第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その3


 ―――ドワーフたちの王城で、その大いなる計画はスタートする。


 戦の最中ではあるものの、まだ『主力』は出ていない。


 雷のように歌い、大地を駆けて、敵を砕く時は、今日ではないのだ。


 今は、鋼を融かすとき……。




 ―――アーレスの竜太刀を溶鉱炉に入れるのさ、なかなか融けない。


 まあ、いいさ、とシャナン王はつぶやいた。


 他の鋼も用意しなければならんのだから、彼はそれらを並べるよ。


 まずは、『魚の鍵』で見つけた、王の隠し部屋から見つかった鎧……。




 ―――それを融かして、作った金属さ、ドワーフ王族の鎧の『素材』だよ?


 『ビンテージ・ミスリル』さ、ミスリルは作って長く寝かすほど、純粋になる。


 500年は経った、そのミスリルは、王でも震えるほどの高純度。


 コレを混ぜた鋼は、どんな魔術さえも切り裂くだろう。




 ―――そして、もう一つは愛の結晶。


 ソルジェの第二夫人、ロロカ・シャーネルから送られた『霊鉄』さ。


 『霊鉄・ファルジオニウム』、錬金術に長けたディアロスの作る至高の金属。


 ロロカはね、リエルに命じていたんだよ。




 ―――いつか無敵の竜太刀も、折られる日も来るでしょう。


 愛するソルジェさんを支えるために、私と貴方がいるように……。


 喪失に、備えなければなりません……。


 彼が、私たちの死や、アーレスさまの喪失で、心を砕かれないために。




 ―――ロロカの秘められた積年の愛が、何度も錬金を繰り返し、作ったその霊鉄。


 ソルジェに捧げる愛のために、ロロカの人生が作った最高傑作さ。


 『それ』はロロカからリエルに預けられ、リエルは常に携帯する。


 祈りを捧げて、リエル?エルフの王族の力も、これに注ぎなさい!!




 ―――リエルは理由も分からないが、何故だか涙を流しつつ、霊鉄を指で抱く。


 ええ、わかりました、ロロカお姉さま。


 ソルジェにロロカお姉さまと、私の愛を……捧げるぞ!!


 北の大地で受け取った霊鉄に、リエルは毎日祈りを込める。




 ―――霊験は高まり、霊鉄はきっと二人ぶんの愛に染まったのさ。


 シャナン王は、鉄と語れるので、その濃密な愛を感じ取り、ニヤリと笑う。


 愛されておるのう、我らの『魔王』殿は。


 その霊鉄は、あらゆる邪悪な願いから、ソルジェを守ってくれるだろう。




 ―――ガンコなる古竜の『角』は、ようやくオレンジ色に融けてくれる。


 シャナン王は畏怖を覚えるよ、その美しく偉大な輝きに……。


 太陽のようだ、気高く、孤高で、熱と光を放つのか……ッ。


 鉄から『威嚇』されるのは、シャナン王でさえ初めてのことだった。




 ―――有り得ないほどの、敵意!!有り得ないほどの、闘争本能ッ!!


 存在しても良いのか、これほどの強い怒りを帯びた鉄がッ!!


 ドワーフの王に、アーレスは語るのだ。


 貴様、我の身から、『余分なモノ』を外すのだッッ!!




 ―――ドワーフ王には意味が分かる、ああ、そうか、氷の魔石かね?


 そうだ!!それがあれば、我が容易く扱えるなどと!!


 恥ずべき浅知恵を覚えおって!!力量が足らぬ!?


 下らぬ!!強くなればいいだけのことではないかッッ!!




 ―――まあまあ、落ち着け古き竜よ?


 ソルジェ・ストラウスにも、未熟な時があったのだ。


 そのときは、お前も受け入れたのであろう?


 そうでなければ、共におれぬと?




 ―――そうでなければ、ソルジェ・ストラウスのための剣になれぬと?


 だからこそ、その気高きプライドを曲げてまで、剣になることを選んだのだ。


 ……王よ、そなたの目ならば、ヤツを見て理解出来ただろう?


 ああ、もう時は満ちている、竜よ、お前は加減してやることはない。




 ―――『魔王』となった男には、本気の焔で応えてやれ!!


 ドワーフ王は技巧をつかい、『角』に融けた氷の魔石を析出するのさ。


 砕くのは勿体ない、竜に使役された魔石……面白いアイテムになるかもな?


