第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その4


 ―――さて、シャナン王が鋼を打ち始め頃、戦場は活発に動いていた。


 南の戦線は、固い守りに、ミスリルの鎧を装備したゼファーが陣取るのさ。


 ゼファーは『ドージェ』の代わりを務めようと、焔で大地を焼いていた。


 すさまじい火力さ、『マージェ』の言いつけ通りに、前には出ないが、十分だ。




 ―――竜の火力に馬は怯む!!大地を焦がすその息に、近寄りたい勇者はいない。


 そもそも狙うべき王城とは方向が違うのだ、そこを襲う価値は無かった。


 アインウルフも馬鹿ではないから、この戦力の分散に疑問は抱く。


 だが、今は相談すべき副官もいないのだ……。




 ―――それに、二万の援軍が滅ぼされたのならば……長く戦うことは不利だ。


 ルード王国軍もいるのだ、彼らはザクロアとさらに北のディアロスと同盟を組んだ。


 あの軍が、グラーセス王国に攻め入ってくるのは、いつだろうか……?


 それは遠くないのだろう?滅びかけのグラーセス王国が、鎖国の伝統に殉ずるのか?




 ―――あのジャスカ・イーグルゥ、彼女のような将がいるのにか?


 彼女は王族とは言えども、忌むべき『狭間』であるし、基本的にアミリア人だ。


 彼女の存在が、絶対の独立と、強固なる鎖国の哲学と反することを彼は理解している。


 もはや、グラーセス王国は、かつてのそれとは異なるのだろう……。




 ―――誰が、変えたのか?


 ジャスカ・イーグルゥだろうか?……それとも、『魔王』と呼ばれる竜騎士か?


 たった半月だ、負った傷もろくに癒えてはいないだろう?


 これで三つ目の戦だ……過去二つも劣勢だったが、勝利へと導いた……。




 ―――何をどうすれば、そんなことを起こせるのか?


 竜一匹か?……いいや、かつてバルモア連邦に滅ぼされたガルーナは?


 五匹もの竜がいたはずではないのか……ならば、バルモアより強い我らが、何故負けた?


 アインウルフはアッカーマンの不在を嘆くのだ、ああ、君の力を借りたいのにね。




 ―――……そうだなあ、死んじまった君が、教えてくれているのかもしれない。


 軍隊とは、ヒトの群れとは、それらの『強さ』とは……。


 おそらく『哲学への忠誠』……『結束』。


 副官の不在を、アインウルフは嘆く……『副官/手綱』は失われたのだ。




 ―――もはや、この軍勢は戦場を『駆け抜ける』誇りしか持たない。


 コントロール不能の暴れ馬に等しい、だが……だからこそ止まれなくもある。


 止まってしまえば?……戦巧者の『魔王』殿に、呑み込まれると勘がささやく。


 この『結束』を産んでいるのは『誇り』、その強さを失えば?敗北しかない。




 ―――強迫観念かもしれない、レースのようにルートをコントロールされている。


 なるほどな……これが、戦というものなのかもしれない。


 ルード王国軍が昨夜から緊急で『演習』を行うのは、自国防衛のためか?


 それとも、『演習』に擬態して、この土地の北から我らを強襲するためか?




 ―――分からないが、分からないからこそ、焦らされる。


 北からのプレッシャーを浴びて、私は自軍の動きを支配されているのか?


 まるで、馬の尻を叩かれたみたいだよ、あのルードの女王陛下にね。


 ここは、まるで競馬場に思える……戦略を選ぶほどの余裕は私にはない。




 ―――誇りのままに駆け抜ける……それが私の持論であり、得意技だ。


 それしか知らぬが……この軽装騎馬の脚ならば、全てを貫ける。


 そう信じているのは、今も変わらないぞ。


 私のアレクシスよ……敵軍への突撃、今度もそれだけに頼るぞッ!!




