第六話 『白き獅子の継承者』 その17
「ソルジェ団長っ!!あれっす!!あれが、『要石』ですうっ!!」
「……なるほど、主張の強いサイズの大岩だぜ。名前負けはしていないな」
カミラの肩を借りて走るオレは、ようやくその場所を視界におさめていた。ああ、デカい岩だ。そうだ、あれが『要石』。かつてグラーセス王国のドワーフたちが作った、巨大な治水施設……それを軍事利用した兵器、『聖なる洪水』の作動スイッチさ!!
かつては悪王が反乱を企てた民衆に対して使用した邪悪な兵器だったが、今回は救国の兵器へとなるというわけだ!!
走りながら、オレはオットーの奮戦をチラ見する。
うむ。相変わらずどの攻撃も紙一重で回避し続けているな。さすがだよ。オットー・ノーラン。
『サージャー』であるオットーの瞳は、三つだ。両目と額の瞳だね。この三つの目は『空間把握能力』ってモノが違うのさ!!
オレたち『二つ目の種族』はね、左と右からの視界を混ぜて、『立体』に見ている。これのメリット?遠近感が分かりやすいし、一つ目よりは広く見えるだろ?広く見えるから動きを観察しやすい。『動き』は連続した動作だからね、可能な限り多くの画が欲しい。
たくさん広く見えれば、『動き』は読みやすいだろ?……フェイントの掛け合いが基本の接近戦は、可能なら両目でやりたいもんだよ。
オレも基本的には一つ目だから分かるんだが……一つ目は世界を『立体』に見るには向いてはいないのさ。オレには世界が『平面』のようにさえ見えることもある。距離感が把握しにくいんだよね。
だけど?
馬鹿にするなよ?一つ目にもメリットはあるんだぜ?……『平面』に見えることで、戦いにも役に立つこともあるよ。弓を射れば分かることだが、片目に意識を預けて照準を作るんだからね。
二つ目で見る『立体』には、『虚像』が混ざっているのさ……試してみるといいぞ?人さし指を立ててみて、そいつを鼻と眉間に沿えてみな?指が消えて見えるだろうし、左右の目玉が見てる世界がズレていることにも気がつける。
オレたちは二つ目のとき、それぞれの目玉からの情報を混ぜて、偽りの世界を見ているぞ。
だが、一つ目だと、その『ウソの世界』は消えて無くなり、獲物の『真実』の方向しか見えなくなる。立体感には欠くが、『真実』の方向が見えるってところがキモ。片目のヤツは騙せねえのさ。少なくとも、立体視を逆手に取るフェイントは効かなくなる。
ヒトは基本的には二つ目だから、二つ目で状況を広く把握する『立体の視野』と、片目……いわゆる『利き目』に意識を集中しての『照準』を使い分けて、戦闘行為を形成している。『見る』という行為は、じつに流動的かつ多角的な感覚行為なのさ。
可能な限り、それらを共存させることで、リエルちゃんみたいな神業射撃者になれるのかもしれないが―――いくら射撃の天才でも、『虚像』と『真実』を完璧にシンクロさせて見るのはムリだよ。
『二つ目』のシステム的な限界ではある。あのリエルでも、完全ではない。まあ、目が見えなくても、他の技巧で補う戦術はいくらでもあるがな?……あくまでも目玉だけのハナシにおいて、矛盾するシステムの完全な共存はムリってことなだけ。
……だけど?
目玉が三つもあれば、ハナシが違ってくるらしい。
『立体』という『偽り』の世界がね、『真実』の世界に近づいてしまうそうだ。より精確にウソのはずの『立体』の視野が把握出来ちまう。しかも、二つ目より広く、多くの動きを観察しながらだからね!……じつに豪勢な情報収集だよ。
立体視に、もう一つの観測点が加わるんだ。それだけで、性能アップは著しいよ。『額の目』が見た場所が、他とどれだけ違うのかが、極めて精密に分かるようになるらしい。具体的には、『距離』らしいな。
『額の目』で見たモノが、『どれだけ自分から離れているかが、ミリより少ない単位で把握できる』そうだ。
ああ、うらやましい。とんでもない生きた照準器だよ。オットーならね、自分に飛来してくる矢を、オレみたいに軌道を読むことや反射に依存して掴むのではなく、『実際にその位置を把握して掴めてる』。この違いはとんでもない。
別次元の行いだよ。
オットーは、つまむように矢を取れる。でも、オレは必死になって指を矢に噛みつかせているだけのこと。
それが、『サージャー』の持つ『三つ目』の生理学的な機能さ。
生まれもっての『超・高性能空間把握視野』とでも言うべきシロモノさ。こいつに、技量や魔力を読む才能と、経験が加算されることで、オットーの『結界』のような防御の超絶技巧は完成するのさ―――。
しかし、『無敵の戦術』などは存在しないのだ。
素晴らしいパフォーマンスには、当然コストも多くかかる。
オットーの『全力』は、何十分も機能することはない。まして、ガラハドとアニスを含んだ凄腕猟兵たちとの単独戦闘では……精神力を削られてしまうよ。もっと、あと5分というところかね。
……よし。オレも急がねばならんな。
ようやく、たどり着いたぜ、『要石』によ!!
