第六話 『白き獅子の継承者』 その15


 さすがに、『忘れられた砦』は広いね……敵がほとんどいないのはありがたいよ。竜太刀の破片の入った包みを小脇に抱えて、とにかく、この迷路みたいなドワーフ族の砦を駆け上っていく。


 一度は制圧した砦だから、構造は覚えてはいるはずだ。だが、出血が過ぎるのかね。意識が何度も飛びそうになる。ダメージは深刻だ。左腕だけじゃない。あの時浴びた爆発のせいだな……あの少女たちは大丈夫だろうか?


 不安にはなるね。とくに、オレが『ハンズ・オブ・バリアント』で腹を裂いてしまった子供はとくに気になる。一番の重傷だし、何よりも、オレの指が傷つけた……ハーフ・エルフは強い……だから、助かって欲しいのだがな……ッ!!


 敵影を見つけ、オレの体がドワーフ族の壁に向かって跳んでいた。背中の肉で静かに壁へと密着する。敵は……二人かよ。健康な時ならば、まったく問題ないが。このダメージでは、なかなかに厄介だよ。


 血が失われすぎているからな。ああ……この戦が終わったら、思いっきり休みたいぜ。さて―――あの二人は、何をしている?……ゼファーの襲撃に備えて、見はっているのかな?何か、話しているね……。


 そうか、二万の兵士がほぼ到着しようとしているんで、気が緩んでいやがるな。さて、聞き耳を立ててみる。


「……けっきょく、何人、やられちまったんだ?」


「さあね。六十人近いんじゃないか?」


「たった、数名の奇襲でか!?」


「……ああ。上には上がいるもんだぜ。うちの団長が世界最強かと信じてた」


「そうだな。まさか、『ガレオーン猟兵団』の猟兵が、あっさりと負けちまうとは」


「だが、それだけ分け前も増えるというものさ」


「おいおい、悪いヤツだな」


「ドワーフ女は骨太過ぎて好みじゃない。この戦場には、報酬しか魅力がないよ」


「ああ。そうだな……」


 ―――なるほど、あれだけ殺しても士気が下がらないか。たしかに、猟兵と呼べるほどの何かを、全く持っていないわけではない。これだけの組織を作るか……ガラハド・ジュビアンよ、貴様はガルフ以上の傭兵団経営者にはなっているぞ?


 それなのに、ガルフにそこまで執着するのか?


 ……不憫な男だな。


 なぜ、あのガルフに育てられておきながら、自由さを学ぶことが出来なかったのだろうか。考えても、分からないね。ヤツに訊いても、ヤツ自身が答えられない質問になってしまうかも。


 積年の妄執の果てに、心が病んじまってるだけ。


 その一言で全てが説明つくのかもしれないね。


 さーて。ビジネスと行こうかね。体力は大丈夫かって?……ああ。大丈夫。ようやく気づけたよ、彼らの気配にね。だから、本当はオレがこんなことする必要も無いわけだが、ちょっとぐらい、仕事に貢献したいんだよ、大ケガ人だってね?


 なあに。


 ほんと、単純な仕事だ。壁から離れて、三歩だけ歩こう。そして?あの二人の猟兵もどきに声をかけるのさ。


「よう!元気でやってるかね?」


「え?」


「誰―――」


 まさか捕虜から声をかけられるとか、思ってもいなかったんだろうね。その猟兵もどきたちは友好的なオレの言葉に騙されていた。そして、その一瞬でも、視界を誘導することが出来れば良かったのさ。


 右の槍を持った男の足下が―――影が動く。影はそのまま『牙』へと化けて、彼の心臓と肺を貫き、一瞬で命を奪ってみせた。さすがだね、カミラ・ブリーズ。オレの第三夫人!!


「な、か、影が―――」


 そして……天井から飛来した男が、もうひとりの頭部を打っていた。さすがは、探検家……ということかね?この天井に指の力で張り付いていたのか。指相撲で勝てないかもって気がするよ、オットー・ノーラン!!


