第六話 『白き獅子の継承者』 その18


「イエス・サー・ストラウスッ!!」


 カミラ・ブリーズはオレの戦術を理解してくれる。


 カミラが魔力切れを起こしてふらつくオレの体に抱きついて、『闇の翼よ』!と叫ぶのさ。すると、再び、『闇』の魔術が作動して、オレとカミラの肉体を『コウモリ』へと変換してしまう。


 無数の『コウモリ』と化したオレたちは、カミラの意志のままに戦場を飛んで行く。向かったのは、もちろんオットーのところさ。オレたちのために、時間稼ぎをしてくれていた。


 彼は窮地にあった。


 『三つ目』となり、能力の全てを解禁していると言え、ガラハド・ジュビアンとアニス・ジオーンのコンビの猛攻に耐えるのは至難の業だ。さらに、四人の強弓兵たちの練度も相当なものさ。


 いくら、オットー・ノーランと言えども、その六人を相手にするのは辛すぎた。だが、それでもよく時間を稼いでくれたな!!


『オットー!!』


 『コウモリ』に化けたまま、オレは叫ぶ。このときの声が、どんな風に出ているのかは分からない。もしかして、『コウモリ』の鳴き声だったのかも?


 そうだとしても、かまわないさ。


 うちのオットーの『目』ならば、この昼間に飛ぶ『コウモリ』の正体にぐらい気がついてくれるさ。


 オットーは技巧を見せる。懐からシャーロン・ドーチェ作品を取り出すぞ。エロ小説などではない、『こけおどし爆弾』さ!!


 バク転しながら間合いを広げつつ、オットーはその光と爆音だけの非殺傷爆弾を放りなげるのさ。ガラハドたちはさすがに好反応を見せていた。その爆薬を警戒して、素早くバックステップを刻んで退避する。


 『こけおどし爆弾』は炸裂して、強い爆音と発光が世界を駆け抜ける。弓兵たちとアニスは完全に、その爆音に怯んでいたが―――ガラハドのクズ野郎だけは、そうじゃなかった。


 それは、そうだ。


 このパターンはシャーロンのアイテムが代替しているとはいえ、元々、ガルフ・コルテスが得意にしていた『猫だまし』だ。酒瓶を割った音で、あんなにヒトの死角を作っていた男を、オレはガルフの他に知らない。


 これはガルフの技なんだよ。だからこそ、ガキの頃からガルフに仕込まれてきた、ガラハドには効果が薄い……ッ。


 オットーが浅はかだったのか?いいや、そうじゃない。技術を仕掛けたタイミングは、完璧だった。視線や注意の誘導の仕方までもが理想的だったよ。


 ガラハドの『本能』に、その光と音は確実に届いたはずだった―――『本能』だからね、鍛錬など意味をなさない反射の世界。それにガラハドだって、アニスたち同様に囚われたはずだったのさ。


 『本能』、生物に刻まれた絶対不可避の反応だよ。ガルフの作った猟兵の技術の多くはそれを利用している。医学的知識に裏打ちされた、理性も知性も経験値と無効化する絶対の罠―――そういうもののハズなのだよ。


 だが。


 ……それでも、なお、『生物的限界/本能』を超える『執念』というものが、何故だか、戦場には存在する。ヒトの精神力とは偉大なものだ……それが例え、『狂気』と呼ばれるものであったとして、本能の拘束をも超えてくる。


 そうだ。


 ガラハドは『本能』をねじ伏せて、『攻撃』を選びやがったッ!!


「このオレに、親父の技巧が通じると思うなああああああああああああああッッ!!」


 烈火のような怒りをヤツは放ちやがる。どこまでも、怒っているのさ。思わず、その迫力と殺意を浴びせられたオットーが―――あの守護技術の大天才である、オットー・ノーランがだぞ!?


 彼が過剰な警戒を引き出されずにはいられないほどの、感情の衝撃波を、ガラハド・ジュビアンは放っていた。ヤツめ、何を、そこまで怒るのだ?


 ……もしかしたら?ガラハドのクズ野郎からすれば、『パパとの大切な思い出』を踏みにじられたような気持ちなのだろうか?……分からねえ。ヤツの心情を察するのは、オレには難しいよ。


 ヤツは間違いなく狂っているし、ガルフへの妄執は正直、理解の範疇を超えている……。


 だが。今そのとき問題だったのは、『完璧である』と読み、そのタイミングで実行したはずのオットーの戦術を、ガラハドが無効化しながら行動したという事実だ。


 オットーのプランが崩壊する。


 理屈ではありえないことが、狂気に呼ばれて現実の世界に引きずり出されていた。


「死ねやあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 ガラハドのクズ野郎めッ!!


