第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その12


 剣の鋼を押し合いながら、オレたちは互いの目をにらみつけている!!ガルフに教わった技術だ。相手のあらゆる反応から、情報を引き出す。そういう風に、教わった。


「フフフ!オレの瞳を覗いているな、ソルジェよ?何を見たい?」


「……うるせえよ!」


「オレの弱点か?そうだろうなあ、親父は、オレにもそう教えてくれたぞ?」


「オレの師匠は、別にガルフだけじゃないんだがな」


「ああ。そうだろうな。だが、親父の『いい加減』な発想に、様々な技術が洗練されていっただろう!」


「……そうだな。元からある技術を、統合する。使い方を、柔軟にする。それが、ガルフを見ていて覚えたことだ!!」


「そうさ。だから、お前は、いつの間にか、親父に似ているのさ!!」


「……ッ!?」


 ガラハドの『鎧』が『動く』!?


 想定外の『攻撃』だった。オレは、ステップして横に回るしかなかった。鎧をつけていないオレの体は、あの『刃』を受けるわけにはいかないからな。


 そうさ、なかなかに現実的な光景ではないのだが、ヤツの『鎧』から『刃』が飛び出していた。動力は『風』の魔力さ。鎧の内側に、薄く平たく加工した、柔軟性のある『刃』を仕込んでいるのか。


 ―――つばぜり合いに持ち込んだ相手を、アレで刺して殺す?あるいは、威嚇して、後退させたところを、リーチの長さで追撃するという戦法かな、今みたいにな!!


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!


 竜太刀で、『飛び大蛇』の一撃を弾いていた。今のは……『首』を狙っていたな。オレの手足を切り落として、謎の檻で飼うんじゃなかったのかね?……まあ、そんな目に遭うぐらいなら死んだ方がマシだがな。


「いい動きだ、ソルジェ!!このコンビネーションを躱した男は、グリエリ・カルロ以外では、お前が初めてだぞ!!」


「ふん。そりゃあ、『奇剣打ち』は防げるだろうな……その『鎧』も、ヤツの作品だろ?」



 『飛び大蛇』の長すぎる間合い、それをもしも潜られたら?……ヤツだって、それぐらいの欠点には気づける。熟練した剣士なら初見はともかく、二度目の戦いであれば、『飛び大蛇』の間合いの大きさにこそ、つけ込むだろうからな。


 それを補うための『鎧』……あいかわらず、おかしなコトを考える刀鍛冶だよ。


「これの名は、『下顎』さ」


「シタアギト……なるほど、大蛇の『牙』とセットかよ」


 上あごの牙を躱しても、下あごの牙が迎え撃つ。本当に、細かい芸だ。下らないほどに。だが予想外過ぎて対応出来ずに殺された戦士たちが、多くいたということか。


「グリエリ・カルロに報告しておこう。この鎧も、改善の余地がある。動きの速い男に使う装置だが、速すぎる俊敏さには、追いつけなかった」


「奇剣だけじゃなく、鎧まで打つのかよ、最近の『奇剣打ち』の野郎は」


「そうだ。彼はオレには好意的だ。彼の作品を、オレが使いこなせなかったことは、そうないのだからな!……それに、最近のオレは、鎧集めが趣味なのだよ」


「……テメー、そういえば……オレの鎧を、直させていたな?」


「ああ。勝利の証が欲しくてね?狩りでは、よくやるだろう?」


「……殺した獲物の『皮』を剥ぐ……てことかい」


 剥製やは毛皮代わりか、オレの『竜鱗の鎧』も?……ムカつくね。


「さすがは、オレと似た男。言いたいことを、すぐに理解してくれるなあ!」


「フン!……お前の知恵の底が浅いだけだ」


「だったら、それもオレたちは似ているな。お前の底も、浅いのだ」


「言ってくれるね!!」


 『下顎』だろうが、『飛び大蛇』だろうが……貴様らの策は、初見殺しに長けてはいる。


 だが、それを超えられたぞ?『下顎』の弱点も分かっている。複雑な機構を仕込んだぶん、どうしたって、頑丈さは落ちる!!


 シンプルなものは、頑丈だ!!壊れない!!だからこそ、このシンプルに強い素材をただただ強く叩いて作りあげたこの竜太刀こそが最強なのだ!!


 竜太刀ならば、そんな小細工だらけの鎧など、容易く切り裂ける!!


