第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その6


「ルード王国の騎馬隊は、かなり恐れられておるようじゃのう?」


「ええ。第七師団を打ち破りましたからね。それに、真のルード騎馬隊には、ギャリガン将軍というドワーフの武人がいます」


「なるほどのう。ドワーフやベヒーモスとの連携になれていると」


「……はい。あくまで、『本物』のことですが」


「フフフ。まあ、奪った敵の馬で、これだけやれたら上等というものだな!」


 まったくだよ。コツコツ盗み続けて来た甲斐があるというものだぜ。第六師団の歩兵諸君らは、すっかりと思い込まされている。馬の『恐怖』をよく知る彼らには、とくに有効な策だろうさ。


 今までやって来たことをやり返される?……そういう行為は、出鼻を挫くにはいい武器だよ。警戒を引き出すのには役に立つ。


 さて……これで『時間稼ぎ』は出来るかね……。


 そうすれば、理想的なのだが……オレはギンドウ製の懐中時計をにらんだ。午前10時44分―――ふむ。あと30分もあれば、大丈夫か?我が妻よ?


「王よ。手はずは分かっているな?」


「もちろんだ。皆、思い知らされてもおる。不用意に突撃しては、滅ぼされるとな」


「そうだ。ドワーフは頑強だが、脚は遅い。そして、今回は前回にも増して、皆が重装備だ。走り出すのは、オレたちからではない、第六師団からだ。敵を十分に引きつけてから、こちらも突撃するぞ。そして―――」


「―――そして、『深追い』はするな、だな。各部隊長にはいい聞かせておる」


 前回と同じ行為は許されない。


 あちらの歩兵はそこまで強くない。ドワーフの戦士たちならば、簡単に崩せるはずだ。前回はそのまま突撃を繰り返し、歩兵の群れを突破したあと、左右から弓隊に矢を射られる羽目になったんだよ。


 勇敢な戦士たちも、さすがに左右からの矢の雨には混乱してしまう。その直後に……アインウルフが仕上げに仕上げた騎馬隊の突撃を浴びて、砕け散ったというわけだ……。


「命を散らせた同胞たちが作ってくれた教訓である。血気盛んなドワーフの戦士でも、分かっておるわ」


「ならば、十分だ。この戦は『策』を使わねば勝てない。そして、『策』を使うために必要なのは、忍耐と統率力だ」


「任せておけ。そういうものは、ドワーフの王をやるには必須のものだ―――む!連中、ついに動き始めるか」


 帝国の進軍ラッパが鳴り響いていた。


 アインウルフが兵たちに説明する時間は無かっただろうな。それに時間を割いてくれたなら、かなり楽になったのだが……そこまで、ヤツもバカじゃないか。


 オレたちの馬では……『ガロリスの鷹』では、あの大軍へ深刻なダメージを与えることは難しい。馬になれていないことを考えれば?降りて戦ったくれた方がマシかもね。


 しょせん、彼らはハッタリだからね。


 ちょっとでも敵を困惑させられた時点で、その役目のほとんどは済んでいる。正直、『ガロリスの鷹』の面々は、働き過ぎているからね。もはや疲れすぎているのさ。


 よくやってくれた。この戦の最大の功労者たちだよ、君たちはね。最も多くを犠牲にして、最も献身的に戦い抜いてくれた。もう休めという失礼な言葉は使わない。


 もしもの時には、君らの命もくれと叫ぶことにするぞ。だから、今は敵を威嚇しながら、そこにいてくれよ。


 あとはオレたちが野蛮を捧げる時間だぜ。



 アインウルフは兵士たちに命じた。進めとね?だから、歩兵たちは迷いを捨てて、歩き始めている。大軍だからな、二百の騎馬に蹴散らされるのは、自分じゃないと思うことは十分に可能だよ。


「さーて。オレも準備しておこうかね」


 ドワーフに借りた鎧をガチャガチャと鳴らして、オレは背中に担いだ新たな竜太刀を抜き放つ。


 王の目が、太陽の光を浴びて輝く、竜太刀へと見入る。このときばかりは彼は王ではなく、職人の瞳になっているな。まあ、自分の手で打った剣のなかでも―――おそらくは最高傑作の一振りだ。気になってしまうのも、分かるよ。


「……ふむ。やはり、いい鋼に仕上がったな」


「ああ。おかげさまで、最高の剣となった。王よ。その礼に、この竜太刀の切れ味を、存分に見せてやろう」


「十分に見せつけてもらおう。その太刀に見合う腕がある男というところをな。そして、我も、ドワーフの王であるということを、見せつけてやろう!!」


 シャナン王が、その巨大な戦槌を片手だけでぐるりと旋回させる……ふむ。圧倒的な腕力と、そして技巧が無ければ、この芸当はムリだな。


「これこそが、『戦槌・バルキオス』!……最も古いミスリルの一つだ!!」


「……ほう。『ビンテージ・ミスリル』というヤツか?」


「ああ。重たく、硬く、あらゆるものを打って砕く」


「だろうね」


 ミスリルというのは『軽い』ことも一つの売りだが……古く落ち着いたミスリルというのは、内部構造が変化していくらしい。オレの頭で理解出来るイメージでは、『濃くなる』……かな?