 職人の遊び心は、期待に踊る……だが、今はもっと大きな楽しみがある!!




 ―――竜よ、混ぜるぞ?


 ……ああ、いいぞ。


 魔王の妻たちの愛と、我らの至宝を、喰らうといい。


 ……喰らうのではない、我らは共にあるのだ。




 ―――『祈り』だからな、我らは『祈り』だ。


 『祈り』とは、重ねて一つにするものだ。


 そうすることで、我らは二度と折れぬ鋼へと至る。


 それこそが、小僧に……いいや、『魔王』に相応しい竜太刀だ。




 ―――なるほどのう、ソルジェ・ストラウス殿は、本当に偉大な魔王だ。


 竜の心までも、その指で掴んでしもうたか?


 ……フン、我はストラウスの剣鬼たちが好きなのだ。


 あの馬鹿たちと、つるむことが大好きだ。




 ―――あの男は、さまざまな者たちに囲まれて育った。


 我のような竜が舞う空の下、ガルーナの『魔王』とその民草と共にな。


 誰もが、そこにはいた、エルフもドワーフも妖精も、人間もな。


 ……我は……ソルジェに……謝りたいのだ。




 ―――ふむ、竜殿よ……それは、つまり守れなかったことをですかな?


 ……ああ、そうだ、賢きドワーフの王よ。


 我は、守れなんだぞ、『姫』と約束したはずの、大いなるガルーナを。


 『姫』の命が生きる、我の愛しいガルーナを……。




 ―――竜よ、過ぎ去ったことは変えられぬな。


 ……ああ、だが……こうして、今、ふたたび……。


 うむ!!鋼となって……竜太刀となって、蘇るのだ!!


 ……ああ、頼むぞ、我は……ガルーナの竜なのだッッ!!




 ―――竜の中の竜、『同族食い』……最も強大で、最も強い翼の覇者だッ!!


 我が名は、アーレス!!


 『魔王』、ソルジェ・ストラウスの黒き翼ッ!!


 幾千万の敵を切り裂き、その煉獄をも焼く焔で、悪帝を焼く剣ッ!!




 ―――ドワーフの王よッ!!我にミスリルと霊鉄を混ぜよッ!!


 我を、無敵の鋼に高めてくれッ!!


 竜としての誇りを捨てて、ヒトごとき貴様に願うッ!!


 頼む、シャナン!!この我を、ソルジェのための剣にしてくれッッ!!




 ―――ああ、分かっておるとも、アーレス殿よ。


 さあ……始めよう、そなたの『祈り』、妻たちの『愛』、我らの『希望』。


 それらを混ぜた神鋼を、ここに誕生させようではないか?


 王の熟練が刻まれた手が、それらを一つに混ぜていく。




 ―――溶鉱炉のなかで、三つの鋼が混ざっていくのさ。


 シャナン王は至福のときを見つめるのさ、彼は兄を思う。


 ああ、兄上よ……見せてやりたい、この煌めく神鋼のうつくしさを!!


 いいや……見ているか?兄上は、この国の風になったのだからな。




 ―――アーレスは、己に融けていくそれらを感じ、目を細める。


 ふむ……良い物語を生きているのだな、小僧よ。


 ならば……今少し、我も、欲張るか……。


 竜は魂を飛ばすのだ、この王城にいる、『最強』の魔力保持者のもとへ。




 ―――そこは、病室だったのさ、手術を終えて、まだ『最強』は眠っている。


 魔力を使い果たした、ソルジェの三番目の妻もね?


 カミラは『闇』をつかい、負傷者たちの『血』に命じたのさ。


 傷口から、あふれるな、どうにか、体にとどまって、心臓を動かすっす!!




 ―――大天才め、夫を救おうと、思いついたのか?


 ふむ、そなたに触れられていたおかげで、あやつの傷から出血が遅くなった。


 あやつは馬鹿だから、そんなことにも気づかぬのだな?


