第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その7


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 一万と一千のドワーフたちの雄叫びの歌が、世界を闘志で埋め尽くす!!


 ああ、野蛮だぜ。殺意と敵意と怒りに満ちて、血肉が爆ぜるほどに、熱くなるのを感じるぞ。魂の奥底から、戦え、戦えと、闘争本能が叫んで来やがるぜッッ!!


 獣のような形相だ。


 どいちもこいつもヒゲだらけの口元を、思いっきり開いて、肉を噛みちぎることに適した太くて強靱な牙を見せつけるんだよッ!!


 くそう!!


 オレも、ドワーフみたいに滝のようなヒゲを生やしておけば良かったぜ!!オッサンくさいから、毎朝剃ってたから……今は、無精ヒゲが生えてるばかりだし!!なんか、負けてる気持ちだぞッ!!


 だが、いい!!


 ヒゲで戦をするんじゃねえッッ!!


 戦は、腕で振るう武器で、敵を殺してやるだけの簡単なお仕事だッッ!!


 グラーセス王国軍の爆発するような闘志の高まりに、第六師団の歩兵たちは脅威を感じたのだろう。たしかに、オレも含めてこっちは重傷者だらけだが……生まれながらの生粋の戦士ばかりがそろっているぞ。


 貴様らのような徴兵されて仕方がなくとか、市民権欲しさに帝国に媚びたとかの打算的な選択ではない。生まれてからずっと、武器と血の放つ鉄のにおいに囲まれて生き抜いてきた、『真の戦士』だ!!


 ひよっこどもよ!!


 怯えてくれるな、それではつまらん!!全力をもって、オレたち『真の戦士』と殺し合えよッッ!!


 あきらかに敵兵どもの歩みが硬くなる……だから?


 あちらの歩兵を仕切る士官殿たちが、ラッパを吹かせて、命令を出すのさ!!


「と、突撃しろおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!ケガ人だらけの、グラーセス王国軍を、粉砕して来いいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「ど、ドワーフどもを、殺すんだああああああああああああッ!!」


 敵兵どもが勇気を奮う。


 若いねえ。勢いを借りて突撃するかね!


 お兄さんたちを見ろよ!


 血が熱を帯びている今でさえ、君らを『待っている』。なんでか?その方が、有利だからだよ。オレたちは重い鎧を装備している。肉体の壁となって、戦略を維持する生きた砦となるために。


 だから、走っては疲れてしまうのだ。


 それを嫌い、殺戮の衝動を抑えながら……君らを待ち構えているんだ。ああ、早く来い!!走れ、『恐怖』を体から追い出そうと、勢いを借りて走ってみろよ?全力疾走になっているぞ?


 鎧を着て、武器を持ち……不慣れな戦士が、戦場を走るのかね?


 ―――疲れちまうぜ。


 あと、50メートル、40メートル、30、20……王よ、この間合いだぜ。


 シャナン王の鬼のような激情を帯びた瞳が、見開かれる!!


 そして、一番槍の名誉は―――アンタのものだろう?竜太刀を打ち直してくれた礼だよ、オレはアンタに『一番前』を譲るぜ……ドワーフ王よ。いいや、ドワーフ最強の『戦士』よ!!


「行くぞッッ!!!」


 『戦槌・バルキオス』を構えたシャナン王が、全軍の先頭を駆けるのさ!!ありえないことだな、王が、先頭なんていう全軍で最も危険な場所を走るなんてよ?


 だが。


 それでいいのだ。


 この在り方が、グラーセス王国の王として……ドワーフの王として、最も正しい戦の仕方なのだッ!!


「うおおおおおおおおおおおおらああああああああああああああああああッッッ!!!」


 『雷』を全身に帯びている―――そうか、『雷帝斬り』かッ!!


 当たり前だが、アンタもそれを出来るのだな、シャナン王よッ!!


 ドワーフ王族が使う最強の必殺技が、戦場の中心に爆裂を刻みつけるッッ!!


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンッッッ!!!


