第八話 『不屈の誇りを戦槌に込めて、戦場の鬼となれ』 その1
―――アインウルフは報告を聞くと、西へと向かい、燃える王都を瞳に映す。
傭兵どもめ、なかなか顔を見せぬと思ったら、こんなところで燃えているのか?
……王城を、王都そのものを、囮にして彼らを焼いたというのか?
グラーセスとは、それほどの難敵だったか?
―――これで、アインウルフは援軍と合流することは叶わなくなった。
『忘れられた砦』の『聖なる洪水』で、二万を水に呑まれ。
今度は、『終わりが沼』に五千を呑まれた。
戦わずして、ドワーフたちの大いなる遺産に、それだけを奪われる?
―――予想もしていなかったことだし、聞いたこともなかった。
兵士たちの動揺は大きい、南西の王城を落とすために、進軍速度を上げていた。
第六師団だって、グラーセス王国を北東から南西に駆け抜けてきたのだ。
疲弊は大きく、今では目標を失った。
―――シャナン王を殺すまでは、この戦は終わらないだろう。
そうだ……これは、疲れさせる戦略でもあるのか?
兵士を奪われただけでなく、走らされたことも策略だったか?
いいや、それは、理解していたことだ。
―――アインウルフは理解している、『敵』はどこにいるのか?
シャナン王はどこへと向かったのか?……彼には分かる。
守りが厚かった『南』……そこしか王に居場所はないのさ。
兵士たちの体力と気力に、陰りは見えている。
―――だからこそ?アインウルフは、兵士たちを叱咤し激励する!
我らはこの国の大半を蹂躙してみせた!あとは、『南』に逃げた王を討つだけだ!!
王都を捨て、王城を捨てた!!
そのような軟弱なる王に、我々が負ける道理はひとつもない!!
―――無敗の将のその言葉に、第六師団の兵士たちの戦意は蘇る!
そうだ、逃げた者の背中には、威光は宿らないのだ。
我々ヒトは、肉食の獣であるのさ、犬や狼やクマと同じ。
獲物が背中を向けたなら?勇気と殺意と食欲がわくのだよ!!
―――兵士たちよ、『南』に向かうぞ!!
シャナン王の首を刎ねて、我らは、帝国に凱旋する!!
大いなる名誉に包まれて、うつくしい女たちに、抱擁とキスをもらうぞ!!
さあ、進め!!侵略せよ、このドワーフの大地を、我らのものとするのだ!!
―――演説は効果があったのさ、兵士たちは闘志をあふれさせ、南進する。
アインウルフは……その心に曇りがあった。
『聖なる洪水』と、『終わりが沼』。
それらの大きな『罠』があったのだ……『南』には、何があるという?
―――心に迷いを持ちながらも、その男は愛馬の背の上で、たしかに笑う。
彼も生粋の戦士だからね、冒険も強敵も嫌いじゃない。
彼は、この大いなる国の初めての征服者という名誉を、欲しくなったのさ。
強敵に怯える心は、彼にはない……彼もまた、偉大な戦士だよ。
―――さあ、この戦の最終局面が始まるよ!!
『ボルガノンの砦』についた頃には、すっかりと朝陽が東の山脈から顔を出していた。
「……たった二日で、すっかりちゃんとした砦かね!」
その廃棄されていたはずの砦は、すっかりと軍事要塞として機能している。馬を防ぐ柵は並び、堀に水は満ちて、戦闘用ベヒーモスたちが並び、歩兵たちのテントが並ぶ。立派な要塞と化している。
「サー・ストラウス。我々、ドワーフの結束の結果です!!」
「内輪モメの伝説とばかり出会ったんだがな、ここに来た三日のあいだに?」
王族兄弟の殺し合いの伝統に、隠者・ガルードゥがタマを刈られるハナシや、刈られた彼がシャナン王のタマ刈ろうとしていたらしきハナシ。古くは、『聖なる洪水』と『終わりが沼』……ドワーフの結束だって?
「皮肉はダメだぞ、ソルジェ?ドワーフは、ようやくまとまってきているのだ。滅びに際して、ようやくな!」
リエルちゃんの言葉は皮肉ではないのかな?
