第六話 『白き獅子の継承者』 その12
「う、うう……ッ」
「……ごめんな、痛くしてッ」
「……お兄ちゃん……?」
その言葉は、オレに無限の力をくれるんだ。ああ、だから、ボロボロでも立てるよ。だって、オレは君を守るための騎士だからね。
「……身を屈めて。お腹を、傷口を……押さえていてくれ。力一杯だ」
「う、うん」
出血が始まっている。当たり前だ、『ハンズ・オブ・バリアント』で腹に埋められたモノを掻き出したんだ。ムチャが過ぎるぜ……オレは彼女を抱きあげて、そのまま少女たちのいる、檻へと向かう。
ハーフ・エルフの少女たちが、怯えた顔でオレを見ていた。せまい檻のなかで、オレから必死に遠ざかるために、檻の反対側へと向かう。少し傷つくが、仕方が無い。頭のてっぺんあたりも痛いから、きっとそこから血が流れてる。
じゃあ、オレは、きっと顔面が血だらけだ。
そりゃあ、怖いよな……。
「ごめんよ。怖がらせちまって」
それでも、いいんだ。
オレは両腕で少女を抱いたまま、鉄靴をつかって、その檻の入り口を蹴り込む。馬鹿力っていうのは素晴らしいものだろう?一瞬で、その入り口の鍵がぶっ壊れて、その檻は開いた。
「聞いてくれ」
子供たちに説明しなくちゃな。上手く説明できるか、分からない……それでも、どうにか伝えなくちゃな……。
「もうすぐ。空から竜が来る。君たちを檻ごと、連れ出してくれる……」
「……竜?」
ひとりの勇敢な少女が、オレの言葉を繰り返すように聞き返す。
「ああ、そうだ。黒くて大きい、君たちの仲間だよ」
「たすけて、くれるの……?」
「うん。全力を尽くすよ。オレの、命にかえてもね」
ああ、安っぽい言葉に聞こえないといいのだけれど。オレは痛む身体を屈めて、檻のなかにあの子のことを、入れる。
「ここに入っててくれ。竜が、この檻ごと、君たちを運ぶから。あと……この子の傷口を、押さえておいてやってくれ」
「う、うん!!」
女の子が、彼女のそばへと駆け寄る。そして、その小さな手で、彼女の傷口を、オレがつけてしまった腹の傷を押さえる。ひとりじゃない、みんなが、彼女のところに駆け寄ってくる。
「がんばって」
「しんじゃ、だめだよ」
「たすけて、もらえるんだって」
「だから」
「しなないで」
「あきらめないで」
祈りのような希望の言葉がそこにあって。だから、オレは彼女たちに背を向けるんだ。檻から離れるよ。
さて。
全身ボロボロだぜ、クズ野郎。お前の策にハマってしまったよ。ほんと、ムカつくヤツだよ。貴様だけは、もっと早くに殺しておくべきだった……貴様は、ガルフ・コルテス最大の間違いだな―――。
「おいッ!!クズ野郎ッッ!!ガラハド・ジュビアンッッ!!出て来やがれッッ!!」
オレは竜太刀を抜きながら、ヤツを呼ぶ。
そうだ、ヤツはやってくる。
もちろん一人じゃない。満身創痍のオレが相手でも、一対一をやれるような男じゃないもんな。いつものように、仲間を二人つれている。
ひとりは……女さ。ローブを着た、女魔術師。性悪のアニス・ジオーン。巨乳の色気だけはある頭のおかしい女さ。ああ、魔術師としても腕がいいが……爆弾作りの名手。彼女たちの爆弾も、コイツが作りやがったな。
もうひとりは、『奇剣打ち』……グリエリ・カルロだ。顔に負った火傷を隠すために、まだ白い仮面をつけている。剣を打つ時は外すんだがな。男の顔面の傷なんて、気にしなければいいのに。劣等感とは、難しいものだ。
そして。
そいつらに囲まれている、白髪の長身痩躯。野郎がガラハド・ジュビアンだ。体つきに騙されると痛い目を見る。オレ程じゃないが、バカ力だ。性格は悪く、救いようがないほどのクズ野郎だ。
ヤツは、毎度同じく化粧をしている。美男子じゃあるから似合わなくもないがな。まあ、あいつのは死に化粧だ。戦場で首を取られても?顔が見苦しく変色しちまわないようにという戦士の配慮さ。猟兵であることに、ヤツはこだわりが強い。
ガラハドは嬉しそうに笑う。
「ソルジェ・ストラウス!!会いたかったぞ、10ヶ月と七日ぶりだなッ!!」
「……ふん。相変わらず、細かいコトまで覚えていやがる」
「お前が大ざっぱ過ぎるのだ。経営者だろう?少しは頭を使って生きろ?精確な時間の把握は、ビジネスをより良い状況へと導いてくれるぞ」
「そうよ?ソルジェちゃん。相変わらず、おバカさんね。まさか単身で突撃してくるなんて?仲良しちゃんたちに、あきられちゃった?」
「うるせえ。なれなれしいぞ、アニス・ジオーン!!あばずれ女が!!」
「あら。つれない」
