第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その9
「……ああ。待っていたぞ、アーレスよ」
オレはベッドから立ち上がり、片膝突きながら、新たな鞘に収まった竜太刀へと近づいていく。たった二十時間の離別であったが……なんともさみしい別れであったのには、違いがないぞ。
ああ、アーレスよ。
その名を持つ竜へと、オレの指は伸びていく―――竜太刀に触れそうになった瞬間、強烈な『威嚇』を感じ取り、指が一瞬停止する。
そうかい。
なるほど……お前を乱暴に操り、折ってしまったことを怒っているのだな?
すまない。オレの腕が未熟だったせいだ。謝るよ?……だから、オレのことを許してくれ。これからも、また一緒に暴れようじゃないか、アーレスよ!
竜の『威嚇』は鎮まって、オレの指が竜太刀を掴むのさ。そして、ギュスターブから、その新たな竜太刀を受け取った。
新たな竜太刀を持ち上げたオレは、いてもたってもいられずに、石膏包帯で固定されていた左腕の肘に、鞘を挟んで、そのまま一気に抜くのさ!!ああ、ワクワクしてしょうがねえよ!!子供みたいにね?しょうがないだろ?……男の子ってのは、そういうものさ。
鞘走りの音は、澄み渡り。心地よい鋼の歌を鳴らしながら、生まれ変わったアーレスの竜太刀がオレの目の前に躍り出る。刃の色は―――『黒』!?……いや、次の瞬間には白銀の色へと戻っていた。
「……ふむ。なるほど、魔力に応じて、色が変わるのか?」
「ええ!それは『生きた刃』ですから!!」
「『生きた刃』?」
ドワーフたちの職人言葉なのだろうか?オレにはその意味が正確には分からない。『生きているような気配』ならば、指から感じるのだが……あまりに感覚的すぎる。より正確な意味を、職人から聞いておきたいものだね。
「ええ、我々、ドワーフ族に伝わる言葉です……究極の魔力を帯びた鋼は、持ち主の魔力に応じて、強さをも高める。そして、敵の血を吸い、鉄を奪い、己の傷をも直していく」
「なるほど。まさに、生物」
斬った敵の血のなかの鉄を喰って、それで己を修復するか。生物という言葉に相応しい習性ではないか?アーレスよ、お前に相応しい能力だ。
「竜太刀の名に、相応しい霊剣ということだな!」
「はい!」
「……それで、ソルジェよ!」
「どうした、リエル?」
「どんな出来なのだ?」
「ああ。最高だよ。見ただけで分かる。こんなに美しく、そして狂暴な鋼を、オレは知らないぞ?」
もう夢中になって、オレはその鋼に見入るのさ。星明かりさえ集めて輝く、その研ぎ澄まされた白銀のかがやきに、惚れない剣士はいないだろう!!確かに、人類が到達した、至高の一振りの一本であることは間違いない―――。
「ふむ!そうであろうッ!!」
正妻エルフさんが、ウルトラをつけていいほどのドヤ顔だよ。
そして、職人の一人も、感涙を流していた。ギュスターブよ、エリート戦士のくせに熱い男だな。君のそういう側面を知ると、ますます君を褒めたくなるね。
「最高の剣だッ!!」
「そうでしょう!!オレも、こんなに素晴らしい剣を、見たことがありません!!」
「……ああ。よくぞ、打ってくれたな、シャナン王。そして、ギュスターブ!!」
「は、はい!!ありがとうございます!!そ、それに―――」
「―――ああ、分かっているとも。ありがとうな、リエル?」
「え?」
リエルは驚いているようだ。目をぱちくりさせながら、オレへと聞き返す。
「ど、どうしてだ?」
「君の祝福を、竜太刀から感じるからさ」
「……わ、わかるのか?私の……祈りも、それに、込められていることが?」
「オレは竜騎士だぞ?自分の竜太刀と会話ぐらい出来る……指に感じるぜ?リエルの祈りも、ロロカの願いも……」
「そうだ!そうだぞ、この幸せ者め!!わ、私と、私とロロカお姉さまの愛が、それには宿っているのだぞ!!に、二度と、折るなよ、バカ野郎……ッ!!」