若きドワーフの勇者ギュスターブ・リコッドは、苦笑で誤魔化そうとする。
「あはは。我々は、鎖国が長いし、ケンカっ早い。『戦』と言えば、外国人の方から見れば、『内戦』のひとくくりなのでしょうけれど……色々な勢力や組織、一族などで別れているのです」
「なるほど。それがまとまったのは、奇跡的だな」
「ええ。知恵あるシャナン王と、『荒野の風』を継ぐ姫さまが共に在ることで、我々はようやく結束できました」
「ふむ。彼女の演説は効いたか?」
「はい!死の美学に囚われていた我々が、違う道を選ぶほどに!」
「良いことだな!さすがは、ジャスカだ!」
王族にシンパシーを覚えるオレの正妻殿は、なんだか楽しそう。自分のことのように喜ぶんだよね?……ガルーナ王妃の素養は十分そうだ。
「ええ!姫のおかげですよ!……滅びではなく、『未来』を生きることを、望めるようになりました」
「……その結果の結束っすね!うんうん!ジャスカ、やります!!」
ジャスカ姫の親友殿のカミラちゃんも嬉しそうで何よりだ。
まあ、内戦だらけの彼らに結束が生まれたのは、良いことだ。
「オットー、オレたちとあちらさん、戦力の比率はどんなものだ?」
「我々は、深刻な負傷者を除き、動ける者だけを数えれば一万と千ですねえ。敵は二万二千。ちょうど倍ですよ」
「ふむ。一万一千ね。だいぶ、減らされたが……たしかに、想定よりはずっといい」
「……サー・ストラウス。一体、どれぐらいになると?」
「八千ぐらいにはなっているかもしれないと考えていたぞ。結束が生まれていて良かったな。無意味な特攻など、自己満足に過ぎんモノでは、死者が増えることはあっても、減ることはない」
「結束で、三千人も死者が違ってくるものなんですか?」
ギュスターブ・リコッドは戦のなんたるかをまだ知らないらしい。彼は戦士としての視点でしか、まだ戦を評価したことが無いのだろう。
その純粋さは嫌いではないが……今後、彼に必要とされる知識を教えておく必要がある。君はこの国の勇者だ。これからも、侵略戦争と戦う日々は続くのだからな。
「もちろん、違うさ。腕っ節は、しょせん個の強さの定義でしかない。さて、ミア?群れの『強さ』とは何か?」
「絆の強さだああああああああああああッ!!」
我が妹ミアが、百点満点の答えを叫んだ。ああ、そうだ。さすがはオレのスイート・シスターだね。
「そうだ、ミアの言う通り、絆で結ばれた群れの持つ『結束』……それが軍隊の『強さ』だ。揺らがぬ結束は、最良の結果を招く―――君らは、第六師団の最初の戦でも、まとまれなかっただろ?王の意見を聞かず、独断で特攻していた短気な短足野郎が大勢いた」
あれで全滅しなかったのは、シャナン王や……おそらく、レイド・サリードンのような冷静な将がいたからだろうな。彼らがいなければ、あの日、ドワーフ族は死の美学を全うしていただろう。
「そのような行為に殉じているようでは、自己満足は得られるが、それ以外は何も残らんな。死者の数が、それで数千人も違ってくる……美しい死とやらを潔く選ぶことで、死は増えるぞ。泥臭く、もがくことを選ぶべきだ。美しくはないかもしれんがね」
「……ええ。それが、いわゆる死の美学なんです……負けるにしても、美醜はあるという発想なのです。死に際して、みじめな姿は……恥ずべきこととオレも習いました」
「ふむ。どうせ負けるなら、見苦しくないように、特攻して美しく死ぬか」
オレたちストラウスも特攻好きだが、戦略的な意味のある死を望む。ドワーフたちの美学は、鎖国に保証されている美学だな。内戦ばかりしていたからか?―――『敵』と自分たちが同じ価値観を共有してくれているとでも、考えているのかもしれん。
ドワーフ同士ならともかく、『外国人』は、君らの『死に様』の意味など察することはなく、リスペクトを抱くこともなく侵略しつくすぞ?