 獣のように吼えながら、オレはガラハドに迫る。


 いつものガラハドなら距離を取るだろう。単純な力と力の勝負では、竜太刀とオレの前にヤツらの勝ち目なんて少ないのだからな。


 だが、今日は違うようだ。


 薬の過剰摂取で得た力を信じているのか?


 それとも、『忘れられた砦』の『策』で、オレを深く傷つけたことを計算しているのか。あれごときで十分に弱らせたと考えているのかな―――たしかに、その二つの要素があるからこそ、この全力の斬撃をも、ガラハドは『飛び大蛇』で受け止めやがるッ!!


「クソがッ!!」


「ハハハ!!全力でそれとはな!やはり、ダメージが大きすぎたようだな、ソルジェ!!」


「うるせえよ!!」


 オレは左手を使い、竜太刀をさらに押し込む。ガラハドが、こちらの攻撃が得た重みの加算に、わずかながら押されるのさ。


 オレは喜ぶべきか?やはり、力ではこちらが勝っていると、この現象を分析し、自信を持つべきなのか?


 ―――いいや。


 そうじゃない。


 あの『重心移動』は、オレを動力にして、ガラハドが動いたのさ。ヤツの意図の通りに、さっきの運動は組み立てられている。だから?オレはその重心移動に付き合うことを選ぶのさ。


 竜太刀を握ったまま、前方に跳んだ。


 後ろに跳ぶガラハドを追いかけるようにね。そして、前転しながら、距離を稼ぐ。そうすることで、ガラハドの左手が放つ『風』の魔術を躱せたよ。ちょっと、泥が体につくが、素早く起き上がる。


「ふむ。獣ようだな。あれに反応したか?」


「スマートに戦ってやれるほど、あまり元気じゃなくてなッ!!」


 お返しだよ。オレは大地に触れている左手の指から『雷』を放つ!!大地を雷撃が駆けて、ガラハドを襲う。ガラハドは逃げることはなかった。


 雷撃を浴びながらも前進し、剣を振り下ろしてくる!!


 薬物の力と、自前の精神力の合わせ技だなッ!!『麻痺』を狙った鹿狩り用の地走りの電流だぞ?一秒以内の接触で、脚の筋肉が、痺れてしまうはずの『質』なのだがな!


 破壊力ではなく、機動力殺し専用の技だぞ。それなのに、それを喰らいながら、走るのか!!


「ハハハハッ!!かゆいぞ、この程度の電流で、オレを楽しませられると思うんじゃないぞお、ソルジェええええええええええええええッッ!!」


「チッ!!」


 『飛び大蛇』を躱す。だが、ヤツの体が竜巻のように回るのだ。遠心力を帯びて、『飛び大蛇』が再び、伸びてくる!!


 二段構えの攻撃か!?定石なら、後ろ跳びを繰り返して間合いを取りたいところだが、オレの体もそんなに動き回れるほどの余力はない。竜太刀で受けるしかないね!!


 ガギュウウウウウウウウウウウウンンンンンンンンッッ!!



「ハハハハッ!!加速した『飛び大蛇』を受けるか!?腕が痺れてしまうだろう!?こいつの『毒牙』は、この瞬間のためにあるんだあッ!!」


 器用なことをしやがるぜ。


 『飛び大蛇』の刀身が、蛇のようにうねる。波だな。波のように、ゆらぎが走り、それを受ける竜太刀を経て、オレの指を揺さぶるのさ。


 『雷』を帯びているわけでもないのに、指にとんでもない痺れが走る。


 クソが。蛇の『毒』ね。


 なかなか、有効じゃねえかよ!!


「さらに!痺れろよ!兄弟いいいっ!!」


 ガラハドが『雷』を放つ。


 呪文ナシだから、対応できないほどに早い。そのぶん威力は少ない、オレの鹿狩りの術と同じく、ただ痺れるだけの技だ。脚ではなく、腕を狙ってきているところが狡猾だな。


 そうさ、ガラハドはオレの左腕がより弱くなることを狙っている。


 竜太刀で『雷』を受けた。新たな竜太刀は、この程度の威力では刃こぼれ一つしないが、満身創痍の体には、この電流が有効だ。指が、痛む。正確には、一度断たれた腱が焼けるように痛えぜ!!


 主治医ちゃんにはさあ、ムチャさせんなって言われてるんだがなあ!!さっきから、ムチャのオンパレードだもんなあッ!!


「ぐうっ!?」


「ハハハハハッ!!そうら、ソルジェええ!!どんどん、行くぞおおおおおッッ!!」


 ガラハドが走る。軽やかにね。そうさ、猟兵ってヤツは、こんなものだ。敵が弱るほどに強さを増す。敵の返り血を浴びて、歓びを得る。そうだよ―――知っているぜ、そんなことはな!!


