第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その5


 ―――逃げに疲れ果てた戦士たちは、その料理で結束を帯びた。


 単純なことほど心に響くこともあるのさ、温かい料理は心をも救うから。


 そうだ、彼らは戦いながらここまで南下してきた。


 作戦を実行するためだが、それは戦士の誇りに反する行いであるのも確かだ。




 ―――だが、ここからは……もう一歩たりとも退くことはない。


 限界まで追い詰められたからというのも事実だが、反撃を始める時なのさ!!


 ここからは、ドワーフの時間。


 シンプルにして野蛮で、細工をこらし、勇猛にして果敢。




 ―――肉を食べながら、温かいスープを飲みながら、戦に備えるのだ。


 恥も屈辱も、悲しみも苦しみも、痛みも死さえも。


 全ては、これから至る勝利のためにあったもの。


 すっかり体はボロボロだけど、それでも誇りは熱を放ちながら燃えている!!




 ―――ドワーフたちは、古から伝わる歌を始める。


 肩を組み、空へと歌を放つのさ。


 それは素朴な暮らしの歌で、山脈からのぞいた朝陽に希望を見た牛飼いの歌。


 昨日よりもいい日でありますようにと、必死に生きようとする者の歌だった。




 ―――戦士たちは、一つになるよ、自分たちの生きるこの王国を守るために。


 シャナン王は、血で血を洗う内戦の歴史を誰よりも知る。


 誰よりもドワーフ同士の殺し合いの、犠牲者であった。


 だから……これだけの戦士たちが、結束を放つ光景は、想像できなかった。




 ―――でも、彼は賢き王なので、その瞳で見た事実を拒絶することはない。


 ドワーフは、変わったのだろうか?


 いいや、ヒトは憎しみ合うものだけど、それだけが全てではないというだけのこと。


 ヒトは、他者と分かり合える力をも、たしかに心へ宿している。




 ―――ジャスカ姫、ソルジェ・ストラウス、『荒野の風』。


 それらの英雄たちはキッカケに過ぎず、ただドワーフたちの心を導いただけ。


 その結束は、ドワーフたちが持っているもの。


 昔から、原始の頃から本能として、その血に脈々と伝えられてきたものさ……。




 ―――そうだ、殺し合いながらでも、築かれた歴史は尊い。


 悲惨な歴史は呪いのように、心を縛りもするけれど。


 それの放つ痛みは、いつか結束をも作るんだ。


 今こそ、君たちの宿敵と手を組むときさ。




 ―――永遠の同盟ではないかもしれないが、それでも君たちの王国を守るために。


 故郷の料理と、故郷の歌を楽しむこのときを使って。


 ただただ、外敵を倒すために、絆で君たちを結びつけるといい。


 鎖国は終わるのさ、これからは君らを脅かす世界との戦いが始まる。




 ―――仲間同士で手を組んで、大いなる敵との、終わらない戦いに向かおう。


 『魔王』に砕かれて、姫の歌で取り戻した誇り。


 その誇りを、今こそ解き放つ時だよ?


 恐れることはない、ヒトとヒトとが仲間になることは、子供同士でも出来る簡単なこと。




 ―――共に、戦場で遊ぼうよ、命を燃やして、大義のために、笑顔を浮かべ。


 その戦槌に、全てを込めよう。


 君たちの、不屈の誇りを、その鋼に込めるんだ。


 何度も負けて、追い散らされても、君たちは生きている。




 ―――それは、強さの証明だよ。


 負けを多く知る戦士ほど、戦場でしつこく冷静に戦えるのだから。


 君たちの勇猛果敢は、叡智を帯びて、不屈となった。


 死の美学から解放されて、泥にまみれてもがく、真の勇者へと至る。




 ―――さあ、角笛を響かせようじゃないか?


 天へと伸びるやぐらの上で、見張りの戦士たちが、敵の軍勢を見たよ。


 たかだが二万二千、こっちには、一万一千だ。


 それにね……勇猛さだけでなく、叡智がついているんだから!!




 ―――そして、僕たちもいることを忘れないで。


 赤毛と竜太刀をもつ、『魔王』と―――それに率いられた無敵の猟兵たちさ。


 さて……戦いを始めようじゃないか?