 ―――アインウルフとアレクシスが、ドワーフの群れを蹴散らしていく。


 彼らに続き、歩兵たちが雪崩込む。


 西の戦線は、かなりの惨状だ……あちこちにドワーフたちの死体が山積みさ。


 だが、アインウルフは焦らない。




 ―――警戒しつつ、馬の脚の疲弊をも考える。


 彼は、この戦場で屈辱を覚えた。


 そして、確かに強くなっていたのさ。


 アインウルフは、突破と蹂躙を繰り返し、進軍を続けていく……。




 ―――だけど、アインウルフの予感の通り、それはガンダラの策でもある。


 ドワーフたちにとって、『南』はともかく、『西』は深刻だ。


 単純に見れば、第六師団に攻められまくっているのだからね?


 でも、その『偽りの敗走』を、ジャスカ姫とレイド・サリードンが受け持っていた。




 ―――姫の戦意は猛り、偽りの敗走の最中でも、兵の士気を落とすことはない。


 突撃したがるドワーフ戦士も、『救国の風』には逆らえないのさ。


 彼女の旦那は七メートルもある、『センチュリオン』だしね?文句なんて言えない。


 そしてね、マリーの婚約者、レイド・サリードンは、その戦場でも冷静だったよ。




 ―――レイドの瞳は、敵の疲れも速度も意志までも見抜いていた。


 武術の腕は中の上だが……戦を見抜く目と頭脳は、上の上、大天才だね。


 手始めに、逃げ込んだ村に自分で火を放ち、仲間と共に死んだふりをした。


 そして、こっそりと逃げだし、突撃していく敵の後ろをゆっくりと歩いたのさ。




 ―――だんだん、どんどん、『外国人』の戦いを、彼は学んでいく。


 なるほど、そうか、簡単だよね。


 正面衝突しかないドワーフの戦では、彼の武力は二流以下。


 読みも何もない、ただただ力の争いだけだから。




 ―――でも?『外国人』の戦は、策略を重視するんだ、とにかくね。


 レイドは笑う、うん、それなら『全部』分かるよ?


 ドワーフの戦も、全て分かってはいたのだが……帝国軍の動きは、もっと分かる。


 死の美学に囚われていない、自由な戦いは、なんて楽なんだろう?




 ―――レイド・サリードンは、悪魔のように働いた。


 死体に紛れて敵をやり過ごしてみせる、泥に沈んで枯れ木に化けた。


 殺した敵の死体を爆破して、ドワーフの死体に偽装させたよ。


 仲間の死を装うのさ……かかしに兜をかぶせると、火を点けて自死に見せかける。




 ―――アインウルフの部下たちは、ドワーフたちの死を実数よりも多く数えていた。


 アインウルフは喜んで、レイドは『それ』を喜んだ。


 誤解させておこう、殺されたフリをしていれば、追撃も緩むよね。


 そして……欲深い帝国の豚どもは、村を襲おうとするんだろう?




 ―――北から来るのは、クズ野郎の傭兵団―――ああ、サー・ストラウスのは素晴らしい。


 それ以外は、クズ野郎だと姫から教わりました。


 ならば……残念がるでしょう。


 とっくの昔に、ヒトも財産も『南』に運びましたから?




 ―――怒りのままに、火を放つかもしれませんが……いいですよ?


 僕らはドワーフ、モノを再建するのには、なれています。


 せいぜい、家捜しでもして、金庫に挑戦し、火をつけて回って下さいよ?


 そのぶん、我々は時間を、たくさん稼げるじゃないですか?




