第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その13
赤が、宙へと舞い散っていく。
ヤツの腹へ、致命的なはずの深さの裂傷が刻まれる。肉が裂かれたはずだ、深く取り返しのつかない損傷だよ。血と脂が宙に舞うね。そうだ。何百回、コレをしてきたか?
解剖学の知識と戦いの経験値がオレに教えるのさ。
今のは深かった、指で分かっただろう?
腹の前面にある筋肉の壁を断ち切って―――内臓にまで、それは達したんだ。竜太刀の前では、あのクソみたいな低防御力の『牙の鎧』は切り裂かれるからな。鎧の鉄を切り裂いて腹を斬った……はらわたと、ヤツにとっての左の腎臓を、竜太刀は切り裂いたのさ。
出血が始まる。
そりゃそうさ、腎臓の血流量は多い。それが、ぶっ壊されてしまったんだからな。
ああ、血が出て、血圧がゆるみ……すぐに意識が濁るぜ。
それを理解したはずだ。ガルフは、医学知識をよく知っていたからな。敵を殺すためでもあるし、味方を助けるためでもある。オレたちの見ていた、『自由』と『残酷』なガルフというのは、やはり同一人物じゃあるのかもしれんな。
そう。
ガラハド・ジュビアンは重傷を負ったんだよ。致命傷をね。
オレに腹と腎臓を切り裂かれた。それでも、感心するぜ、猟兵としての生き様を放つ、貴様の『狂気』にはなッ!!
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
斬られた直後に、どれだけ破壊されたのかを知り尽くしているくせに、ガラハドはオレを追いかけて走っていた!!
「そるじぇええええええええええええええええええええッッ!!」
怨念か、執念か……ヤツの殺意が、ヤツの肉体を挙動させていた。
ヤツは大剣を振る。オレは、それをステップで躱す。受けると、休ませてしまうからな。腹を斬られて、立っているのも辛い男だ。休ませるわけには、いかないね。
だが、横へと躱したはずのオレを、ヤツの左の拳が追いかけてくる。深くはないが、ヤツの腕は長いのさ。顔面にパンチをひとつもらってしまう。深刻な痛みはない。だが、それでもバランスは崩される。
その隙とも言えぬ、ちいさなほころびに、ヤツは飢えた犬みたいに食らいつくのさ。口の端から、血に赤く泡立つヨダレを散らしながら!!
斬撃が降り注ぐ。
オレは、防戦一方に追い込まれる?いいや、あえて攻撃を受けている。防御に徹することで致命傷を避けるのさ。ガラハドは……やはり甘くない。死にかけている今でも、戦闘意欲を失っていない。
このラッシュをケガ人のそれと判断し、甘く対応すれば殺される可能性がある。ヤツの『狂気』はオレでも読めないからな―――それに、このまま時間を使えば、ヤツは出血が進む。すぐに動けなくなるぜ。
ほら。
止まっちまったぞ?
オレは間合いを取り直し、竜太刀を右手で構える。リラックスする。呼吸を整えて、体力を維持させるのさ。こっちは元から大ケガ背負って動いているんだ。ムチャは出来ん。
だが、オレより重傷なアイツは、叫んでた。
「あああああああああああああああああああああああッッ!!」
「……ッ!!」
ガラハドが吼えて、左手に炎の球を呼ぶ。投げるつもりか!?……いや、そうじゃなかった。ヤツは、いきなりそれを切り裂かれた左の腹へと叩き込んだ!!肉が焼けるにおいがする。
あいつめ、治療したぜ。
斬られた肉を、火傷でつなぎあわせちまったよ。失血死しちまうよりは、いい判断だ。さすがは、ガルフの『息子』だ。悪くない判断だと感心する。
しかし、それで死から逃れるわけじゃあないぜ?オレがいるからね。
ヤツが、歯を食いしばりながら、肉とはらわたを焼く作業の痛みに耐えている頃。王城の外が騒がしくなっていた。なるほど、城下町を漁っていた傭兵どもが、ついにこの王城を狙おうと言い出したのか?