「ソルジェ団長ぉおおおおッ!!」


 兵士の影から、オレのカミラが浮かび上がってくる。さすがは吸血鬼さんだぜ。とんでもない能力だ。そして、カミラは拷問を受けてボロボロのオレへと抱きついてくれる。


「……ああ。ソルジェ団長、ボロボロじゃないですかあ!!血まみれで、殴られまくってて!!ああ、でも、ご無事で何よりっす……でも、本当に、心配してましたっ!!」


「うん。すまない、心配かけたな」


 カミラは泣き虫だ。戦場だぞ、ここは?だが、オレも孤独から解放されて、心が弾んでいる。右腕でカミラを抱き寄せ、その金色の髪に鼻を埋める。ここで、カミラが捕まり、陵辱を受け、殺されたと思ったのは、つい二日前のことだ。


 あのときの絶望が―――今へとつながるのは、とても不思議で、素晴らしいことだ。


 なんだか、カミラが元気でいることが、うれしくなるね。


「お前たちも、よく無事でいてくれたな……」


「はい!……ソルジェさま……っ」


「さて……オットー?仕事の進捗はどんなだ?」


「もちろん、準備は万端です。もう何もしなくても『水』は開放されます。私の『目』では、砦がすでに不気味な振動を始めているのが感知できます……団長の『眼』は?」


「……気にするな。ちょっとナイフで、えぐられただけだ」


「き、気にしますよう!?」


「なるほど。そちらの『眼』は、竜の眼……その程度の損傷では、復活できると」


「え?ほ、ほんとですか、ソルジェ団長!!」


「オットーの推理はスゲーや。ああ、安心しろ、カミラ。こっちの眼は、修復しちまう」


「よ、良かったすよう!!本当に、良かった……っ!!」


 ……我ながら、人間ばなれしているなあ。まあ、『パンジャール猟兵団』の団長サマだ、それぐらい人間ばなれしてるぐらいで、丁度いいかもな?


「団長、状況を説明してもよろしいですか?」


「ああ。ぜひ、頼む。オレは時刻もよく分かっちゃいなくてな。出来れば、端的に」


 長くて複雑なハナシを理解出来るほどの集中力も無さそうだ。


「……そうですね。このまま三十分後には、自然に『聖なる洪水』が解き放たれます」


「そうっす!そしたら、東の道を上ってきている帝国軍さんたちは!」


「……激流に呑まれてお陀仏か。いいタイミングでやってくれたぜ」


「はい。ですが、尾根伝いに走ったところにある要石を崩せば」


「その瞬間にドガン!!だな……うん。任意でタイミングを測れるだけ、そっちの方がいい。急ごうぜ……」


「はい!こちらに!!自分が肩を貸します!!オットーさんは、団長の装備を持ってあげてくださいね!!」


「ええ!」


 カミラちゃんがウルトラ頼りになってる。ああ、オレ、かなりヤバイな。でも、彼女の成長が嬉しいぜ。ああ、立派になりやがってよ……?


「……ん?カミラ、そっちの道は、『罠』が……?」


 そっちの通路の先にあるのは、初めてここに侵入した時に使用した、縦穴だ。だが、今では魔術地雷やらワイヤー式の罠がありそう―――と、考えたあとで、オレは苦笑した。


 ああ、心配することはない。


 今、オレの目の前にいる少女は、オレのカミラちゃんだぜ?経験値は少ないが、才能だけなら、団でもトップクラスの大天才さ。


「じゃあ、ソルジェ団長はこのまま自分の肩を抱くっすよ?夫婦合体っす!オットーさんは旦那さまではないので、手です!」


 カミラは満面の笑みを浮かべながら、オレたちに向かい宣言する。


「おうよ!たのむぜ!!アレ、好きなんだよね!!」


 オーダー通りに彼女の肩を抱き寄せる。カミラが、えへへ!と嬉しそうな声だ。そうだな夫婦間のスキンシップとか素敵。今は、血液が少なすぎて、性欲もわかないけど。


「わ、私は、あの浮遊感が少し苦手ですが……いえ、やります!」


 オットーが彼女の手をにぎる。


 何をするのかって?ああ、見たまんまだよ。いい年こいて変な光景だろ?肩を抱き合う夫婦と、手をつなぐ三十路のオッサンって?まあ、このおかしな光景に相応しく、不思議なことをするのさ。これから、みんなで、『闇』に化ける。


 第五属性、『闇』。


 ヒトには与えられなかった、邪悪なる影の属性。『吸血鬼』の呪いを継承してしまったカミラ・ブリーズにのみ許された大いなる力だ。影を『牙』のように変異して敵を斬り殺す魔術もあるし―――本人以外を含めて、数秒間だけ『闇』へと変化させることも可能。


 アメジスト色の瞳が、妖しげな光を帯びる。彼女の大きな犬歯が、普段よりも大きくなるのさ。普段は、引っ込めているらしい。器用な骨格だね。高められた魔力を、カミラは言葉と共に解き放つのさ!