 ……だから!!


 窮地であるときこそ、前にッ!!


 予想を超えた一撃で、『恐怖』を刻みつけてやるッッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!『ハンズ・オブ・バリアント』ぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「なにッ!?」


 そうだ!!予想外だろ!?


 元々ぶっ壊れてる左腕だ。しかも、ダメージを上乗せでもらっちまった直後だよ!?大事にしなくちゃいけえねえって、主治医が言ってるこの左の拳でッ!!


 オレは、『奇剣打ち』先生サマの作った傑作太刀をッ!!


 思いっきり、ブン殴っちまうんだからなあああッ!!


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンッッッ!!!


「魔力を、帯びた……『竜の爪』ッ!?」


 そうさ。『ハンズ・オブ・バリアント』。負けず嫌いの竜騎士が、剣を折られ、槍を砕かれ、矢は尽きて……それでも、相手をぶっ殺してやりたい時に使う最後の手段!!


 魔力の消費はクソ大きいが……空間が青く揺らぐほどに折り重ねられた高出力の魔力が、オレの左の指を『竜の爪』に変えるんだよッッ!!


 『ハンズ・オブ・バリアント』をまとった左の拳が、『飛び大蛇』を跳ね返していた。その剣は、たしかに強力だ。巨大な鞭のようにしなった時は、ゼファーの尾による打撃のごとく重たい。


 だが、鋭さは、驚くほどではないさ。『芸術』の代償だぜ、『奇剣打ち』。職人たちから嫌われる、非・実用性ってところだな。壊れやすいはずの機構を、ちょっとでもカバーするために切れ味を捨てて、刃を分厚くしちまった。


 ただただ、切れ味を求めた剣を打ってれば、『ハンズ・オブ・バリアント』を裂くための鋭さだって、アンタの腕なら作れたのによ。


 『芸術』は、難しいもんだなあ?


 こんなナマクラじゃあ、オレの『魔爪』は砕けんぞッッ!!


「ぐぬうッ!!」


「切れなきゃなあ!剣など、ただの、不安定な棒なんだよッッ!!」


 そうだ。


 だから、剣をぶっ叩かれた日には、バランスが崩されちまう。


 とくに、大剣みたいな重たいものはな。重量のあるモノを操るためには、その品と重心を結びつけてしまう。だから?それをぶっ叩かれるのは、剣士の重心に強烈な前蹴りでもぶち込まれたのと同じになるよ。


 そうしなくちゃ、剣が指から飛んじまうからなあ!!


 踏み込むのさ。


 ムチャのせいで、死ぬほど痛い左手の指でも、竜太刀を両手持ちにしちまってね!!


「はああああああああああああああああああああああッッ!!」


 気合いを歌い、全身の筋肉と関節を運動に連結させて、オレと竜太刀は―――オレとアーレスは、ただ一つの威力へと融け合うのさッ!!


 ガラハドが体勢を整えようと急ぐ。


 だが!!


「遅ええええッ!!」


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!


 竜太刀が、『飛び大蛇』による守りを、弾くのさ!!


 バランス崩れた上での急場しのぎか?


 それで、オレさまとアーレスの怒りを、止められるわけがないだろう―――?


 ヤツのバランスが、さらに崩れる。


 そうだ、今度は本当にオレが作ったバランスの崩壊さ。


 ……だから?


 仕留めに行くぜ!!


 ああ、このタイミングなら、千人を攻めて、千人を仕留められるだろう。だがよ、さすがは猟兵ガラハド・ジュビアンだ。


 この畳みかける殺意の連続技に、体を崩されながらでも、対応してきやがるんだからな。


 『下顎』さ!!


 『風』を呼んで、その鎧から、刃のカウンターを放っていた。


 だけど、分かっているよな?


 ついさっき『見た』技なんてものが、そう容易く、猟兵に……このソルジェ・ストラウスさまに通じるわけがないことぐらい!!


 刃を躱すのさ。沈みながら、右に体を傾けながら―――。


「……クソがああ!!だから、お前が、嫌いだッ!!ソルジェええええッ!!」


「オレもだ、ガラハドおおおおおッ!!」


 踏み込んで、大地を蹴って、竜太刀を走らせる!!


 ヤツの鎧を切り裂いて……ヤツの腹を深く、アーレスの竜太刀が切り裂いていたのさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る