第七話 『聖なる戦は、鋼の歌を帯びて』 その1


 ―――援軍二万が水攻めで滅びた、その報告を聞きながらアインウルフは驚愕する。


 二万が、たった一瞬でか!?


 ……なるほど、ジャスカ・イーグルゥ、君たちの余裕はコレだったのか?


 援軍が来なければ、本陣の二万四千と、北から来る五千が我らが総力。




 ―――君らは一万四千、たかが倍の相手というわけか?


 面白い!さすがは、ドワーフの戦士たちだ……しかし、その策も遅すぎたか。


 攻められ、君たちは疲れている。


 もう大地のぬかるみは消えてしまったぞ?我らの馬はよく進む。




 ―――ドワーフたちの軍勢に、『ほころび』があることを将軍は気づいていた。


 南の守りは強いが、西の抵抗は弱い……。


 たった数時間で、第六師団は西へと進めている。


 戦線を広げるための策なのか?……我々を『薄めて』しのぐつもりかね?




 ―――そうだとしても、アインウルフは止めるつもりがない。


 自分たちの強さが、攻撃力だと信じている。


 守りに入れば、逆に狩られてしまうだろう。


 付き合ってやろう、度胸試しは好きだよ、君らと私らの、どちらが勝るか!!




 ―――我々を『薄めた』ぐらいで、しのげるとは、思わないでくれよ!!


 第六師団は、ほころびを攻め立てる。


 西のグラーセス王国軍は、逃げ腰だった。


 戦闘開始から四時間後、アインウルフは新たな砦を二つも奪っていた。




「……戦況は、そんなところです。また、新しい砦が落とされました」


 マリー・マロウズが、大して楽しくもなさそうにそう言った。まあ、そうかもしれない。オレの左腕の『手術』をしながら、圧倒的に不利な戦況を語るなんてね?


 彼女は本当に才女だな、医者としての技巧も一流だ。


 ドワーフの名家の娘は、必ず外科手術のスキルを習得するそうだ。やはり、手術を頼むのは女子がいい。


 裁縫が得意な繊細な心を持っているからね?刺繍も縫わない男の外科医のガサツな指に、オレの大切な手指の腱を結びつける作業なんて任せられるか。


「見事な手際だな」


「外国の方から褒めてもらって嬉しいですよ。自信が持てますね」


「……皮肉を言ったわけじゃないぞ?」


「分かっていますよ。自分でも見事だって……でも、技術だけのおかげじゃありません」


「そうか?」


「ええ。この聖なる蚕の糸ですか?」


「ああ。エルフの聖域にしかいない奇跡の生物だ」


「……ヒトの腱や神経をも修復する、聖なる生命……はあ、外国には便利なアイテムがあるものですね」


「君らの文化も素晴らしいよ」


 治水に建築技術。世界中に出荷すれば、大もうけだと思うよ。


「ですかね?あるところでは、あるものの価値が目減りするんですよね」


「そういうものさ。希少価値ってのは、なかなか物欲をくすぐる」


「……それで。目玉の方は?……ダメそうにしか見えなかったけど、取らなくてもいいんですか?」


 マリーちゃんは包帯で覆われた、オレの左眼に視線を向ける。冷静女子だよね、仕事も出来る子は違う。目玉を取らなくてもいいんですか?そんなことを、さらりと言うんだから。


 レイド・サリードンよ。君もロジン・ガードナーと同じく、ドワーフ系の妻の尻に敷かれるのだろうなあ。


「何を笑っているのですか、サー・ストラウス?」


「こっちのことさ」


「そうですか?ならいいのですが、で。目玉は?」


「ノータッチでいい。かなり自己修復は進んでいるよ?……この『マーヤの神酒』だっけ?」


「そうよ。魔力を強制的に回復させるわ」


「おかげか、傷の治りがいい。スクランブル・エッグみたいだった左眼が、そこそこ丸みを帯びて復活しかけているんだ」


 そうさ、包帯の下では目玉が元気に回復中。アーレスは酒飲みだからね?それに、この魔力が満ちた酒はいいもんだ。


「……目玉まで再生するんですか、外国の方は?」


「いいや、オレぐらいのものだ。自前のモノは失われて久しい」


「ふむ。竜が混じっているから、この生命力というわけですか?」


「そうだろうな。ときどき、人間離れはしていると思うよ」


「ときどきなんて、自分を知らない方ですね」


 オレたちの間柄も友情を帯びて来たのかな?……エリート女子は、だんだんオレへの態度が悪くなっている。いいや、いいんだよ、別に?


