第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その11
「貴様には、さまざまな力があつまるな―――かつては、もっと孤独だった」
「……ヒトの暗黒時代を掘り返すんじゃねえよ」
死神あつかいされていて、尖りまくっていた孤独な時代……フン、『いい思い出』とは言いがたいことぐらい、察知して欲しいものだぜ。
「そうか?オレはあの頃の貴様の方が嫌いではないがな。少なくとも、親父に似てきた今よりも、ずっとマシだったのだがな」
「……お前はガルフが好きなのか嫌いなのかも、よく分からん男だな」
オレが嫌いなことだけは分かるんだけどな。
だから、ちょっと確かめてやろうかと思う。
「……お前、ひょっとしてだが……ガルフのこと、『大嫌い』だろう?」
そうさ、執着しているからといって、好きだとは限らないさ。オレの言葉は的外れだったのかね?……そうじゃないと思うよ。なにせ、今のガラハド・ジュビアンは、ニヤリと笑っている。あんなに唇というものは横に開くものだったのか?
歯並びのいい牙を見せつけながら、狂人は告白する。
「ああ!!よく気づいたじゃないか!!オレは、親父のことが、『大嫌い』だッ!!親父にどれだけ殴られたと思う!?オレは、いつも殴られていたぞ!!9つの頃だ!!喜んで欲しくてね!!親父のマネをして、『敵』を刻んだ!!その度に、よく分からない理由で、殴られたんだッ!!」
「その理由が、分からないからだろうな」
一応、躾けようとはしたのかい、ガルフ?……『敵』を刻む?9才が戦えるとは思えないね。つまり『捕虜』を刻んでいたのか。そんなガキの頃から、壊れていたわけだ。恐ろしいガキを養育していたんだな、ガルフ。
きっと、自由人のお前じゃ、コレを持て余すだろうな……その結果が、今か。
「親父の一番よ。お前には、分かるのか?オレが殴られていた理由がッ!?」
「……さあね。昔のことなんざ、興味ないんだ」
「……くくく!たしかに、そうだなあ!!昔のことなんて、今を生きているオレたちにとっては、どうでもいいことだよなあ?」
いつにも増して、言動がおかしいね?……まあ、その理由に見当はついているがな。
「お前まで、魔力を増やす薬を打ったのか」
あのアニスを見ていて、それを出来るとはな。破滅願望か?……いいや、そうじゃないかもしれんな。命を燃やし尽くしながらでも、オレを攻撃したいからか?
「ああ!!そうでなければ、圧倒的な力を得なければ!!お前の手足を生かしたまま切り落とせないだろうッ!!そうじゃないと、お前をオレの檻で飼えないッッ!!」
「なんてイヤな計画を立てていやがるんだ?」
手足を切り落として、檻で飼うだと?
……人生で初めて言われたな、そんなセリフ。
殺すよりも深く苦しめたいのか?……コイツにとって、『苦しめる』ということは、神聖なことなのかもしれん。いや、邪悪なことか。
「ああ!!殺すだけでは、足りないじゃないか!!オレの心からあふれる、コレを!!よく分からない衝動を!!受け止めてくれよう、ソルジェえええッ!!」
……どちらにせよ、深い情念の現れではあるのだろうな。ガラハドにとっては、暴力を振るうということは、何か尊い価値のある行為なのさ。なんであれ。対応はひとつだ。
「―――ガラハドよ。お前は、もう死ぬべきだな」
「ああ?そうかい?」
「そうだ。お前は、おそらく、ガキの頃も含めて……戦場に長くいすぎたんだ。暴力に触れすぎて、お前の価値観や、お前の精神は、ヒトとして在るべき形から遠ざかりすぎてしまった」
「……ふむ。たしかに、長く戦っている。お前よりも、ずっとな?」
「……ああ。だから、お前は、壊れちまったのさ」
「壊れる?ああ、そうかもしれない。でも、壊れることが……悪いコトか?」
「……どうだろうね。オレは、まだ、お前ほどには壊れちゃいないから、よく分からないんだよ。気楽になるのかい、ひょっとして?」
