第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その2


「はい。これで処置は終わりました!」


「おお、ありがとう。ほんと、器用なもんだ。傷口まで小さいね?」


 マリー・マロウズによるオレの手術は終わった。ガラハドのクズ野郎に切られた指の腱たちは、極細の『聖なる蚕の糸』で縫い合わされている。うん。指を動かそうとすれば動くぜ。


「……君、天才外科医としてもやっていけるんじゃないか?」


「はあ?私程度の技術で?」


 ふむ。ドワーフの器用さって、とんでもなさそう。


 やはり太くて短い指が持つ技巧は信頼がおけるな。長い指は不器用だもんね。ピアノでも弾くとか、大きめのモノを掴むことには適しているかもしれないが、それ以外はだいたい下手くそ。


 オレの指も、もうちっと短くても良かったんだがなあ?まあ、今さらどうしようもないから気にしないけど。


「君たちドワーフの水準は知らないが、オレから言わせれば十分な医療技術だ」


「そうですか?外国に医療技術も出荷できそうですね」


 ああ。ほんとうに、君らの外科手術は最高だよ。


 ドワーフと言えば鍛冶屋とばかり考えていたが、オレの見聞とは、なんて狭いモノだったのか……ドワーフ族の女医を軍医に据えるべきだな―――クラリス陛下にも教えてやろう。


「何にせよ、最高の仕事だ。これなら魔眼が再生してくれたら、すぐにでも完全復活さ」


「私みたいな未熟者の技術よりも、その魔法の糸にこそ感謝するべきですね。あとはエルフの秘薬ですか?完全に断裂していた腱が、蚕の糸と完全に癒着しています……」


「聖なる蚕の糸は血肉と融け合うそうだな」


 内服する秘薬によっても効果が変わるそうだが……傷に対する内科的処置はエルフ族の方が優れているのかね?


 うむ。仲が悪いで有名なエルフとドワーフだが、医療チームを組ませると、技術的革新をもたらせそうだよ。


 対立するぐらいの文化だから、価値観も左右を向いて伸びたのかもな。自然と共にある『薬』、自然を加工する『手術』……ふむ、興味深い。それらが手を組めば、奇跡の医療技術の誕生というわけだ。


「つまり、抜糸の必要も無いってことね?……ほんと、とんでもないアイテムだわ」


「どうだい、マリー・マロウズ?……『異文化交流』は素晴らしいだろう?」


「……ええ!とくに、『パンジャール猟兵団』には感心しっぱなしですよ?子供のときに国境近くで見た、サーカスよりもワクワクする」


「サーカスね?」


「あ。す、すみません。サー・ストラウス……失礼でしたか?」


「いいや。そんなことはない。君の子供の頃の楽しい思い出と並べてもらえるなんて、じつに光栄なことだ」


「ふむ」


 マリーちゃんが、なんだかオレを見ながら曲げた人差し指を小さなあごに当てている?うむ、シンキングタイムかね?何を考えている、サーカス大好き系女子よ?


「……どうかしたか?」


「いいえ。これが妻が三人いる男の軽口かと?」


「軽口?」


「ええ。つらつらと、まるで口説くようにやさしげな言葉が出てくるのですから?しかも流暢に?」


 ジャスカ姫もだが、ドワーフ系女子は多弁な男に対しての評価が低い気がする。愚直な男の方がモテるのか?まあ、たしかにオレはおしゃべりさんだ。ウザいかも?


「でも。興味深いですよ。ああ、サー・ストラウスに性的な好奇心は欠片も抱けませんが、貴方たち『パンジャール猟兵団』は……そうですね、たしかにサーカスよりも興味深いんです」


「くくく。楽しんで見てってくれよ?……各種族の個性的なアイテムや技術の併用。それが、オレたちの力の本質さ!……おかげで、もう指が動く」


「ああ、動かしちゃダメです!」


 主治医の許可はおりなかった。まあ、それはそうか。切れたのを結んで、接着剤みたいな秘薬で留めているだけだもんね。あまりムリに動かすと、外れてしまう。この繊細な奇跡を、台無しにするのは、オレを含めて誰の得にもなりはしない。


