がない―――それに、三十分が経ったぞ?」


 うむ、ゼファーが知覚している。ようやくゼファーに気取られるところまで……来ているぜ。


 さすがだよ、このタイミングに間に合うとは……計画通りだが、それだけにムチャをさせたことを詫びたいね。元から鬼畜な移動プランだったよ。だが、よく来てくれたな。


「―――準備は万端さ」


「……ええ。敵も疲れて、戦場が膠着状態にある。集中力はお互い尽きかけている……『フレッシュ/新鮮』な戦力の登場が、最も効果的な状況ですよ」


「おう。さすがは、我が団の頭脳たちだよ、最高のセッティングだ」


「お褒めいただき光栄ですね。さて、団長、『どちらの策』から、使いますか?」


「それはオレではなく、依頼主であるシャナン王に訊くべきことだぞ?」


「……そうでしたな。すみません、陛下。『どちらの策』から使われますか?」


 オレたちの視線が王に集まる。王は、ニヤリと笑う。


「意地悪を言うな。ワシよりも、君らのほうが『どちらの女神』にも詳しい。サー・ストラウス。君に助言を請う。どちらから行くべきかな?」


 悪いね、軍師でも将軍でも無い立場なのに……君らの運命、オレが決めちまっていいんだってさ?


 ……文句は……みんな無さそうな顔しているんだから、たまらないね。ホント、オレはドワーフの戦士って連中が大好きだよ。オレを信じてくれているのなら、オレを頼ってくれるのならば、オレは喜んで君らのための剣になってやるさ―――。


「……『北』と『南』。どちらも魅力的な女性たちだが、アインウルフは勘が良く、逃げ足も速いと来ている……小出しにしていては、ダメだな。躱されるような予感がする。色男さんには、総出でアプローチをしかけようじゃないか」


「……なるほど。では、同時に?」


「ああ。ゼファー!!」


 ……こっちに降りてこい。お前も突撃に参加するぞ!!


 ―――らじゃー!!


「……よーし。ゼファーも来る。シャナン王よ!」


「なんだ?」


「……『三方向』から、同時に攻める。これで決着をつけちまうぞ!!それぞれ、出し惜しみ無く最大の火力で攻撃するのさ!!」


「そうか。で、お主、何をしておる?」


「ん?……見たら、分かるんじゃないか?」


「……ああ。鎧を、外しておるのか?」


「そうだ。『身軽』になりたい」


 オレはこの頑丈だが、疲れた身体にはやや重たい鎧を脱ぎ捨てていった。


 ふう、急ごしらえのモノで、そもそもがオレ専用ではなく人間族用でもない。ドワーフ用を、無理やりに改造した鎧だったからな……それを脱ぐと解放感がたまらなかった。


 まるで、生まれ変わった気持ち?それは言いすぎだが、血と武具の放つ鉄の香りを乗せた、戦場の風でさえも、爽やかに感じるほどの解放感は得られた。だが、シャナン王は首をかしげている。


「―――そんなことをして、どうするつもりだ?」


「三方向から最大の火力で敵を攻めまくると言っただろう?」


「ああ」


「そのときに生まれるであろう大混乱に乗じて、オレが敵陣を駆け抜けて、どうにかアインウルフの首を取ってくる」


 ―――それで、この長かった戦も終わりだよ。無傷な者など、どこにもいないだろう。アインウルフも残しているのは、最大の攻撃……軽装騎馬隊による突撃のみ。


 それで来るしかねえ。


 なら?それを、正面からぶち抜いて、ぶっ殺してやるさ!!


「……ハハハハハハッ!!」


「なにがおかしい、王よ?」


 オレは本気だぞ?