「苦しみは多い!!オレは、とても繊細な心の持ち主だからな。だからこそ、薬や酒や女に依存するのだ、猟兵たちは全員がそうだ―――お前も、いくつかの依存が見られないか?」
クズ野郎め。本だけは読むからか、なかなか鋭いコトをいうじゃねえかよ。たしかに、オレも依存がある。『女』と『酒』……思い当たるね。
「壊れて傷ついてしまった魂はな、何かを過剰に摂取しなければ、穴埋めが出来ないのだよ。お前は『女』と『酒』か」
ぬう。言い当てられてしまったな。少し……いいや、かなり恥ずかしいな。
「アニスで、過剰なほど性欲を晴らしたそうだな?それは、お前の魂が、本質的に孤独な証だぞ。性的絶頂で、不安を晴らそうとしているのだ」
「……自分の女で、オレの精神鑑定なんてしてるんじゃねえっつーの……」
「良かっただろう?美形で女にもモテるオレが、しっかりと躾けたからなあ」
まったく。狂人との会話ほど厄介なモノもねえ。
返す言葉に困るぜ。たしかに、アイツは最高の娼婦だと思ったよ。でも、過剰なまでに性欲を晴らしたとか、裏で言われてたと思うと、赤面モノだ。オレは、やはりスケベ虫なのかな、リエル。
……ていうか、依存性ね。
『女』に、魂の救済を求めてる?……そうかもね。親父や兄貴たち、ガルフ……そういった死んじまった『男』たちを、偲ぶことはあっても―――絶望を覚えることはない。
だが、セシルやお袋を守れなかった……あの苦痛が、オレを絶望させつづける。
その苦しみを、紛らわそうとしているのかもな。
リエルやロロカやカミラ……アニスもか。『女』で、セシルを喪失したときに壊れてしまった心を補修しようとしている?
……考えたくはない。だが、否定するためのロジックが、見つからないんだよね……いや、ひとつぐらいはあるか。
「オレのは、ただのスケベだろ?」
「そう思い込みたいだけだ。お前に好意を向けてくれる女に、お前は弱い」
「誰だってそうじゃないか?」
「いいや。お前は、それが病的にヒドいはずだ。きっと、セシルちゃんを見ているのさ。お前にとって、好意を向けてくれる女はな、みんなセシルちゃんだ」
「……ッ」
「顔が歪んでいるぞ?その表情はな、ソルジェ。バレたくなかったウソを、崩された時の詐欺師が、心の奥で浮かべる貌だぞ」
「……ムカつく男だな」
「そっくり、そのまま返すぞ、このスケベ野郎。その病的なシスコンを、治療してもらうといい。オレの好きな精神分析医を紹介してやろうか?そうだ、リスコット先生がいい、美人で、本当にスケベな女だ」
エロ女医と何をしているんだ、貴様は……顔がいいと、頭がおかしくても有りなのかよ?ていうか、公私ともに病的なヒトたちと付き合いすぎだ、リスコット先生よ。
「マクレガー先生の方が、有能だとは思う。なにせ、性依存者の専門家だからな……でも、残念だけど、マクレガー先生は、三月に殺してしまってね」
「……貴様の貴重な理解者が減っちまったな」
「ソルジェ、お前の理解者でもあったのだぞ、マクレガー先生は……彼女も、妹を亡くしているからね。彼女のは、流行病だが。お前のように、焼かれたわけじゃない。マクレガー先生は、妹ちゃんの手を握りながら、看取ってやれた。お前より妹に尽くしていたわけだよ」
「……そうかい、そいつはいい先生を、殺しやがったな」
「救いだと思うぞ?オレのような狂人の手にかかったのだ、彼女は、職務に殉じた素晴らしい女性だよ!!」
「貴様みたいなクズ野郎を、救おうとしたぐらいの聖女さまだ」
「そうだ。残念だよ。お前とも気が合う女性だった。いい薬を処方してくれたんじゃないかな?悪夢のなかで、セシルちゃんの焼けた骨を見なくてすむようになる、素敵なお薬をね?」
―――ああ、ホント。コイツ、ムカつく男だ。
「いい瞳で、オレを見てくれるな。魔眼は、どうした?……まだ、オレのナイフでグチャグチャにされたままか?」
「もうすぐ、戻るさ」
「そうか!そしたら、またえぐってやる!!檻のなかで、何度も、それを繰り返してやろう!!最高の目玉だな、オレはそんな目玉にフォークをさしてやりたいぞ!!」
