第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その3
男だらけの大浴場か。色気ゼロだが、口惜しいかな、いい風呂ではある……っ。
ドワーフの生活水準って、高いような気がするねえ。洗練という概念はないけれど、一々、使っているモノや道具が高性能。この大浴場だって見事なものだ。
さすがは、王族である『荒野の風』の砦ということなのだろうか?なんか、ライオンの彫刻から滝のように湯が流れ出て、そいつがプールみたいに広い湯船に降り注いでいやがるね。
詰め込めば、二、三十人は同時に入れそう。
「ドワーフの風呂って、みんなこんなにデカいのか?」
オレはドワーフ男子のギュスターブに訊いた。ギュスターブは首を横に振る。
「いいや、さすがに。オレみたいな庶民の家のは、もっと小さいです」
「そうだよな」
二、三十人が同時には入れるサイズの風呂なんて、ほとんどの自宅にとって無意味だもんな……。
「この三分の一ぐらいっすよ」
「……そう、なのか」
うん。デカいな、ドワーフさん家の風呂……と信じるほど、オレは純粋な心を持ち越してはいないよ。なにより、にやけながら言ってしまったところがマイナスだぞ?真顔で言えば、もう少し評価してやれたのだがな。
「ふう。これが、ドワーフ族の勇者のギャグセンスか」
「え……だ、ダメですか?ちょっとした、ユーモアだったんですが?」
そもそも王城のゲスト・ルームの風呂にもリエルと入浴済みなオレに、そんな冗談は通じないのだよ。一般的なサイズだった。ドワーフみたいな職人気質な連中が、無意味に大きな風呂など好むまい。
「……ああ、もっと、爆笑を取って欲しいものだな。勇者だろ?」
「ゆ、勇者に、いりますかね?爆笑?」
「いるさ。笑えない勇者の寝物語など、どこの母親がベッドにいる子供に話したいというのだね?」
「……ッ!!」
たしかに、って言いそうな顔になっているな。
「たしかに!!」
ほらね?
「……オレは、そうですね。マジメが過ぎて、笑えない……」
「ああ。このままでは、笑いも取れない二流勇者だな」
「オレは、どうすればいいんでしょうか、サー・ストラウス!!」
迷える若き勇者が、『魔王』に相談してきている。うむ、人生の先輩としては、答えてやるべきだろう。オレはこの男湯と女湯を区切る赤レンガの古い壁を見る。
ペチペチと手で叩いて、その頑強さを確かめていく。ふむ……なるほど、さすが軍事要塞のものだな?死ぬほど頑丈そうだ。
つまり……修行には、ちょうどいい硬度ではないか?
「いいか、ギュスターブ、お前に修行をつけてやろう」
「は、はい!!ご指導を、お願いいたします、サー・ストラウス!!」
「うむ。とりあえず、この壁に素手で穴を開け、女湯へと―――」
「―――ソルジェ。この壁は、古くてところどころが薄いそうだ。言いたいことが、分かるか?」
壁が……壁が、オレの正妻エルフさんの声でしゃべった!?……うん。そりゃそうだ、向こう側とこっちの距離はレンガの壁一枚分。しかも、老朽化しているしね?声ぐらいなら筒抜け。
「うん。知っているよ、冗談だ」
「そうか。ならば、良かった。戦の前に、ムダな血液を流すことを、私は不毛だと考えているのだからな」
「……もちろん、オレもだよ!!」
壁は、返事をしてくれなかった。だからかな?なんか、それが逆に怖いんだけど?
