第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その8


 ジャスカ姫め、ちょっと自由すぎるだろう?―――でも。緊張は完全に砕けちまったな。まあ、戦場で張り詰めていては、見えるものも見えなくなるしな?


 そうだ。ガラハドごときに囚われてはいけない。オレたちは、この戦に勝たねばならないのだからな。さっさと、ヤツと蹴りをつけちまおう。


 しかし、ジャスカ姫か……そうだな、彼女に強く『親近感』を抱く理由が、ようやく分かったぞ。ガルフ・コルテスに近いのだ。


 酒と自由を愛しているしね。それに、彼女は、ガルードゥにこそ怒りを見せたが……憎悪の心を戦場では振るわない。憎悪を武器に込めないのさ……心に曇り無く、澄んだ気持ちで殺人を楽しむ。ああ、素晴らしい武人だ。


 まさに、『風』だな。


 くくく。ガラハドよ、オレと貴様では到達出来ない、『風』の極意を、体現している女がいるぞ?


 ……貴様はそれを知ると、屈辱で死にたくなるのか?それとも、『全盛期のガルフ』とやらと比べて、事実を否定するのかね?お前の知りたいガルフでなければ、お前は決して認めることはないだろう?


 ……まあ、どちらでもいい。お前はオレが殺すんだ。ガルフと違って、この鋼の歌により生まれる、新たな竜太刀に、ありたっけの憎しみを込めてな。


 『白獅子』を真の意味で継承できるのは、オレでも貴様でもないのさ。どちらも継承することは出来ない。


 なにせ、オレたちは、人生に囚われすぎているからね?


 貴様は『ガルフ・コルテス』に囚われて、オレはファリスとの戦いに囚われている。


 そして、その囚われであることを嫌っていないのが、決定的だ。死んでも解放されることはないのさ、その執念からは……オレたちはガルフほどの自由さで剣を振れやしない。


 だから?


 オレはちょっとでも『自由』でいたいから、貴様をぶっ殺すよ。


 どうせ、来ているんだろ?


 殺し好きのお前が、戦場で『活躍』したという報告がなかったぞ。つまり、お前は戦場を回避した。北西部の村を襲うとでもいい、低脳な傭兵どもを騙したのさ……そして、連中と共に、整備されて敵のいない道を進んだな。


 くくく。


 ガンダラとオレの読みの通りだぜ?……お前は、オレたちの本命が『南』だってことにも気づけるだろうよ……だから、北から大きく回り込む。時間がかかることはない。ドワーフの道はよく整備されているからな、お前はオレより読書家だ。知っているな?


 誘導してきてくれて、ありがとう。


 オレとガンダラは、お前よりも、お前が引き連れてくる5000の兵士の命に感心はあったんだ。お前は、オレたちを読めるんだろうが、オレたちにだってお前を読めるよ。オレたちは戦で勝とうとする意志があるが、お前にはそれはない。


 だから、お前は、どれだけ犠牲にしたっていいんだろう?


 待っててやるから、オレの勝利を連れてこい、ガラハドちゃん。


 そしたら、お礼に、格の違いってヤツを見せつけながら、殺してやるよ。そんなにガルフが好きなら、あの世のガルフに、いくらでも会わせてやるぜ、ガラハド・ジュビアン。


 オレはその決意を新たにして、脱衣場にある大きな鏡をにらむ。


 ああ、我ながらいい殺意を帯びた貌をしているじゃないかね?


 ヒゲも伸びているが……まあ、いい。無精ヒゲもワイルドだろ?片手でヒゲ剃るのも面倒だしな。


 そして、オレは右腕だけで服を着るのさ。


 口もつかっちまったが、どうにかなるもんだ。まあ、片腕で暴れ回った『荒野の風』みたいなヒトもいるわけだから、オレぐらいのケガで文句言っている場合じゃないね。


 ジャスカ姫の邪魔で、最終的なトコまでは行けなかったが、そんなことをやれそうと体が判断できるぐらいには、体力も回復しているな。


 鏡を見て分かったが、アイシングやら薬の効果もあったのか、しこたま殴られたはずの顔の腫れも引いて来ているぜ。ゼファーが、屋上にいるからかもしれんな。竜からもらう祝福は、オレを助けてくれる。


 あと、性欲由来とはいえ、体の血流が良くなったからかもね?死にかけてた細胞に血が通って、エネルギーが回り始めたようなイメージさ。うん、リエルの愛の力だ。そう言うと素敵な響きになる。


 さて……あと、どれぐらいで来るつもりだ、ガラハドよ?


 オレの勘じゃ、夜明け前だがな……。


 アインウルフはさ、お前とは違い、警戒しているはずだよな?『失われた砦』で二万も喰われたばかりだ。もうグラーセス王国軍が、ドワーフ流の猪突猛進しかしないとは考えてはいないはず。


 もはや、どんな奇策を採るか、分かったものではないと考えている。


 だから?