「……後悔させてやるよ。あのとき、オレの左腕じゃなく、首を切るべきだったと」
「あれは、お前と対等になるための儀式さ」
「はあ?」
「かつて、お前はオレを殺そうとして……親父が、それを助けてくれた。そのときのお礼を、アレで返したんだ」
「……律儀なクズ野郎だな」
「ああ。オレは律儀なヤツだ。クズ野郎というのも、認めてやろう。なにせ、オレはな、お前と同じぐらいの性依存もあるが……やはり、満たされると感じるのは、ヒトを殺しているときだけだよ」
「……殺人狂だもんな」
9才からだろ?根が深い病だぜ。
「ああ。優れている自分を、自覚出来てね。オレの心が満たされるのさ」
戦場では、よく見かけるタイプだ。他者を殺すことで、優位性を証明する。まあ、戦士としては当然の行いだが、何事も、過剰にのめり込むと……病んでいくものさ。
コイツには殺人が……オレにとっての『酒』や『女』みたいなものか。それで精神の安定を保っている?……傭兵に向いている性格ではあるのだろうが―――害悪でしかないのも確かだ。
ガラハド・ジュビアンは、やはり、この世界の害悪であるらしい。
「なあ、ソルジェ。ヒトは殺すことで、静かになるだろう?」
「……ああ。雑音が消える。それが、心地よいのか?」
死の無音を愛する?オレとは違うね。オレは、その死の先を見て、楽しむ。あの世で彼らが酒宴をしていると信じられるから、貴様とは違うぞ。
「殺すことで、強いことを確かめられるからなぁ」
「……そうだな、強者を屠ったとき、鍛錬に、納得できる」
勝利がもたらす快感に、依存している?……そうだな。でも、オレは、勝利のためにヒトを殺すだけだ。その結果、快楽を得ているだけで―――。
「殺すことで、安心するだろう?」
「……敵が、いなくなれば……そうだよな」
安全を保証しているだけだ。そうだよ……敵がいれば、いつ、オレの『セシル』を殺されるか、分かったものじゃない……。
「なあ。ソルジェ」
「……なんだ、ガラハド」
「気づいたことがある。お前もではないか?」
「……いいや」
「ウソの下手な男だ。感情を隠すのも下手だ。あまり詐欺師には向いていない」
「……それは、光栄なことだ」
「だが」
「……」
「そのせいで、お前は、オレに、『この言葉』を言われてしまうんだぞ?」
「……やめろ」
「やめない」
「……ぶっ殺すぞ」
「殺し合いをするために、オレたちは二人っきりだ!」
「……脅しには、ならんということか」
「そうだ。お前は、珍しく『恐怖』しているな?」
その言葉に無言を返し、肯定してしまう。
ガラハドの口が、あの横に長い笑みで、オレを嘲る。
聞きたくないのに、それなのに、何故か、オレの体が動かない。『恐怖』に拘束されているのだ。『恐怖』は、ヒトが嫌悪しながらも……何故か、求めてしまうものだから。
斬りかかればいいのに、オレは、その言葉の威力に耐えるためなのか、歯を食いしばり体を緊張させている。防御姿勢さ。守ろうとしている、自分のプライドとか、精神構造を?
それぐらい聞きたくない言葉を、ガラハドはもうすぐ口にするぞ……。
「ソルジェ・ストラウスよ?」
「……なんだい、ガラハド・ジュビアン?」
「―――オレたちは、『似ているな』、兄弟ィ!?」
ああ、血圧が上がりすぎて血管が何本か破裂しちまった気分だよ!!怒りのままにオレは走った。走って、地面を踏みつけ、竜太刀を振り下ろす!!
ガギュイイイイイイイイイイイイイインンンンンンンッッ!!
竜太刀と『飛び大蛇』が衝突し、歌を奏でた。火花が散りながら、オレの憎悪と激怒に燃えて濁った瞳は、『オレに似ているガラハド』をにらみつけていた!!
「……ぶっ殺してやるぞ、ガラハド!!オレは、貴様が、死ぬほど嫌いだッ!!」
「ああ!!オレもだぞ、ソルジェえええええええええッッ!!」
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