「うん。動かさない。次の戦いの時まではね」


「ええ、そうしてください!……しかし、我々の技術のコラボもあってのことでしょうが……貴方の生命力は、本当にスゴいですね。まるで、蟲なみの生命力です」


「ああ。タフさには定評がある。不死身系イケメン竜騎士さんだからね!……死ぬほど痛いと思うけど、オレ、明日になったらピアノも弾けそう」


「でしょうね?でも……正直、爆風を浴びた背中の傷の方が、はるかに致命的です。あちこちの骨にヒビが入っていますから……今日より、明日の方がヒドく痛むと思います」


「いいさ。動けるなら、痛みはガマンすればいいだけだもん」


「戦士の哲学は恐ろしいですね」


「このお酒のパワーもあるんだ!!……もっとくれないか?」


「あら?マズいと評判の酒だけど?外国人の舌には美味しいのですか?」


「いや。マズい。だが、何か、それはそれで癖になるんだ。地酒って、そんなもんだろ?」


「ふう。緊張感が無い……グラーセスは存亡の危機なんですけれど?」


「だからこそだ。考え過ぎるな」


「……それが、『守備的性格』を使うコツでしたっけ?」


 さすがはエリート。オレなんかのハナシをよく覚えているじゃないか。そうだ、あらゆる知識を喰いまくれ。多角的に物事を理解しろ。まずは、経験値を増やして、物事を『見えるようにしろ』、エリートちゃん?君の賢い脳みそを使うのは、その先だ。


「ああ。柔軟さを手に入れろ。そうなれば、君は、若いのに老獪な女として世渡り出来るさ」


「ええ。やってみます」


「これから先には使うことにもなるだろうからな……なにせ、戦況は『理想的に負けている』。君の旦那の仕事は素晴らしいようだな」


「……正直、長老たちから文句が殺到しそうな作戦ですけどね……うちの婚約者も、ヘタレ具合に磨きがかかって……」


「汚名をかぶることを厭わない。それこそが、真に勇敢な男だ」


「よく言いすぎていますよ」


「いいや。言いすぎじゃない。彼はね、マリーちゃん。最初から、勝つ気でいたのさ。昨日、アインウルフのエリート騎兵どもに追い回されながらもね」


 そうだ。そのために退避した。名誉の死よりも、屈辱に耐えたあとの勝利を見ていた。いい根性をしている。この劣勢な戦を逆転するには、彼は絶対に欠かせない男だよ。


「彼の『逃げ足』が、アインウルフの軽装騎馬隊を無意味に走らせた。それだけ脚を使わせたし、どれぐらい走れば逃げられるかを、彼の部隊は学んだ。そして、オットーの対騎馬戦闘の訓練を受けたんだ……今、敵の最強攻撃と戦っているのは、君の短足野郎だよ」


 岩場とぬかるみを、戦槌背負って走って逃げているだろうな。おそらく、『センチュリオン』に乗っているジャスカ姫も、軽装騎馬隊の脚を潰そうと、とにかくマラソンさ。


 森に引き込んだり、ぬかるみに誘ったり……疲れたらこっそりとメンバーが入れ替わり、彼らが走ってまた逃げる―――平坦な道にさえ、気をつけるべきだな。地雷と、丸太が転がっているぞ?


「……まさか、うちの短足がアインウルフの高速馬たちと鬼ごっこしているとは」


「露骨過ぎる『囮』かな」


「……いいえ。意外性があります。想像しにくいはず」


「だろうね」


「アインウルフはお調子者です。良くも悪くも戦況を重視する敵。勝って進めているのなら、『罠』と承知でも進んでくる……『終わりが沼』まで呼び寄せられたら、大勢を削れるわ……代償は、大きいけれど」


「そうだな」


 そう。


 かなり代償は大きい。


 人的被害もそうだが……何よりも、家屋や橋など……ドワーフたちが祖先から継承してきた建造物を多く失う戦略をオレたちは採用している。保守派のドワーフたちは、どうもそれを嫌がってはいるだろうね。


 しかし。


 それ以上の策は、誰も思いつかなかった。だから、選択の余地は無い。


 何より、現状の戦略の良いところは、可能な限り人的被害は少なく済むということだ。家屋や橋が壊れたとしても?……ヒトの手があれば、そんなものは作り直せばいいことだろう。


「……生き残れば、失ったモノは取り戻せる。お前の旦那が言ってたぞ?」


「まだ婚約者ですから?」


「そうかい。でも、いいヤツだぞ?」


「ええ。知ってますけど?」


「ならさ、もしも生き残れたら結婚してやれ。彼は、きっと、君のためにも走っていると思うぞ?」


「え?」


「ああ!愛とは偉大なものだ。屈辱にも苦しみの時にも、男は愛する女性のことを考えていれば、歯を食いしばって耐えられる……そうじゃないと、アインウルフの馬どもに背中を狙わせ続けるほどの勇気は、誰にも手に入らないさ」


「そ、そうですか?」


「君への愛さ。彼が見ている『未来』には、君がいないはずがない」


「……っ」


 お。


 マリーちゃん、赤くなってる。なんだ、『逆さ豚舐め』の惨状を経ても、彼への愛情は粉々に砕け散ったわけではないらしいな。良いことだ。


「いいヤツだ、結婚してやれよ」


「……え、ええ。い、生き残れたら、考えたげます」


「うん。そうしてやれ。そういう希望にすがるのは、強さのコツさ」


 イケメン竜騎士さんは、他人のキューピッド役もやるよ。


 マリー・マロウズ、君の技術を称えてあげたいからな。君にも、これからは辛い戦いが待ち受けている。『未来』を望む理由の一つに、好きな男との幸せな未来?ベタかもしれんが、いいモチベーションになるさ。


 オレの口元は、まただらしなくニヤリと歪んだのかね?マリーちゃんは、何度かまばたきをして、恋する乙女の顔から、有能な働く女性の顔に戻っちまった。咳払いをする。わざとらしく、コホンとね?


