第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その16


 おだやかな目で、空を見つめている。


 そんな風に考えてしまうのは、勝者の傲慢なのかな?


 オレはガラハドを寝かせてやった。ヤツの目は見開いたままだ。閉じてやるべきか?いいや、余計なお世話だろう。ガラハドは、何かを探す目をしていたからな。


 本を読み漁り、知識を蓄え、精神分析を繰り返していたのも……何か、ヤツ自身にしか分からないはずなのに、ヤツには見つけられなかったものを探していたんじゃないかね。


 壊れた心では、実感することの出来ない何か。それを探して、狂って、暴れていた?お前は、その『飢え』を満たせたか?……生き抜くことで、その『死に様』を見せつけたことで、お前は自分の壊れた魂を、少しぐらいは癒やせたのではないだろうか?


 そうであって欲しいと願う。勝手にだがな。お前は、いい戦士だったぞ?……問題のある人格のことは、もう問わないよ。


 何かを見つけられたか?


 オレに斬られ、敗北したときに……命を失ったその瞬間に、お前は以前よりも『自由』を感じられたのではないだろうか?……そうだとするのなら、嬉しいことだな……。


「ソルジェさま!!」


「……ん。ああ、カミラ。それは……そうか、こっちに連れてきてやれ!」


「はい!!了解っす!!」


 カミラが空から降りてきて、ヤツの隣に腕や脚の血管が破裂して、血まみれになったアニス・ジオーンを並ばせてやった。


 そうだな、ここでいいんだろう?……ガラハドは、君を幸せには出来ないが、孤独にはしないと口にしてくれたんだぞ?


 お前は、きっと、その言葉を聞けば、喜べたんじゃないか?……お前の言葉でいうところの、『まるで花嫁ちゃんみたい』、だ……地獄でも、一緒にいてやれ。あのクズ野郎の花嫁は、君にしかつとまらないよ。


「……アニス……っ」


「……よくやったぞ、カミラ」


「……ソルジェさまああ……っ」


 オレに頭を撫でられたカミラは、大泣きしながらオレに抱きついてくる。


 ああ、すまないな。辛い役目を背負わせてしまった。だが、あの強大な魔術師を止めるには、君しかいなかったんだ……。


「……面識のある者を殺したのは、初めてだったな」


「……はい……っ」


「そうだな。すまなかった」


「……どんな言葉を、口にすればいいのか、わからないです……っ。だから、ちょっとだけ、このままで泣かせて下さい……っ」


「ああ。そうしろ」


 オレの胸に顔を埋めながら、カミラはわんわん泣いてしまう。オレは彼女のことを抱きしめてやるぐらいしか、思いつかないな。


 ……オレも、ガラハドとアニスの死が、辛いのかもしれないな。


 だが。


 だけどな、カミラ。


「―――この結末は、オレたちの『勝利』だ」


「……ソルジェさま……?」


「勝者には、勝利を歌うことが許されている……これは、権利であるが、ときに義務だ」


「勝利を歌うことが……義務?」


「そうだ。オレたちもあいつらも『猟兵』だ。この聖なる戦いは、オレたちの誇りと名誉をかけた戦いだった―――勝者は、真の猟兵として、生き抜かねばならない。オレたちが、戦場で命を果てる、その時までな」


「……はい。わかります。自分は、アニスの血と一緒に、これからも生き抜いていきます!」


「そうだ。それでいいのだ、オレのカミラ・ブリーズ。オレの、『聖なる呪い』よ」


「……はい。自分は、ソルジェさまの、カミラ・ブリーズですから……っ」


 カミラが泣き止んでくれる。ああ、そうだな。よく、がんばってくれたよ。あの、良く笑う女を殺すのは、辛い仕事だったよな?……心が、痛かっただろう?それでも、耐えてくれてありがとう。


 だから?


 オレは、義務を果たそう。


 勝者の証を、この世界に刻みつけるんだよ。


 そうだ、歌うのさ!!


