第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その7


「じゃあ……次は、前を」


「うむ、前を―――って!?そ、そっちは、自分だけで出来るであろう!?」


「バレたか」


「ま、まったく!隙を見せれば、すぐこうだ……っ。この、常時セクハラ経営者めっ」


 そう言われると、自分がとんでもないエロ野郎にでもなった気分。


 スケベ野郎なのは自覚があるが……この状況なら、どんな男だって試みるだろ?セクハラの一つを……そもそも、これは『セクハラ風プレイ』だもん。セクハラじゃないもんね、リエルちゃんも楽しんでいるから……。


「……いい訓練になると思ったんだが」


「ん。訓練、だと?」


 マジメなエルフが食い付いた。


「ああ。夫婦として、お互いの体ぐらい熟知していて当然だろう?」


「そ、そうかもしれんが……」


「だから、君にもオレの体を知っていて欲しかったんだが」


「そう言われると、なんだか、そんな気もするが……エッチなのは、ダメだ!!」


 その細くて長い腕を頭の上で交差させて、バツの字を表現している。うむ、可愛らしい動作だから好き。でも、ちょっと残念。


「そうか……まだ、君には早いか」


「そ、そうだ!……お、女のほうが、男の体に、く、くわしいとか……なんか、エッチでダメな気がするし……っ?」


「じゃあさあ、オレがお返しに君のこと洗ってやる」


「え?」


「ダメか?」


「だ、ダメだろ……そ、そんなの、は、恥ずかしいし?」


「そうか?じゃあ、目隠ししろ」


「わ、私がされるのか!?」


 なにそれ?想像していたのと違うけど、なんかワクワクする?


「……ええと、オレがされるんだよ?」


「そ、そうか……あ、ああ。なるほど。お前、今、魔眼が見えないのか?」


「そう。だから、目隠しされたら何も見えない。そのときオレは、ただ目隠しされただけのイケメンお兄さんでしかないよ?」


「……だ、だから。私が脱いでも、お前には見られないから、へっちゃらなのか!?」


「そうそう!」


「……そんなワケがないだろう?」


 勢いで誤魔化せると思ったが。冷たい視線でオレの邪悪な気配を放っているらしい心は射抜かれてしまう。彼女は、オレの『邪気』を感じられるんだものね?


「……どうして、お前は、そんなにスケベ虫なのだ?」


 スケベ虫?


 また、新たな呼び名をもらってしまった。『最後の竜騎士』、『魔王』、『ザクロアの死霊王』……それらに続き、『スケベ虫』かよ。オレの株が暴落しそうなんだけど?怖い雰囲気台無しだ、酒場で話題になる下らないトークに使えそうな低次元の単語だもの。


 オレ、ちょっと反省しようかな……TPOを考えていないよね?ガラハドに狙われてるし、戦の最中だし……ほんと、こんなときに性欲を満たそうとか、ダメだろ?


「……まあ、スケベなのもさ。オレが、本気で君のことを欲しているからだろう」


「え?」


「興味のない女の体には、そんなに必死にはならないさ」


「……そ、そうか。う、うむ……そうか。そう、だな……夫婦だし恋人だし、お前は、そういうエッチな男だし……しょうが無い部分も、あるよな……?」


「ああ。でも、たしかに、スケベすぎるかも?……じゃあ、今夜は―――」


「―――いいぞ」


「……ん?」


「だ、だから!!め、目隠し状態なら、いいと言っているだろう!?」


「マジかよ!!やったああああああああああ!!」


 前言撤回だ!!やれるときにやる!!それが、男って生き物だからッ!!


「お、お風呂で叫ぶでないッ!!」


「ああ、すまんな」


「ま、まったくだ!常識を疑うぞ……っ!?」


「うん。お風呂じゃ静かにしようね?それが世界の共通認識!!……じゃあ、さっそく、オレに目隠しをしてくれるかい?」


 自分で言った後で、ちょっと笑えてくる。なんてセリフを吐いているんだろうね、この口は?でも、リエルちゃんは、なんだか冷静な判断力を失っているし、騙せそう。


「う、うむ……た、タオルでいいのか?」


「おう!お前が満足できるほど、強く巻けよ」


「そ、そんなには、強くはしない。だって、左眼、痛いだろ?」


「気にするな」


「気にするぞ?……それに……信じてやるから、み、見るなよ!?」


 そう言われると、見れなくなるあたり、オレも可愛い男だよな。リエルの手で目隠しがされていく。真っ暗ではないが、タオルの布越しになるので、視界は見えなくなる。


 うん、輪郭も怪しいぐらいだ。


「み、見えてないか……?」


「ああ。見えてない」


「そ、そっか……じゃあ、ぬ、脱ぐから……み、見るなよ?」


「オレが脱がさなくても、だいじょうぶ?」


「うん。見えてないなら、その、そこまで恥ずかしくはないから、だ、大丈夫だ」


 そして、オレの聴覚はリエルちゃんが服を脱ぐ音を、聞くんだ。でも、この場で脱ぐのは意外だったな。脱衣場で、脱いでくるかと思ったのだが?……リエルも、こういうことに慣れようとしているのかも?