「ああ。ありがとうよ」
うん。
それに、二人だけじゃないなあ。色んなヤツの魔力を帯びているぜ。ドワーフの『雷』も、ガンダラの『雷』も……ハーフ・エルフのあの子の『力』も……そして。外された力についても、オレは理解する。
魔眼の力など、竜太刀を理解するには不要なのだ。オレは、竜騎士なのだということを実感できる現象だったな。感涙を流すギュスターブへとオレは訊いた。
「……『氷の魔石』を外したな」
「はい!その、アーレス殿が、シャナン王に直接、訴えられまして?」
「なるほど。『力を抑えて扱いやすくする』―――我ながら、よくない発想であったな」
アーレスが怒るはずだな。きっと、恫喝して、『外せ!!』と怒鳴ったのだろうよ。まったく、250才にもなって、怒りっぽい竜だぜ。
「……あ、あの威力で、力を抑えていたのか!?」
「ああ。そうだよ、リエル。未熟なオレの腕に、アーレスは合わせてくれていたのさ」
「でも、その拘束が外された!?」
「くくく!ワクワクするなあ、一体どれだけの焔を呼べるんだろうなァ……」
「本当ですねえ!!」
「し、しかし。それだけ、扱いが危険になったということではないのか!?」
魔術のプロフェッショナルとして、魔術の暴発事故の恐怖を知っているからな。
リエルは、オレやギュスターブのように、アホ顔丸出しで威力の夢に取り憑かれるのではなく、その危険性を論じてくれているのさ。
「き、危険すぎやしないか!?お、お前の身を、傷つける力を出したら……ど、どうしよう……っ!?」
―――ああ、ありがとう。オレのことを心配してくれているんだな。
お前の魔力がたっぷりと込められているのだ、森のエルフの王族の圧倒的な魔力、それと融合したアーレスの焔の高まりが、主であるオレを焼く危険性に、おそらくオレよりも詳しいはずだよな……君は誰よりも魔術のプロだから。
……たしかに、以前はアーレスの魔力に負けていた。力を統率する主としての器が足りずに、炎を御することが出来ずにいた……。
いいや、オレだけじゃないぜ。あの刀匠カルロの一族でさえ、扱いに困った。彼らの仕事場を、暴走させてしまった焔が焼き払ってしまったな。天才たちをもってしても、加工することさえ、困難なのさ、『竜喰い・アーレス』の劫火という力はね―――。
でも。それは過去のことだよ。
オレの長年の修行は、魔力を高め、それを操る技巧も深めて、経験は知識を感覚にまで融け合わせてくれている。今のオレならば、問題などないのだ。
だから、安心してくれていいんだ、リエル・ハーヴェルよ。不安そうな顔をして、オレの身を案じる必要なんて、どこにもないんだぜ?
「大丈夫だ。アーレスの全力を御せるだけの技量は、今のオレにはある」
「で、でも……竜だけじゃないのだぞ?私や、ロロカお姉さまの力まで!!」
「お前とロロカの注いでくれた力が、オレを傷つけることなどない」
「そ、ソルジェ!!……だ、だが……っ?」
「信じろ。オレは、竜騎士だ。竜太刀の焔で焼かれることなど有り得ないさ」
「……っ!!……ああ。そうだな。そうだ、私のソルジェ・ストラウスが、竜太刀に呑まれるはずがないな!!まして、それには、竜だけではない。私たちの愛も融けているのだ」
「ああ。だから、礼だけを言わせてくれよ、リエル・ハーヴェル」
「う、うむ!!い、言っていいぞ!!」
「ありがとう!!君のおかげだぞ!!オレは、アーレスを再び取り戻せたんだ!!」
「うむ!!どういたしましてだ!!」
ああ。君の翡翠色の瞳からあふれてくれる涙が、うつくしい。
オレを心配して感情を昂ぶらせた涙も、オレとアーレスの再会を喜んでくれる君の涙も。どちらもが好きだ。ああ、愛しているぞ、オレのリエル……。
時と場合が許せば、お前の腹にオレの子供を仕込むために一晩中愛し合いたいところだが―――残念なことに、今は、愛に走れる状況ではないな。
くくく!!