「……ソルジェ・ストラウス」
「なんだ、『奇剣打ち』」
「……貴様は、竜太刀の使い方が乱暴すぎる。あの爆発を、当てるとは……」
「……フン。アンタのなまくらと打ち合ってやるんだ。いいハンデだよ」
竜太刀が……そうだよ、さっきの爆発を浴びたせいで、いよいよガタが来ている。ここのところ、ムチャをさせすぎたな。だが、もう少しだけ、もってくれ、アーレス。
このガラハドの首を落とすまではな……ッ。
ガラハドが、あの赤い瞳でオレを見る。オレの状態をさぐろうとしているのさ。あくまでも緻密に、オレを分析し、弱らせ、殺すつもりだろう。
「ふむ。爆発による全身からの出血に、矢の毒。そして、魔力の使い過ぎ……うちの団員の命を半分以上も喰わせてやった甲斐があるな」
「貴様の部下などに、猟兵を名乗らすな。雑魚ばかりだったぞ」
「ああ、取り替えのきかない、オレたちとは違うからな、ソルジェ。ガルフの親父に仕込まれた、オレとお前とミアだけが……真の猟兵だ」
相変わらずガルフへのコンプレックスに囚われているな、このクズ野郎は。
赤い目が動き、オレの眼を見てきやがる。
「さあ。始めようか!!」
「……ああ。来いよ、クズ野郎!!相手してやるよッ!!」
殺意と憎しみが高まる。だから、猟兵は笑うに決まっているだろう?オレも、ガラハドも笑っていた。同時に踏み込むのさ、剣を全力でぶつけ合うッ!!
ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンッッ!!
竜太刀と、『奇剣打ち』の新作の大剣が衝突する。相当、弱っているな。オレの全力が、この程度の威力しか出ないとは―――その疲弊を狡猾なガラハドの目は見逃さない。
「弱っているぞ……オレの部下たちは、いい仕事をしてくれたようだなァ?」
「うるせえよッ!!」
オレたちはまったくの同時に離れる。
そして、剣を構え直しながら、得意の位置を取り合うために、右へ左へと回り込もうとしながら、剣の角度も調整する。
何度も戦った相手だからな。
手の内を知りすぎているし、ヤツにも知られすぎているのさ。
集中力が研ぎ澄まされていき―――やがて、その高まった集中力が爆発するかのように、オレたちは同時に走り、斬撃を交わした!!
鋼の歌が響き、疲弊したアーレスの竜太刀が火花を散らす。ガラハドの『奇剣』は、今回は頑丈なようだな。複雑な術を仕込みすぎて、構造が弱いのがグリエリ・カルロの作品の弱点だが……何か、特別な素材で弱点を補ったか。
刃は殺意を代弁し、お互いの首を刎ねるために、何度も振るわれては衝突し合う。
一対一で、オレと互角?
いいや、そうじゃない。ガラハドは『恋人』のアニス・ジオーンから『チャージ/筋力強化』の魔術をかけられている。そして、オレはグリエリ・カルロの獣のような殺気を浴びせられ、ヤツを警戒しながら斬り結ばなければならない。
グリエリは、竜太刀を破壊したくて仕方がないという人間だ。『奇剣』が一族たちの打った竜太刀を砕く。その瞬間を見るためだけに、危険な戦場へと身をさらしている。今、ガラハドと戦っているオレのことを―――いいや、竜太刀をにらんでいた。
イヤな連中だ。
ねっとりと粘るように、悪意を絡めて来やがるのさ。性悪どもめ。付き合っていられるか……ッ!!
ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!
「……ッ!?」
「きゃあ!?」
「竜か!!」
そう。ゼファーが壊れかけていたこの中庭の天井を破壊しながら、この場へと降りてくる。狙ったのは、ただ一つ。ハーフ・エルフたちの少女が入った檻だけさ。
「あはは!!リエルちゃんも、ミアちゃんもいるう!!」
あばずれが叫ぶ。
「気安く呼ぶな!!」
「死んじゃえ、バカ女!!」
リエルとミアは嫌悪感から、矢とつぶてを放ってくる。アニス・ジオーンは軽快な動きと、その魔術で作った盾で防いでしまう。
「やるわね……二人して、私のことを必死に攻めてくれるなんて、うれしい!!」
ドMめ。あいかわらずの変態女だ。
そうだ。
こんなバカどもに付き合っている場合ではない!!
「ゼファー、急げ!!回収しろ!!」
「ほう!!あくまでも、人質を救出しようとするかッ!!この、ロリコン野郎め……殺し合っている最中だぞ!!オレを、オレだけを、見つめて来いよッ!!」
「あいかわらず、気色の悪いヤツだッ!!ゼファー、行けッ!!」
そうだ。時間が無い。このクズ野郎が、呪文で彼女たちの爆弾を作動させてしまうよりも先に、飛び立て!!