「カミラ。どいてろ!オレが、ぶっ飛ばすぜ!!」
「了解っす!!」
ああ、もちろん、考えながらでも?魔力を溜めていたぞ。体のなかにある、みじめなほどに少ない残りの命を削ってね……。
オレは敵兵から奪ったなまくらに魔力を込める。くそめ、竜太刀に慣れすぎているせいで、この駄剣が、死ぬほど頼りないぜ―――あと、オレに残されている魔力もなッ!!
「だ、団長!?」
カミラが刀を構えるオレの疲弊を感じ取り、泣きそうな顔になる。弱々しいお前の旦那さまの姿を見せて、すまんな。
「じ、自分が、この岩を破壊しましょうか!?」
「……いや。オレにやらせろ。戦術的な合理性から来る判断だ。口答えは許さん」
「りょ、了解!!」
そうだ。お前に、『大技』を連発させるわけにはいかない。インターバルがあれば、お前はまだ使える。燃え尽きそうなオレと違ってな。ああ、我が第三夫人よ、そんな顔をするな。
「……大丈夫だ!!この程度の岩なら、まだ吹っ飛ばせるぞッ!!こっちは、心配するんじゃねえ!!カミラ、お前は、魔力を練っておけ!!また、『飛んでもらう』ッ!!」
「……ッ!!は、はい……了解であります、ソルジェ団長ッ!!」
迷いが消えたな。あのアメジスト色の瞳が、オレを強く見てくれる。
いい顔だ。
そうだ、カミラ・ブリーズよ。君の経験はあまりにも浅い。だが、その吸血鬼としての力は、誰よりも強くなれる可能性を秘めている。
そうだ、オレの『聖なる呪い』よ。自信を身につけろ。日々の精進を怠らなければ、自己嫌悪と過信を交互に繰り返しながら、鍛錬の螺旋階段を昇ることが可能だ。
その苦しみと葛藤の道を歩け。
そうすれば、お前は自信に満ちた最高の猟兵になる。
最も偉大な、『闇』の支配者として、『魔王』のとなりに並ぶ女傑になるだろうさ―――。
……さあて、カミラ。術の準備をしながらでもいい、オレを見ろ!!たとえ死にかけていようが、血が残っていなくて、魔力が底を尽きそうでも……ッ!!
ソルジェ・ストラウスさまは、こんなに強いってことを知ってくれ!!
お前の経験に、オレの根性を混ぜろ!!
オレのムチャを喰らって、その背に生えた闇の翼を、より強くしてくれッ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
歌を放ち、体に残っている血を、連鎖し発動させるのさ。血が燃え尽きながら、魔力が捻出されていく……そんなカンジだぜ。へへへ、死の影が、脳裏にちらついてるね。気を抜くと、血圧消えて意識が飛びそう!!
だが、構うかよ?
オットーを攻めるガラハドたちの気を反らすためにも……猟兵として、この戦に、勝利をもたらすためにもッ!!
「オレは、仕事をしてやるぜええええええええええええええええええッッ!!」
なまくら刀を両手持ちにして、天に向かって掲げるのさ!!動かない左の指も、それに刀にそえて、魔力を渡す道にする!!
そう、目の前にあるのは、たったの高さ7メートル程度の岩―――この『栓』を抜いちまえば、気圧の管理が壊れて、数十分ほど前倒しで、大洪水サマが始まるというわけだ!!
待ってろ、オットーッッ!!
『魔眼』のサポートがあろうが、なかろうがッッ!!
今にも、死んじまいそうなぐらい、疲れていようがッッ!!
このソルジェ・ストラウスさまはなあ!!……自分の『家族』のためになら、やれんことなど、なにもないッッ!!
なまくら刀に焔が宿るッ!!逆巻くぞ……オレの魂からあふれ出した、地獄の『業火』がここに煌めくッ!!