 腹ごなしをするために、ゆっくりと歩いて。




 ―――焦ることなく、その平野に両軍は集結するのさ。


 もうここからは、戦士の時間、身分は捨てる。


 シャナン王さえも、最前線だよ?


 戦士であることが、ドワーフの誇りであり、王国最強の戦士は最前線にこそ相応しい。


 



「ふむ……初めて相対したときと、同じ陣形を使っておるな」


 シャナン王はそう語り、ニヤリと唇を歪める。そうだ、それはオレたちの予想の通りだから。


 ファリス帝国軍第六師団は、最前列に一万四千の歩兵を配置し二列目の左右にそれぞれ弓隊二千ずつの弓兵、後ろに最強の騎馬軍団四千という形だな。


 奇策はない、彼らが最も多く戦で使って来た陣形である、あちらにとっての『無敗の陣形』さ。


「ああ。彼らもまた長い遠征に連日の戦闘で、疲れ果てている。複雑なことは出来ない」


「だろうな。お互い、この数日の疲れで心身共にくたびれ果てておる」


「それに、ヤツらは警戒してくれている。なせに、昨日の朝と今日の朝、彼らは二万五千も失っているんだぜ?……オレたちの『策』に怯えているはずだ」


 迷いもあるだろう、アインウルフ?


 お前は別にバカではないはずだ。副官を殺された分、冷静な判断を心がけるようになったな?それは成長だよ。お前はこの王国に侵入してきたその日よりも、数段は強い将になっただろう。


「アインウルフは『策』に怯えている……だからこそ、これまで無敗だった『自分たちの最強の戦術』に頼り、全てを賭けるのさ」


「ふむ。シンプルでいい判断だ。兵の混乱も少なくすむだろう」


「そうだ。こっちも疲れ果てているからな。アインウルフは、今のグラーセス王国軍の力では、歩兵を崩せもしないと考えているさ」


「たしかに。その分析通りではある。歩兵だけの力では、崩せなかっただろう」


「ああ。だが……今度は違うぞ?」


「うむ。君たちもいるし……歩兵どもを崩すための『策』も用意できた」


「今のオレたちには、短足野郎ばかりじゃないからね」


 そうさ。


 軽装騎馬隊による、歩兵の殲滅……騎馬隊が歩兵を蹴散らす姿を、誰よりも知る君たちに―――東の丘に『彼ら』をプレゼントするよ?


「シャナン王よ、南進し、昂ぶっているヤツらの気合いを削いでやれ!!」


「おう!!角笛を鳴らせッ!!」


「了解です、シャナン陛下!!」


 近衛の兵士が、肺を膨らませながら、そのヒゲだらけに口にベヒーモスの角笛をくわえる。そして?……体にため込んだ空気を全て、吐き出して、その巨大な角笛から策略を帯びた歌を空へと放つのさ!!


 それは連絡係たちの角笛を、次々と連鎖して鳴らしていく。


 ベヒーモスのうなるような歌声に似たそれは、リレーされていくんだよ。


 数キロ先まで響く、その歌を、近距離でリレーしていく意味?……ああ、もちろんあるさ。誘導しているのさ、あえてムダに多くの音を鳴らすことで?……第六師団の若い歩兵たちの視野を誘導しているんだ。


 大きな音が、連続して動いていく。


 東へ東へとね?


 人間には想像力というモノがあるんだ。この露骨でうるさい音楽を、無視することは出来ないだろう?それに、視線を横へと動かすことは、決して、難しいことじゃあないからね。


 そうだ。すぐすむぜ?


 瞳を東の丘に向けてみろよ?


 『いるはずのない者たち』がいるぞ?


 丘の上に、『彼ら』は現れるのさ……帝国軍第六師団の歩兵諸君。騎馬の強さを誰よりも知る君たちには、この存在がどう映るのかね?どれほどの『脅威』と、その心が判断するのか、じつに楽しみだよ。


 オレも右目で東の丘を見る。


 そうだ。


 ああ、懐かしいねえ。


 見ろよ、あの黒い鎧を身につけた、『騎馬の群れ』をね?


 オレの魔眼が、第六師団の最前列にいる歩兵たちの動揺の波動を、確かに嗅ぎ取るのさ!!