 大地を砕いて呑み込む特大の雷撃が、絶望と驚愕に染まる敵兵どもの群れを粉砕していく。あまりの威力の前に、その雷撃を浴びた者の肉体は、まともな形状を残すことさえないのだ。


 五体をバラバラに粉砕されながら、血肉は雨となり、戦場を赤に焦がす。


 大地が帯電したおかげだろう。空気が軽く感じるね。爽やかなほどに軽い風が舞うその地獄に、十数人分の肉片が、敵兵の頭上に落ちていくのさ……。


 敵兵の進軍が、思わず止まる。


 ああ、気持ちは分かる。大地が裂かれて、仲間たちが一瞬で細切れにされちまったんだぜ?ビビるよなあ?……ああ、それは納得さ。


 でも。


 真のドワーフ王が使う、完成された『雷帝斬り』の前に―――それは良くない態度だぞ?脅威から間合いを取ったつもりだろうが……あの奥義は、全身に『チャージ/筋力強化』をかける技巧だぞ?


 そうだ、君たちとオレたちの間合いは、もう20メートルもないんだ。加速した王の脚が産むスピードならば?一瞬のうちに、君たちの目の前にいるぞ?


「わ、わあああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


 絶叫があがる。


 彼は有能だな、雷のようなスピードで走り、跳躍したシャナン王の姿を、見つけて、叫ぶだけの余裕があったのだから。宙にいるシャナン王の、悪鬼のように恐ろしい顔を見てしまったのは、ちょっとかわいそうだけど?


 大丈夫さ。


 その叫びが仲間に届く頃には―――君は天から振り落とされた『戦槌・バルキオス』の伝説の一部へと組み込まれている頃さ。


 何千人……いいや、何万人殺して来たのだろうか?


 大いなる王家の武器に、その身命をもって赤を加えるのだぞ?


 君って男は、幸せ者だよ!!


 兜も、鎧も、シャナン王と『バルキオス』の前では紙くずのようなものだった。潰されながら発熱し、あまりの威力の前に音を放ちながら貫かれ、戦槌は無慈悲にその役割を果たした。


 敵を、『潰す』。


 そして、『殺す』。


 大いなる『ビンテージ・ミスリル』の破壊力が、一人の男の肉体をつぶしてしまう。頭と胸の上部までもが潰れているな。生死を確認する気も起きない。アレはもう死体。二秒前まで叫んでいたけど、二度と叫ぶことはないのは明白だ。


 振り抜けば、きっと彼の全身は二つに裂けていただろうけれど、王はそれをしなかったよ。慈悲ゆえか?……とんでもない、すみやかに次の殺人現場に直行するためだよ?オレたちは倍の相手を殺しまくらなくてはいけない。


 たった一人の敵の命に、長くを与える余裕はないのさ。


 速いな―――シャナン王の脚が帯びている『雷』は、まだ死んじゃいない。唐突に目前に現れたシャナン王の姿を見て、若きファリスの尖兵は、その顔を歪める。ドワーフの国に、ようこそ!!


「えええ――――」


「ぬうんんッッ!!」


 横に振り抜かれた『バルキオス』の一撃が、彼とその近くにいた二人の青年を巻き込みながら、宙へと飛ばしていた。十数メートルもの飛行だ。翼無き身としては、なかなかに得がたい飛行距離だ。


 即死していなければ、その数秒を楽しめたかもしれないね?でも、即死していたから、きっと、ドワーフの王国の空の青さを知れなかった。雲の少ない、とてもよく晴れた空なのだ、瞳に映しながら死ねたら、さぞや幸せなことだったろうに。


 ドワーフの『雷』は暴れ回るのさ。


 戦槌は、その伝説を上書きするために、次から次にヒトを潰して吹き飛ばしていく。鎧の鉄が伸びる音と、鈍器を肉と骨で受け止めさせる音が聞こえる。ああ、素晴らしい戦闘能力だ。


 ああ。ドワーフ王よ、君たちは素晴らしい存在だな。共に戦う仲間であったとしても、そして、もしも敵として生まれついてしまった定めの果てに遭遇しても―――オレは、君たちの強さに敬服するよ。


 正直、ちょっと戦いたい―――が、今はビジネスの時間である。


 『雷』の時間は、終わる。数十名を肉塊にして、シャナン王はまた鈍足のドワーフへと戻るんだよ。


 敵は誤解する。


 それで彼が弱くなっただと?


 そんなことはないよ。君らじゃ束になっても敵わない。


 だから、助太刀なんて本当は無用なのさ?……でも、オレもこの新たな伝説を見せてやりたいからね?『雷』を脚にまとわせて、走るのさ!!


 そうだ。


 『風』を帯びての加速ではない、『雷』を帯びての加速だよ。ドワーフ族の頑丈さでしか出来ない―――そう間違えていたオレだが、そうじゃない。


 ジャスカ姫の『狭間』ならではの頑丈さを活かした我流まじりの『雷帝斬り』。そしてそれよりも技術的に進化しているギュスターブ・リコッドの『雷』をまとった脚―――まあ、彼は『狭間』ではないからダメージを負っていたが?