「フン。お前の連れて来た、バカな盗賊崩れどもが、この『罠』に飛び込んで来やがる」
「……また、洪水で……呑み込むつもりか?」
「ああ、犠牲者を連れて来てくれて、ありがとうよ。アレと似たものだが、斜面ではない、ここでは激流の威力が知れているからな……アレンジも加わっているよ」
「……ふん。猟兵のくせに、国同士の争いに、そこまで荷担するとはな」
「……ああ。たしかに、猟兵団のビジネスとしては、過剰かもしれんな……だが。ファリス帝国を打倒するのが、オレの生きる目的だからな」
「……ふん」
「笑わないのか?」
「腹が繋がっていたら、笑っているところだ……」
「そうかい」
オレはずっとヤツをにらみつけている。動きはないが、呼吸を整えている。力を蓄えているな。人生最後の攻撃で、オレに不幸を招くためにね。だから、油断はせんぞ、あの傭兵どもは気にしなくていい。もうすぐ、焼け死ぬからな。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
角笛の歌が、まだ朝の遠い暗がりの空へと流れていった。
作業のために残っていた、わずかなドワーフ兵たちの誰かが合図を放ったのさ。
「……洪水が始まるのか?」
「そのようなものだ。おそらく、人生でそう何度も見ることの叶わない光景だぞ」
「……ドワーフめ……ッ」
「ガラハドよ。まさに、貴様にとっては、冥土の土産ってヤツに相応しいものだ」
「……ふん」
皮肉が過ぎてるか?だが、オレたちは恐ろしい光景のなかにいるんだぞ?
ここはな、別名、『終わりが沼』―――かつて四大諸侯とやらに、ドワーフ王が王権を奪われた土地。
攻められた王は、四大諸侯の軍勢をわずかでも滅ぼして、自分の王子らが国を取り戻すための戦を有利に進められるようにと企んだそうだ。
諸侯の軍勢に攻め滅ぼされたとき、王は最後にその装置を起動させたのさ。
―――その『終わりが沼』が、再現されるぜ?
グググググググググググググググググググググググググッッ!
振動が始まる。大地を突き上げるような縦の揺れだ。まあ、立っていられなくなるほどではないが……これから起きることを考えれば、腰が抜けてしまうかもしれない。
「わああああああああああああああああっ!!」
「な、なんだああああああああああああッ!?」
「みずがあああ!?く、『黒い水』があああああああッ!?」
「逃げろ!!城の外に……い、いやだ、そんな……っ!?街の方からも!?」
傭兵が……いいや、ただのクソ盗賊どもが、悲鳴を上げている。オレは楽しくてしょうがないな。
そうさ、今、とてつもない勢いで、盗賊どもは王城と城下町からあふれ出た『黒い水』に呑み込まれている。
脚を取られて、溺れてしまうものもいるだろう。それは、王城と城下町の全てを含む範囲で起きている異常現象さ。
逃れることは叶わない。
何人かが、もう気づき始めているな?
「……これは、泥水じゃ……ねえぞ……?」
「そ、そうだ、オレ、知ってるよ……これ」
「あ、ああ……これ、『油』だ……地面から、湧いてる、黒い水だよおッ!?」
「つまり……ま、町中が、油まみれで……お、オレたちだって、お、おい!?」
「ぬ、脱げ!!服を、脱げえええええええッ!!」
「そんなことで、まにあうかよおお!!オレたち体中が、油まみれだああ!!」
「にげろおおおおおおおおおお!!」
「だ、だめだあ!!す、すべる!!あしに、あぶらが、からむよおお!!」
ガラハドちゃんの精神分析によれば、オレもかーなり病んでるらしい。
そうかもなあ、侵略者が焼かれる?
サイコーにゾクゾクするぜ。
なあ、セシル。『あにさま』は、お前のためにコイツら焼いちゃうよ。
「ハハハハハッ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
オレは夜の闇に大爆笑を捧げるのさ。分かるぜ。今、ようやく戻って来た。包帯の奥で、アーレスの『魔眼』が、復活しちまっているんだよ。
左眼から金色の輝きを放ちながら、オレは残酷な復讐者の悦びに身を震わせるのさ。
「侵略者どもよおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!オレの妹を、焼いた!!ファリスの手下どもよおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「……な、なんだ、だ、誰だ!?」
「し、城の、上のほうから……なんて、デケえ声だ……ッッ」
「聞けよ盗人どもがッ!!人生の末期に、この『魔王』の声で『恐怖』に染まって、泣きながら死ねッッ!!貴様たちクズ侵略者どもの悲鳴と、絶望を、オレのセシルに捧げてくれよッ!!ハハハハッ……ハハハハハハハハッッ!!!」
ドワーフ隊が、この城からそこら中に『たいまつ』を投げ込む算段だったが?いやいや、それでは末端のクズどもを逃してしまうかもしれないなあ?