 せめて、夜明けを待つだろうよ。


 暗がりの中に『罠』が潜む……そう考えれば、太陽の無い時間は動くことをやめるだろう。それでも動けば、兵の恐怖を募らせてしまうしな。


 ―――オレたちはドワーフだけじゃない。とくに、『ガロリスの翼』の連中には、人間族も少なくない数がいる。斥候が入り込んでいるんだ、アインウルフの第六師団にはね。そうだ、ジャスカ姫と共に、土砂降りの中で成し遂げた、あの『奇襲』の夜にな。


 あのときに、数名が混じっている。


 そして……あの直後に追跡してきた、『帝国の偵察兵に聞こえるように』……『全員無事に帰還した』とまで、大嘘をついてみたのは……彼らを少しでも安全に潜伏させるためだ。小細工だが、いくらか効果は期待してもいい。しないよりは、ずっとマシさ。


 さて。勇敢なる工作兵たちの生存は、オレには知るよしもない。ハイリスクな戦術だからな。見つかれば敵の群れのど真ん中だ……殺されちまう可能性は高いよ。


 だが、この夜がこれまで静かだったのは、君たちが仕事をしてくれたからだと信じている。


 君らの連絡は、今朝まではあったはずだからな……?


 『水攻めで援軍は全滅したらしい』、そう噂を流すために、この日中は動いていた。


 その噂は『恐怖』となり、第六師団の夜間行動意欲をより奪ったはずだ。強烈な殺戮の『罠』があるかもしれない土地に、目隠し状態で行きたくはない。


 戦場で散った多くのドワーフたちも、殺されながら、『砦の勝利』を歌ったはずだよ。そうだ……オレたちは、小細工も多く使っている。第六師団の兵士たちへ『恐怖』を教え込み、選択肢を狭めるのさ。


 『魔王』とドワーフの『策』が潜む夜の闇など、面白い空間ではなかろうからな。そして、黒い竜を夜空で見えるかね?……危険すぎるよな。だから、第六師団は闇夜の王城に攻めて来れないのさ。


 夜間の強行軍を、君たちはしたくないはずだよ。


 巨大な援軍のあてを失い、勇猛なアインウルフでも兵力の数は気にしている。


 なにせ、『聖なる洪水』で『東』の『道』は壊された。グラーセスから脱出するには、『北』を通るしかない。


 これ以上、ムダに兵力を減らされると……無事に帰還することさえも出来なくなる。なにせ、この国の『北』には、クラリス女王陛下と『ルード王国軍』がいるぞ?……弱りすぎれば、全滅させられるだろうな。


 そして……なにより、『また洪水でやられるのではないか』とは、絶対に考えているだろうからな?


 ドワーフの『砦』がその仕組みを持つのなら、ドワーフの『王城』にも、同じ仕組みがないとは思わないだろうさ。


 あるぜ。


 とっておきのがな。


 ……だから、ビビって夜襲を仕掛けてこなかった。策で兵を失うことを恐れたのさ。いい判断だぞ、アインウルフ。もしも、来ていたら、その全員を、返り討ちにしてやるところだったんだがな―――。


 まあ……ガラハドと、傭兵どもだけでもいいさ。


 ヤツらは盗賊どもだ。北の村には何もなかったろ?……飢えまくっているな。だからこそ、王城と城下町なんて、『美味しそうな餌』に欲望のままに食らいつく。自分の都合に合致してくれる軍勢が欲しいガラハドちゃんは、『罠』のことを黙っておくよね?


 それらを考えると、スケジュールが見えるよ。


 罠と闇のリスクを恐れるアインウルフは、日が昇るまでは来やしない。だが、『それ』より遅くにはならない。待たせれば兵に迷いが生じるし、時間をかけるほどに、ルード王国軍が参戦する可能性は高くなるんだからな?


 そして、アインウルフと帝国軍がいると、自由に略奪が出来ない傭兵団どもは?『それ』よりも早くにここへ来るしかないってことさ。遠征費もかかっているんだ、リスク承知でも金目のものを漁りに来る。それに便乗し、ガラハドもオレを殺しに来る。


 ―――まあ、こんなとこだろうな。


 アインウルフまで乗り込んできてくれたら、楽だが……そんなリスクは取らないだろうしな。別にいいさ。そこまで簡単な戦だとは思ってはいない。もう一戦は構えるしかなかろう。


「くくく。あとは、何か腹にでも詰めて、休むとしようかね……?」


 そして、目が覚めたら、ガラハドの野郎と勝負と行こうか。明日も、長い一日になりそうだな……。




 ―――ソルジェは夜食を食べた後、またベッドにもどって、ぐうぐうさ。


 体力を回復させて、そのときに備えている。


 髪を乾かしたリエルは、ソルジェのそばで時を待つ。


 弓を手にして、矢を背中に……ソルジェを傷つけたヤツに殺意を燃やして。




 ―――軍師ガンダラは、王のもとへ行くのさ、今後の作戦を話した後で。


 彼は、王に頼み込む、私の『力』も使ってくれませんか?


