第六話 『白き獅子の継承者』 その19


 ―――ゼファーの勝利の歌が、戦場に響いていた。


 ガラハドは、濁流に呑まれた軍勢を見下ろしている。


 ……なるほど、さすがはソルジェ・ストラウスか。


 2万人も、笑いながら殺すのか……そうかよ、さすがだ。




 ―――ガラハドは激怒している?いいや、そうじゃない、褒めている。


 さすがは、親父の『一番』だ……そうでなければ、面白くない。


 オレにひざまずかせてやるぞ、今日ではないだろうが……。


 明日か、明後日だ……楽しみだなあ、兄弟ぃ……。




 ―――ガラハドは考えている、北のルートからグラーセス王国へ入った軍勢のことを。


 竜もソルジェも、こちらに引きつけられたのだ……あちらの五千は無事だろう。


 あちらに紛れて、第六師団の本体との合流を目指すかい。


 さて、アインウルフは怒るかね?……まあ、戦場だ、死も負けも、突然に来るよ。




 ―――だがね、肝心なのは、それからさ。


 負けて倒れれば?ふたたび、立ち上がればいい。


 それで、勝ち負けなんてものは、帳消しになるものだよ、大将?


 アンタもこの戦場でソルジェに一度負けた、オレもだよ、仲良くやろうぜ?




 ―――しかし、ミアよ、最高の猟兵に育ったなあ?


 それだけじゃあない、ソルジェよ、お前は本当に恵まれているじゃないか?


 あのエルフの弓姫は、竜の背で弓を操りやがった。


 あの竜は、お前の下僕なのだろう?




 ―――あの『サージャー』も面白い、砦のように固い守りだったぞ?


 そして……あの女……カミラ・ブリーズだったか?……吸血鬼の『被害者』?


 バカを言え、オレに隠していたな……あの女、吸血鬼を継承したのか。


 くくく……ズルいぞ、ソルジェ……お前には、あんなのが12人もいる!!




 ―――親父と一緒に、集めまくった甲斐があったなあ……?


 見事だよ、少数にして精鋭だよ。


 オレの欲しくなる人材で、いっぱいだああああ!!


 ……だけど、絆が深すぎる、『家族』を持つことはオレの流儀ではない。




 ―――ソルジェよ、猟兵とは残酷であるべきで、恐れを知るべきではない。


 だが……お前は、恐れている。


 自前の死を、恐れてはいないが……仲良しちゃんたちの死を、恐れているな?


 だからこそ、自分を犠牲にしてでも、仲良しちゃんたちを守る。




 ―――愚かなことだよ、それはね?


 自分よりも劣った存在のために、お前は今日、体をどれだけ傷つけた?


 ハーフ・エルフのガキを、守るために、爆発を浴びたな?


 鎧が砕けるほどの威力だ、お前の体はボロボロだ。




 ―――なぜ、そうなったか、わかるか?


 ガキどもを見捨てられないという甘さ、それが始まりだが、それだけではないぞ。


 お前は、仲間をオレの『罠』で失うことを、恐れてしまった。


 お前の見せた、唯一の恐怖だ……そして、お前は一人で来たな、失うことを恐れて。




 ―――結果的には、お前の願いをまた神さまは叶えた。


 だが……左腕も、オレに切られて……竜太刀も、魔眼も喪失しただろう?


 ああ、アニスは知っているぞ、昔、彼女に『お前と寝ろ』と命じたとき、知ったのさ。


 アニスを抱きながら、自慢げにその仕組みを教えたそうじゃないか?




 ―――あのときは、オレの女だと、知らなかったんだろ?


 ただの娼婦だと、考えていたんだろう。


 だから、一晩中楽しんだ、アニスから聞いたよ、どんな風にするのが好きなのか?


 オレのお古は、どうだった?




 ―――アニスから聞いてる、魔眼は戻ってくるんだろう、近いうちに?


 元より、この世のモノではないからなあ?


 残念だが、まあ、それはいいよ。


 どうにも出来ないことを、気にする趣味はないんだ。




 ―――これからのことを、考えよう。


 あの五千の傭兵たちのなかに、オレの『本物』の『ガレオーン猟兵団』がいるぞ。


 各地の戦線で仕上げてきた、かなりの強者たちだ。


 ああ、ここにいたのは、『囮』……『生け贄』だよ、お前を負傷させるためだけの。




 ―――逃がしてやったんだ、もう一度、オレと戦え。


 壊れた体で、オレを楽しませろ。


 お前は、健康ならばオレよりも強い『一番』だが……それだけやられた今は?


 すぐには治らんぞ、それだけの傷はな……魔眼が無い、竜から魔力を得る量も減る。




 ―――ああ、本当に、いい仕事をしたよ、オレたちは?


 2万も殺されるのは、想定外だが……オレには戦の勝ち負けなんぞどうでもいい。


 お前を苦しめられたら、それでいいんだよ。


 殺しはしないぞ、ソルジェ……オレは、お前に勝って、捕まえて、飼育するんだ。




 ―――手足を切って、オレの檻のなかで、ずっと飼うよ?


 ああ、最高に楽しみだ、世話もしてやるよ、毎日、干し肉とミルクをやるんだ。


 そのムカつく赤毛を、ブラッシングしてやってもいい。


 お前を孤独にして、お前に毎日、質問させるんだよ?




 ―――オレの『家族』は無事か、『パンジャール猟兵団』は無事か!?


 なんで、オレを殺さない!?


 どうして、こんなことをするんだ!?