 ヤツは怒りのままに叫んで、『飛び大蛇』を放ちやがった!!アーレスの竜太刀と、竜鱗の鎧を砕いた、あの毒蛇の牙だよッ!!


『オットー!!受けるな、躱せえええええええええええええええええええッッ!!』


 そうだ。その『奇剣』の威力は強すぎるんだ!!受けるな、お前の四節棍など、たやすくその大蛇の斬撃は砕いてしまうぞ!!


「私の脚に……追いつく!?伸びて、来るッ!?」


「おうよ!死と内臓を晒せよ、オットーッッ!!」


 魔力を帯びた、その邪悪なる『奇剣』は7メートルほどのリーチとなり、大蛇のようにうねり、刀身の尖端が鎌首をもたげていた。


 マズい!!マズいぞ!!後退するオットーを射程に捕らえていた。マズい、回避が間に合わない!!このままでは―――ッ!!


『させませんからあああああああああああああああああああああッッ!!』


 カミラが闘志を全開させて。『飛び大蛇』の餌食となりそうであったオットーの体を闇へと呑み込む。オットーの体が『コウモリ』たちに分割されていき、そんな状態の彼を『飛び大蛇』が切り裂いていく―――ッ!?


 ……いいや。


 オットーの肉体があの毒牙で引き裂かれた音もない。そして、その攻撃の証である、出血の赤を空の青へと放つこともなかった。なにより、オレは今、オットーをとても身近に感じられている。


 だから、探すように問うのさ。


『オットー!いるのか?』


『は、はい。ここに!!……どこなのかは、ちょっと分からないですが?複数になって、飛んでます』


『無事か!?殺されるタイミングだったぞ!?』


『なんとか、痛みは無かったんですけど……?未知の感覚すぎて、自分の状態を把握することが出来ないんですが……』


 冷静沈着で、そして超感覚を有する『サージャー』のオットー・ノーランでさえ、自分の死を不可避と認識せざるを得ない状況だったということか―――ああ、よくぞ。よくぞやってくれた、カミラよ!!


『カミラ、オットーは無事なんだな!?』


『だ、だいじょうぶっす!!ちゃんと、自分の闇へと取り込みましたから!!』


『……ええ、本当に、寸前でしたねえ……殺されるギリギリでしたよ』


 そうか。危ないところだったな。カミラがいないと、オットーの内臓、出ちまってた。


 だが。問題はない。生きていてくれたというのなら、問題は無いぜ、オットーよ!!


『そうか。良かった!!えらいぞ、カミラ!!』


『えへへ……はい!!そ、それで!!これからどうすれば!?』


『安心しろ、ゼファーは、来てくれている!!』


 無数の『コウモリ』に分裂しているオレたちが、太陽を見上げるのさ。


 ゼファーは太陽を背にして飛翔してくる。


 ガラハドや、強弓の兵士たちがゼファーに気がつき、あの毒矢で撃ち落とそうと企むが。太陽光に対応出来ずに、精度を欠いた射撃になるだろう。少なくとも、狙いを定めるまでには時間がかかる―――。


 だから?


 だから、うちの弓姫さまの射撃に、射殺されちまうぞ?


 ゼファーの背から放たれたリエルの、矢が敵兵の腹を射抜いた。同時に、二人さ。これが天才というものだ。あのスピードのゼファーの背から、こんな攻撃が出来る射手は、世界にリエルを含めて数人のみだろう。


 この強弓兵たちは、そうではなかったのかもね。


 一人はそれでもゼファーを狙って撃ちやがったな。『目』に頼らない撃ち方だろうよ。竜の奇襲に気づいた直後に、それをやれるとは……かなりの腕利きだ。でも、ゼファーのまとうドワーフたちの鎧に当たっただけだ。ああ、ゼファーは運が良いね。いい子だから、当然さ!!


 四人目は、三人目より対処のための時間があったし、ゼファーも近づいている。技量が互角だとすれば、コイツの射撃は危険すぎるよな。


 だから?オレだってやれることをする。


 『コウモリ』で、四番目の強弓兵の顔に噛みつきに行ってやった。影みたいな存在だから、あっちの攻撃も、こっちの攻撃も当たることは無い。それでも集中と視界の邪魔をしてやることは出来るのさ。


 彼は、その小さな混乱のせいで、狙いを定めきることは出来なかったよ。それだけ出来れば十分だ。


 そして。ゼファーの体が、『コウモリ』の群れを貫いた。


『―――もどりますっ!!とにかく、つかまって!!」


 オレたち三人の体がゼファーの背の上で、『コウモリ』からヒトの形へと戻った。うむ。スリリングな瞬間だ。オレたち三人は、とにかくゼファーの鎧へと手を伸ばして、その指を無理やりに引っかけた。オレは右手の指しか動かないから、ほんとドキドキものさ。


 でも。さすがは、オレと仲間たち。


 三人とも、ゼファーの鎧に指を掛けていた。


「そるじぇえええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 ガラハドのヤツがオレを見つけて叫んでいた。


 口惜しそうに?


