第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その4


「空腹、風呂上がり……からの、遅めの朝食が、牛肉だって!?歌え、ミアッ!!」


「サイコーだあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 オレたちストラウス兄妹が大はしゃぎだ!!


 戦況が酷いことは分かっている。これからたくさん死んじゃうよ?でもね、それとこれとは別だよ!


 日々を一生懸命に生きるためにもだね?オレたちは一食一食を疎かにしてはならない。それが、分かるかね、ガンダラよ?


「……団長。何故、私を見るのですか?」


「……いいや。君がオレたち兄妹の食欲をバカにしていないか、チェックしてる!」


「そう!!ミアも、チェック中だよ!!ガンダラちゃん!!」


「だよな?来い、ミア!!」


「うん!!兄妹合体だあああああああああああああああああああッッ!!」


 そう。オレたち、戦場のど真ん中で食欲を表現する。オレの肩に、ミアが乗るのさ!!このフォーメーションは、巨人の高身長にさえ、到達するのだ!!監視モードである!!


 人混みを超えて、遠くまで見渡せるぜ!!


「ミア!!」


「うん!索敵開始ぃッ!!……おう!お兄ちゃん、敵影は、巨大な『鍋』だああッ!!無数にあるぞおおおいっ!!」


「なるほどな!!大勢の胃袋をまかなう!?そんなときは、これが一番だ!!」


「肉を、余すことなく使えるもんねッ!!肉からしたたり落ちる脂の喪失は、このスタイルならばありえないッッ!!」


「旨味が、100%保存されるというわけだ!!」


「大地の恵みを、逃さない!!パーフェクト・スタイルだああああああッッ!!」


「しかも!作るのが―――」


「―――楽ださああああああああああああああああんんんんッッッ!!!」


 ああ。ドワーフどもが、オレたちを見上げている。バカみたいに大騒ぎしているからね?


 どうした?オレたちの兄妹合体がうらやましいのか?そうだろうな、こんなに仲良い兄妹とか、この大陸に他にいるのか?ああ、近親相姦とかしてるレベルのはいるかもだが、オレたち健全な合体中!!


「あら。何だか騒がしいと思ったら、ミアちゃんね?」


「うん!ミアだよ、ジャスカちゃん!!」


「ほんとだ。お風呂上がりのミアちゃんだ!水分が多めね!!タオルで頭をふいてあげたくなるわね!」


「大丈夫!ほとんど乾いてる!あとは、風が乾かしてくれるので、早くゴハンを食べたいなあッッ!!」


 ミアがリズミカルに両足をばたつかせる。ふむ。右のかかとが『飛び大蛇』で切り裂かれた傷に直撃しているのに、痛くないね!お兄ちゃんパワーだ!!


「そうね。それじゃあ、こっちに来なさい!!美味しいのを、よそってあげる!」


「うん!!行こう、お兄ちゃん!!肉のパラダイスへッッ!!」


「おう!!」


 オレはミアの号令のもと、ジャスカ姫について行くのさ。そうさ、あの大きな鍋のもとに―――ああ、肉の香りと……赤ワインだな?ああベタだが、最高の組み合わせだ!!


「じゃあ。お椀につぐから、とりあえず、その合体止めたら?」


「ううん。このアングルなら、鍋の中まで『見える』から―――食べる直前までは、監視をつづけたいの!!」


「そうだな。その姿勢に、お兄ちゃんも共感するぞ!!」


「えーと……つぐ瞬間を、高い位置から見たいのね?」


「うん!」


「ああ!」


「面白い兄妹よね。でも、ミアちゃんは可愛いから、付き合ってあげるわ!」


 さすがジャスカ姫、そこらのドワーフごときとはノリが違うぜ。


 ああ、彼女の剛力を宿した指がお玉を取ったぞ。そして、その浅いが直径一メートルを超える大鍋へと入って行く!!


「赤いスープだな」


「赤いスープだね」


「ええ。ほら、とろみもしっかりとついているわよ?」


 ジャスカ姫のお玉がそのスープをすくい、もてあそぶようにスープを鍋へと落としていく。たしかに、とろみがあっていいな。そして、この風に乗ってくる風味……ッ!!


「ミアよ。分かるか、肉に赤ワイン。ウルトラいいコンビだ!!」


「うん!!それに、あのスープの赤は、トマトだねえ!!」


「ああ。たくさんのトマトをふんだんにつかってある!!おそらく煮込んで缶に詰めて保存していたヤツだな」


「正解よ?まあ、見ただけで分かるわよね。赤いもの?」


「そして、タマネギの微塵切りも混ぜてあるぜ。砂糖も使っている。ああ、酸味に合わせて甘さもあるスープだろう……そして、さっきのとろみを見たな、ミア?」


「うん!!小麦粉と、挽いたナッツを混ぜてあるんだあ」


「ええ。正解!とろみがあるスープも、体が温まっていいわよねえ?」


「ああ、戦場では、心も体も冷えてしまうからな!指揮官として、最適のスープだ!」


「鍋を作っただけで、そこまで褒められるなんて、嬉しいわね?」


「ううん!いい鍋を作るのは、ある意味では戦で勝つよりも難しい……」


 鍋にうるさいミアが、静かに深く哲学を語るのだ。そうだ、たしかに、そうだ。鍋は調和の料理である。ヒトを殺すよりも、よっぽど難しいに決まっているのだ!!