 たくさんの疑問をぶつけてくれ、オレは、きっと笑顔で全てを無視する。




 ―――最高の日々だ、そして、お前の前で、お前が抱いたことのあるアニスを抱くんだ。


 見せつけてやりながらね、彼女は、お前のよりも、オレのが好きらしい。


 お前のセックス能力を馬鹿にしてやりながら、オレはアニスで果てるんだ。


 どうだ?オレとお前、二人にとって、そんな関係こそが最良ではないか?




 ―――そんな日々のために、オレはこれからも努力するよ。


 いいか、ソルジェ……明日か、明後日か……。


 それまでに、グラーセス王国の城は落ちる。


 知っているか?お前の寝ている三時間で、戦況は悪化しているぞ?




 ―――アインウルフは進軍し、傷だらけのドワーフどもは後退した。


 あの短足なヤツらは、もう疲れ切っている。


 戦うための魂が、錆び付いているのだなあ。


 たしかに、この砦の勝利は、大きい。




 ―――だが、なぜ、初めの侵略のとき、これをしなかった?


 知っているぞ、オレはな、ソルジェ、お前よりも多くの本を読むからな。


 ドワーフたちは、死の美学に殉じようとしているからだ。


 死の引力に惹かれているんだよ、お前と一部のエリートが覆そうとしてもムダだ。




 ―――ドワーフの戦士の多くは、あきらめているんだよ。


 だから、初めの侵略において、ここを使わなかった。


 使うべきだと発言した者もいただろうが、戦士たちは戦場で死ぬことを望んだ。


 だから、兄への劣等感に苦しむシャナン王とやらも、ここを使えなかった。




 ―――分かるよ、勇猛さを示したかったんだな、戦士だからなあ?


 なあ、ソルジェ?お前が彼らをどう説得したつもりになっているかは知らないが……。


 死に惹かれた戦士たちなど、脆いモノだと……親父がいつも教えただろう?


 恐怖を与えるんだ、お前のような『強さ』や、オレのような『狂気』でなあ。




 ―――オレは、五千人の傭兵どもと、街を焼いていくつもりだ。


 略奪と、破壊と、死を、ドワーフたちに与えるんだよ。


 死にたがっているヤツの重心は、軽くて、脆い。


 そして、オレはドワーフどもを刻んで、そこら中の木に吊すんだ。




 ―――戦場を無視して殺すよ、オレたち『ガレオーン猟兵団』だけでもいい。


 アインウルフはオレたちより年上だが、心が綺麗すぎるからなあ。


 絶望の与え方を知らない、奪うんだ、街を焼き、兵士たちの『家族』を!!


 そうすれば……ああ、脆くなるよ、戦士らは冥府の『家族』に逢いたくなる!!




 ―――ソルジェよ、世界の全てが、お前で出来ているわけではないのだ。


 皆が、絶望や痛みに耐えられるようには、出来ていない。


 むしろ、お前は例外すぎるだろう?


 拷問してやっても、顔色一つ変えない?オレより狂っているのかもな。




 ―――お前は、強すぎる……だから、弱者の心をも、過大評価してしまう。


 オレこそは真の猟兵、恐怖を引き連れた死神の群れの王だ。


 殺しと略奪で……恐怖を刻みつけ、戦士の『よりどころ』を挫く。


 なあ、オレは王城を狙うぞ、お前がこの砦での勝利を味わったなら?




 ―――オレはシャナン王の首を取り、その頭蓋骨で作った杯でワインをあおる。


 親父が……『全盛期の白獅子』は、強敵を狩ると、そうしていたぞ?


 老いて日和った親父しか知らないお前は、ウソだというかもなあ?


 だが、現実だ……親父は、オレなんかよりも、もっと怖くておぞましい怪物だ!!




 ―――アインウルフには主戦場の名誉をくれてやる、オレは、シャナンだ!!


 お前が二万を喰らい、笑うなら!!


 オレには、王の首を喰らわせろよ!!


 絶望になびいている戦士どもの、家族と王を喰らうよ……残虐に。




 ―――そうなれば?全てが、オレの思いのままだ。


 アインウルフに蹴散らされ、ドワーフどもは安楽なる死につつまれる。


 オレは……王を守ろうとするお前と、王城で出遭う!!


 満身創痍で竜太刀もない、竜鱗の鎧もない……そのお前になら、オレは勝てるぞ。




 ―――捕まえてやるよ、そして、手足を切り落としてやるんだ!!


 お前は泣かないか?それとも、本気で切り落とす時には、悲鳴をするのか?


 楽しみだあ、試してやるよ、お前の猟兵具合を……今日よりも、深くなあ!!


 ……そして、楽しい楽しい『飼育』の日々はスタートだあ……ッ。




 ―――……なんで、こんなにお前のことが嫌いなのか?


 ああ、自分でさえ、よく分からないんだ、最終的に、親父の心を奪ったからか?


 かもなあ?……でも、お前を一目見たときから、お前のことが嫌いだったぞ。


 運命だろう?確信できるよ、たとえ生まれ変わっても、お前のことが大嫌いだ。




 ―――それは、おそらくお前にとっても同じことだろう?


 オレのことを少しでも好きでいてくれたら?……反吐が出るねえ。


 憎くて嫌いで、ムカついている!!……お互い様だろうよ、なあ、兄弟ィ!!


 まだまだ、戦場で競おうじゃないかッ!!




 ―――どちらが、親父の『継承者』なのかは、まだ決まっちゃいないんだぞ!!

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