 『コウモリ』に二度も化けたから、疲れ果てたのではない……。




 ―――他者の『血』を操り、命を救い、くたびれ果てたか……。


 健気な娘だ、他の女性たちと同じく、そなたもあやつに愛されておるな。


 ああ、女吸血鬼の陵辱など、数えるな。


 メス同士の交尾など、オスからすれば、どうでもいいことだ。




 ―――『穢れなき花嫁』よ、いつかあやつに抱かれろ。


 それが、そなたの願いであるのなら、他の二人と同じように幸せになるといい。


 さて、阿呆には勿体ない内助の功のおかげで……彼女らは健やかだ。


 ああ、『少女』よ、年寄り竜の言葉を聞いておくれ―――。




 ―――アーレスは『最強』の魔力の持ち主のところへ、飛んで行く。


 ……うむ、腹を裂かれたのだ、痛かっただろう、我が弟子の爪が、すまぬな、娘。


 彼女はハーフ・エルフの少女だよ、まだ七才のあの子だ。


 ……七才か、ふむ……悪人に操られた定めとはいえ、奇妙な縁よ。




 ―――なあ、少女よ、君を助けようとしていたあの愚かな男には、妹がいたのだ。


 君と同じように、まだ七才であったが、悪人どものせいで、火に焼かれて死んだ。


 ……我の与えた瞳はな、何故か大いなる奇跡とも、大いなる業とも言えぬ力でな。


 ヤツには、セシルの焼かれていく姿が見えてしまったのだ。




 ―――我が、望んだことではない……だが、我の責任であろうよ。


 ヤツに、我は……妹が苦しみながら死ぬ姿を、見せてしまったのだ。


 それが、なんとも……我には、苦しくてな……ッ。


 ヒトの言葉で言えば、後悔だ……そうだ、我は悔いている。




 ―――偉大なる竜アーレスの、どうにも償いきれぬ過ちの一つなのだよ……。


 あやつを『お兄ちゃん』と呼んだ君よ、呼んでやった君よ……。


 その言葉は、あやつの魂を癒やすのだ……。


 なあ……不躾なお願いをしたいのだ、眠ったままでいいから、聞いてくれるか?




 ―――あやつのために、『力』を少しだけくれぬか?


 わずかでもいいのだ、あやつのために剣と化ける我に、祈ってくれぬか?


 力を貸してくれぬか、大いなる苦しみを背負う強き少女よ?


 お主ならばな、その『力』で、我ら三つの鋼をより強く祝福できるのだ。




 ―――どうだろうか?……不器用で、完全ではなかったが、君を助けたあやつに……。


 あの、あわれで、はげしく、くるしみながら、よくぶかい、まぬけで……。


 どうしようもなく好色で、ほんとうに阿呆で……それでも―――。


 ……それでも、我の愛しいソルジェのために、力を、くれぬか?




 ―――『最強』は、麻酔に眠りながらも、宙へと手を伸ばす……。


 そのちいさな手が、魂となった黒き翼に触れるのだ。


 竜は、その金色の瞳を閉じて、少女に礼を告げる……。


 ありがとう、ああ、必ずや……我らは、ソルジェの剣に至るぞッ!!




 ―――そして、たくさんの力がその神鋼に融け合うのさ。


 ドワーフ王は、その豪腕で、ハンマーを振るう。


 弟子でもある、ギュスターブも駆けつけた。


 そうだ、最強のドワーフたちで、その鋼を叩くんだッ!!




 ―――賢き王がその鋼を打つのさ、何百、何千、何万回も!!


 その神鋼は、不屈の硬度だ、ドワーフにしか打てはしない。


 というか、ドワーフでさえも、打てはしない。


 だから、『雷』を腕に宿し、ようやくそれは水準に達するのだ!!




 ―――『雷』を宿した豪腕が、神鋼に歌を歌わせる。


 澄み切ったその音は、ソルジェの耳にも届くんだ。


 いいや、王城から響き、城下町にさえも響いていくのさ。


 ドワーフたちは鋼と語れる、だから、王が何をしているのか、知れるのさ。




 ―――ドワーフたちは、祈るのだ。


 大いなる竜のために、竜すら従えた、強き『魔王』のために。


 ドワーフたちは、ソルジェ・ストラウスの物語を知るのさ、鉄の歌により。


 彼の戦いが、彼の物語が、彼の流した血が……それらが持った意味を知る。




 ねえ、ソルジェ。疲れ果てた君はこの鋼の子守歌を聴きながら、眠るといいよ。起きたら、また戦が待っている……もちろん、新しい竜太刀も、君を待っているはずさ。二度と折れない竜太刀がね!!

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