さあ!!冥府に君臨してるアーレスよッ!!このオレの成長を称えやがれッ!!この9年間の、戦いの日々は、オレの道は、オレの生き様は……竜の劫火にさえも匹敵する力へと至ったぞッッ!!!
「『魔剣』・『バースト・ザッパー』ぁあああああああああああああああああッッ!!!」
なまくらな刃が業火の爆撃と変化するのさ!!
大地を叩き、灼熱を帯びた爆風の暴力が、『要石』とやらをはじき飛ばしながら、空のなかで怒りのままに砕いて壊して、焼き尽くすッッ!!
―――なまくら刀の鉄が、赤熱の風へと融けてしまう。まあ、並みの鋼ではこの程度か。オレの魔力に、ついてこれるわけがない。やはり、お前で無いと、オレの指には合わないな、アーレスよ!!
「ハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
―――空で爆ぜて散華した『要石』は、巨大な爆音を遺したのさ。
その断末魔は、グラーセスの山々へとこだまする。
全員が、その音を聞いて、その赤毛を見上げる。
世界に吼えた、激しき獣の姿を見上げるのだ。
―――二万の帝国兵たちは、空を揺らし山を揺らした男に恐怖する。
アレが何だったのか、彼らには、もちろん分かるわけがない。
だが……爆音と、歌を聴いた時、理性を超えて本能が反応していた。
恐怖、得体の知れぬそれを感じ取る……そして、大地は震え始めていたのさ。
―――敵であるアニスはおろか、事情を知るカミラとオットーでさえも誤解する。
有り得ないことだが……この大地の揺れを起こしたのは、まるでソルジェのようだった。
非科学的な発想にしか過ぎないが、それでも本能が畏怖に染まる。
『魔王』、ソルジェ・ストラウスは、怒りの叫びで大地を支配したかのようだ!!
―――兵士たちは恐怖に呑まれていた、大地の揺れが激しくなる。
あちらこちらで山肌に亀裂が走る、そして、高い高い山の上から『魔王』が見ていた。
……後の話になってしまうけれど、今日は140名ほど、この大惨事を生き残れる。
そして生き残りたちはアミリアの酒場で噂するのさ、『魔王』が破滅の洪水を呼んだ!
―――この戦場で冷静だったのは、ただひとり、ガラハド・ジュビアンだけさ。
彼の赤い目は、笑うソルジェを見ていた。
竜太刀さえも失って、竜の魔眼さえも失って―――それでもなお、貴様には!!
貴様には、それだけの力があるというのかよッ!!
―――暗黒の底よりも昏く、どんな悪女よりも深い嫉妬が、彼を衝動させるのさ。
ズルいぞ、ソルジェよ、我が兄弟よッ!!
オレには無い力を与えられ、オレよりも優れている貴様は、誰よりもズルい!!
そこまで与えられておきながら、こんなにいい手駒さえもあるのはなあッ!!
―――奪ってやるぞ、貴様の『手』を『足』をッッ!!
ミアも、リエルも、ガンダラも……オットーも、カミラのこともッッ!!
12本もある手足を引き千切り、貴様を悲しみの底に落としてやるッッ!!
まずは、オットー・ノーラン、貴様からだあああああああああッッ!!
―――凶刃が、オットーに迫る。
オットーは全力で回避を続けるが、その動作のなかで悟ってしまう。
憎悪と激怒に染まる黒い息を吐いて暴れる、この鬼王は、ソルジェに近しい力!!
時間切れが近い自分では、とてもじゃないがしのぐことは出来ない―――。
―――死ね、死ね、死ねえええええッ!!
大地が揺れて、『聖なる洪水』が始まっても、狂気の赤い目は獲物だけを見ていた。
『忘れられた砦』に連なる左右の山から、恐るべき量の『水』が開放された。
それは滝?大瀑布?いいや……それは土石流。
―――兵器だからね、『水』のなかには波に踊る岩のブロックが混じっていた。
そして、その巨大な『貯水プール』の底には、泥が混じるのさ。
兵士たちは絶望する、時速100キロで迫る、岩混じりの泥の濁流に!!
山道だよ、逃げる道はない、そうなるように最初から作られていたのだから。
―――土石流に呑まれて、帝国兵どもが濁流に呑まれていくのさ。
ファリス嫌いの復讐者ソルジェは、ニヤリと笑い……限界以上に疲れた体で叫ぶんだ!!
カミラ!!オレたちを、もう一度、空に!!
オットーと共に、空へと飛ぶぞッッ!!
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