第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その2


 『ボルガノンの砦』の屋上にゼファーは着陸する。そこに待っていたのは、ジャスカ姫と巨大な牛の肉塊であった。


「おつかれさま、みんな!!無事に戻って来てくれて、うれしいわよ!!」


「ああ。姫も大事ないか?」


「ええ!!私たちは楽な夜間行軍だったわよ!!」


「そうか。無事ならばいい」


『そ、それで!!じゃすか!!』


 ゼファーはガマン出来ずに姫へと訊くのだ。ああ、皮を剥がれて四つに切られた巨牛の肉塊だぞ?ゼファーの胃袋が、ぐうぐう鳴ってるよ。


「いいわよ!ゼファー!あなたのために用意させたのだから!!思いっきり食べて、戦に備えなさい!!」


『やったー!!……あ、『どーじぇ』、『まーじぇ』?たべても、いいよね!?』


「ええ。いいのよ、ゼファーにジャスカがくれたご褒美なんだから!」


 うちの『マージェ』がやさしい手でゼファーの頭を撫でながら、そう言った。


「ああ。そうだぞ、ゼファー。疲れただろう、しっかりと食べて、しっかりと休め!みんなも、さっさと降りろ!」


「うん!」


「はい!ソルジェさま!ゼファーちゃん、ごくろうさまでした!」


「本当に助かりましたよ、ゼファー」


「ああ。竜よ!この経験を、オレは……きっと、いい風に活かすよ!!」


 運ばれて来ただけのオレたちは、ゼファーの背から飛び降りる。全員が降りると、ゼファーは鼻歌を奏でながら、ゆっくりと屋上を歩き、魔牛の肉塊へと向かうのさ。


「……ゼファー、鎧は脱がさなくても大丈夫か?」


『うん!あまり、つかれないよ、このよろい!!それに、かっこいいから、はずさなくてもいいんだ』


「なるほど。カッコいいなら、外さなくていいよな」


『うん!!えへへ……じゃすか、ありがとう!!いただきまーす!!』


 ああ。


 うちの仔は、なんて可愛いんだ?ちゃんと他人様からエサをいただいたときに、お礼を言っている。人類の半分は、そんなセリフを言わないぞ。


 バキガキゴキガキ!!ああ、いい音をさせて骨ごと食ってる!!その豪快な食べっぷりを、オレは絵画にしたい……絵描きを呼ぶか?ドワーフの絵画……ああ、写実主義に傾倒してくれていそうだ。いいぜ、オレは見たまんまのゼファーの画が欲しいからな!!


 いや。


 待てよ?


 オレが、画を覚えればいいのではないか?……そうだな、地図が精確に描けるんだ。画ぐらい描けるんじゃないだろうか?……浅はかかね?ああ、すまない。絵描きさんたちをバカにしているわけじゃないぞ。


 でも、今から始めたって遅くないんじゃないかな?オレ、絵描きの修行をこの戦が終われば始めよう……。


「おーい、サー・ストラウス?」


「ん?なんだ、どうした、姫?」


「いや。ゼファーの凄惨な食事風景を見つめながら、笑顔を浮かべて気持ち悪いから?」


「心外だな。気持ち悪いことは、ないだろ?」


「そうかしら?まあ、人それぞれだものね。きっと、貴方の奥様たちなら許容出来るんじゃないの?」


 愛が無ければ許されないレベルで気持ち悪いのかい?オレが愛するゼファーを見つめているときの『微笑み』は?


 ……多くの女たちが惚れるような、慈愛と父性に満ちた表情をしていると思っていただけに、なかなかショックな言葉だったよ。


「まあ。それはいいわ」


「だろうね。オレの微笑みが気持ち悪くても、君の人生には何ら影響はないものね」


「うん。でも、変ないじけ方しないでよ?自前の夫の方だけでも大変なのよ?」


「……ロジン・ガードナー氏はどうかしたのか?」


「ええ。『ごめんよ、ジャスカ、生肉をかじるような蟲なんかになってしまって』……そう言われても、何て返したらいいのよ」


 本当に困っているヒトがする表情だな。肩をすくめながら、難解な夫婦間の問題を紹介されてしまった。


 ああ、救国の戦に、その複雑で怪奇な夫婦関係を抱えるのか。彼女、とんでもなく大変な人生だよね。


 しかし、恋人同士のトラブルかあ。ケンカ中のセックスとか、ものすごく盛り上がるから、それでどうにかしちまえよ―――って、アドバイスが、今、オレの口からは伝えられない。


 だって、彼女の夫は『聖隷蟲』になっているんだもの。トゲの生えた鎧をつけて、誤魔化しているものの。七メートルもある蟲という現実は変わらない……。


 アレとやれ?


