第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その6
「戦場を駆けて疲れているだろうに……オレの世話なんて、本当にありがとよ」
ドワーフ族はバスルームを作るのだって上手さ。とくに王城仕様のココは最高!!さっきの客間に併設されている、そこは素敵な空間だった。大理石の風呂か……ベタな王族趣向だが、なんかエロさを感じるよね。
大きな湯船には、バラの花とか浮かべてる……ムーディだ。なんか、もうこの空間そのものがエロいよね、リエルちゃん!?
「う、うむ!!き、気にするなあ!!だ、だ、だ、だって!?正妻だもの!?」
ふむ。
なかなかに、いいリアクションだぞ、正妻エルフさんよ。
君の白い肌は真っ赤に染まり、まるで二流魔術師が生み出してしまった残念なホムンクルスのように動きがカクカクしているね……オレ、その光景見ていると、癒やされる!
「じ、ジロジロ、見るでない!こ、このスケベ野郎め!!お、お風呂は、か、体を綺麗にするところなんだぞ!?ほ、他のことを、するとかしないとか、ないからなッ!?」
「ああ。だから、オレ……裸だろ?洗ってもらうために、裸だろ!?」
「ま、前を、み、見せるなあ!?」
ああ、いちおうタオルは巻いているぞ?リエルがあまりにも赤面してしまうからね?紳士だもん、フルオープンは、まだ早い。こうやって、ジワジワと慣らして楽しみたいぜ。
「君の指で脱がしてくれたくせに」
「ご、語弊がある!?わ、私は、サポートしただけだ!!そ、その献身を、せ、性的な意味を持たすなんて、ず、ズルいぞ、この鬼畜スケベ変態野郎!?」
鬼畜でスケベで変態か……シャーロン・ドーチェ作品の主人公みたいだ。
「いいや。素直なだけさ」
「そ、そうかもだが!?素直過ぎると、その……だ、ダメだろ?」
「ダメかな?」
「お、おう。ダメだから……そ、その……ま、前を、見せるな!?」
「見なければいいじゃないか?タオル越しだし、何も問題はないはずだが?」
「……あ、あんまりからかうと―――後悔するぐらいの痛みがお前を襲うぞ?」
ツンデレ・エルフさんを追い込みすぎて、デレが引っ込み、ツンが顔を出してきているのか!?オレは、血の気が引いてしまう。ほんと、ダメだ。現状でのダメージは、命に関わる気がするし?
そうさ。オレは爆破されたあげくに、拷問されて、手術も受けたような身だ。魔眼とはいえ、目玉をひとつスクランブルエッグにされちまってから半日ほどだし?
「……じ、自重させて、いただきますっ!!」
「うむ。ならば、ゆるそう。ほら、そのバスチェアに座るといい。よく出来た民芸品だぞう?アレで叩いたら、スケベ野郎を殺せそうだな」
……お風呂で旦那を殺す?聞いたことがあるよーな、ないよーなハナシだな。
「転ぶなよ、ソルジェ。あれで頭部を打撲したら、大変だろ?」
転倒からの打撲!?
ガチの事故に見せかけて旦那を殺す奥様の戦術なのか!?
シャーロンの小説、『ベルロウゼ伯爵夫人の相続』を思い出す―――あの詩人野郎、伯爵夫人に恨みでもあるのか?伯爵夫人の人格を疑ってしまうような小説ばかり書きやがって!!
「どうした?」
「え?いいや……ちょっと、仲間のことを思い出してね」
「……そうか。大丈夫だ。言っただろ?被害は最小限だ。『パンジャール猟兵団』は、全員無事だぞ!!」
シャーロンのことだったんだけど。
たしかに、リエルの報告はオレを安心する。『全員無事』……か。いい言葉だな。
「じゃあ、オレ、ここに座ればいいのか?」
「うむ!冷たい水をかけてやろう」
……拷問?
いいや。アイシングの続きか。
「ああ……たのむよ」
「任せておけ。シャワーで水をかけてやる!」
「……なんか、犬にでもなった気分だ」
「あはは。そうだな。体を振って、水をかけるなよ?」
「そんな元気は、ガラハドをぶっ殺すときのために、とっておくよ」
「そうしろ。じゃあ、かけるぞ?」
そうして、リエルは蛇口を開いた。シャワーから水が出る。うむ。豪快な勢いがデフォかよ?……ドワーフ文化め、雑すぎるっつーの。リエルが、勢いが強すぎるぞ、とオレと同じような感想を口にしながら、蛇口をひねって水量を調整してくれた。
「こんなものかな?」
「だろうね?」
「それじゃあ、かけるぞ。右腕を伸ばせ、いきなりでは体がビックリしてしまうかもしれないから」
「フォフォフォ、そうじゃのう、そうさせてもらうとするかのう」
「お年寄りのマネか?」
「うん。介護されるじいちゃんのマネ」
「なるほど。将来のタメになるぞ!」
「……ギャグだから、軽めに返してくれ」
一瞬、老いた自分がリエルに世話をされる光景が頭をよぎった。
まあ、戦いの多い人生だ。そこまで生き抜けるとは思わんが……それでも、それは何だか幸せな瞬間かもしれないことじゃのう?