『うん!!『どーじぇ』……あとで、かならずッッ!!』
ゼファーの翼が羽ばたいて、浮上を始める。檻が、浮いた。
「させないわよッ!!」
アニスのバカが呪文を唱えようとしやがる!!
あの子たちの爆弾を、破裂させる気だ!!
だから、オレはムチャをする。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
『全身』に『チャージ』をかけるのさ。強烈に踏み込み、ガラハドと打ち合う竜太刀に暴力的なまでの力を込めて、ガラハドを圧倒する!!
「な、なんだとッ!?」
ガラハドの体が、吹き飛ばされる!!
「え―――ッ!?」
「アニスッッ!!ぶっ殺してやるぞッッ!!」
強化された筋肉で、走る。一瞬でアニスの前へと躍り出ると、このクソ女を八つ裂きにするため、竜太刀を振り下ろすッ!!
ガゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッ!!
『奇剣打ち』が……グリエリ・カルロがオレの一撃を受け止めていた。その巨大なハンマーでな。
「ソルジェ・ストラウス。お前にしては、雑すぎる。技巧を伴わぬ剣とはな」
「……フン」
いいんだよ。一番、読めないアンタまでここに釘付け出来たなら、オレのゼファーの翼は、この場から彼女たちを運ぶことが出来るのさ!!
『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』
竜の歌がこの中庭の空気を振動させる。
その力強さに、ガラハドも、アニスも、『奇剣打ち』もその肉体を一瞬だけ、停止させてしまう。猟兵どもをビビらせたぜ。さすが、オレのゼファーだ!!
「飛べ、ゼファーッッ!!」
オレの叫びは命令となって、オレを『見捨てる』ことを嫌がっていたゼファーの翼に指令を与えていた。
ゼファーが泣きながら、空へと昇る!!
リエルとミアは、泣いていない。
そうだ。それでこそ、オレの猟兵だッ!!
「に、逃げちゃう!?」
「そうだぜ、アニス!!もう、呪文は届かん!!リエルと、ミアが、風を呼んだ!!お前の魔力でも、あの子たちの腹に、届くことは、ねえええッッ!!」
「ぐ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
荒ぶる力が、『奇剣打ち』の巨体とハンマーを押して崩す。
「な、なんという、力か……だが、だが、私の『奇剣』の勝ちのようだぞッ!!」
「……フン!!」
知っているよ。
折れかけの竜太刀で、こんなムチャなことをしていたら?
ヤツの―――ガラハド・ジュビアンの全力を、受け止められる気はしていない。
「ソルジェええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
ガラハドが叫び、『奇剣』を振るう。
『奇剣』は、伸びていた。
六メートル近く、その剣は『伸びた』……いや、刃が部分ごとに分離している?そして、その分離したパーツ同士を、ガラハドの魔力が結びつけているのか。
『奇剣打ち』が、仮面の下で嗤いやがった。
「これぞ、『新作』……『飛び大蛇』!!」
蛇とは、貴様らストーカー組に、なんともお似合いじゃねえかよッ!!
「死ねえええええええええええええええええええええええええええッッ!!」
空に伸びた『飛び大蛇』が、オレを目掛けて高速で降りてくる。
避けた方がいいが。脚に『チャージ』使ったせいで、ふくらはぎの筋繊維がおかしい。動けやしないさ、ろくにね。少なくとも、コレを躱すほどの動きは、ムリだ。
だから。
だから、受け止めるぜ。
アーレスよ……よく、ここまで一緒にいてくれたな。
紫色の魔力を帯びて、『飛び大蛇』が鉄の鞭へと化けて降ってくる。
竜太刀で、受けた―――だが。
バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンッッッ!!!
『飛び大蛇』の強打の前に、アーレスの竜太刀は、折れてしまっていた。そして、そのまま、オレの胸をも攻撃し、『竜鱗の鎧』が、大きく歪み、オレに深刻なダメージを与えてきた。
「あはははははははッ!!ざまあみなさいッッ!!」
アニスが竜太刀が砕けたことに歓喜しながら、オレに雷を浴びせてくる。
「やはり、私の勝ちだぞッ!!ルーカスううううッッ!!」
『奇剣打ち』がハンマーで、オレの痺れる肉体を強打してくる。オレの体は、情けなくも吹き飛び……そのまま、大地へと倒されていた―――。
「……くそ……っ」
空には、もうゼファーはいない。
なるほど。
さすが、猟兵。負けても……任務は達成してみせた。たのむぜ、みんな……。
ガラハドの赤い目を見る。オレをのぞき込んでいやがった。
「……こんなに嬉しい日は無いぞ?」
「……そうかよ」
本当に嬉しそうな、残酷さに染まったサディストの笑みと共に、ヤツは言う。
「……ああ!!サイコーの日が、始まるぞッッ!!」
ヤツの鉄靴の底が、オレの顔面を強打して―――オレの意識は、飛んでしまった。
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