第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その5


 オレが目を覚ましたのは、すっかり夜になってからだった。シャナン王とギュスターブが鋼を打つ音が聞こえてくる。オレは金属と語り合う能力はないのだけれど、魔力を感じ取ることぐらいは出来る。


 ハンマーを一振りし、カキイイイイインン!と鋼に歌わせる度に、『雷』の魔力の気配を感じられる。『チャージ』をかけて、ようやく出来るほどの作業だって?とてつもない作業だな、ドワーフの頑強さでなければ、死んでしまうところだぞ?


 ……すまない。


 とは、思わないことにした。


 ただただ、喜ぶことを選ぶのが、オレが選ぶべき態度であると、マリー・マロウズは教えてくれたのだから。


 痛む身体を、ベッドのなかで動かした。


 ちょっとでも動かそうとすると、あちこちが痛い。ドクター・マリーちゃんの予想通りだな。ケガに慣れているオレだって、理解していたことだけど?……そうだ、内出血が『完成』しようとしているのさ。


 傷ってのは、しばらくしてからのほうが痛いんだ。


 なんでか?


 傷を受けて、皮膚の下の筋肉やらが壊れるだろ?……そうすると、その細胞から血があふれる。いわゆる内出血というものだ。


 その内出血というものは、おそらく肉体内の圧力とか、肉体自身が血を吸収する能力とかの兼ね合いだろうが……じわじわと時間をかけて進むのさ。


 ヒビが入って壊れた壺から、ゆっくりと水漏れするカンジかね?


 とにかく、傷を受けてから十数時間から二十時間程度で、オレの経験上、傷はもっとも腫れ上がり、そして痛みもピークを迎える。


 ……なんで腫れると痛いのかだって?


 そんなものは簡単だろう。ヒトには痛みを知覚する、痛覚神経というものがある。そうだ、拷問でお馴染みのアレだよ?……内出血で腫れると?腫れ上がった細胞組織が、その周辺にある痛覚神経を圧迫し、痛みが出てるのだろう。


 オレは痛覚神経さんと対話する能力は無いのだが、他に解釈のしようがないのだから、そういうコトだと思うぜ。


 だから?


 内出血をコントロールするのが、ケガした翌日の痛みを減らすコツさ。だから、『冷やす』んだよ。いわゆるアイシング。冷えた血管は青ざめて、細く縮むからね?血管が縮めば?それから漏れる出血量も減るというわけさ。


 運動や戦闘行為のあとは、冷たい水で身を清めましょう!!……ってのは、そういう理屈なわけだ。怠るべきじゃあないよね。


 そう。アイシングは打撲や傷の管理に有効だよ。だから?……動けもせずに寝ちまっているオレの場合は、『鶏肉』や『牛肉』を使うんだよ。


 オレの手足……今、それらが張りつけられていて、なんだか美味しそう。


 肉を触ってみたことがあるヤツならば、それらが冷たいってことを知っているだろ?生命は死ぬと、体温を消失する。命がなんで温度を持っているのかまでは、自前の宗教にでも訊いて欲しいところだが―――現象として、そうなっている。死とは、冷たい。


 だから、牛肉でも豚肉でもいいよ。


 それで患部を『冷やす』ことは出来る。


 ああ、直接はやるなよ?抗菌性の強い布やらで包んでから、患部に当てろ。傷口があるところも考え物だな。肉のばい菌が入って、死ぬかもしれん。家畜の肉に殺されるのは、ちょっと恥ずかしいだろ?


 まあ、今のオレは美味しいカンジの肉コーデだ。『女体盛り』……全裸のリエル級の美少女とかに、食事を盛りつけて、それを食べる文化が世界のどこかにあるんだと、シャーロン・ドーチェから聞いたことがある。


 いつか食してみたい料理の一つだったのだが―――まさか、オレがその立場になるとは、驚きだったな。


 しかし。


 このワイルドな治療法は、たしかに効果が出ている。冷水で清められたタオルを当てて冷ましてくれるのもいいが……やはり、打撲の傷には肉を当てるのがいい。


 とくに、ガラハドのクソ野郎にしこたま殴られた腹には、効果抜群だったかも?


「どうにか、動けそうだぜ……」


 そう判断をして、指先から、ゆっくりと動かしていく。もちろん、あちこちが痛いぜ。だが、それでも動く……エルフとドワーフの加護のおかげだな。


 痛みは、ガマンすればいい。


 肉体的な破損が無いのであれば、問題など、ない。


 オレの確認作業は進む、左腕は動かさなかった。まあ、オレが眠りこけてあるあいだに、マリーちゃんがやって来て、処置をしてくれたのだろう。包帯でぐるぐる巻きにされてある。


 包帯を指で叩くと、硬質を感じる。石膏でも混ぜた包帯かな?うん。コレ、欲しいアイテムだな。出荷すると、世界中の病院と戦場で売れると思うぜ?