 カミラの性に対する積極的なところを見て、何か、焦っていたりするのかね?くくく。ほんと、可愛い子だぜ、オレのリエル・ハーヴェルよ?


 しかし、何だか、背徳的なプレイでもしているかのようだな……だが、オレは、こういうの好きだから、大丈夫―――タオルの向こう側で、オレのために裸になってくれた美少女エルフさんがいた。バスタオルで素早く隠してしまうのが、輪郭だけで分かる。


「見えて、ないよな……?」


「ああ。死ぬほど見たいけど、君がそこまで恥ずかしがるなら、見ないさ。信じろ」


「う、うん……じゃあ、そっち、いくからな」


 リエルの気配を感じる。武道の達人で良かったと思う。視界に頼らなくても、君のことを知覚出来るなんて、うれしいことだろ?


 リエルがバスチェアに座ったようだ。ふーむ?そうか、背中から、洗うと?……そうだな、うん。そりゃ、そうだ。だって、オレも背中洗ってもらったもんね!


「じゃあ、『背中から』、綺麗にしていくからな」


「せ、背中だけで、いいはずだけども!?」


「……ああ。うん、そうだな」


「うう。ちょっと、失敗したかも……っ!?」


 ヘチマでリエルの背中に触れた。彼女の体がピクリと小さく跳ねていた。


「痛いか?」


「う、ううん。平気だぞ……ちょっと、驚いただけで」


「痛かったら言えよ?オレのリエルの綺麗な肌を、傷つけたくないからね」


「う、うむ!……だから、その、あんまり急には……ダメだぞ?」


「ああ。わかっているさ」


 そうだ。これはただの入浴だ。そう、まったくスケベな行為ではない。オレの善意から来る、リエルちゃんへの労りの気持ちから来る、ただの神聖な行為ですからね!?


「……ひゃっ……う……っ」


 やさしく洗ってあげているのに、痛いのかな?リエルちゃんの声が、どこか色っぽく聞こえる。でも、嫌がっていないから続行するのさ。しかし、ほんと男の雑な肌ではありえんな?ヘチマがつるつるスベるぜ?


「綺麗な肌だな」


「み、見えてるのか!?」


「いいや、指からでも伝わるよ。死ぬほど見たくなるけど、お前との約束は破らん」


「……う、うむ。今は、戦の最中だから……ダメだが……お、終わったら、そろそろ……お前の、モノに……していいからな……っ?」


「ああ。必ず、そうしてやるよ」


「……うん。いいぞ、私は、お前の女だから。お前の子を、産んでやる」


「ああ。お前は、オレの女だもんな」


 だから……オレは、きっと、こんなことをしても許されるのさ。ダメなら、やめるけどね。怒られるかどうか、試してみる。ヘチマを捨てて、指でリエルの肌を撫でるのさ。


「うひゃあ!?お、お前、ゆ、指で……っ!?」


「ああ。こっちのほうが、良く洗える気がするし、ヘチマより痛くないだろ?」


「だ、だが、その……それだと……っ」


「オレのリエルの肌が、どんなにつるつるしていて、綺麗なのかを、知りたいんだ」


「……う、うむ……や、やさしくなら―――いいぞ」


 オレはそのままリエルを指で識るのさ。探るよ、その綺麗でゆで卵みたいにつるつるしている肌をね?ああ、全世界の男に自慢したくなるよ……この指から感じる幸せを?


 オレの恋人エルフさんの美肌は、宇宙一だっつーの!


「……は、う……や……っ」


 ヘチマよりも痛くないはずなのに、リエルちゃんの吐息が聞こえる瞬間が増えた気がする。肩甲骨のあいだが、弱いのか?……今後のために覚えておくよ。さて……調子に乗ったオレの指が、リエルの腹へと這っていく。


「そ、そるじぇ!?」


「せっかくだから、前も洗ってやるよ」


「そ、そっちは、自分で、出来ちゃうんだが……っ!?」


「リエルのことを、もっと知りたいのさ」


 無言だった。でも、知っている。イヤならイヤというのが、オレのリエル・ハーヴェル。だから、オレの指は彼女を洗い続けるのさ。エッチなことではない。ただ肉体を清潔にするだけの健全な入浴行為です。