 王は笑う、そうだのう、我らは少し、休む、お前も友のために力を貸せ。


 ええ、戦場には行けませんでしたから、この腕の『雷』を、この竜太刀に。




 ―――黒猫ミアは、おにぎりを皆に運び終わっていた。


 今は、ゼファーといっしょに眠っている、敵の気配に即応するために星空の下さ。


 戦場で、すべきことを知っている、ガルフの『孫娘』……。


 ねえ、ソルジェ、僕はね、この殺戮の妖精こそが、自由と殺戮を継ぐと思ってる。




 ―――カミラは避難していく子供たちを、見送っていたよ。


 護衛として、あの子たちが『南』に避難するのを手伝った。


 そこから、『翼』を生やして戻ってくるのさ王城に。


 大丈夫、寝ている君の傷口から、ちょっとだけ血を舐めたから!




 ―――オットーは、『終わりが沼』の壁画をスケッチ。


 失われていく伝説を、少しは書き残しておきたいからね。


 もちろん、街並みの画も描いているよ……完璧な模倣をね?


 それらの画が、ここを再建するときに、とっても役立つことになるよ。




 ―――マリー・マロウズは、未来の夫レイド・サリードンと共に姫の護衛で南下する。


 ソルジェの言葉のおかげで、マリーはレイドの求婚の返事をしようと考えたが。


 なかなか、勇気が出ずに、言えなかったのさ。


 まあ、安心しなよ、レイドはモテないから、だいじょうぶ!




 ―――ジャスカ姫は『夫』の背に乗り、星空を見ている。


 いい夜空ね、罪深い傭兵どもが焼け死ぬのには、いい夜よ!


 囚われぬ『風』の化身が、そこにいた。


 『夫』は、蟲の体に慣れている自分がドワーフ族の物語の一員になった気がする。




 ―――『終わりが沼』で、民衆を殺した王さえも……蟲に乗った騎士に討たれた。


 蟲は聖なる大地母神の使いであり、民衆の守護者である。


 恐れて、敬え。


 そして……蟲の背に乗る勇者の再来を、祈るがいい……その者は、世界を制する。




 ―――ずっと先の物語になるけれど、蟲の背に乗る者は、真の勇者となるのさ。


 ジャスカじゃなくて、そのお腹に宿った『息子』がね。


 そうさ……ソルジェ、大いなる力はそろいつつあるのさ。


 君はザクロアとディアロス族に続いてね、この土地にも『絆』を作った。




 ―――あらゆる色が混ざった、最強無比の漆黒……『魔王軍』。


 それが誕生する日も、遠くはないのさ。


 さあ、見せつけようじゃないか、僕たち『パンジャール猟兵団』の強さを!!


 僕たちこそが、『魔王』の大幹部たち、ニセモノなんかに負けはしないのさ!!




 ―――そうだよ、連中はもう、そこにいる、早朝三時半だ……。


 寝静まるグラーセス王城に、北から忍び寄る、邪悪な5000の兵士たち。


 灯りも点けることはなく、ただ静かに王城へと忍び寄る。


 率いるのは、もちろんガラハド・ジュビアンさ。




 ―――ガラハドは決着をつけたがっている、傭兵どもに街を襲えと言い放ち。


 自分とアニス・ジオーンは、真の『ガレオーン猟兵団』を引き連れて王城へと向かう。


 闇と共に、襲撃は開始される……待ち受ける『罠』を知っていても。


 そうだよ、昨日、ソルジェがそうであったようにね。




 ―――『罠』と承知で、軍勢を突っ込ませるのを、ためらわなかった理由は?


 ガラハドが部下や傭兵たちの死を厭わないからでもあるし、ソルジェの『マネ』なのさ。


 ソルジェが……『親父の一番』が『したこと』を、彼は、スルー出来ない。


 『再現』してみたいのさ、ソルジェを超えることでしか、満たせぬ飢えがあるからね。




 ―――狂気は災いを呼び寄せてしまう、周りにも自分にもね。


 ガラハドは、とっくの昔に壊れているのさ。


 そして、壊れている自分も嫌いではなく、むしろ愛しているわけだ。


 世界に害悪のみをもたらす男は、王城へとたどり着く……。




 ―――その頃には、鋼を叩く音はすでに止んでいたよ。


 ソルジェはガラハドの闘志を感じて、目を開けていた。


 ソルジェのとなりにいるのはリエル、そして……ギュスターブだった。


 ギュスターブは、笑うのさ。




 ―――お待たせいたしました、アーレスさまの竜太刀を、お持ちしました!



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