 ドワーフの医療技術に驚嘆しながら、オレは左の指以外の全ての動作が行えることを確認する。だから?


 ベッドから起き上がるのさ。体中から肉が剥がれ落ちる。うむ……あとで、誰かに回収してもらおう。あと、肉臭いからベッドのシーツも替えて欲しいところじゃある。


 死にかけの年寄りみたいにゆっくりとだったが、オレはどうにかベッドから立ち上がるのさ。人生でも指折りの、死ぬほど辛い起床だったな。


 それでも、動きたい……。


 動けるようにしておかなければ、いつ、ガラハドのクズ野郎が襲いかかってくるか、分かったものじゃない。


 ガンダラは想定していると思うが、ガラハドならば……今夜のうちに奇襲してくるだろうよ。


 ……ヤツは、『トロフィー』を欲しがっているだけだからな。


 ある意味で猟兵らしく、戦の勝敗も、兵士の死傷者も気にしちゃいない。


 ただ、したいことをしようと命を尽くす。


 今度の場合は、オレとシャナン王を殺して、あいつの自己満足を満たすのさ。ああ、それをすれば、アインウルフも喜ぶに決まっているから、戦略的な意義は大きいのだが。おそらくは、それは道理にはなりえない。


 オレたちを殺す……あるいは、手足でも切り、殺すよりも悲惨な目に遭わせる。


 それが、あいつの行動を支える欲求だろう。


 劣等感を満たすには、暴れるのが一番手っ取り早いからね。


 分かるぜ、ガラハド、オレも男の子だからな……。


 オレはベランダまで歩き、そこから夜の城下町を見物する。最小限……いや、それ以下の人数しか、ここにはいない。それも、『予定通り』の軽装備さ。ふむ……悪くない。予想通りに動いていることと、叩き起こされなかったこと。


 その二つを鑑みれば?


 オレたちの戦は、ガンダラのプラン通りに従って動いているということさ。


 オレは……これから失われるであろう、グラーセス城下の城塞と古レンガの街並みを見つめる。ああ、勿体ないね。この夜の闇にあおく染まる、幻想的な光景が……失われてしまうなんて?


 戦火というものは、残酷で、破壊的だな。


 だが。


 グラーセスの偉大なるドワーフ族たちよ?


 忘れないでくれ。


 城塞など、君らの手があれば、またたく間に復興するさ……いつか、皇帝ユアンダートの首を刎ねたら?


 きっと、それから四百年は無事なはずだよ。


 さて……。


 気配で分かるぞ?


 隠さずに接近してきているから。魔眼を使うまでもないのだ、リエル。


 コンコン!


 ドアをノックする音が聞こえる。オレのよく知ったリズムでね。


「入るぞ?」


「ああ。入ってくれ、リエル」


「うん!」


 ドアが嬉しそうに開くのさ。


 ああ、リエルがそこにいた。銀髪の長い髪に、エメラルドに輝く瞳の美少女エルフさんだ!


「リエル、ケガをしていないか?」


「うむ!お前が言うなというセリフだぞ?」


「まあな。オレは大のつくケガ人ちゃんだからね?……みんなは?」


「安心しろ、全員無事だ。さっきまでゴハンを食べていたぞ?」


 そうなんだ。


 オレ、ちょっとさみしい。


「す、すまない。かなり慌ただしい状況ではあってな?」


「ああ。あえて敗戦を装いながら後退を続けるんだ……かなり、やられちまっただろ?」


「……うむ。だが、想定以下だな。多くが戦場を離脱し、『南』へ逃れた。無傷の者は少ないが、それでも死者は本当に少ない」


「そうか!!……でかしたぞ、ジャスカ姫!!……そして、レイド・サリードン!!」


「ふむ。寝ていても、戦場の動きを察知していたのか?」


「まさか、そんな器用なマネは出来ない……ただの予測だ」


 だが。


 信じてはいたぞ、あの『逃げ足』をな?


 空から見ているかのように、アインウルフの軍勢との『間合い』を見切った。あの目を持つ者は、きっと世界にも数えるほどしかいないだろう?……若い彼のことだ。外敵との戦を経験することで、さらに化けたかもな?


 楽しみだね、レイド・サリードン。


 オレは、いつか姫と君の力を借りて……ユアンダートを殺すために、帝都へ攻め上がると思うぜ?


 まあ、近未来の予定よりも……今は、腹が減っている。


「お腹がペコペコって顔しているな?」


「うん。よく分かったな?」


「物欲しげな顔を妻に向けるからだ」


「……たしかに」


 空腹そうな野良犬みたいなカンジになっていたのかもしれない。


 黒い瞳で訴えるよな、野良犬とかも?