 そんな鬼畜じみたアドバイスを妊婦に出来るほど、オレの精神は常識を欠いているわけじゃないのさ。


「スマンね、オレも恋人が巨大な蟲になった経験が無いからなあ。いい感じのアドバイスとかは出来そうにないぞ」


「でしょうね。いい経験よ?」


 そうだとは思わない。我が身に置き換えたら―――ホント、想像するのもイヤだ。オレの妻たちは美人ぞろいだぞ?オレの哀れで壊れた心を癒やしてくれる、よりどころだ。蟲になるとか?絶対にゴメンだよ。


「戦が終われば、彼の呪いを解いてやろう」


「ええ。そうね。戦のあいだは戦力になるものね……ねえ、サー・ストラウス」


「なんだい?」


「自由意志でアレになったり、ヒトに戻れるようになったりとか出来るようにはならないの?」



「怖いコトを言うな、君は……自分の旦那を、そんな特異体質にしたいのかよ」


 さすがだな。という言葉は呑み込んだ。だって、失礼だもん。でも、盗賊歴も長いジャスカ姫の合理的で野蛮な思想に、さっきの発言はマッチしている気がする。


「いや。ならないのなら、いいのよ?私だって、ヒトの形のロジンの方が好きよ?」


「……ある程度、蟲の形のガードナー氏も好きみたいな言い方だな?」


「あら?愛着ぐらいわくわよ?貴方だって、もしも奥様たちがそうなれば―――」


「―――ああ!!やめてくれ!!……ホント、考えたくもない!!」


「でしょうねえ?……まあ、うちの旦那が『変身能力』でも覚えてくれたら、今後も楽に戦えそうだと思ったけどね?」


「……まあ、たしかに……な」


 うむ。アミリアの『解放』―――隣国からファリス帝国軍を追い払う。それも成し遂げなくてはならない彼女の戦いではあるな。父親である、『荒野の風』から引き継いだ偉大な仕事だ。


 それに、アミリアを解放できたら?グラーセス王国が帝国の脅威にさらされにくくもある……ひょっとして、姫の父上殿は、それもしたかったのか?……そうかもしれないな、このジャスカ姫さまの父親ならば、己を追放した祖国さえも、守ろうとするだろう。


 本当に、器の大きな親子だ。


「―――『変身能力』については、ガルードゥの遺産を調べてみれば、ヒントが掴めるかもしれない」


「ほんと!?」


「ああ。だが、何にせよ、旦那殿を一度は元に戻してやれ」


「そうね。あのままじゃ、なんか本物の蟲にでもなってしまいそうだし?」


「肉体に精神は宿る。健全な肉体にこそ、健全な精神だ……彼の姿は、かなり異常だ。一度は元に戻そう」


「ええ。そうする」


「そして……人間の姿に戻ったら、アミリアの代表の息子が、君を孕ませたことを世間に広めてやれ」


「え?」


「グラーセス王国の救国の姫と、アミリア代表の息子とのあいだの子供だぞ?……政治的な価値は強い。両国を継承しても不思議ではない『血』だ」


「……おお。なるほど!色んなことを考えつくのね、その赤毛の下の脳みそは?」


「大いなる『血』を継ぐ子だ。アミリアの独立派は活気づくだろう。利用してやれ、二つの国家を統合するのさ。そうすれば、君たちの『居場所』が確実に広がるぞ」


「ウフフ!そういう『居場所』には、貴方の子供たちも遊びに来ていいのよ?」


「……ああ。そうだな。そういう『自由な森』を、作ってくれ」


 オレは忘れちゃいない。北の果てのザクロアで、悲しい死霊の子供たちが遊ぶ森の上で、誓ったことをね。


 そうだよなあ、ヴァシリ・ノーヴァ、ミストラル、アリアンロッド……果たすべき義務だ、アンタたちのためにも。


「さて。モロモロのためにも、とりあえず、この戦を勝ちましょう!」


「そうだな」


「じゃあ。まずは貴方たちも栄養補給よ?」


「メシか!それはいいな……朝食を食べ損ねてる」


「でも。その前にお風呂に入ってくるといいわよ?」


「風呂か……たしかに、返り血まみれだな」


 オレは仲間たちを見回す。皆、大したケガをしちゃいないが、返り血はふんだんに浴びてしまっている―――血にまみれることに慣れすぎてしまっているから、とくにこのまま数日間過ごしても平気ではあるのだが……。