「いいや。敵中を突破するというのに、鎧を捨てるか―――つまり、速度を得るために、身の守りさえも捨てる。その生き様に、感動したのさ」


「……速い方が、より確実にヤツを殺せるだろうが」


「たしかにな!!ハハハハハハハハハッ!!」


「さすがは、サー・ストラウスです!!敵陣突破を語るときに、鎧を脱ぐなんて!!」


 ドワーフたちはオレの『冒険』を喜んでくれている。フツーは引くヤツもいるもんだろうけれど、この野蛮な集団には、オレの戦術はウケが良かったね。


「しかし、かなり厳しい任務になりそうじゃのう?」


「まあね。でも、どうにか、出来るはずだぜ?」


 これを作るために、オレたちは待ち続けたわけだしな―――。


「……なにせ、アインウルフの虚をつけるからな。『南』はともかく、『北』に対してはリアクションが取れないだろう。かーなり、混乱するはずだ。やれるよ。なあ、オットー?」


 オレは馬泥棒たちの行方を、馬泥棒してきたばかりのオットーに訊いた。餅は餅屋であるな。


「なんですか、団長?」


「アインウルフは、『ガロリスの鷹』たちを、『どれだけの数』で追わせた?」


「二百。ほぼ同数だけですね」


「やはり、たった、それだけ。『北』に誘ったのにね。ヤツは、馬を見る目が良すぎるようだな。あの馬が自分の育てたものだと、確信を抱いているのか」


「みたいですね。だからこそ、『北』に逃げたというのに、あまりに無警戒だった。二百では少なすぎますからね。彼は、『騙せていない』。『だからこそ』、これから驚くことになるでしょうね―――」


「―――あのう、どういう意味ですか?」


 ドワーフ族の勇者が口を半開きだ。だから、オレはギュスターブの肩を叩く。労りを込めてね。


「残念だ」


「何ですか?オレ、何か、失態を?」


「君は幹部扱いだから、ガンダラの作った、どんなプランをもとにオレたちが動いているのかを、知っているはずだろう?」


「ええ。オレ、勇者ですし?」


 だからこそ、ガッカリしているのだがね……でも、オレはやさしいお兄さん。この青年の剣の才能には期待しているんだよ。戦術の理解力はイマイチみたいだがね。


「『ガロリスの鷹』がニセモノのルード王国軍の旗を掲げた、そもそもアインウルフさん家の馬だってことを、君は知っているじゃないか」


「……ええ?うちの妹が作った旗ですからね?」


「アインウルフも『それ』を見抜いたのさ。だから、ヤツは無警戒だった。『本物のルード王国軍』は『いない』と確信している。だから、ほぼ同数でしか、『ガロリスの鷹』を追撃しなかったんだよ?……ルード王国軍がいると思えば、もっと多くで確実に殺したろ?援軍を呼ばれたらマズいから」


「……ですね?」


 ああ。きっと通じていない。そうか、オレの言葉の選び方が悪いのか?


「いないと思っていた大勢の敵が、実はいると気づいたとき。お前は慌てるだろ?」


「ええ。それはヒト並みには?」


「そういうことが、これからアインウルフに起きるのさ」


「……分かりました。オレでは、理解できないことが、分かりました」


「……その潔いところは好きだぜ。とにかく、オレたちは総力あげて攻撃をぶちかますッ!!それだけ、分かれば十分だ!!」


「了解しました!!とにかく、走って暴れます!!」


「ギュスターブよ、サー・ストラウスを、アインウルフまで届けるための『道』を開け、それが、我らドワーフ戦士の役割だ」


 シャナン王がグラーセス王国軍の若き勇者に、そう命じてくれた。ギュスターブ・リコッドは元気な返事で闘志を示した。ふむ、ありがたいね……戦士として、これほどの名誉はない。


「……そうだ。オレたち全員で、敵を貫き、アインウルフを仕留める。たった、それだけのハナシだぜ―――行こうか、戦友たちよッ!!」


 ドワーフの戦士たちが、オレの言葉に応えて、おお!!と雄叫びを歌ってくれる。汗と血と泥だらけの身体に、戦士たちの歌が染み込んで、オレの命の炎は歓喜に踊るのさ。

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