 リエルはもうなすがままだった。どんなことをしても、受け入れるだろうなって実感を覚えるよ。だって、オレたち大人同士の恋人だもんね。だから、イタズラっぽく提案するんだよな。


「……されっぱなしか?」


「ふぇえ!?ど、どういう、意味だ……っ?」


「お前もオレのことを洗ってくれないか?」


「そ、そんな……なんだか、えっちなカンジが、するんだけど?」


「はあ?お風呂で洗いっこなんて、ガキでもしてるじゃん」


「う、うむ……そうだな。じゃあ、うん……してやるから」


 きっと、オレがニヤリと笑っていることにも、リエルちゃんは気づいていたけど。それでも、オレのためか、彼女がそうしたい気持ちになっているからなのか、彼女の細くて可憐な指が、オレの肌へと伸びてくる。


 少女の指が、恐る恐るオレの左の胸に触れる。


 ああ、本当に、君はロマンチストだな。


 オレの心臓が……ハートが、気になるか?ドキドキしているよ。きっと、君のと同じぐらいね?


「……えへへ!」


 リエルが、なんだか子供っぽく笑うのさ。


「どうかしたか?」


「……なんだか、エッチなことしてる気もするけど、イヤじゃないんだ」


「こういうのが好きか?」


「そ、そういうわけじゃないぞ!……お前の心臓が動いている。お前が生きている。そう理解出来て、そう確認出来て……とても、うれしいのだ」


「……ああ。オレもうれしいよ」


 そして……愛しさが、止まらなくなりそうだ。いいや、もういいだろ。このままリエルを抱いちまおう。きっと、抵抗なんてしないさ。体の全てを使って、ただ愛し合いたいだけなんだから―――。


 大きな戦の最中に、結ばれてしまうなんて、オレたちらしくていいだろう?


「……ソルジェ……」


 リエルの声を聞く。オレの気配で分かるかな。ああ、そうだ。オレはさ、もうガマンが出来なくてね。君を抱きたいんだよ。


「いやか?」


 最後の確認の言葉を放つ。


 でも、あまり、そんなことする意味はないかな。オレにだって、君の心が分かるもん。


「……いいぞ。戦の最中で、結ばれるとか……なんだか、私たちらしいから」


「ああ。そうだよな、オレのリエル」


「……うん。そうだよ、私の、ソルジェ」


 さてと―――じゃあ、リエルを楽しむのに邪魔なこの目隠しを外すとするか?


 どおおおおおおんん。


「ん?」


「ええ!?」


 なにか大きな音が響いた。敵襲……ではない。だって、笑い声が聞こえるんだもの。


「アハハハハハハハハハッ!!サー・ストラウス!!お見舞いに来てやったわよ!!」


「じゃ、ジャスカあああッ!?」


 リエルが悲鳴を上げた。墓穴を掘った気がする。酔っ払ったジャスカ姫に、オレたちがどこにいるか情報を与えてどうするのだ?


「うおお?……面白いところから、声が聞こえたわねえ!!ヤツら、風呂にいるわ!!」


「ひ、姫さま、無粋ですよっ!?正妻と旦那さまですよ?そ、その……きっと、お風呂で……その、あの!?」


 この声、マリー・マロウズか。さすがの分析能力だ。だが、君はジャスカ姫との付き合いが浅いな。オレも長くはないが、すっかりと仲良しちゃんだから、分かるよ。それ、火に油ってやつさ。


「じゃあ!!見物しに行きましょう!!」


「な、なにをうッ!?」


 リエルちゃんがパニックだ。


「姫さま、邪魔しちゃ、ダメですってええ!?」


 もう十分に邪魔だけどな。


「なによう?面白そうじゃない?ヤツら、どんなセックスしてるのかしら?一生、からかってやれるネタがゲット出来るわよ!?」


「あ、あの女、悪魔か何かかッッ!?」


 リエルちゃんは、さらにパニックだ。


「やめてあげましょうよう!!失礼ですよう!!残酷なレベルでマズいですよう!?」


 マリーちゃんってば、マジメ。常識のある眼鏡っ子だね。でも、そんな言葉では止まらないのが、ジャスカ・イーグルゥ姫だろう?オレ、もうあきらめてる。


「あははは。いいの、いいの。酔っ払いと妊婦には、誰も逆らえないのよ!!」


 そうだ。ジャスカ姫のデバガメ・ソウルは強いのだ。面白そうだという発想のまま、オレとリエルのいるバスルームへ、鎧をガチャガチャさせながら、やって来る。


 ガラガラガラ!!脱衣場の扉が開き、リエルが、うおう!と叫びながら、ぴょんと跳ねて。湯船にダイブしていた。そんな音が聞こえる。目隠ししても分かるよ。だいたいだけどね?