数十年、一緒に生き抜けたら、最高だね―――。
年寄り犬は、リエルの手で水をかけられ始める。腕からね?
「さて。どーだ?ソルジェ、冷たくはないか?」
「……ああ。大丈夫。ちょうどいい。熱かったから」
「熱かったか?春だし高地だし夜風もあって……そこそこ冷たいけど?」
「君と二人でいると、なんだか心が熱くなってね」
「く、口説くなというに……っ!ほら、減らず口を叩く頭を、冷やしてやるぞ!」
「ぐわ!!」
オレの頭を冷水の滝が襲った。
ああ、一瞬、ムチャクチャ冷たくて、体が思わずブルブルと震えたけれど……数秒するとその冷たさにも慣れる。
「ああ……気持ちいいや」
「戦いっぱなしで、疲れただろう?」
「……まあ、しばらくは眠りっぱなしだったがね」
「うん。でも、お前はがんばった。傷だらけだ、ガラハドにやられたのか?」
「……たくさんね。でも、どうということはない」
「……いいや。私は、怒りの限界を超えているのだぞ」
リエルちゃんの声が、震えている。オレの傷を見て、ボロボロの体を見て、君は悲しんでくれている、そして、激怒してくれているのか―――戦士には勿体ない感情だよ。
でも、理解できるね。
もしも、『逆』だとすれば?
ガラハドのクズ野郎に、リエルが拷問されたとすれば?……想像するのもイヤだぜ。その前提条件だけで、オレのはらわたはモツ煮込み級に煮えくりかえるのさ。
「―――だから。次で必ず、仕留めるぜ」
「……うむ」
そうだ。
ガルフの『義理の息子』だか何だか知らないが、オレとオレの『家族』に……『パンジャール猟兵団』に憎悪と怒りをぶつける狂人は、長く生かしておくつもりはない。
殺してやるぞ、ガラハド・ジュビアン。
お前が崇拝している『恐怖』を……オレがお前に刻みつけてやる。
すまんな、ガルフ。
でも、お前なら、仕方がねえさ、と言ってくれると信じているよ。
無言のまま、シャワーの時間はつづいた。
シャワーが止む。
お風呂タイムも終わりかと思ったら……リエルのサービスはつづく。
「じゃあ、今度は体を洗ってやるぞ?」
「え?いいの?」
思わず声が明るく弾む。下心が伝わらなければいいが、オレの『邪気』を読める正妻、リエル・ハーヴェルには伝わってしまっていたんですよね!
「……エッチなことを考えているなら、やらない」
「いいえ。その……今、やめました。エッチなことを考えるのは、やめました。だから、してくれ、リエル」
「釈然としないが……まあ、いい。しかし、変な行為をすると―――痛みを知るぞ?」
「……うん。これ以上の痛みは、知る必要とかないから、しない!!」
そうだ。オレは満身創痍のボロボロ・モードだからな。今夜は……今夜は、夫婦間のほのぼのコミュニケーションを楽しむだけにしよう。
「では……その、背中から、行くぞ?」
「うん」
リエルちゃんは、オレの背中が大好きな、背中フェチ娘だもんね。
「何か、私の悪口を考えておらんか?」
「気のせいだ。オレは君を悪く思うことはない」
「そ、そうか。そうだよな……あ、愛してるもんな……っ」
振り返らなくても分かるよ。君の長いエルフ耳が、今きっと真っ赤だということが。
「……リエルちゃん、可愛い」
「か、からかうなあ!?」
ゴシゴシゴシゴシ!!モップで掃除してるみたいな勢いで、オレの背中が彼女のもつヘチマたわしによって洗われていくのさ。ソープを吸ったそれからはいい香りが漂う。でも、あまり強いと―――。
「―――血が出るかも?」
「あ!?ああ、す、すまない……そ、そうだな。お前、ハーフ・エルフの子を庇って、爆破を浴びたんだったよな!?わ、悪かった……っ。私としたことが、うかつな……っ」
反省しきった声がバスルームに響いて、リエルの指が止まってしまう。
「いいや。悪気はないだろ。オレも、からかいすぎたのさ」
「お、お前は、悪くないぞ!?わ、私を……か、可愛い、と言ってくれたわけだし?……それは、べつに、悪いコトじゃない。正妻を、褒めるのは、夫として……恋人として、当然なことだもん……」
マジメすぎるリエルちゃんは、色々と考え過ぎてしまっているね?
「やさしくしてくれたら、それでいいさ」
「う、うむ。そうするぞ」
そして、やさしい時間が過ぎていく。
「……子供をかばって、爆発を浴びたか」
「ああ。酷い目に遭っちまったよ」
「でも。子供を助けた。いいことだ。勲章だな」
「うん……ほんとね」
「えへへ。いい背中だぞ!」
やっぱり、背中フェチなのかね?
まあ、君に気に入ってもらえるのなら、ありがたいことだけどね。
「よし。背中は洗い終わったぞ!!」
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