 いいや、そうでもない。ヤツは、『飛び大蛇』を構え直している。『風』の魔力を感じるぜ。ヤツだけじゃなく、アニスの魔力も加わっているな。かなりの出力の『飛ぶ斬撃』を放とうとしている。


 そうだ。


 ガルフの知識を継いだ戦士ならば―――猟兵ならば、やられっぱなしなど有り得ない。


 この短い時間のなかにさえも、あらゆることを仕込むのさ。


 そうだよ、『ガレオーン猟兵団』の諸君?


 君たちが、そうであるように……オレたち『パンジャール猟兵団』だって、そうなのだよ?


「……ミアかッ!?」


「あんの、クソ黒猫ぉおおおおおおおおおおッ!?」


 クズ野郎と、アバズレ魔術女が叫んでいた。アニス・ジオーンよ、口が悪いぞ。我が妹を『クソ黒猫』となど、呼ぶな。


 お前の一億倍はいい女だ。まだ、13才だがね。


 ほら。オレの右目からじゃ、彼女の背中しか見えなかったけれど?……でも、見えなくたって分かるのさ。行動原理は読める。オレとミアのあいだには兄妹の絆があるのだからね?


 ゼファーの腰に張り付いていた、オレの暗殺妖精の肩が動く。


 ストラウス系のスマイルを浮かべたミアが、三つの小型爆弾を投下していたんだよ。おそらく、アニスが作り、ガラハドの手術によって、ハーフ・エルフの子供たちの腹に仕掛けられていた、威力たっぷりの爆弾どもさ。


 ―――リベンジってのは、こうするんだよ!


 くくく。いいねえ、ミアの背中が、クールにそう語っているぜ?さすがは、オレの妹だ。


「下がれ!!アニスッッ!!」


「え、ええッッ!!」


 クズのカップルどもが、必死になってそこから退避する。ムカつくが、死ぬほどいい動きをしやがるぜ……ッ。強弓兵たちも、ヤツらに続いた。


 爆弾が、『忘れられた砦』の岩盤を削ってつくった『屋根』に触れて、巨大な爆発がそこを焼き払う。こんなことで連中を殺せるとは思えないが、それでも今は十分だ。退かせてもらうぞ。十分な勝利は作ったからな……。


「……へへへ。いい、タイミングで来たぜ。ゼファー、リエル、ミア……っ」


『うん!!しんじて、まってた!!』


「そうだ。信じていたぞ、ソルジェ団長!!カミラも、オットーも!!」


「うん。見て!!砦の東側―――洪水さんで、大惨事!!」


 ミアの言葉に、オレたちはあらためて自分たちの仕事の『戦果』を見下ろした。


 壮絶なものだった。


 二万の兵士どもが、濁流に呑まれていた。何千メートルも流されて視界から消えた連中も多いが、泥や岩の下敷きになって、ピクリとも動かない死体も多いぜ。


「……やりましたね。一瞬で、二万人が死んだ光景を見たのは、私も初めてです……なんて、悲惨な……」


 やさしいオットーがそう語る。ミアは、笑顔で言うのさ。


「三ちゃん、敵にかける情けは、失礼だよ」


「……そうですね。さすがは、ミア。ええ。私たちの勝利ですね、団長!!」


「おうよ!!」


「ああ、自分たちやり遂げたんすね!!……ねえ、ソルジェさま!!アレが、聞きたいっすよ!!」


「うむ!そうだな、アレが、聞きたいぞ、ソルジェ!!」


 うちの正妻エルフさんと第三夫人吸血鬼さんが、アレをせがんできている。


 なら、断る道理はどこにもねえな……ちょっと、重傷過ぎるけど……せっかく、ガラハドのクズ野郎に見せつけるチャンスだ。いっちょ、やるぜ?


「ゼファー!!歌ええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』


 勝利の歌を響かせて、オレたち『パンジャール猟兵団』は西の空へと消えるのさ。


 ざまあみろ、ガラハドめ……。


 これで分かっただろう?


 オレたちと、貴様ら……どちらが、『真の強者』なのかがハッキリしたな!


 そうだよ、オレたちこそが、『白獅子ガルフ』の後継者、『パンジャール猟兵団』だ!!


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