 ―――レイド・サリードンは、どんどん帝国との戦に慣れていく。


 西に逃げる仲間を追いかけ回す、敵の『背後』。


 そこが彼の『職場』だった、負け戦を偽装する、とっても難しいお仕事さ。


 敵から隠れながら、味方の援護をして、『死体の数』を工作する。




 ―――戦の大天才は、進軍速度のペース配分で、敵と敵の『間』に君臨したのさ。


 そこは空白地帯でもあるよね、第六師団は、敵などいないと信じる場所だ。


 そこで彼は鎧も兜も脱ぎ捨てて、『ガロリスの鷹』たちと足早に仕事をしていく。


 ガンダラの理想以上を体現する、素晴らしい仕事だった……。




 ―――敵でなくて良かったね、彼はもう、乱世のモンスターの一人だよ。


 時には、ノコギリひとつで橋を落として、馬と騎士たちを川で溺れさせた。


 そして、それを助けようと川に飛び込む騎士たちに、仲間と共に雷を浴びせた。


 殺した兵士は回収するよ、手足の先をちょっと切る。




 ―――そして、火で焼けば?『ドワーフ戦士の死体』のできあがり。


 鼻歌まじりに、そこらの石柱へ斧をつかい、18秒で詩を書くよ?


 『虜囚の辱めを受けるぐらいなら、地母神のため、この身命を供物にする』。


 追い詰められて、死んだように偽装したのさ。




 ―――死者の数がズレていく、アインウルフの認識と、現実が乖離を始めている。


 死んだはずのドワーフたちは、逃げ疲れた体を引きずり、『南』へと下がる。


 帝国軍第六師団は南西を目指すのみだから、南へ落ちる兵は見逃すよ。


 天才レイドは、死ぬはずの戦士を1000人は救ってみせるのさ。




 ―――新たな怪物が誕生しているころ、以前からいる怪物も動き始めていた。


 ガラハドとアニスたちだよ、彼らは『忘れられた砦』を出発する。


 『奇剣打ち』は、竜太刀を折ったことで満足し、戦には行かないと告げた。


 『奇剣打ち』は、ガラハドに折れた竜太刀のことを話さなかった。




 ―――クズ野郎ガラハドは、5000の傭兵と合流し、戦場を回避し馬を走らせる。


 彼らが目指したのは、王城……そして、アインウルフが略奪を禁じたはずの村々だ。


 村を襲う、だが、誰もいない。


 村を探る、だが、何もない。




 ―――女も、金も、食糧も、老人もいなければ、卵一つもありはしない。


 傭兵たちは口惜しがる、次の村ならどうだろう?


 次の村へたどりついても、何もない。


 ドワーフめ、ヤツら、どこへ隠れてしまった?




 ―――ガラハドは、この策にガンダラを感じていたよ。


 ガンダラに誘われている気配を感じる……何かがあるな?


 彼は、五つ目の村が空だったとき、見当をつけていた。


 なるほど、『それ』さえも『囮』とするのかよ……?




 ―――敵を砕くために生きる、シンプルなアインウルフには分かるまい。


 今、戦っているのがドワーフなどではなく、猟兵団だということを!!


 いいぞ、ソルジェよガンダラよ?


 お前たちのしたいことは、わかったよ?止めないさ、大いにやれよ?




 ―――戦場で最も優秀な戦士は、親父の血を継ぐ猟兵だと信じている!!


 技で殺し、戦略で殺し、恐怖を刻みつけてみろ!!


 『魔王』となれよ、なってみろよ、ソルジェ・ストラウスッッ!!


 最高に味付けされた、お前を、オレは喰うんだッッ!!




 ―――赤い目は狂気に輝き、ヒマを持て余す傭兵たちに彼は持ちかける!!


 ああ、ヒマだなあ、兄弟たちよ?


 暇つぶしに、腕試しをしようじゃないか?オレの猟兵たちと勝負だ!!


 勝つ方に金を賭けろよ!!勝ったヤツには、オレが100万シエル……そして。




 ―――オレの恋人アニスを抱く権利、それをくれてやるぞ!?


 傭兵たちは大喜び、その賭けに参加する……。


 獣どもは、殺し合い、何十人分もの血で、村は赤に沈むのさ。


 興奮したガラハドは、傭兵たちの前でアニスを抱く……。




 ―――アニスはド変態だから、他人に見られながらの行為を喜ぶよ?


 狂った宴はつづき、勝者が決まるんだ、彼はガラハドにアニスを貸せよと迫るんだ。


 どうせ、そんな扱いをしているんだ、アンタにとってオモチャみたいな女だろう?


