第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その9


「……団長ッ!!」


 ガンダラが敵兵の頭をハルバートで打ち付けながらオレを呼ぶ。うむ、分かっているぞ、ガンダラよ。ヤツが動いているぜ。


 東の丘にいる『ガロリスの鷹』が、鏑矢を空に放って合図を出したな!!しかもさっきの音色は、アインウルフか―――将軍直々に、馬泥棒を成敗に行くっていうのか?


 大チャンス……とは、思わない。


 おそらく、ゼファー対策に弓も装備している軽装騎馬兵たちが、1000は動くかも?とてもじゃないがゼファーを派遣するの危険過ぎる。


 また鏑矢が空へと撃たれ、天空へ音を響かせる。二本だった。


「団長、騎馬隊、二千が動きますよ!」


「……半分か。アインウルフめ、馬泥棒を仕留めるついでに、オレたちを囲みに来やがったなッ!!」


 くそ、さすがに戦では未だに無敗のエリート将軍だ。もう『罠』のハッタリも、ゼファーへの警戒も考えないということか。


 オレは敵兵を竜太刀で切り裂きながら、考える。『ガロリスの鷹』はこれから『北』に向かって可能な限り逃げてもらう―――それで、役目は終了だ。上手くすれば、それなりの数の騎馬隊をここから遠ざけられるかもしれないしな。


 さて、正面から来てくれることを期待していたが……あてが外れたな。アインウルフが四千の軍団を率いて、焦って突撃しくれたら、かなり楽だったんだが……戦場というものは予測通りには動かないものだ。


 だから?


 臨機応変さが試されるぞ。


 中央奥に二千の騎馬隊しか残っていないのなら……ドワーフの戦士の耐久力をもってすれば、その突撃にギリギリ耐えられる。


 さーて、出番だぞ……マリー・マロウズ、レイド・サリードンよ!!




 ―――マリー・マロウズは、ガンダラの読みが外れたときのバックアップ。


 『ボルガノンの砦』の屋上から双眼鏡で戦場観察、アインウルフが二千の騎馬を引き連れて動くなんて。


 ……も、もしものときに備えて、考えていて、良かった……っ。


 ……レイド、アンタの出番よ?……ていうか、カミラさんの!!




 ―――『砦』から、狼煙が上がったっすよ!?レイドさん!?


 ……ああ、そう転びましたか、なるほど、それじゃあ、西の弓隊を潰しましょう。


 弓隊っすか?……元々は、『牛さん』たちは騎馬隊対策じゃあ?


 ……ええ、本当は、四千の騎馬隊と、刺し違えさせる予定でしたが、大丈夫ですよ。




 ―――ソルジェ団長いわく、レイドさんは天才らしいっすから、信じます!!


 ……天才かは分かりませんけど、あっちの弓兵を潰せば、竜で中央後ろが狙えます。


 ふむ!……よ、よく分かりませんけど、任務っすから、やりますよ!!


 さあ、『牛さん』たち!!私の魔笛で、暴れちゃってくださいですッ!!




 ああ。戦場に間抜けな曲が響いてくるぜ……カミラの笛の音は、もうちょっとどうにかならないのだろうか?……力が抜けてしまう。


 オレは左腕から『炎』をぶっ放して敵兵を数名まとめて焼きながら、魔眼でゼファーの視界を奪う。


 カミラの笛に操られて、『ベヒーモス』の群れがその瞳の色を変える。ふむ……洗脳完了か。で、ゼファーよ、彼らはドコを狙うと?


 ―――かみらの『ふえ』は、『にしのゆみたいへ』と、いってるよ?


 ほう。そう来たか。ゼファーよ、お前も、リエルとミアと一緒に、ベヒーモスたちの後ろを追いかけろ。そして、弓隊が崩壊したら、北の騎馬隊を焼きまくれ!!


 ―――りょうかい、『どーじぇ』!!


 よし……さすがは、マリーちゃんと、レイド・サリードン。どうにか囲まれる心配を無くしてくれたか。


「王よ!!」


「何だ、赤毛!!」


「ベヒーモスの群れは、西の弓隊にぶつけるぞ!!オレたちも、それを追いかけ、西に移動しよう!!」


「なるほど!!時計回りに殲滅するか!!」


「おうよ!!第六師団をなで切りにしてやるぞ!!」


「だが!!それをして、『砦』に食い付いてくれるか!?」


「ハハハ!最初から、『罠』が怖くて、近づかないさ!!……『本物』の『魔牛騎士団』サマたちには、最後の仕上げをしてもらうことになりそうだなあ!!」


「なるほど!!ガンダラよ、お前の『魔王』は、賢くはないが、鋭いのう!!」


「ええ。野生の勘なのでしょうかね。ソルジェ・ストラウスの土壇場の判断力を、疑ったことはありません」


 ……インテリたち、オレのこと、ちょっとバカにしながら褒めてる!?


