第六話 『白き獅子の継承者』 その16


 猟兵、オットー・ノーランは棒を構えて、後退するオレたちのための『盾』となる。情けない。ここまでボロボロの足手まとい状態でなければ、彼にだけ負担を負わせるようなことはしなかったんだがな……。


 しかし。


 心配はしていないぞ、オットー。


 お前はプロの探検家。未踏の地を制覇して来たな?気高い山を、陰気な幽谷を、鬱屈した迷いの森林を、乾ききった砂漠を―――君は、いくつもの王国に雇われた。領土拡大を野心する国々は、地図の整備と、未踏の土地を自国の遠征隊が制することを望むから。


 竜でもないのに、君ほど多くの土地を旅した者はいないだろう。


 酷暑の砂漠も、極寒の原野も、山のように巨大な魚が泳ぐという海原も。君はどこにでも足を運び、命をかけてそれらの壮絶な環境を味わって来た。


 『君たち』は……パッと見では、人間族にしか見えない。


 そして、君ほど有能な探検家ならば、仕事に困らなかっただろう?


 だが……あるとき、君はファリス帝国に雇われて、未開の森林を調査していたね。原初のモンスターたちが棲む、未だに誰も深奥まで旅したことのない土地。


 オレとガルフがその土地に行ったのは?


 竜太刀の素材を狩るためだったね。カルロ一族の長老に、オレが扱うには『強すぎる』アーレスの魔力を減衰させるために、氷属性を持つ魔物、『ガロウ・シルフ』の心臓に生まれる魔石がいると言われたからな。


 ああ、モンスターだらけの愉快な土地で、オレたちは泥と汗にまみれながら、氷を吐きつけてくるという二つ頭の巨狼を探し求めたものさ。


 なかなか見つからなかったが。


 だが、帝国の遠征隊が雇っていた男が、そいつを仕留めたんだよね。


 そうだ、君だよ、オットー・ノーラン。


 オレたちは『ガロウ・シルフ』の遺棄された死体を掘り返し、腐りかけの心臓から魔石を取り出すという、悪臭と屈辱にまみれた屍肉食動物のマネをしてた。


 そうしたら?


 何千人も殺して来た『ガロウ・シルフ』を仕留めた英雄が、処刑されるというウワサ話を聞いたよ。自国の達成した功績については、異常なまでに褒め称える国だというのにね?


 ガルフは、すぐに事情を察していたよ。


 ―――それは、簡単なコトさ。


 ―――ファリスの豚どもが、望まぬ事態が起きたんだろ?


 ―――つまり、亜人だったんだろ、英雄サマは?


 ―――面白え、さっさと勧誘しに行こうぜ、お前、そんなヤツ好きだろう?


 ああ。大好きだったよ。オットー・ノーランほどに善良な男はいない。帝国に雇われていた君は、君たち亜人種への容赦ない迫害を行っている連中のことを、助けたんだな?放っておいてもいいはずだったのにね?


 仲間だと思ったから、『ガロウ・シルフ』に襲われた隊員を守るために、何年も隠して来た『目』を開いたんだよ。


 いくら君でも、伝説を築くモンスターが相手では、本気を出さないわけにはいかなかった。君は、戦ったんだよね、『本性』を明らかにして、『ガロウ・シルフ』を仕留めてみせたのさ。


 そして、帝国人は君を裏切った。亜人種だということだけで、君を拘束し、あまつさえ処刑しようとまでした。『偉大なる人間の帝国』であるファリス帝国にとって、君の助力を得て成し遂げた多くの冒険記録は、恥でしかなかったのさ。


 亜人種の力を借りて、達成した冒険なんてね、彼らからすると屈辱でしかない。だから、その汚点を消すために君を抹殺しようとしたってわけだね。


 ああ、なんて下らない発想だよ。


 でも、ファリス帝国という連中の『正義』は、それだった。君は拘束され、処刑を待つ身となった。


 だから?


 だから、オレとガルフは帝国のテントに忍び込み、ニヤニヤしながら勧誘してみた。


 ―――命懸けの冒険が好きなら、オレたちと一緒に世界の果てまで行かないか?


 仲間に裏切られ、その絶望で動けず、人間ごときに捕らえられていた君は、なかなか色よい返事をくれなかったね。でも、朝が近づく頃まで口説いていたら、じゃあ、一緒に行きましょう……と、最後には折れてくれた。


 君はさ、待っていたんだろ?


 昔の仲間たちが、自分をそこから逃がしてくれるのではないかと期待していた。でも、残念ながら、君に用意された物語は、そういう穏やかな軌跡を描くことはなかった―――。


 オレはね、君の善良すぎて損しているような性格が、大好きだぜ?他人を信じて苦しむ可能性を知りながらも、それでも、信じて賭けるのさ。だから、オレは言ったじゃないか?オレは君の生き様が好きだってさ。


 君は、三つの瞳を見開いて、オレを見たな。あれで、何かを知れたのか?


 ……よく分からないけれど、オレたちは、そのまま三人でアホみたいにニヤニヤしながら、帝国兵の追っ手を振り切って、原初の森を踏破したよな。


 それからの付き合いだね。


 だから、オレには分かるよ。仲間のために命を張るそのとき、君はいつだって、誰よりも満たされて貌で『目』を開くのさ。


 そうだ。見えすぎるからという理由で、いつもは閉じている……その、『三つの瞳』をね!!