「サー・ストラウス……オレは、より良い勇者になるには、どうすれば!?」
「ああ……とりあえず、オットーみたいに静かにお湯へつかろうぜ?」
「はい!!」
オレたち男どもは並んで風呂につかるのさ。
ああ、下らないことばかり話して、場の空気が冷たくなったとしても、湯の温度も良さも変わらない。
当たり前のことだが、ありがたくもあるよ。この世界が、ギャグセンスの少ない男たちにも、暖かい湯を提供してくれることに火山の女神にでも感謝したいところだね。
「それで。団長、傷の方は?湯につけても大丈夫ですか?」
細目モードのオットーが訊いてくる。うむ、心配してくれている。こういう紳士的なところをオレは見習わなくてはならないのだろうが、まだ心がガキなせいか、なかなか出来ちゃいないね。
「……ああ、大丈夫だ。心配、ありがとうよ。魔眼が戻って、ゼファーともつながっている。体力も傷の治りも、加速しているのさ」
だから、アイシングの原則を破っても大丈夫そう。受傷してすぐは、温めずに冷やしなさい―――ふーむ。一応、顔面だけは冷やしておこうかな。オレは風呂桶に水をすくうと、湯に浮かしたまま顔をつける。
「ふむ。お行儀はともかく……理屈的には正しいはずだぞ、これはー」
オレは顔を半分左に向けて、右頬を冷やしながら口を開く。
「あのクソ変態野郎のガラハドは、とにかく顔をブン殴って来やがったからな」
そう語った口のなかも、じつは血だらけだ。ガラハドにブン殴られたとき、自前の歯と口内の皮膚がぶつかって切れちまったのさ。殴られた時には、よくするケガだよね。口のなかがズタズタになるってのは。
「なんつーか。やっぱり、かなりの強敵だったよ……運が悪ければ、死んでいたのはこっちさ」
「ええ。確かに。ですが、彼らを戦場に出さずにすんで良かったですよ……」
本当にオットーの言う通りだぜ。もしも、あの連中を戦場に解き放っていれば?各地の戦況を予想以上に破壊されていたかもしれない。
「ヤツらは猟兵だからな。とくにガラハドはオレたちの策を見抜けただろう。アインウルフに告げ口することも出来たはす」
あくまでもオレを殺すことに集中していたから、プロフェッショナルとしてのミスを許容していた。オレが獲物じゃなければ、ヤツはもっと被害者を減らせたはずだ。
感傷から過大評価しているのではない。ガラハドは有能な猟兵であったことは、間違いようのない真実なんだよ。
「……ええ。もしもそうなれば、戦場は変えられた」
「そうだな、オレにだけ集中して来てくれたのは、本当にありがたいことだぜ」
「そうですね。最大の幸運は、『ガレオーン猟兵団』が、この戦の勝敗に関心が無かったことですよ……あると、本当に大変でした」
「ちょ、ちょっと待って!あの連中は、戦争の勝敗に興味がなかったのか!?」
オレたちの納得に、ギュスターブは驚いていた。そうだろうな、戦場に訪れた戦士が、戦の勝敗に興味がないなんて、この若く純粋なドワーフの戦士には、まだ理解が及ばない存在なのかもしれないね。
「傭兵だからな、フツーはそんなものさ。ここの騎士でもないし、帝国軍の正規兵でもない。このグラーセス王国のことも、ましてファリス帝国のことも、ガラハドからすれば、心底どうでもいい存在だったのさ。報酬さえもらえるのであれば、場合によっては、グラーセス王国にだって雇われるだろう」
プロフェッショナルさ。傭兵としては、ヤツは正しい。それも真実なんだよ。
「な、なるほど―――では、どうして、サー・ストラウスは、オレたちのために尽力して下さるのですか?」
「くくく!……君らが、『帝国』と戦っているからさ」
「……サー・ストラウス。貴方は、たしか、妹を戦で亡くされたと……それは、まさか帝国に?」
「ああ。当時のファリスは、まだ王国だったがね」
「ガルーナとファリスはそのとき、同盟を組んでいましたね」
「そうだよ、オットー」
さすがに歴史への知識は高い。それがなければ、遺跡を調べても、その価値を知ることが出来ないもんね―――。
「ファリスはオレのお袋と妹を、エルフたちの国へと逃がす約束だった。だが、ヤツらは裏切り……二人は、戦場から逃げられずに……戦火に呑まれてしまった」
「……サー・ストラウス。それは、辛い戦いを」
「いいや。世界にあまねく不幸の一つに過ぎないのさ……ギュスターブよ。それが、オレが『家族』である『パンジャール猟兵団』を、君たちに貸す理由の一つだ。納得してくれたかな?」
「ええ!……ありがとうございます。必ず、帝国軍に勝ちましょう!」
「そうだ……侵略者など、決して許してはならない」
「はい!!」
そしてオレたちは会話を無くす。疲れた体を湯につけながら、顔面をまた桶の冷えた水をつかってアイシングするのさ。
しばらく顔面を冷やし続けていた。竜の魔力も流れているのだから、これぐらいの打撃のダメージも、そのうち抜けるはずだよ。
この長い沈黙に耐えられなくなったのは、まさかのオレだった。さみしがり屋さんなのかね?……シスコンが疼いているのか?セシルを喪失してしまった苦しみを思い出して、気分転換を求めているのだろうか?