残念だ、この最高の歓喜にあふれている瞬間に、リエルの処女を奪えないのは、なんとも残念だ。だが―――残虐な猟兵の『血』が、愛とは別種の歓喜に躍動しているのも、また事実なのだよ。
「―――ガラハド。ちょうどいいぜ、オレの新しい竜太刀の、試し切りをさせてくれよ」
お前ならば、十分だ。
オレを知り尽くし、オレを殺すために技を研いだお前ならば。
オレが、世界で最も嫌悪しているが、誰よりも猟兵の才を持ったお前ならば。
この竜太刀が、初めて斬る命として、申し分がない。
祝福してくれよ、ガラハド・ジュビアン。お前に折られたアーレスの竜太刀が、黄泉から戻って来てくれたぞ?だからな、黄泉には空席がひとつ出来てしまっている。冥府の王も、魂が足りずに悲しがっているだろうさ。
だから、お前を殺させろ!!
この偉大なる芸術にまで至った暴力で!!
命懸けで、オレの竜太刀の誕生日を祝ってくれよ!!
この炎に満ちる地獄の城塞で、貴様の肉から放たれる赤い血で、この刃の初めての殺人を祝ってくれ!!
殺意を帯びて、オレは猟兵の貌になる。殺しを喜ぶ悪人の貌さ!!竜に似た貌で嗤いながら、オレはリエルに命じるんだ。
「―――行くぞ。『ガレオーン猟兵団』とやらを、根絶やしにしてやるぞッ!!」
「ああ。もちろんだ!!」
「……サー・ストラウスよ。及ばずながら、我らドワーフの戦士らも、共に!!」
「そうだな、この戦いを楽しもうぜッ!!」
ギュスターブよ。君も、オレたちに似た貌をしているじゃないかね?そうさ。楽しくて仕方がねえもんだよなあ!?
強い敵との、殺し合いってもんはよッッ!!
オレは石膏包帯が巻かれていた、左の指に力を込める。ハハハッ!!聖なる蚕の糸のおかげか、ドワーフの技術のおかげか、リエルの秘薬のおかげなのか、それともゼファーの力を浴びているおかげか?
もしかしたら、その全てがそろっているからか!!
オレの指は、力強く動きやがるぞ?たしかに、まだクソ痛いし、全力の力から比べれば数分の一の力といったものだろうよ。だが、動くし、硬く固まっていた石膏さえも、握って歪めていけるぞ!!
ギギグガガギイ!!という音を立て、石膏包帯が曲りながら裂けていく。
大半が崩れたそれを、左の腕から『風』の魔力を放つことで、その石膏たちを欠片となって吹き飛ばすのさ。
ああ……自由を得たぞ、オレの左の指が。
ムリはさせるなと主治医のマリー・マロウズには怒られそうだが―――ガラハド・ジュビアンというのは、ムリせずに倒せるほどは、甘くない。
ムカつくが、アイツもガルフの認めた、本物の『猟兵』だからな。
不完全な体調とは言え、全てを出し切って、この竜太刀でヤツの首を刎ねてやるぞ!!
「はああああッ!!」
左手から、暴れる『風』をぶっ放して、巨大な飾りガラスで彩られていたその大窓を砕いて壊す!!ガラスの割れる音って、気持ちがいいぜ!!