「ゼファーぁあああああああッッ!!歌えええええええええええええええええッッ!!」


『GHHAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッ!!』


 『ガレオーン猟兵団』と、グラーセスの王城と城下を悼む歌が、焼ける大地と、朝焼けの始まりを迎えた空へと響いていた。


 オレたちは、このとき『最強』の猟兵団―――『パンジャール猟兵団』の地位を確かに示したのさ。『大陸最強の傭兵団』、その言葉に、もはや偽りはないのだ。


「……ガラハドよ。ガルフを継ぐとかは、さておいて。オレたちは、お前たちの伝説をも喰らい、最強の猟兵団として生きていくぞ」


「……自分も!ソルジェさまを、支えるっす!!だから、自分の血のなかで、一緒に戦ってくれると嬉しいっすよ、アニス!!」


 別れを惜しむ言葉は、いくらでも口から出てくるものさ。


 だが、さすがに、ここも熱くなってきたぞ。


「カミラ、上に行くぞ、もうじき火の手がここまで回るだろう」


「はい!それじゃあ、自分が『コウモリ』に化けるっす!!」


「……そうだな。焼け落ちるまで、あまり時間がない。合流地点まで、一っ飛びしてくれると助かるな」


「ええ、お任せっす!!……『闇の翼よ』!!」


 そして、オレとカミラは無数の『コウモリ』に化けて、空へと飛んだ。


 東を見れば……燃える城下町が見えた。


 5000人の傭兵どもを焼く、『終わりが沼』さ……ふむ、炎の向こう側に、ファリス帝国軍の兵士たちが見える。愕然としているな?こんな大がかりな装置など、想像したこともないだろう?


 ……もちろん、オレもそうさ。


 『聖なる洪水』で二万が死に、今度はこの『終わりが沼』で5000の傭兵が死んだ。この王城を目指していた君たち、ファリス帝国軍第六師団は、『旅の終わり/ゴール地点』を喪失してしまったな。


 ドワーフたちと戦いながら、大勢の死者を出しながら、君たちは燃える炎の都を見た。そして……ゼファーの歌を聴いてしまった。


 つまり、ソルジェ・ストラウスの存在を知ってしまっている。オレの仕業だよ?『聖なる洪水』と『終わりが沼』、その大惨事で君たちを殺したのは、オレだよ。


 正確にはドワーフ族の遺産のおかげだが……君たちの心に『恐怖』を植え付けるには、ちょうど良いんじゃないかな。


 さっさと戻って、マルケス・アインウルフ将軍に伝えるといい。


 地獄のような光景と……そこにいる『魔王』と黒い竜を見たとな?


 そうすれば、少しぐらいは怖がってくれるかもしれない。そうなれば、これからの戦が楽になるんだがな……?


『―――カミラ』


『はい?なんですか?』


『オレは、国を盗るぞ』


『国を、盗まれる?』


『おう。どうだ?』


『ええと?』


『楽しそうじゃないか?』


『は、はい!!楽しそう……っす!』


 なんか、言わせちゃってるなあ。まあ、いきなりすぎてよく分からなかったよな?


『……オレも故郷を帝国に奪われているんだ』


『はい。たしか、ソルジェさまのお国は』


『―――ガルーナ。オレの愛する故郷だ。傭兵どもを焼き払ったとき、思ったんだ。オレも故郷を取り戻したいと』


『では、ガルーナを、取り戻すということっすね!!』


『大正解だ!!そして』


『そして?』


『オレは、王さまになろうと思うんだ』


『王さまっすか?』


『うん。なれそうかな?』


『大丈夫っす!ソルジェさまは、すっかり魔王さまですから!』


『ああ。ならば、ちょうどいい。ガルーナの王は、『魔王』と呼ばれるんだ』


『へー。そーなんすねえ?』


『ああ。もし、そうなれば、お前は第三后だな』


『うわ!!じ、自分、ウルトラ出世っす!?』


『だいじょうぶさ。君は、とてもうつくしい』


『そ、そんな、や、闇に融け合ってるときに、口説かれると、たくさんのソルジェさまから口説かれてるみたいで、た、たまらないっすう……ッ』


『そうなのか?』


『は、はい。だから、今度は、その……ベッドのなかで、口説きながら……』


『ああ。たっぷりと可愛がってやるからな、オレのカミラ?』


『は、はい!!たっぷり、可愛がれちゃいますう……っ』


 ガラハドよ。オレは終生シスコンであり、性依存であり、酒飲みである……そんな『魔王』になるぜ?……星になって、空から見ておけ?オレの『生き様』と……そして、『死に様』をな。