「聞こえた、マリー?水の音だわ!!バカップルはビーバーのように、湯にもぐったぞッ!!」


「ちょ、ちょっと、姫、やめましょうよう!?悪いですよ、こんなこと!?」


「はあ?旦那と組んで、戦場で二百人ぶっ殺して来た私を、面白く出迎えたって、いいでしょうよ?……妊婦が戦っているというのに、サボってた罰よ!!」


 そして。


 ドワーフ系の戦姫は、バスルームの扉を勢いよく開け放つのだ。


「おっす!!どんな感じだ、バカップル!!……って。あれ?一人?」


「……おつかれ」


「うん!!疲れた。アンタ、サボりすぎ。腕の一つもげたからって、休まないでよ?」


「ああ。すまなかったな。まだ、くっついってるよ?」


「うちの父上なんて、年中、利き腕なかったのよ?」


 そうだね。その武勇伝に比べると、オレのケガなんて霞んで消えるわ。


「まあ、それはどうでもいいとしてえ……リエルちゃん、どんな状態?旦那に目隠し?ほんと、森のエルフはドスケベちゃんねえ?」


 ジャスカ姫の眼力は鋭い。だから、彼女はもう気づいている。オレ、目隠しを取る。


 ほら、やっぱりだ。湯船の横で、ジャスカ姫は両腕組んで仁王立ち。バレてるぞ、リエル?だって、バカップルの片一方が湯船に飛び込むの、聞こえてたもん。


「……さて。いつまで、もつのかしら?」


 そう長くはもたないだろう。もう、湯船にブクブクと、泡が立っているもの?


「サー・ストラウス。本当に、すみません」


 マリー・マロウズ女史は、平謝りだ。


「いいや。君は悪くない。悪いのは、全部、あのお方だろう?」


「ええ。そうです。そうなんです。私も、一から十まで、ぜんぶ、犠牲者ですうっ」


 苦労するんだろうな。マリーちゃんは優秀だから、一生、姫の側近をやることになるのさ……さて。あっちはどうなってる?


 ぶくぶくぶく。


 うん。泡が限界そう。リエルちゃん、溺死する前に、ギブアップしろって?……そう思っていると、ついに、リエルちゃんが湯船から浮上してきた。裸?……いいや、ちがう。リエルちゃん、服を水中で着てたのか。器用なことをするぜ。


「ええ!?裸じゃないとか、ズルい!!」


「う、うるさい!!この、酔っ払い女ああああッ!!」


「あははは!リエルが怒った!!」


「に、妊婦だけど!?に、妊婦だけど、顔をつねるぐらいは、胎児にノー・ダメージなはずだよなあああ!!」


 リエルが激昂している。だから?ジャスカ姫は笑いながら、この場から逃げ去るのだ。


「戦術的退却うううッ!!」


 洗練された逃げ足だな。うむ、彼女もまだ天井を知らぬ戦士か。成長を感じるな。


「お、おのれええ!!ジャスカぁああああッ!!」


「も、もうしわけございません!!う、うちの姫さまがああああッ!!」


 多分、これから数万回はするであろうという、姫のせいでの全力の謝罪行動。それをマリー・マロウズは初披露していた。なんかもう、哀れさを感じる……。


「ぬう!!お、お前を、生け贄にするのか!?」


「い、生け贄!?」


「……言い方が、悪かったな。気にするな、マリー。お前に怒りは無い。ただ、なんだかもう……スゴく、疲れた……っ」


「はい。私も、疲れてますぅ!!」


「だろうな……ソルジェ!!」


「なんだい、リエル?」


「……エッチなのは、中止だ。ここは戦場だ!!ジャスカのいないところまで離脱しておかないと、必ず、またこの悲劇は繰り返されるだろう!!」


 うん。


 本当にそうだと思う。


「……とりあえず、お前たちも出て行け。私は、風呂に入るから」


「は、はい!!では、これで!!」


 マリーが逃げていった。怒れるリエルを見るのは、初めてだろう。怖かったんだな?


「……オレもかい?」


「うむ。あとで着替えを配達しておけ。ミアとかカミラとか、いるだろう?」


「あ、ああ。たぶん、そこらにいるだろうね?」


「うむ。さて、行動を開始しろ。私は、湯水で邪念を清め……この激怒を静める作業に入ろうと思う」


「……そっか。がんばれ」


「うむ。がんばる」


 ああ、なんだか。


 オレもどっと疲れた。脱衣場に戻ると、片手で髪と体を拭き始めるのさ……。



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