「……なんだか、前向きなのか後ろ向きなのか、よく分からないハナシだな?」
リエルの言う通りだよ。でも、文化というのは恐ろしい。その集団からすれば、振り返るキッカケでも与えられない限り、疑いの眼差しで分析されることすらない『当たり前』のことなのだ。
旅慣れてくると、こんなことに度々、出くわすようになる。異文化の交流というのは、思想を洗練させてくれる可能性を持っているのさ。
もちろん、『悪化させる可能性』もな。侵略戦争を繰り返すファリス帝国が、どんどん亜人弾圧政策を採るのは、その悪例の一つだろう。
人類は攻撃的な生物だ。どの種族も殺し合いでが大好きだ。だから、巨大な組織を運営するには、『敵』を作ってまとまるのが一番だよ。『悪口』を使って友だちを作った記憶は、誰しもが共有していることではないかね?
いじめられっ子を作ることで、群れは確かに結束する。クソ食らえなハナシだが、ヒトの本能ではあるのさ。だから、巨大なファリス帝国は、亜人種という少数を弾圧することで、結束を作りあげていく―――。
「はあ。我々の美学とは……独りよがりだったのかもしれません。たしかに、美しく死んだところで……増えたのは犬死にだけかもしれない」
「一族が別にそれでいいと納得しているのなら、それでもいいと思うけどな、私は」
リエルちゃんは自分ところの文化とか掟に、基本的に忠実な娘だもんな。でも、思想に悩む青年に、そういう反対方向からのアドバイスを与えるのは、彼の負担になるのかも?
「……うーむ。たしかに……っ。ああ、分からなくなってきました。正しいって、どういうことなのでしょうか?」
本気で悩んでいるヒトのセリフだなあ。オレには、重たい。疲れているし、腹も空いているからね!こんなときは、気の利いたことを考えてはやれないな。可愛い女子のためならともかく、筋肉質の男のために、知恵は絞れんよ。
「悩め、青年。されば、真理が近づくよ。たぶん、きっと」
「……ううむ?」
「……自身の文化に悩むことも、ヒトには通過儀礼だと思いますよ」
オットーが教師みたいなことを口にする。インテリは違うなあ。
「誰しも、正しいことをしたいと思う気持ちを持っていますからねえ」
……性善説過ぎやしないか?と、悪い子ちゃんかもしれないオレは思う。でも、ドワーフ族はオットー・ノーランの言葉に全面的に賛成できるようだ。
「ですよね?……ノーランさん。オレたちドワーフは、今、正しいことをしているのでしょうか?」
「それは歴史が示すでしょう。ですが、身内で争うこともなく、結束出来たことは素晴らしい判断だと思います」
「ええ!オレは、それを自慢できます!」
「うらやましいですよ。ファリス帝国に侵略戦争を仕掛けられて、結束出来たのは救いがあります。それすらしなかった亜人族も多いですからね―――」
オットーはさみしそうに語る。そうだ、山岳に住む『サージャー』という少数種族は、そういう結束を作ることなく、滅びた―――とされている。オットーのハナシでは、実のところ、人間に偽装して、各地に紛れて生き延びたとのことだがな。
何もない高山で暮らせるのだから、人間社会の生活に紛れた方が、彼らの生活も楽かもしれん。オットーのように、人間なんかを助けようと正体を現さない限り、その偽装はバレることはないのだから。
「三ちゃん、ヘコまないの!幸せが逃げちゃうよ!」
「……ええ。ありがとう。あなたはいつも正しい言葉を私にくれますねえ、ミア?」
うちの妹が褒められてる。シスコン・ハートが癒やされるね!でも、お前にだってやらんぞ、オットー。いや、誰にもやれない!マイ・スイート・エンジェルは!!
「とにかく!我々の結束を見て下さい!!」
「ああ。見てるさ」
その一万一千が、この『ボルガノンの砦』には集まっている。いや、戦士だけでなく、女子供老人を含む、全てのドワーフたちがこの『南』の土地まで逃げ延びて来たんだよ。もちろん、『家畜』たちも一緒にな……。
空から見ると、うむ、まるで黒い山のようなものが、大地にうごめいているぞ。
……アレだけいれば、戦術に用いたときが楽しみだな。オレたちを含め、戦士たちは皆が疲れているし、ボロボロだよ。だから全てを使うぞ、マルケス・アインウルフ。さあて。お前の想像力はどこまでついてこられるかね?
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