 ファリス帝国を滅ぼし―――悪帝ユアンダートを殺す。


 オレはその決意を新たにしながら、ゼファーの待つ屋上へとたどり着く。


 カミラが術を解き、オレたちはふたりに戻った。


 ゼファーの背にいるリエルが、おお、と感嘆の声を漏らした。


「す、すごいな。本当に、『コウモリ』になって、飛ぶんだな!?」


「はい!自分、これ、どんどんコントロール出来るようになってるすよ!リエルちゃん、今度、一緒に空を飛ぶっす!!楽しいっすよ?」


「ふむ。ギンドウあたりが喜びそうだな」


「ええ?ギンドウさんは……空を飛ぶ機械に応用出来そうにない自分とか、嫌いっすよう……」


 ああ、ギンドウ・アーヴィングも、ヒトの心を理解できないタイプのクソ野郎だったなあ。カミラはギンドウが苦手っぽい。職場のトゲのある人間関係を知ってしまった気持ちだね。


 経営者として、なんだか心が不安。内部分裂とかの火種にならなければいいけれど?……今は、心配してもしょうがない。今は、とにかくこの燃える王都から脱出しちまわないとな?熱いだけじゃあ、すまなくなるぜ。


「よし!!それじゃあ、全員ゼファーに乗ったか?」


 オレは確認する。


 リエル、ミア、オットー、ギュスターブ……あとはオレとカミラ。どうにか乗れる。ちなみにガンダラとシャナン王と他のドワーフたちは、脱出用のトロッコという、リエルちゃんを乗せたらリアクションが楽しみな装置を使って、『南』へと抜けているらしい。


 あの賢くベテランな二人が、しくじることは心配しなくても良いだろう。ドワーフの勇士たちも、大丈夫だろうよ。


 さて、オレも乗ろう。オレはゼファーに乗る。狭いな。うん……なんで、いるんだろうな、彼が?


「ギュスターブ?」


「はい?なんですか、サー・ストラウス?」


「君は、王たちと一緒に、トロッコとやらで脱出しなくて良かったのか?」


「ええ。陛下に直訴しまして、こちらに」


「なぜだ?」


 狭いんだぞ?


「そ、その?竜の背に、一度は乗ったのですが……長距離移動はまだなので?」


「経験を積みたいと?」


「はい!オレは、グラーセスの勇者として、まだまだ未熟です!!」


「未熟さが、竜に乗ると、どうなるんだ?」


「……え?」


 ギュスターブ・リコッド氏が黙ってしまう。


「……な、何にも、ならない……?」


 うむ。ドワーフの青年の青春が混沌に触れたようだ。


 そうだ、あらゆることを経験したからといって、未熟でなくなるとは限らない。今後は、ヒトの迷惑も考えて、『遠慮する』という文化をドワーフ族に流行らせて欲しいところだな。


 君らのジャスカ・イーグルゥ姫とか、かなりおかしい女だぞ?デリカシーという言葉をドワーフ族は知らない可能性が怪しまれる。


 彼女、オレとリエルが風呂場でセックスしていると考えて、それを覗きに来ようとしていたぞ。未遂だったけど、実際に合体中だったら、どうする気だったのかな?性依存の強いオレの激しい交尾風景を見て、何を言ったんだろうか?


 とにかく、ドワーフ族よ、悩み、気づくのだ。


 君たちは、より繊細な文化に覚醒してくれると、オレは助かりそうだ。


『じゃあ!いくよ、『どーじぇ』!!』


「ああ。そろそろ、本当に熱くなってきたからな!!行け、ゼファー!!」


『らじゃーっ!!』


 ゼファーの黒い翼が羽ばたき、空へと舞い上がっていく。ふむ、街を焼く焔が、上昇気流を産んでくれているな……それを見切って、空へと昇ったか!!いい飛び方だぞ、オレのゼファー!!


 なでてやる!


『あはは!『どーじぇ』、くすぐったいよ!!』


「ふむ……竜は、くすぐりに弱いのですか!」


「それを知って、君はどう成長したとシャナン王に報告するのだ?」


「……え?」


 青春に迷うギュスターブ青年に、新たな命題を提示してからかうのさ。


 オレたちは、そのまま『南』へと向かう。そうだ、『ボルガノンの砦』……そこが、これからのグラーセス王国軍の王城となる。そこに、残存兵力は全て集まっているぞ、アインウルフ?もうすぐ決戦だな。



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