 ―――ガラハドは、そのとき初めて真のオットーを見たよ。


 そして、脳内の知識を検索するのさ、三つ目の亜人、『サージャー』。


 『風』と『雷』と『炎』を解き明かす瞳を持つ、東方の種族。


 あらゆる魔術も武術も、その瞳の前では無効化される……。




 ―――滅びていなかったのか、『サージャー』は?ガラハドは訊く。


 ええ、ご覧の通り。


 ガラハドは、また嫉妬する。


 なぜ、ソルジェばかりに『才』が集まるのだッッ!!




 ―――その叫びに、オットーは応えるよ、馬鹿を諭すためのやさしい声で。


 サー・ストラウスが、可能性と『未来』を信じる男だからですよ。


 理解が出来んと、ガラハドは叫んだ。


 どいつもこいつも!?有り得ぬものに、命と才能を費やすだと!?どうかしているのか!?




 ―――本性を解禁したオットーは、猟兵の貌で語るんだ。


 少なくとも私は……そういう危険と苦しみを楽しめる、狂った獣なんですよ。


 ガラハドは口惜しいのかもね、オレの『狂気』を試すような言葉を吐くな!!


 ガラハドと対話するのは、困難だ、とくにソルジェ絡みでは、まずムリさ。




 ―――射殺せと命じて、矢が放たれる。


 オットーは同時に撃たれた矢を、その身に当たる直前に棒で打ち砕く。


 目を閉じていたときよりも、速度も技量も力も上がっているのさ。


 彼の目は、本当によく見えるから。




 ―――ガラハドは奥歯を噛みしめ、嫉妬に瞳を歪ませる。


 またか!!ソルジェばかりに、遺産を残すのか!!親父よッッ!!


 ……私は、遺産ではありませんよ、貴方もその目を開くべきだ。


 今の私は……貴方の心臓を止めるためにここにいますから。




 ―――その殺人予告に反応したのは、ガラハドではなくアニスだったよ。


 空を切り裂く雷の矢を呼び、オットーを射殺そうと放つ。


 回避不可能な術のはずだったが、オットーの瞳術は雷の軌道さえ読む。


 破邪の棒を振り抜いて、雷の群れをも叩き落とす。




 ―――性悪女魔術師は、忌々しげにオットーを罵るが、オットーの心は変わらない。


 そりゃそうさ、ソルジェを傷つけられた彼は、とっくに激怒しているよ。


 仲間を傷つけた者を許さない……それが、『真実の三つ目/サージャー』の哲学。


 守ること、それが私の生き様で、私の哲学で、私の存在理由です。




 ―――ガラハドは腹が立っていた、ソルジェばかりが集められるから?


 そうだ、彼はかなりの狂気を宿している。


 だけど、集めていたのは、彼も同じだよ、ガルフに倣ってね。


 アニス・ジオーンは、ハーフ・エルフ……最強の魔術師さ。




 ―――ガラハドは、アニスに命じる、オレに風をまとわせろ!!


 ただでさえ強いガラハドは、アニスの魔術で風を帯びた。


 恐ろしいまでの速さとなって、仲間たちの矢と雷と共に、オットーを攻め立てる。


 しかし、オットーは棒を、真の姿、四節棍へと変化させた。




 ―――蛇のように四節を持った棍棒は踊り、オットーの神速の体さばきを彩った。


 ガラハドの剣舞を、矢の連携を、雷の槍と、炎の爪と、風の弾丸さえも。


 オットーは、防ぎ、躱して、砕いてみせる。


 圧倒的な達人の結界であった、アニスも弓兵も驚愕し……ガラハドは冷静だった。




 ―――すさまじいまでの動きだな、オットー。お前がそこまで強いとは。


 だが、親父曰く!!……強すぎる力は、隠すべきだと。


 そういった力は、諸刃の力。


 使う度に……己自身を削る力、タイムリミットまで、どれぐらいだ?




 ―――たしかに、究極の守護の力、雷さえも打ち払うとはな?


 だが、オレの心臓を止めに来る気配は、ない。


 何を、待っているのだ?


 目的は、何だ、『サージャー』の、オットー・ノーランよ?




 ―――鋭いですね、さすがはガルフさんの弟子……いえ、息子ですかねえ?


 そこまでの心技体ならば、囚われになる必要も無いはずでしょうに?


 どうしてもオットーには理解が出来なかった、ガラハドの妄執が。


 あれほど自由を愛した猟兵から、ガラハドが生まれた理由が分からない。




 ―――分からないさ、オレにしか、分からないことだ。


 いいや、ソルジェなら、分かるかもな。


 二番目と言われたのなら……一番になるしか、男の道などないだろう?


 ……いいか、オットー・ノーランよ、妥協しては真の『猟兵』とは呼べんのだ。




 ―――プライドの高さは認めますが、それでも、貴方は歪んでいる。


 オットーは悟るのだ、誰よりも見えるのその瞳で。


 ガラハドは『猟兵』で在ろうと、ひたすらに心を曲げている。


 だからこそ、ソルジェに似ながらも、まったく違うのだ。




 ―――世界は相変わらず残酷なのだと、オットーは考えていた。


 望むほどに遠ざかってしまうモノも、存在している。


 ……さて、オットーよ、死ぬ覚悟は出来たのか?


 いいえ、この戦を勝利させねば、うちの団長は満ち足りませんよ。




 ―――この戦を勝たせるだと?そんなことが出来るワケがない!


 そうですね、ありえるはずもないことです!


 ですが……団長ならば、いいえ、我々『パンジャール猟兵団』ならば!!


 ありえないことにすら手が届くと、確信していますよ!!

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