 むしろ、好ましい反応だと思う。腹を割って、色々とお話し出来そうだもん。手術されてみるもんだね。


「……オレが、指で腹を裂いてしまった子は……どうなったんだ?」


 そうだよ。


 あのハーフ・エルフの少女たちは、この王城に運ばれてきた。リエルとミアは『隠し砦』で応急処置をしていた。その後、『忘れられた砦』から帰還したオレたちは、彼女らを檻に戻して、それを輸送用のカーゴとして、ゼファーに運ばせたのさ、この王城まで。


 今、オレの猟兵たちはジャスカ姫とレイド・サリードンが指揮をする、西部戦線に参加しているはずだ。この特別な任務を帯びた部隊が、勝利の鍵だ。


 仲間たちを信じている。


 だから、重傷者のオレは、安心して手術を受けているんだよ。でも、あの子たちの状況は聞けていなかった。マリー・マロウズをうんざり顔にさせてしまうほどの、冴えない戦況報告は十分聞いた。予定通り、ヒドい。


 でも、予定通りだから納得は抱く。疑問は浮いてこない。アインウルフらしいし、サリードンらしい流れだよ。全部、ガンダラの力学には従って進行中さ。


 だから。


 今は、あの子のことが気になっていたよ。


「……応急処置が良かったわね」


「……命には別状は無いか」


「ええ。貴方の正妻さまが腹膜の裂傷を縫っていた。出血はヒドいけど、さすがはハーフ・エルフね……きっと、大丈夫」


「そうか。良かったよ。助けたつもりになって、殺しては……笑えないからな」


「……あの子たちのために、罠にハマったとか?」


「ああ。そんなカンジ」


「ムチャをするヒトですね。でも、良いことをしましたよ」


「イケメンな上に、心までもが、やさしいのさ!」


「やさしい……というか、壮絶ですね」


「壮絶?まあ、そうかも」


「……貴方からも、『死の美学』を感じなくはありません」


 さすがは戦士ドワーフ族の娘さんだ。たしかに、オレはどこか自己破滅型な気質があるのかもしれない。


「正しいと思うことのためなら、死ねるだけさ」


「……なるほど。死が目的ではないと?」


「うつくしく死にたいとは思わない。ただ、自分の思いのままに生きぬきたいだけ」


「……ワガママなのか、器が大きいのか」


「どっちもだろうさ」


「そうでしょうね。はあ、貴方の奥様たちは大変そうです」


「恋愛は大変な方が盛り上がるらしいよ」


「私は堅実で地味な恋愛でいいんですけどね」


「なるほど。ヒトそれぞれの趣味があるものさ……それで、あの子の傷は?」


「傷痕が残るかどうかを気にしているのですね」


「ああ。女の子だからな。あの傷を気にしない男に愛されればいいが……」


「……ベヒーモスの皮を縫い合わせました」


「ふむ……スマン。それで、どうなるというのだ?」


「ベヒーモスの皮は、ヒトの皮膚の再生を高めます。知らないですか?」


「ああ。魔牛のことには疎くてね……ひょっとして、この包帯にも?」


「洞察眼は生きているみたいですね。ええ、ベヒーモスの皮下脂肪から作った薬も塗られています」


「……いい文化だね」


 ワイルドで、粗雑で、とんでもなく実用的。ほんと職人気質があふれた民族だよ、ドワーフって方々は?


「じゃあ、彼女の傷は?」


「かなり、良くなると思います……でも―――」


 ああ。


 その表情と、途切れた言葉で通じるよ。


「……それなり以上に残っちまうんだな」


「……ええ。それでも、最善の結末だったと思います」


「まだ、子供だ。男を脚のあいだに迎えて、腹を撫でられる日を想像できんだろうが……乙女となった頃には、オレを恨むだろうな」


「さあ?」


「さあって?」


「私だったら、別に恨みませんけどね?」


「そうか?」


「ええ。腹で爆弾が炸裂して死ぬよりは、ずっとマシです」


「……そうとも言えるが。元々は、オレとガラハドの因縁から来る犠牲だ」


「気にするなとはいいませんが、貴方の責任ではないですよ、サー・ストラウス」


「そうかね……?」


 でも。


 オレがあのクズ野郎をもっと早くに殺しておけば、発生しなかった被害だ。


 ヤツさえいなければ、ベッドの上で酒飲みながら、手術を受けるなんて状況じゃなかったはずだし、あの少女たちも―――今日よりはマシな一日を送れていたかな?