ここが女湯だったら、妻たちに抱きついているところだ。ここが男湯だから、そんな気も起きずに、アイシング用の水に息を吐いて、泡立たせてみる―――。
なにか、会話が欲しくなり、オレは視界のなかに情報を探す。すぐに、見つけた。ギュスターブのヤツは、よく見れば体中にタトゥーを彫り込んでいる。
「……グラーセスのドワーフは、タトゥーが好きなのか?」
「え?ああ、いえ……好きというか、これは『歴史』でして?」
「ん?……『歴史』とは?」
「はい……つまり、なんというか?」
「『家族の歴史』が彫られていますね。いつに誰が生まれたとか、誰が亡くなったとか。誰がどの戦で手柄を立てたかとか」
「え?ああ、よく読めますね。オレにも、意味は分かるんですが、読めないほとに古い文字なのですが」
「……ほう、面白い文化だ」
「オレたちは、一年ずつに、誕生日ごとに体のどこかに、その年にあった大切なことを体に刻むんです」
「なるほどね。それならば、忘れずにいられるな」
「ええ。そういうことです!」
世界にはさまざまな文化があるものだな。
……ふむ。
そう言えば、ガルフの腕にもタトゥーが彫られていたな。どんなものかって?この場では口に出すことは選ばないが……戦死した仲間たちの名前、そのイニシャルだ。
あの自由気ままなガルフも、そうやって仲間の死を背負っていたのかな?たんに、さみしいからかもしれないがな。ガルフは、そういうことはあまり話さなかったな。どっちの意味で、肌に仲間の名を彫らせたのだろうか―――。
オレは……誰の名前も彫らずに済むように生きたいものだぜ。甘いかな?ああ、でも、それが本心なのだから、しょうがねえだろう?……ガルフ・コルテスよ。あの世から、オレたちの無事を祈っていてくれよ。
オレは冷たい水に顔をつけたまま、仲間たちの無事を祈っていた。神ではなく、オレたち猟兵の祖にな。
ギュスターブのヤツが、彼の体に刻まれたリコッド一族の物語を聞かせてくれる。なんとも嬉しそうにね。恋物語も刻まれているのは、ちょっと意外だった。君の曾祖母と曾祖父は、狩りの獲物の大きさを競った勝負の果てに結ばれたのか?
大きなイノシシを苦手な弓で仕留めることが出来て、よかったな?曾祖父の奇跡がなければ、君はこの場で風呂につかっていることもなかったのだ。家族の歴史か、なるほどね、なかなか興味深くはある。
……そうだな、ギュスターブ・リコッドよ。君の次の誕生日に、その肌へ彫る物語を、良いモノにしようじゃないかね?この戦に勝とう、そして、可能な限り多くの仲間を死から救うぞ?
「……さーて。異文化の勉強は十分だぜ」
「ええ?まだ、全てを話せていないのに……」
全てを聞かせるつもりだったのか?
……なんとも、意外と、おしゃべり好きな男だったんだな。
「まあ、その物語の続きは、戦勝の宴のときにでも聞くよ」
「そ、そうですね?……オレは、口べたですから、ああいう席で、話すことがなくて」
「恋人を作れ。そしたら、色々な物語が生まれるぞ?……なんなら、恋の相談をするのも面白い。オレは、三人も妻がいる。頼りになるぞ?」
「た、たしかにッ!!」
くくく、からかいがいのある勇者くんだぜ。
「ようし!だが、今は、そろそろ湯から上がろうぜ?腹が減ってしょうがない」
「ええ。そうしましょうか。私も空腹です」
オットーが賛成してくれる。長湯も嫌いではないが、今はこの空になった胃が訴えてくる空腹が辛いぜ。
「そ、そうですよね?オレも、そう言えば、お腹ペコペコですよ……そうですよね、ほとんど徹夜していたようなものですし……お腹が空いて、当然だ」
「ああ。では、意見が一致したところで、仲良し三人組で、メシに行こうぜ?」
さーてと。遅めの朝ご飯はいったい何だろうな?
肉のにおいがしてるのは、知っているんだがね……。
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