 金属は硬くて動きがないように見えるが、ゆっくりとだがその内部で、『安定しよう』という力学が作用しているそうだ。作られて時を経た金属が、むしろ作られた時より硬度を増すことがあるのは、そういう理屈らしい。


 ミスリルは軽いものだが……数百年の時間が過ぎ去ることで、その内部により密度を増したミスリルを作り出していく。『濃いミスリル』の誕生さ。密度の高さゆえに、それはミスリルとは思えないほどに重くなる。それに比するように、硬さもまた強まるのだ。


 それが、『ビンテージ・ミスリル』だよ。


 オレの竜太刀に新たに混ざった鋼の一つでもあるし―――王の戦槌を構成している素材なのだろう。


 大地に置いたときの重量感がスゴいな。


 白銀色にまで磨き上げられた、その戦槌がどんな伝説を持っているのか、浅学なオレには知らない。だが、血塗られた歴史を歩んだドワーフ王族の至宝が、どこまで血に染まっているのか?


 まったく。想像するだけで、『戦槌・バルキオス』からは血の香りが漂ってくるようだ。


 王の周りの戦士たちも、『バルキオス』の白銀の輝きに、心と視線を奪われているな。ふむ。戦勝の宴で、たっぷりと聞かせてもらおうではないか、その白銀に融けた伝説の数々をな―――。


 シャナン王が、『戦槌・バルキオス』を天高く掲げていく。


 オレも、ドワーフの戦士たちも、その威風堂々たる伝説の鋼を見上げてしまうね。


 そして、王は自らの家臣である戦士たちを見回して、歌うのだ。


「大いなるグラーセスの戦士たちよッッ!!喜べ、決戦の時が来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「決戦だあああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 今まで『おあずけ』を食らっていたドワーフの戦士たちが、その短気さを隠すことなく空へと叫んだな。そうだ、短気な短足どもよ。よくぞ、これまでガマンをしたものだ。


 粗暴な君たちが、わずか400メートル先まで敵が来ているのに、よくヤツらへと飛びかかっていくのを、抑えてくれたな。


 シャナン王もガンダラも、そのことには感激モノらしいぞ?特攻文化に染まった、君らの凶暴性を鑑みると……たしかに、奇跡だよ。


 もはや、君らの文化は本能にも影響を与えている。敵へと獣のように突撃していくことを、最高の誇りと考えているな?たしかに、その尊さをオレも認めよう。だが、その名誉へ殉しようとする心の衝動に耐えてまで……勝利を願う君らは、さらに尊いぞ!!


「戦士どもよッッ!!もはや、戦意を抑制することはないのだッッ!!時は、満ちたッッ!!邪悪なファリス帝国の、侵略者どもを戦槌で打ち砕く時が来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 王の声は、激しくて太いぜ。天と大地を振動させて、その偉大なる歌は世界を駆け抜けていくのだ……戦士たちの魂を共振させて、ドワーフの闘争本能に火を点けていくのが、この場に立ち会うだけで、手に取るように分かった。


 ああ、本当に、ジャスカ姫とそっくりだよ。


 これが、ドワーフの王族たちに受け継がれてきた『血』の影響ってヤツかもしれない。『兄弟同士の殺し合い』―――その邪悪なまでに激しく、壮絶を極めた淘汰圧を受けて、この猛々しさを宿す『血』は創りあげられたのだな……。


 その文化の是非を問うのは、今はやめよう。


 あまりにも残酷すぎたその歴史を、オレのような他人が批評するのは、また別の機会で良いだろう。


 ああ。


 残酷だ。


 だからこそ。


 この『血』の歌は、ドワーフの魂を揺さぶって、獣のような、残酷さを広げていくのだな?


 帝国兵諸君よ。


 君らはまだ離れているから、今のドワーフたちが浮かべる、攻撃性に染まりきった形相を知らずにすんでいるね?


 ……それは、なんとも幸運なことかもしれない。


 だが。安心することは出来ないぜ。


 もうすぐ、彼らと君らはぶつかるんだからな。


 目の前で見ることになるぞ?真のドワーフというものが、どこまで残酷で勇ましいのかをな。


 真の結束を帯びた、ドワーフたちをね……もはや、シャナン王に従わぬドワーフの戦士らは一人としていないだろう。


 『荒野の風』とシャナン王を比べる無礼な戦士は、ここにはいなくなった。


 最前線で、ただの戦士として敵の群れへと襲いかかるこの偉大な王を、ドワーフの野蛮な戦士の本能が、拒絶することなど出来はしないのだ!!


「シャナン王、万歳いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!」


「侵略者どもを、ぶっ殺せええええええええええええええええええええッッッ!!!」


「オレたちのグラーセスから、ヤツらを消しちまええええええええええッッッ!!!」


 殺意と悪意と怒りが、風となり、波となり、一万と一千のドワーフ戦士たちを一つに染め上げていく!!


「ぬうううううううううううううううううううんんんんんんんんッッッ!!!」


 シャナン王が、『戦槌・バルキオス』に『雷』を込めて、大地目掛けて、それを叩き込むッ!!


 天を割るような爆音が、風となって駆け抜けたッ!!


 そして、大地が、揺れやがったぜッ!!


 波のように揺れる振動が、王国軍の戦士たちの足下を、そして―――この『鬼神』に敵対するファリス帝国の兵士どもの足下をも走り抜けていたのさ。


 強大な力と、そして、知性を捨ててドワーフの本性をまとった、『戦士』、シャナン・フォン・グラーセスの獣のような貌と全身から放たれる殺気を浴びせられて、敵兵の群れが一瞬、その身をすくめて行進を止める。


 次の瞬間には、それはまた始まるが……最前列にいる兵士どもの顔が青ざめたことをオレは魔眼で知るんだよ。


 そうだなあ、そりゃそうさ、こんなバケモノにケンカ売る?命知らずにも程があるねえ……ッ!!


 ドワーフ王の雄叫びが、歌を叫ぶぜッ!!


「ドワーフの戦士よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!不屈の誇りを戦槌に込めてッッッ!!!今こそ、戦場の鬼となれええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


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