「……ああ。もしも年頃になって、悩むようなら、責任を取ってヨメにもらうか」


「え?まだ、奥さんを増やすつもりですか?」


「あの子をキズモノにしてしまったからね」


「はあ。そのペースだと、死ぬまでに奥様が三桁になりますよ?」


「女好きからすれば、悪くないな」


「……なんていうか、貴方は私の常識にはいない男性です」


「そりゃどうも」


「あまり、褒めてませんがね?」


「ちょっとぐらいは、褒めてもらってるのかな?」


「感心するところも多いですからね。女の子の未来を考えてあげていることには、なんというか好感が持てますよ?」


「オレ、ドワーフにもモテるかな?」


「見た目はイマイチですね」


 オレが短躯短足じゃないからかしら。


 だとしたら、あまり口惜しくはない。


 マリーちゃんみたいなスレンダー女子が低評価だもんね?痩せてると、モテない?うん。美醜に関する価値観というのは、文化への依存度が大きいようだ。


 だから、オレは口惜しくなんてないんだ!!


「ドワーフ女子よりも、ドワーフ男子にモテてますよ」


「こ、怖いコトをいうんじゃない!!」


「ああ。性的な意味ではないですよ?……戦士としての生き様や強さに共感されているみたいですね」


「そうか。とても安心した」


「……それに、『敵』からも敬意を受けていますね」


 マリーちゃんが、眼鏡の下の小動物的な丸っこい瞳を細めて、縫い終わりそうな左前腕の傷を見ている。


 アインウルフからオレへの見舞いでも届いたのかと思ったが、そうじゃないらしい。まあ、見当はつくんだがね。


「……腱は切られていましたが……乱暴さが無い」


「だろうな」


「だから、縫うのも簡単でした」


「切られるときに、あえて力を抜いて破断する部位を綺麗に保とうとは心がけたさ」


「さすがですね。でも、それだけではない―――」


「―――ああ。ガラハド・ジュビアンは、オレの損壊を恐れてもいた」


「損壊を恐れる?彼とは、どういったご関係で?」


「……ムカつくが、分かりやすく言えば……ヤツはオレの『兄弟子』だな」


「そうですか。外国でも兄弟とは殺し合うモノなのですね」


 ドワーフ文化は物騒な解釈をする。兄弟はライバルってのは、世界共通じゃあると思うけれど……殺し合いが常なのは、ドワーフぐらいだと思うよ。もっと、アットホームな兄弟関係のが多いハズさ。


「……でも、変なハナシですね」


「なにがだい?」


「……自分で切っておいて、でも、綺麗に切っている。手術を受けやすい傷ですね、かなり緻密な計算を感じます」


「だろうね」


「……ふむ?」


「ガラハドはオレの肉体を賛美しているのさ」


「そ、そういう兄弟関係ですか?」


 マリーちゃんが顔を赤くしながら質問する。妻が多いオレの守備範囲が、男にまで伸びているとは思わないで欲しいものだね?オレは女好きなだけ。男の指とかイヤすぎる。指じゃない部分はもっとイヤだ!!


「……ヤツは、オレをガルフの……『師匠』の偉大な『作品』だと信じてるのさ」


「『作品』?……だから、敬意を表している?」


「そうさ。オレが『一番の作品』、ヤツは『二番目』さ。それを理解している。だから、オレが憎くて仕方が無いけれど、畏れ多いぐらい敬ってもいる」


「変なヤツですね。殺したいのか愛しているのか」


「愛してはいないさ。ただ、葛藤しているだけだ。殺意と敬意のあいだで、揺れている。そういう邪悪で危険なだけの人間だ」


「……ふむ。細かな事情までは分かりませんが」


「分かりませんが?」


「早急に処分して貰えると、我が国の安全保障上の理由で助かりそうです」


「ああ。それさえ分かればいいんだ。処分するよ、そのうち、ここに来るだろうからね」


 オレとシャナン王を殺しにね?


 オレが砦で上げた功績に、嫉妬しているはずだからな。


 そのときが、勝負だ。


 満身創痍のオレになら、勝てるだと?


 二番目風情が、調子に乗るなよというハナシだぜ。


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