 ガラハドは有言実行の男だし、他人にアニスを抱かせ、それを見るのも好きだ。




 ―――だが、アニスを馬鹿にしたら、彼はその男の四肢のうち三本を切るのさ。


 それが、愛情表現なのかね、アニスを馬鹿にしていいのは、真の猟兵だけだ。


 ガラハドからすると、猟兵以外は劣った存在なんだよね。


 だから、身分をわきまえない不作法者には、厳しいんだよ。




 ―――誰にも理解しがたいのが、ガラハドという狂人なのさ。


 全裸の彼は、死に行く勝者を踏みつけながら、夜空に叫ぶ。


 アニスを孕ませていいのは、オレとソルジェだけだああああああッッ!!


 ソルジェの馬鹿を捕まえたら、手足を切り落とし、檻で飼うんだッッ!!




 ―――そんなみじめなヤツに、やさしいオレは慈悲をあげるんだッッ!!


 オレは、アイツの兄弟子だからな!!お兄ちゃんは、やさしいんだよッッ!!


 さっき、決めたんだ!!オレは、アイツにもアニスを分けてやるんだッッ!!


 オレだけがするんじゃない、ソルジェも、オレたちの子作りに参加するッッ!!




 ―――有能な男は少ないんだ!!本当に、なさけなくなるぐらいッッ!!


 ああ、ソルジェよ、オレはお前が嫌いでしょうがないがッッ!!


 それでも、猟兵の『血』を評価しているぞッッ!!


 アインウルフはな、いい『血』を交配して、『名馬』を作ったんだよッッ!!




 ―――オレたちも、それをするぞ、ソルジェよッッ!!


 手足を失ったお前に、アニスがまたがるんだッッ!!


 そして、オレたちが、真の猟兵を再建するんだよッッ!!


 親父を継いだ、オレたちでなければ、真の猟兵団は再建できねえんだああッッ!!




 ―――ガラハド・ジュビアンの心は、ここに来て、さらに歪んだのさ。


 医学的措置は手遅れさ、彼の病んだ心は、止まることはないだろう。


 もう一人の『魔王』がここにいたよ、『狂気』で『恐怖』を操る男がね。


 彼のあつめた『ガレオーン猟兵団』は、その『恐怖』にかしづいたのさ。




 ―――失ったメンバーを、強者で補填していく、その経営システムは今宵も機能する。


 有能さの損失を、そうやってカバーするわけだ。


 エサでつって、殺し合いのオーディションを開き、勝者を取り込む。


 傭兵なんて長らくやっていくと、心は壊れていくものだよね。




 ―――そしてね、壊れた心と、壊れた心が惹かれあう時もあるんだ。


 『ガレオーン猟兵団』の結束は、狂気に心を癒やされる壊れた戦士たちの同胞意識。


 そうだよ、ガラハドは尊敬されているんだよ、恐ろしいことにさ?


 僕たちが狂わないのは、ソルジェのおかげか、『まだ』なだけか……。




 ―――僕にもよく分からないけれど、ガルフ・コルテスがドン引きしているのは分かる。


 気の良い彼は、凄腕の殺し屋ではあったけれど、ガラハドとは似ていない。


 ガラハドは大声で否定するだろうけれど、彼はガルフを誤解しているんだ。


 ……囚われない自由な心―――その哲学と、ガラハドは余りにかけ離れている。




 ―――それでも、僕たち『パンジャール猟兵団』と『ガレオーン猟兵団』は双子さ。


 ガルフ・コルテスの足跡から別れていった、二つの獣たち。


 ……バカ言え、ワシのせいがあるか?テメーらが勝手にしてんだろ?


 冥府のガルフはそう言うだろうね、彼は正直者だから。




 ―――それでも、僕らは猟兵で、この縁は断つべき縁でしかないよ。


 だからね、ごめんね、ガルフ。


 僕たちは、僕たちの『敵』を殺すんだ。


 あの世に君の『息子』をひとり、送るから、嫌がらずに受け取ってね?




 もう、こっちの世界じゃヤツの面倒なんて見切れないからさ。

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