 なんといっても、不衛生だしね。


 それに、ガラハドの返り血か……ああ、こんなのいつまでも体につけていたら、執念深いイヤな男にでもなりそうだ。


「そうだな!!ぜひ、体を清めたいぞ!!」


「うん。髪も洗いたいよう」


「そっすねえ。自分、吸血鬼っすけど……お風呂は賛成っす!!」 


 猟兵女子ズは大賛成だ。メシより風呂。いいね、乙女らしくて。


 オットーもギュスターブも同意見らしい。


「これから風呂にありつけるタイミングが、あるかないか分からないですからねえ」


「オレは風呂好きですよ?汗も流したい」


「……だそうだ。ジャスカ姫、風呂空いてる?」


「ええ」


「それじゃあ、紳士として、騎士道の体現者として……レディ・ファーストといこう」


「うむ!!当然だな!!」


「お兄ちゃん、紳士さんだああ!!」


「あ、ありがとうございます、ソルジェさま!!」


 オレ、ニヤリ。君たちに評価されているって思うと、オレ、嬉しくてたまらないね。


「ああ、さっそく入って来いよ―――」


「―――え?同時に入ればいいじゃない?」


「……え?オレとリエルとミアとカミラで?」


「そ、そんなの、ダメだぞ!?わ、私と、カミラはともかく……ミアがいるのは、マズいだろう!?」


「そ、そうっすよ!?ミアちゃんを、自分たちの行為には巻き込めないっす!?」


「え?お兄ちゃんと一緒のお風呂とか、別に問題ないけど?」


「そうだよな、ミア。だって、オレたち―――」


「―――兄妹だもの!!」


 ストラウス兄妹のセリフが決まった!!


 オットーは苦笑しているが、ギュスターブは口元を抑えている……?ああ、若いな。オレと妻たちの義理の妹が4人だけで入る極楽温泉を想像して……鼻血を出しているのかい?


 竜太刀を打つ作業のあげく、『ガレオーン猟兵団』との死闘だもんね?つまり、君は徹夜明けで性欲が高まっている―――美少女3人との入浴とか聞いて、うらやましいだろう?


 だから、訊いてやるのさ。オレは、とっても意地悪だ。


「ギュスターブよ。オレが、うらやましいか?」


「……ッ!?」


「素直になれ。いいんだぞ、恥ずべきことではない。これだけの美少女3人と、混浴出来るのだぞ?宇宙一、うらやましいと思うだろう?」


「……は、はい!!く、くやしいです!!じ、自分は、サー・ストラウスに嫉妬をしていますッッ!!」


「ハハハハハッ!!」


 うんうん。そう感情的になるなよ、ギュスターブくん?オレは若者の肩へ腕を伸ばして、彼の耳元でヒソヒソとささやくのさ。


「……若者よ。想像するまでは、許してやるぜ?」


「そ、想像!?」


「敵にまでスケベ野郎と呼ばれるこのオレが、その極楽で何をすると思う?」


「す、スケベなことをッ!?サー・ストラウス!!だ、ダメです!!破廉恥なことは、騎士の道に反します……っ!?」


「くくくくく……っ。同意のもとなら、いいのさ?」


「……ッ!?」


「むしろ、その好機をみすみす逃すようでは、彼女たちに失礼だと思わないか?」


「……た、たしかに!!……目から、うろこです……っ」


「そうだ。これが、異文化交流だ。竜の背に乗るよりも、大きな教訓を得たな」


「そ、そうかもしれません!!サー・ストラウス!!ご健闘を!!」


「おお!!あとで、ハナシだけなら、聞かせてやるぜ……」


「え……」


 スケベめ、目に力が入りやがったぞ?


 ああ、世界中、どんな人種がいようとも、若い男は例外なくスケベ虫だよなあ?くくくくく……っ!!


「サー・ストラウス?」


「なんだ、ジャスカ姫?」


「なんだか、変な悪党みたいな含み笑いしているところを悪いけど、お知らせがあるわ」


「どんな知らせだ?」


「大浴場、男女別々にあるから、別れて同時に入れるわよ?」


「そ、そうか!!でかした、ジャスカ!!」


「そ、そうっすか……で、でも、我々3人が許容するなら、ソルジェさまだけでも」


 性に貪欲な隠れ肉食系女子カミラちゃんが、オレをそのいやらしいアメジスト色の瞳で見つめながら提案してくれる。でも、正妻エルフさんが許さなかった。


「―――却下だ!!ミア、カミラを拘束し、連行するぞ!!」


「ラジャー!!女子3人で、お風呂だああ!!」


「うひゃあ、ふたりとも、腕を引っ張らないで下さいようっ!?」


 ……ああ。


 オレのハーレム風呂が去って行く……っ。


「くそッッ!!」


「あら。ガッカリしてるのね?」


 ジャスカ姫が死ぬほど楽しそうな顔してる。オレをからかって、楽しんでるのさ。ええ、実に滑稽なスケベなピエロだったですよ?


「……どうせオレなんかスケベ虫だからね!!」


「あはは!ほんと、スケベよね、男どもって?」


「スケベじゃないと、子孫が残せないからな」


 自然の摂理さ。オレだけが病的な性依存野郎じゃないんだよ。


「ま、まあ。団長?……とりあえず、せっかくですから、お湯を頂きましょうよ?」


「オットー、君は、本当に癒やし系三十路男子だよ」


 さて、冗談はこれぐらいにして、風呂に入ってメシを食おう。


 ―――そして、戦争に備えなくちゃね?オレたち、これでも、まだ戦場にいるんだ。



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