「あはは。そうね、けっこう、工夫もしているのよね!」


「うん。お肉が、大きい!!でも、一口大だよう!!」


「ガンガン喰えちゃういいサイズだなッ!!」


「ジャスカちゃんのラブを感じるねえ。みんなに、たくさん食べて欲しいんだよう!!」


「ああ、しかも、あの牛肉、おそらくタマネギの微塵切りに漬けた後で焼いたんだよ。その後で煮込んだんだな?」


「うん。食べる前に、よく分かるわねえ」


「分かるよ!!だって、肉が、主張しているもの!!」


「ああ。魔眼を使わなくても、『見える』ぜ。ジャスカ姫の心意気がな」


「そう?」


「たくさん食べて!……でも、これから大きな戦がある。あまり胃に残り過ぎても負担が大きい。だから、柔らかくする技巧を施したんだよね?みんなのことを、考えてさ!!」


「タマネギの犬殺しの毒で、肉を柔らかくしつつ、フルーツの粉末も使ったんだな?包丁で牛肉の繊維を、ほぐすように叩いている……手間暇をかけて、味を追求するだけでなく、戦士たちの胃袋への負担をも計算してある。これは、母性だな!」


「うん!!もはや、『聖母の鍋』だよう!!」


「……えーと、『牛飼い鍋』よ?グラーセスとかアミリアでは伝統的な牛肉料理で……」


「お兄ちゃん!!」


「ああ!!」


「ど、どーしたの?」


「『伝統』だよ!?ファリスの侵略者と戦う、このときに!!『伝統』を皆に与えるんだよ!!」


「うむ。『結束』が高まるな!!これで、オレたちが何のために戦うかを、戦士たちは理解できる。そうだ、『伝統』を継いだ、この長く古い王国を、守るためにここにいるのだ!!」


「……ええ。そうだけど」


「戦士よッッ!!一噛みごとに、『故郷』を感じろ!!貴様たちが、命に代えても守ると誓った『故郷』を、その歯と、その舌で感じるのだッッ!!」


「そうだよ!!みんな、この味を作ってくれた、この王国を守るために、命を捨ててでも戦うんだ!!」


「だが!!覚えておけ!!この味を作ってくれた者たちの、愛を忘れるな!!貴様たちを育んでくれたのは、大いなる遺産で庇護された大地が産んだ恵みだけではない!!」


「そうだよ!!作ってくれるヒトの手があったから、ここまで美味しくなったんだ!!」


「それこそが、愛だ!!貴様たちの肌に刻まれている、家族の物語を忘れるな!!やがて敵と戦い、その命を奪われたとしても、貴様たちは孤独だったのではない。料理を作ってくれた家族と共に生き、家族のために死ぬだけだ!!そうやって死ぬときは、貴様たちの魂は、この王国の大地と、無数の同胞たちと結びつけられている!!決して、孤独ではないぞッ!!」


「さあ!!お肉を食べるよ!!みんな、そこらにあるジャスカ鍋にスタンバイするんだあああああッッ!!」


「ジャスカ姫、号令をかけるのは、『救国の風』であるお前しかいない!!」


「え?」


「ジャスカちゃん、歌うんだ!!『私の鍋を、喰らええええ』って、歌うんだよおおおおおッ!!」


 ミアが魂から声を出す。だから?ジャスカ姫も、なんとなく分かってくれる。そうだ、それでいい。感情なんてものは、なんとなく伝わるぐらいで、十分なのさ!!


「よし!!何だか、分からないけど……やる!さあて、野郎どもおおおおおおお!!私の鍋の前に、スタンバイしているなああああああああッッ!!」


『イエス・マムッッ!!!!』


 ドワーフの戦士どもの無数の声が、完璧にシンクロしているぜ!!そうだ、いい調子だぞ、ジャスカ・イーグルゥ姫よ?……戦士という男どもの胃袋と心を、料理でも掴んでみせろよ!!


 数千人の戦士どもの視線を、一身に浴びながら、ジャスカ姫はその身を大きく膨らませる。胸いっぱいに空気を吸い込んでいるのさ!!彼女の青い瞳が気合いに光り、その嵐のように狂暴なまでの声で、世界に歌うんだッ!!