「……で、では!サー・ストラウス。私はこれで」


「ああ。ガンダラのサポートと……見学をしておくといい」


「ええ。アイデアと発見に満ちてます」


「うむ。次世代の軍師殿の育成にもなるはずさ―――この戦を勝利したとしても、生き残ってくれなければならないからね」


「……侵略者は……ファリス帝国は、また来ると?」


「やがて来るさ。皇帝ユアンダートを、このオレが討つまでは、耐えてくれよ」


「……フフフ。期待しています、サー・ストラウス」


「期待しておけ。必ず、ヤツの首を落とすぞ」


「はい。私たちグラーセス王国のためにも、がんばって下さい。では、貴方が戦線復帰するまで、我々が粘りましょう―――『予定通り』に進んで、19時間後……明日の昼前には、ここを放棄するしかありません」


「分かっている」


「はい。では、それまで……可能な限り、休んでいて下さい」


「……スマンね、忙しいときに、オレだけ休んでて?」


「いいえ。二万の軍勢を止めていただいたわけですから、文句はありません」


 オレたちの作業は大したものではなかった。幾つかの隠し通路に入り、順番通りに装置を動かしただけさ。しかも、カミラとオットーがね。


 まあ、潜入ミッションに長けたオレたちでなければ?……ガラハドたちに悟られ、近寄れなかったかもしれない。うむ。我々、『パンジャール猟兵団』を褒めてくれているのなら、褒められておこう。心地よい言葉だからね!


「そっか」


「ええ。それに……」


「それに?」


「貴方が『撤退するフリ』を繰り返すのは……かなり嘘くさい」


「ハハハハハハッ!……ああ、確かに。それは嘘くさいね!!」


 ガラハドが聞けば、即座に罠だとバレてしまうな。オレはそういう繊細な作戦に向いてはいないだろう。もちろん、実際に役目をもらえば、その通りには動くつもりだけれどな。


「……貴方は、こちらにとっても最強の『剣』―――うちの旦那候補とは違い、消極的なミッションには似合わない。イヤでも、明日か明後日には……突撃してもらいます」


「うん。分かってる。そういう方がいいね」


 軍団で『最強』の戦士は『象徴』か。オレの無様を晒すことは、戦略的にマイナス。うん、いいね。よく見ているぜ、マリーちゃん。君の視点は、軍師に向いている。


「……じゃあ。役立たずは眠っとく!!」


 割り切ろう。ケガ人の仕事は、休息だ!!


 オレは痛む身体を、ドワーフが作った最高級ベッドのなかへと沈ませる。うむ。オレが猫であったなら、この快楽に体を伸ばして、心地よさを表現しているところだろうな。


「……よく眠れそう」


「そうして下さい。そのうち、『素敵な子守歌』が聞こえてくるはずですから」


「……ふむ。いいのかね?シャナン陛下とギュスターブくんに、仕事をさせても?」


「貴方の文化においては、どういう価値を割り振られているのかは分かりませんが……我々、グラーセス王国のドワーフにとっては、救国の英雄のために『剣』を打つことは、名誉でしかありませんよ」


「……なるほど。じゃあ、オレ、よろこんでおくよ」


「ええ。それこそが、むしろ礼儀です!……心配無用。グラーセスの王とは、祖先からあらゆる知識と技術を継承した存在……」


「『刀鍛冶』も、その一つってわけかい」


「もちろん!ドワーフが鋼を打たずに、誰が鋼を打つというのですか?」


 ドワーフ族の才媛が、戦場の猟兵みたいにドヤ顔さ!!


 こういう顔をする職業人を、オレは信じる主義だ。ワクワクするだろ?彼らが、一体どんなことをやらかしてくれるのか!


「楽しみにしていて下さい。竜の『角』と、エルフの王族の祝福を受けたディアロス族の『霊鉄』と、私たちドワーフの高純度にエイジングされた『ビンテージ・ミスリル』……それを、ドワーフの王が打って、『太刀』にするのですよ……?」


「……くくく!聞いてるだけで、痺れるねえ?」


「ええ!痺れちゃってください。人類史上、最強の剣のうちの一振りが、サー・ストラウス。貴方の指に届きますから!!」



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