 いいさ。別によ!?


「さて……王よ!!腕利きを集めろ!!」


「フン!!今でも生きている男は、すでに腕利きだけだッ!!」


「なるほど!!……じゃあ、ギュスターブ!!ここに留まり、王のしんがりを守れ!!時期を見て、オレたちに続け!!無意味に死ぬなよ!!」


 ギュスターブが双刀の乱舞で出来を刻みながら、オレに返事をくれた。


「イエス・サー・ストラウスッッ!!」


「いい返事だ」


 あと、いい腕だな。


 やはり、『雷抜き』についてはヒントをやれないな。


 切磋琢磨させてみたくなる男だ―――どこまで、伸びるのか?それを見てみたいな。ギュスターブは、王ほど大きくはないが、その分、小回りが利く。


 竜巻みたいな男だよ。ああ、まったくよう……ヤツが『野良』だったら、うちの猟兵団にスカウトするんだが、残念だ。彼の成長をリアルタイムで見ているのも、戦士としてはたまらなく楽しいことのはずだがね。


「隙有りいいいいい―――――」


「―――そんなものは、ストラウスの竜騎士には、ないんだよ」


 オレはそう叫びながら斬りかかって来た兵士の腕と首を、一発で跳ねてみせる。くそ、ちょっと恥ずかしいね。ギュスターブの剣舞を見ていたせいで、オレも回転しながらの太刀を放っていたよ……ッ。


「いい回転です、サー・ストラウスッ!!」


「……回転剣舞の第一人者に褒められて、お兄さんは満足さ―――」


 ……ん?


 戦場の大地が、揺れていた。なるほど、あれだけのサイズの動物が、600頭も走れば大地だって揺れるということか。


 オレは魔眼を使ってベヒーモスたちの『群れ』を確認する。ふむ、あれほど激怒し躍動する巨牛を見たことはないな。


『BHHAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 ベヒーモスの大群がオレたちの背後から駆け抜けてくる。大地を揺らしながら、彼らは西側の弓兵隊を目掛けて馬と同格かそれ以上のスピードで走っていた。


「あれが……『闇』に操られた『ファーフィン種』だというのか?」


 シャナン王がベヒーモスの細かな品種を口にしているようだが、オレには何と返事していいのか分からない。共感の仕方がみつからないだろう?固有名詞の意味が分からないんだからさ……?


 このインテリ王は、魔牛生産について、やけに熱心だからな?魔牛マニアなのか?竜マニアのオレと、気が合うのかどうかも……想像がつかないね。


 とにかく。


 『ファーフィン種』とやらのベヒーモスたちが、黒い津波となって西側の弓兵に向かって行くね。よく訓練された馬のように、そのルート取りは完璧だ。弓兵たちがその黒い巨獣に向かって矢を放つ。必死だよね、止めなくちゃ潰されちまうから。


 だが、ベヒーモスの骨格はそもそもが分厚い上に、そいつらの急所である角のあいだ……つまり、脳がある部位には、鉄の額当てが装備されている。そう、即死させるのは難しいぞ。弓兵たちは、何十頭か仕留めてみせたが、やがて、その黒い津波に呑まれていった……。


 その暴走する巨獣に踏まれては、五体満足ではすまないな。隊伍を組んでいるのが災いする。逃げ場所がないのだから。


 ……ああ、ザガーリンの吸血鬼城で、吸血鬼に操られた戦士どもの群れとの一戦を思い出すぜ。あの戦士どもも、とんでもない強さと勢いだった……だが、それは命を短期間に燃やし尽くす『闇』の魔術さ。


 『ルナティック・ハイ』。わずか数分のあいだに命の全てを爆発させる『闇』の魔術だよ。それが過ぎれば、失神……あるいは絶命するだけだよ。


 食用ベヒーモスさんたちには、なんとも残酷なことをしているようだが、どうせ食べる肉だしな?それに……牛を犠牲にしてヒトの命が救えるのなら、安いモノだろう?