ダメだよ、それじゃあ、いけない。
せっかくの、セシルへのプレゼントに、ケチをつけてたまるかよ?オレは包帯を取り捨てる。そして?
魔眼であちこちを『呪う』のさ。
はるか彼方のほうまでね?城下町のあちこちに、『ターゲッティング』を施していけばいいんだ。ああ、これでいいぞ、下準備は完了だよ。
「ゼファーぁあああああああッッ!!セシルのために、歌えええええええええッッ!!」
『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッ!!』
ゼファーが空へと歌うのさ!!
昏き空を、深紅の炎が重力を逆転した滝みたいに解き放たれていた。
そうだ、あとは簡単なお仕事だ。オレの魔眼に呪われた標的目掛けて、ゼファーの炎は無数の炎の雨へと化けて、流れ星みたいに降り注いでいく。空を、竜の炎が彩るのさ。
ああ、セシル。
お前は花火が好きだった。
兄さまもそうだ。大好きだよ。
そうだよなあ、空にある花火に手を伸ばしていたな。キラキラ輝く火花を、掴んでみたくてだろ?
だから、オレは肩車してやったじゃないか?
ああ、何度でも、してやるつもりだったのに……ゴメンなあ、もう、そんなことさえしてやれねえんだあ……。
だから。せめて、この花火を見て、楽しんでくれよ。お前のために、ゼファーが五千人も焼いてくるんだぞ。
―――炎の雨が降り注ぐ。炎は、闇の果てにあったとしても、ヒトの瞳に届いてしまうからね……煌めく、あの赤。それをファリスの盗人どもは、涙でいっぱいの瞳で見つめていたよ。
叫び声が聞こえる。
それぞれの神に祈る声が聞こえる。
だから、オレが応えてやるのさ!!
「ハハハハハハハッ!!焼け死ね、ファリスの豚どもがあああああああッッ!!貴様らはこのまま、生きたまま焼かれて死ぬッッ!!だがなあ、冥府には、オレの一族と!!オレの一族とつるむのが、大好きな、竜が山ほどいるぞおおおおおおおおッッ!!」
そうだ、炎の津波がグラーセスごと、ファリスの豚どもを包んでいく。叫べ、苦しめ、可能な限り、長く生きて、苦しんでから死ね!!
「生きながら焼かれて死ぬッッ!!だがなあ、それでも安心するなよッッ!!貴様ら、ファリスの豚どもはあああッッ!!冥府でも、ストラウスの剣で斬られ、竜の劫火で魂までも焼き払われるッッ!!死しても安らぐことのない、永劫の苦しみに、焼かれて悶えろッッ!!」
敵の悲鳴と嘆きを浴びながら、オレは焼かれていく5000のファリス豚どもを見ながら大爆笑していた。
ああ、一族たちよ、竜たちよ!!こいつらの魂を、炎と共に空へと送るぞ?あの世でも、ヤツらを切り裂き、焼き払えッッ!!
―――ソルジェの愛は、深いから、セシルのためにいつまでも苦しむよ。
その心は、壊れているよ、確実に。
それでもね、それは愛が深いことの証だと、彼の猟兵たちは知っている。
ソルジェは、燃えて赤くなった小さな骨を、忘れられないんだ。
―――兄であるソルジェに助けを求めながら、焼かれていった七才のセシルのことを。
9年前の故郷に降った、涙雨のなかで、彼のその手がすくい上げたセシルの骨のことを。
忘れられるわけがないんだ、彼はやさしい『魔王』なのだから。
だから、壊れても、進めるよ、間違うこともなく。
―――取り戻すんだ、あの誰もがいて良かったガルーナを。
そうだよ、ソルジェ……君は新たな夢をこのときに決めたのさ。
ガルーナを解放し、そこにガルーナを再建してやるのだと。
偉大なるベリウス陛下を真に継いで、『ガルーナの魔王』になるのだと。
―――そうさ、侵略者どもに、明け渡しておいていいはずがない。
誇り高きガルーナの土地を、取り戻す。
その誓いを胸に抱いて、ソルジェは斬るべき害悪、ガラハドをにらむ。
忘れてはいないさ……ヤツが、ハーフ・エルフの子の腹に、爆弾を仕掛けていたことを。
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