 ゴハン欲しいです……っ。


 そんな切ない瞳でさ。


 旦那さまの切ない瞳を気に入ってくれたのか、オレの正妻エルフさんは、なんだか恥ずかしそうに餌付け行為を開始する。立ったままだけど、彼女は小脇に抱えたバスケットから、おにぎりを取り出して、オレの口に近づけてくる。


 説明もない。猟兵らしいね。食糧についての解説なんていらないし、君の顔がデレ・モードに照れてるから、オレは心も満たされる。


「ほ、ほら。あ、あーんしろ!」


「……ふむ」


 いいカンジだぜ、リエル。それ、男子の心に響いたぞ?オレ的には百点満点さんだぞ?


「な、なにを、じっと観察しておるっ!?」


「いや。可愛くてな」


「せ、正妻を、く、口説くなあ!?」


 別に口説いたっていいと思うけど?


 まあ、あまり弄り過ぎて機嫌を損なうのも辛い。


 オレ、このおにぎりのこと、女体盛りよりも食べたいんだからさ。


「んじゃあ、食べるぜ」


「お、おう。しっかりと食べろ?あ。立ったままだと、行儀悪いか?」


「オレに食事のマナーとかいらない。ベッドも……肉片だらけで、不衛生っぽいし」


「たしかにな」


「だから、このまま食べさせろって?」


「う、うむ。あ、あーんしろ、ソルジェ?」


「あーん」


 ああ、のろけながら、おにぎりに噛みつくなんて、嬉しい作業だね。


 オレは米を噛み千切って、口のなかで咀嚼するのさ。


「……美味しいか?」


「ああ。うむ、ミアか?」


「おお。スゴいな?さすがはシスコンだな!」


 シスコン認定されていたんだな、リエルちゃんからも?


 まあ、いいけど。


 オレは自他共に認めるシスコン野郎だ。ミアの手作りおにぎりで、きっと傷の治癒するスピードとか上がるよ?気持ち悪いんじゃない。家族愛に満ちた、素晴らしい人格者だと思うけどね、オレって?


 オレは餌付けされるアホな鳥のように、美少女エルフさんの指から、おにぎりを食べさせてもらう。立ったままね?鳥感が強まるけど、問題はない。


 ミアのおにぎりらしいね。


 肉が入っているからだ。


 具は、塩と砂糖で味付けされた甘辛い牛肉さんか。うん、ドワーフだな。下準備をしてくれた者の手で、例のフルーツの粉がまぶしてあるのだろう。


「うまい」


「だろ?シャナン王からも人気だったぞ?あと、お前がいじめた若手ドワーフも」


「いじめた?」


 人聞きの悪い言葉だな。


 オレは、『魔剣』を直撃させなかったよね、ギュスターブくん?


「あれは試合だ。負けた者が痛い目に遭うのは、むしろ義務だろう?」


「そうだな」


「うん。そうさ……オーディエンスが引くほど痛めつけたけど、本気じゃない」


「はいはい。分かってるぞ」


 なんだかあまり分かっていないかも?はい、の多さが気になるよ。


 まあ、別にいいんだけどね。


「なあ……リエル?」


「なんだ?」


「風呂に入りたい。生肉感から解放されたい」


「あ、ああ。そうだろうな……うん。エルフの秘薬も効いているはずだ。本来ならアイシングを続けるべき時期ではあるが……冷水を浴びるのも悪くは無いだろう」


「うん。そう思う」


「そうか、じゃあ、準備をしてやる―――」


「―――だから、一緒に入らないか?」


「……え?」


 ドン引きされたか?……オレは、性に対して貪欲すぎるのかもしれない。やさしい雰囲気台無しで、リエルちゃんが警戒してないか?


「……いや?ほら、なんていうか?オレ、左手が不自由な状態だし」


 利き手がやられているなら、言い訳にもなるが。


 利き手じゃないほうでは、ちょっと説得力に欠ける……。


 でも?……夫婦レベルの上がってきているからだろうね?リエルちゃんは激怒じゃなくて、顔を赤らめるという好ましい反応を見せてくれた。セクハラの毒が、彼女の心身に回ってきているのか?


 ていうか、きっとオレを積極的に愛してくれているだけだな。


「う……うん。て、手伝ってやるぞ?」


「おう!一緒にお風呂だ!!」


「い、言い方が、語弊をまねく!?さ、サポートするだけで!?い、いっしょの湯船に浸かる必要とか、ないし!?」


「そうだね。それでも、嬉しいぜ、オレのリエル」


「……す、スケベが……っ」


 でも。そんな行為に、君は慣れてきてくれているよね?


 照れている正妻エルフさんが、とっても可愛いので、オレ、にんまりさ!!



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