「『闇の翼よ』!!」


 次の瞬間、カミラとオレとオットーの肉体が、『闇』へと分解されていた。服や装備も含めてね。不思議な感覚だ。自分が無数に分割されてしまったような感覚?まあ、実際にそうだけどね。オレたちは数十匹の『コウモリ』へと姿を変えていた。


 闇の『コウモリ』たちはカミラの意志に従って、その縦長の通路を飛び抜けていく。この『コウモリ』は超常的な存在らしい。魔術地雷にも引っかからなければ、爆薬のトラップと連結しているワイヤーさえもすり抜けていく。


 ふむ。


 アーレスから教わった知識の通りだな。


 ―――『闇』は、影が走れるその場所を、まったくの無傷で素通り出来る。高度な術だ、回避にも逃亡にも攻撃にも奇襲にも応用が効く。ヒトの身には許された力ではないが、知っておいて損することもないのが知識だ。小僧よ、寝るな……。


 くくく。


 あのときは、自分に関係ないことだと思っていたから、堂々と居眠りしちまったが。すまないな、アーレス。お前の言った通りだ。世界は、驚きと出会いに満ちている。竜の背に乗らなくとも―――空を飛べるとはね?


 『コウモリ』となったオレたちは、『忘れられた砦』の上部へと飛び出していた。魔法の時間が終わる。『コウモリ』化は高度な術だ、そう長くは持続することは出来ない。


 だが、感動的な感覚だった。


 オレたちは『コウモリ』からヒトへと戻る。別れていた視野が自分だけに統合されるのと同時に、オレたちの体は『闇』から普段のそれへと戻っていた。


「うむ!!最高に楽しいぜ、カミラ!!」


「はいっす!!ソルジェ団長が褒めてくれるので、自分は胸を張るっすよ!!」


「……カミラさんは、吸血鬼の呪いを、受け止めて、自分のモノにしたのですね?」


「はい。自分のは、呪いは呪いでも―――ソルジェ・ストラウスの『聖なる呪い』ですから!!」


 ドヤ顔で笑う吸血鬼さんが、オレの目の前で輝いていた。ふむ、さすがは我が妻の一人だ。うつくしく強い。だが、やはり経験値がな―――。


 オレはカミラのことを抱き寄せる。カミラは、ひゃあ!?と声を出した。何か誤解したか、この隠れ肉食系女子よ?……でも、今は愛の時間じゃないぞ。


 オットーがオレたちの前に飛び出ていた。


 彼は棒を使って、オレたちを狙ってきた四本の矢を叩き落とす。スゲー反射速度だな。防御に関しては、やはり『パンジャール猟兵団』でも最強と言える。


 最強の盾、オットー・ノーランが叫んでいた。


「……団長!!走って下さい!!カミラさん、竜太刀を!!しんがりは、私が守る!!」


「おう。頼んだ、オットー!!行くぜ、カミラ!!」


「は、はい!!了解っす!!」


 そうだ。


 戦略ってのはね、科学と同じ。合理的に動くものさ。抜けたピースが多くても、行動を予測できる。いいや、むしろ誘導されていたのかもしれない。


 あえてオレの監視を一人に任せたのも……こうやって泳がすためか?


 そうすれば、仲間と合流すると?


 そして地下は封鎖、地上は二万の兵士が到着。


 ならば、竜を使えるオレたちは、この砦の上部へとやって来る。


 シンプルな策だ。それだけに、まんまと引っかかってしまったぞ。


「ハハハハハッ!!ソルジェ・ストラウスッッ!!血が抜けすぎて、アホが進んだのかッ!!」


 ああ、二百メートル向こうに、腕利きと思しき強弓兵と、ガラハド・ジュビアン、そして、アニス・ジオーンかよ。この状況、つまり……オレをエサに、オレの仲間を釣りやがったか。クソ、我ながら情けねえ。


 だがよ、ガラハド。


 ああ、オレ一人なら、オレの負けだった。


 だが、コイツは『ガレオーン猟兵団』と『パンジャール猟兵団』の勝負だよな?お前に100人の部下がいるように……オレには12人の猟兵と、一匹の竜がいるのさ。


「……ドジっちまったなあ」


「いいえ。問題はありません」


「うむ。この程度の状況。オレたちならば何度も越えてきたな」


「はい。ですから、貴方は私にご指示をくだされば、それで良いのです」


「わかった。オットー・ノーラン。あの岩は、オレが吹っ飛ばす。後ろを守ってくれ。君ならば、この程度の窮地、しのげるな?」


 そして、細目の男は、猟兵の貌へと至り、答えるのさ。


「イエス・サー・ストラウスッ!!」


 狂暴な笑顔を従えて、オットー・ノーランの『目』が開くぞ―――。



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