「リエル!!ギュスターブ!!続けッ!!ここから行くぞ、戦場に直行だッ!!」
「了解だ、ソルジェ団長!!」
「こ、ここからですか!!」
「そうだ!!オレさまを信じて、一気に飛べッ!!」
「い、イエス・サー・ストラウスッ!!」
オレたちは一丸になって、その巨大で美しかった大窓から、夜空の闇へと飛び出すのさ!!
闇と空の自由―――そして、体に嫉妬のように絡みついてくる重力!!それを肌で感じながら、空へと向かって歌うのさッ!!
「来いッ!!ゼファーぁあああああああああああああああああああああッッ!!」
『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!』
王城のてっぺんから、ゼファーが飛んで来る。ひとかたまりになっていたオレたち三人は、目の前を通り過ぎるその漆黒の風へと飛びついて見せた。
左の指が、クソ痛い!!でも、ちゃんと、聖なる蚕の糸は、固定してくれているねッ!!
このしがみつきに耐えるなら、戦場で、敵の首を折るのにも使えるというものだ!!オレは、もう完璧だぞ!!
ゼファーが翼を操って、城壁に囲まれた王城のなかを飛んで行く。オレたちはその背に乗り直すのさ。そして?
さっそく、来やがったぜ!!
「『風よ』ッ!!」
オレは暴風を召喚し、ゼファー目掛けて放たれていた矢を、はじき飛ばしていた。
「弓兵が、あんなにいるんですか、いつの間に!?」
「ええ。私たちのゼファーを殺すために?……そんなこと、許さないけどね!!」
リエルが矢を放つ。闇を切り裂く神速の矢が、敵の強弓兵の頭を貫いた。だが、猟兵を名乗るだけはあるということか、仲間の死にも恐怖せず、ゼファーを射るために矢を弓につがえていく。
だが?
うちの『マージェ』が呼ぶのは、たった一人だけの死などではないぞ?
「―――『森の王族の名において、戒めの罰を与えよう』―――『サンダー・ストーム』」
ゼファーを傷つけようとした報いであった。
『マージェ』の怒りが天から『雷』となり、頭に矢が刺さって死んでいる兵士に殺到した。雷の乱射は、矢を構えていた兵士たちを瞬時に焼き潰していたのさ!!
「すごい!!これが、エルフ族の『雷』!!……ですが、前にも!!」
「おうよ!!ゼファー、構うことはない!!城を壊すほどの火力で、歌えええッッ!!」
『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHッッ!!』
歌と共に、灼熱の爆炎がゼファーの巨大な口から放たれていた!!
城塞に潜んでいた弓兵たちは、その盾とするはずであった壁ごと破壊されてしまうのさ!!逃げようと走ったヤツにも、通路を満たした炎が追いついて、焼き払ってしまう!!
「こ、これが、全力の竜の炎ッッ!!スゴい!!……いかん!!オレも、ドワーフとして!!負けてはいられないッ!!降ります!!」
「おう!!ぶっ殺しまくれ!!ヤツら、百人いるはずだ!!」
「はい!!どりゃあああああああああッッ!!」
へへへ!!ギュスターブくんがゼファーの背から飛びやがった!!
彼は背負っていた二振りの剣を空中で振り抜きながら、三人の敵目掛けて飛んでいく。
空からドワーフが降ってくる?そんなことを思ってもいなかったんだろうなあッ!!一人目は慌てたまま、ギュスターブの鉄靴に踏まれて潰れ、次の瞬間には左右の剣士たちの腕が斬り飛ばされる!!かなりの早業だ。剣でオレと戦うのも、良かったのではないか?
それでも『ガレオーン猟兵団』は怯まない。
予備のナイフを抜きながら、ギュスターブに迫っていくが、竜巻のように回転した彼の二刀のなぎ払いに、今度は首と胴体を切り裂かれて死んでしまうのさ!!
「ああ、いい太刀筋だ!!うちの二刀流姐さんにも、見せてやりてえぜッ!!」
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