「……さて!王よ、駆け抜けるぞ!!」


「うむ!!皆の者!!ワシに続け!!西側に踊り出て、仕切り直すぞ!!」




 ―――ソルジェたちはベヒーモスの背を追って、敵兵を蹴散らしながら西へと抜ける。


 それと時を同じくして、東の丘にアインウルフ率いる二千の騎馬隊が到着していた。


 もちろん、『ガロリスの鷹』たちは、全力で丘の裏側を走って逃げるのさ。


 『北』を目掛けて……将軍は隊を分けて部下に命じる、二百の騎馬だけで馬泥棒どもを追わせたよ。




 ―――戦力の分散を、はかっているのか?それは分かるが……なぜ『北』だ?


 自分たちの軍勢を『南北』に伸ばすつもりか、しかし、そうしてどうなるものか?


 連中の戦力は全て、ここにいるはずだ……そして、そうだ、アレも懸念ではあった。


 ……ベヒーモス、薬でも打って、暴走させたのか?




 ―――西側の弓兵たちが壊滅的な被害だった、丘から見えた惨状に彼は舌打ちする。


 ……だが、牛どもめ、薬が強いのか、死に絶えていくな……。


 懸念がまた一つ、消えたということだ。


 弓兵たちも全滅したわけではない、攻め込んで来るドワーフたちを道連れにしている。




 ―――後は、竜だけか……そうアインウルフの口がこばしたとき、神馬アレクシスが跳ねた。


 ……ぬう!?……敵か!?


 アレクシスの『暴走』の意味を、彼は正しく理解していた。


 オットーだった、丘の上の土のなかに、草をかぶって潜んでいた。




 ―――猟兵か!?その言葉に、オットーは静かに答える。


 ええ……暗殺をしくじるなんて、誰にも言えない過去が一つ、増えてしまいましたよ。


 そう言ったものの実は、アインウルフを暗殺する気はオットーにはなかった。


 オットーが狙ったのは、アレクシスだったのだが……まさか避けられるとは……。




 ―――アレクシスは、オットーをにらむ。


 将を射るには馬を射よ、の発想で、落馬させて、アインウルフを拉致するつもりだった。


 でも、その作戦は水泡に帰す……命令以上のことを、しようとした罰ですかね?


 オットーを騎士たちが取り囲む、将軍は告げる。




 ―――いい度胸だ、一人でここに残るとは?降伏するなら、命は取らないが?


 ……魅力的な提案ですが、ここを突破するだけならば、難しくはないのです。


 騎士たちが笑う、有り得ぬことを―――と笑った男が、顔を打たれて落馬する。


 オットーの四節棍が、鞭のように動いて彼を打っていた。




 ―――騎馬隊が躍起になって、矢を放っていく。


 だが、三つ目を開いたオットーには、矢など当たるわけもなかった。


 四節棍で全てを叩き落とすと、オットーは気絶している男を片手で抱えて盾にする。


 ……貴様、三つ目の亜人だと?……滅びては、いなかったのか?




 ―――滅びたようなものですよ?でも、このとおり、私は生きている。


 オットーがありったけの『こけおどし爆弾』を使い、巨大な閃光と音に身を隠す。


 将軍が視力を取り戻したときには、オットーは馬を奪って西へと走っていた。


 部下に追わせようとしたとき、オットーは任務を実行するのだ。




 ―――魔術をつかい、この丘の下にまいていた油に火をつけていた。


 炎の壁が、オットーを隠す、追撃は困難だったが、将軍直々に矢を放つ。


 背後から迫ったそれを、オットーは見ることもなく、四節棍をしならせて打ち落とす。


 ……『魔王』め、そろえているな、才能を……ッ!?




 ―――そのとき、西の戦場に、黒い竜が姿を現していた。


 アインウルフは、あの屈辱の夜を思い出していた。


 土砂降りのなかを、アッカーマンの首を下げて、飛び去った黒い竜。


 そいつが、西の戦場から、空へと上がるのだ……。




 ―――残してきた騎馬隊を、狙うのか……!?援護に行くべきか……?


 しかし、将軍は『南』も気にしている、『砦』が見えた。


 誰にも守られていない、その『砦』……放棄する?ヒトの気配はあるのだが?


 ……いいや、捨て置こう……狙うのは、シャナン王の首だけだ!!


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