 それらの『失敗』と、真なる『雷帝斬り』を魔眼で見比べることで分かったんだ。若手二人とはね、シャナン王のそれは違うんだよ。


 何がかって?


 『雷』を宿す『場所』が違っていたな。あんな巨大な戦槌を背負って、あそこまで速く強く動く?……ジャスカ姫ほどの頑強さならともかく、いい年こいたドワーフの肉体でも無理があるよね?若手で最強のギュスターブでも、脚が痙攣してたのに。


 だから。


 違うって分かった。あれは間違いだよ。


 若手たちは大地を掴んで蹴る、足の指と、ふくらはぎ/下腿三頭筋―――に『雷』を集中させていた。ああ、それはスピードが出るね。大地を足首から先で、踏み込み、蹴飛ばして駆けるんだから?


 でも、それだとダメージが大きすぎる。シャナン王のように、負担を分散させてやらないと、壊れてしまうのさ。


 そうだ、シャナン王は足首だけで地を蹴ったわけではない。『雷』を腰から下の、下半身全体にまとわせて、『静かに動いた』だけ。『踏み込むんじゃ無く』て、ただの『すり足』だけで良かった。


 ふくらはぎ頼みの『つま先』の蹴り込みで、爆発的な加速を生み出さなくても?下半身の動力をただやさしく『かかとと足の裏全体』で、大地を圧すだけで事足りた。


 『雷』の加速を体感する。ふむ、たったアレだけの動きが、ここまでの動力になるのかね?一瞬のうちに、20メートル以上……なるほど、リスクはあるが、いい技だな。


 『瞬間移動』が、終わるのさ。


「―――え?……ど、どうして?」


 目の前に帝国兵の若者がいる。オレが突然に現れたことに、驚いている。『恐怖』よりも驚きが先に表れていたな。


 オレの移動は、種族的限界というか……シャナン王ほど高くは跳べないが、その分、この移動は直線的で、体感的には『速い』かもしれない。


 見えなくても、君の恥ではないのだ。だから、怯えるな、不安がるな。叫ぼうとしなくてもいい。だって、君に放つべき敵意をオレは失っているのだから。


「……さあ。もう、不安がらずに眠れ!!」


 その言葉を聞けたのかね。『雷』の加速にありながら、放っていた竜太刀の斬撃、それが、彼を切り裂いていた。鎧ごと、彼の上下がズレていき、そして、そのまま命は崩れてしまう。


 敵兵どもが、シャナン王のとなりに出現したオレに驚く、怯える?いや、どちらも、関係ない。呆気に取られてしまった君たちは、オレのことを現実なのか幻なのかも理解が及んでいない。


 想像力を使う。使ってしまうな、どうしてだと?……間違いだぞ、瞳に映った脅威を疑うべきじゃない。


 その隙を、猟兵という存在は逃すことなく、食らいつくぞ!!オレの殺意を浴びて、敵兵どもが動き始めるが、遅かった。『雷』を使わなかったとしても、硬直した君らをストラウスの嵐で切り刻むのは、たやすいことだからな―――。


 またたくまに、四人の兵士を切り裂いた。どうだ、王よ、これが、その豪腕で打ってくれた新たなる竜太刀の鋼の強さだ。鎧の鋼をものともせずに、肉を裂き、骨を断ち、命を喰らう。空に散った骨と血肉と脂の雨の下、オレは王の前へと参上する。


 シャナン王は、こちらを見て静かにうなずく。アーレスの竜太刀と、オレ自身をその深い青をもつ瞳で見ていたのさ。彼は、賢いから多くを見抜ける。


「……ほう。さすがはアーレス殿の化身。気高く、慈悲を帯び、残虐で苛烈なる鋼よ。それに……竜騎士よ、『雷』の足運びを会得したのか、人間族でありながら!」


「ああ。そうさ。王よ、さきほど見せていただいた貴方の『雷帝斬り』……そして、姫と未熟な勇者・ギュスターブのおかげで、見えました」


「なるほどな。失敗作を見て、ワシの本物を見れば、そこに至るか」


「ええ。足の指は、いらなかったですな」


「フフフ。おそらくドワーフ以外では、最初の男だ。『雷抜き』をマスターした者はな」



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