 ―――そうだよ、『いるはずのない者たち』が、東の丘の上へと現れる。


 それは、黒い鎧を身につけた、『ルード王国軍』の兵士たち。


 彼らは足の長い見事な馬に乗り、王国旗を風になびかせながら現れる!!


 その数は、多くはないよ?数にして、たったの二百ほど!!




 ―――でも、誰よりも『名馬』を見てきた第六師団の歩兵たちには有効だ。


 この馬たちは、どれも見事な軍馬だからね!!


 たった二百でも、この軍馬たちが一団となって突撃してくれば?


 歩兵の『壁』を蹴散らし、大穴をあけることは想像がつく。




 ―――これは複数の衝撃を与える『策』だった、なにせ、『ルード王国軍』だよ?


 第六師団の退路を断ち、北から攻め込んで君らを殲滅するかもしれない、怖い軍さ。


 それを見た帝国兵士たちに、あきらかな動揺が生まれていた。


 それは、アインウルフさえもそうだった。




 ―――ありえない!!彼らが、あれほどの名馬を持っているのか!?


 何より、いつだ!?


 ルード王国軍の動きは、帝国軍が監視しているのだぞ!?


 少しでも、動きがあれば、必ずや……我々は気づくはずなのに!?




 ―――ありえんぞ!?いくら早馬だったとしても、我らを追い越しここにいる?


 そんなバカな話しが、あるわけがない!!


 ……ありえない……うむ……そうだな……ありえない―――つまり。


 そう、アインウルフは悟るのさ。




「……アインウルフには、バレでおるだろうか?」


「ええ。おそらくバレていますよ」


 シャナン王のとなりにいる軍師・ガンダラが静かに語る。


 そうだ、オレもガンダラの意見に同調できる。


 そもそも……おそらく、王だって、質問する前から分かっているはずだ。ルード王国軍の動きを警戒して、さらにその情報と、馬の脚を知り尽くす彼ならば……?ありえないってことに気がつくよね。


 手品のネタを見破るコツは、あり得ないことを排除して推理を組み立てていくことだ。どんな奇策も超常現象で作られてはいないのだから。


「……そろそろ、望遠鏡で、馬を見て腹を立てている頃でしょう」




 ―――ガンダラの読みは的中していたよ、アインウルフは望遠鏡で事実を悟る。


 その軍馬たちは、見事なはずである。


 なにせ、帝国軍第六師団のアインウルフ自身が、手塩にかけて育てた存在だから。


 そうだよ、あれは『偽りのルード王国騎士団』さ。




 ―――戦場で、ちょこちょこ馬泥棒をしてきた成果であった。


 グラーセス王国軍が捕獲したものもいるし、土砂降りの夜に盗んだものもいる。


 昨日も、ちょこちょこ盗んで来たよ?


 その集大成が、この偽りの騎士団だった。




 ―――うつくしさまで帯びた、至高の軍馬たち。


 それに乗るのは『ガロリスの鷹』の足の長い人々さ、その黒い鎧?


 ドワーフの鍛冶屋が、そんなものを作るのなんて、朝飯前さ。


 盗んだ軍馬に、偽りの王国軍の鎧をまとった、鷹の戦士たち。




 ―――アインウルフはその意味を悟れたけれど、末端の歩兵たちは混乱するばかり。


 この嫌味な『策』は効いている、200も一流の軍馬と騎士がいると思えばね?


 騎馬の威力を誰よりも見てきた、彼らは怯えてしまう。


 王国軍の援軍の数は分からない、その強さを浴びるのは、壁である歩兵たちだから。




 ―――ああ、もちろん『ガロリスの鷹』には200人もいない。


 だから、半数以上は、鎧を着せたカカシだよ?


 望遠鏡で見れば分かるかも?だけど、歩兵たちの装備に、それはないもんね。


 なので、このハッタリは魔法をかける、敵の歩兵たちの勇気を削ったよ!!




 ―――セコいだって?いいや、これも戦略さ。


 僕たちは『パンジャール猟兵団』、『恐怖』を与えて、敵を挫くのが得意技だ。


 それにね……全てがウソだというわけじゃない。


 このウソを、アインウルフに『悟らせる』のも、重要な『罠』なんだよね。




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