「戦士どもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!私の鍋を、喰らええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「いただきますうううううううううううううううううううううッッ!!」


「ジャスカ姫、万歳いいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


「グラーセス王国の恵みに、祝福あれえええええええええええッッ!!」


「家族のためにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!」


 ドワーフの戦士どもが、『ボルガノンの砦』で一斉に歌うのさ!!言葉など、歌われる詩など、そろっていなくてもいいんだ!!


「そうだ、全てをさらけ出せ!!この戦にかける心を!!戦う理由を!!生き抜きたい理由を!!敵を駆逐せねばならない理由を!!叫んで、貴様のそばにいる戦友たちと共有していけ!!」


 そうだ。そうでなければならない!!


「我らは、『救国の風・ジャスカ・イーグルゥ姫』のために集った群れだ!!お互いのことを、今このとき、今まで以上に深く知るんだ!!心の中にわずかでもある、迷いも、苦悩も、恐怖も、全てを歌にして解き放ってやれッ!!」


 ―――そして、美味い鍋でも食おうじゃないか、戦友たちよ?


 ドワーフの戦士どもは、泣きながら故郷の味に食らいついていく。


 ガンダラが、オレのとなりにやって来る。


 だから、意地悪く訊くんだ。


「どうだ?料理って文化もバカに出来ないだろうが。戦う理由が、国やヒトの在り方の全てが、そこにつまっているんだよ?」


「……ええ。素晴らしいですね、結束を産みましたよ」


「……ねえ?」


 ジャスカ姫がオレたちのそばにやって来る。


「今の演説、士気を上げるために狙ってやったのかしら?」



「半分ぐらいね。なんか、皆でまとまれるシンプルで、あまり政治的じゃないキッカケが欲しかったのさ。策士なグルメお兄さんだろ?」


 ドワーフさんたちは、内戦やり過ぎているらしいからね?


 変に政治的な主張だと、派閥を乗り越えられないかもしれないだろうから。つまらんことだが、男の政治や思想に関するこだわりってのは、殺しても曲がらん時があるからな。


 だけど?


「故郷の味なら、みんな文句は言わんだろ?……侵略者をぶっ殺して、オレたちは故郷の味を守るのさ。シンプルなことだからさ、シンプルなことで伝えるべきだよな!」


「……だから、姫殿下も、その鍋だったのでしょうか?」


 ガンダラが訊く。オレは、ガンダラとは違う意見だ。なにせ、彼女は真の天才だ、計算なんて小細工はいらないさ。


「んー。さすがに、そこまでは考えてなかったわよ?……でも、この戦に相応しい料理を、身近な材料から、選んだだけよ」


「ああ。自然体でそれが出来る。だからこそ、君は『救国の風』なのさ」


「ウフフ。サー・ストラウス。貴方は私に『意味』をくれるのが上手なのね?」


「視点を与えただけだよ。君の『本質』は、真の英雄に相応しいものなのさ。父上に似たんだろう?美貌は母上、いいとこ取りだね」


「そうかも?でも、叔父上の演説のタイミングを、奪っちゃったわね?」


「くくく!いんだよ。君でいいさ。シャナン王は、不言実行の方が、似合う。忍耐の男だからね」


「……ねえ。お兄ちゃん!!ジャスカちゃん!!」


 ああ、すまんな、ミア?よだれがダラダラ状態だ。ジャスカ姫は察してくれる。さすが鍋料理を最前線で作る女は、母性が違うね?まあ、彼女、リアル妊婦だしな。


「さあ!おいで、ミアちゃん!!ていうか、『パンジャール』の皆も、私の『牛飼い鍋』、食べてみてよ!!」


 食べる前から、最高だって分かっている鍋だ。オレとミアの魂を込めた解説もあったせいか。うちの猟兵どももワクワク顔だね。


 ガンダラは無表情だし、料理への愛が欠けた男だけど、空気を読めるいい大人だから、すぐにオレたち全員で鍋を囲む。そう、『家族』はこうでなくちゃね!


 そして?最高の『牛飼い鍋』を喰らうのさ?やわかいが大きな肉と、トマトと肉からあふれた血と旨味、そして赤ワインが混じった最高のスープをね?これ、パンにも合うけど、米にも合うな。ジャスカ姫、今度、レシピを教えてくれよ?


 くくく。ミアの猫舌が、『国が救える味だああああああああああああああああッッ!!』と、その味を称えているぜ。


 ああ、今、オレたちバカみたいに一つだよ。故郷の味を、みんなで鍋にして食べるのさ。


 そうだ。シンプルだ。みんなで、この味を産んだ故郷を守るんだよ。命懸けで、ただ一丸になってな。それだけの、簡単なお仕事だっつーの!!


 ……でもよ。この『結束』は、アインウルフ。アンタには、きっと作れちゃいないね?


 おしゃれなお前は、タマネギを微塵切りにして、あるいはナッツを挽くことで作れる『絆』は、知らないんじゃないかね!!


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