第六話 『白き獅子の継承者』 その11


「さて……突っ込む。後は、任せたぞ」


「……うむ!!暴れてこい!!」


「ぶっ殺しまくって、お兄ちゃん!!」


 ああ、リエル、ミア。オレのムチャをそんな言葉で見送ってくれるなんて、本当に嬉しいぜ。ああ、こうでなくちゃよ、猟兵ってモンはよ?


 オレは鈎つきロープをまた使うのさ。ちまちまマトモにこのクソデカい砦を走り抜けている場合じゃない。まっすぐ、あの場所に、垂直降下だよ。


 ロープを指に絡めて、この足場から飛び降りた。分厚い獣皮のグローブのおかげで、摩擦の熱も感じない。熱いぐらいなら、無視するけどね。オレはかなりの勢いで降りていく。そうだ。決めているぞ?最初に殺すヤツは、もう選んでいる。


 そこのアーケードの裏側に潜んで、ゼファーの襲撃に備えている君よ。竜で攻め入ってくると考えていたかね?竜の威力から、この襲撃が始まるとでも?


 ……ああ、それもいいし。フツーはそう考えるよね?大勢の敵に挑むんだから。最大限の火力を浴びせてから、畳みかける?……そいつもいい。


 とても有効だ。


 でも。君らの態度を見れば分かるよ?うちのゼファーに怯えているな。弓兵を配置していたのは、オレたちを見はるためもあるだろうが―――竜対策だ。弓でしこたま矢を浴びせることで、竜を射落とすつもりだな。当然の判断だが、ビビり過ぎだ。


 だから、裏をかくことにする。


 視野狭窄になっているぞ?最も来て欲しくない不幸に注意を削がれるのは仕方がないが、世の中にはたくさんの不幸が転がっているもんさ。


 君らの不幸は、竜の突撃に頼った攻撃から始まるのではない。


 裏をかいて、ただ1人で、君らを襲うぞ。


 指でロープに圧をかけて、オレはその降下を減速させる。そうして十分に減速した後で、鉄靴で眼前の壁に蹴りを入れて、空の住民になる。この跳躍に、君は気づけなかったか。空に気を回しすぎているな。ふむ。だが、その死はそれで幸運かもしれない。


 オレへの恐怖に怯えず、空を見つめながら死ぬのもいいさ。


 空の中にいるオレは、竜太刀を振り抜いた。『風』を放つ『魔剣』さ。威力は抑えている。ギュスターブを倒したときの威力はない。それでも、鋭さは十二分。この『飛ぶ斬撃』は、真空の刃となって空を駆け抜ける。


 最低限の威力さ?そのよく磨かれた断頭の風が、腹ばいになり、上を向いていた君の頸椎を、静かに切断してしまったね。君の頭がその場に転がっていく……このままでは、地上目掛けて落下してしまうな。まあ、知ったことではない。オレは君らが嫌いだからね。


 ガグゥウウウウンン!!古い鉄の支柱が軋みながら、戦場をカバーするこの天井を揺らしていく。オレの巨体が、勢いよく着地したのだから、これぐらいは揺れるし、揺れたって構わないのだ。目立つのが仕事だからね。


 そして、アーケードの下にいる、弓兵たちがオレを見つける。そして、アーケードの下の中庭に墜落した傭兵の頭が立てた、ボトリといいう生々しい音を響かせた。


 死者の頭と。揺れる鉄の梁があげた音が、戦闘開始の合図となる。どちらも錆びた鉄の香りがするよね。戦場らしい。さあ、殺し合おう。オレと君たちが選んだ生き方の決着をつけようぜ?


「き、来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「ソルジェ・ストラウスだあああああああああああああッッ!!」


 梁のあいだに隠れていた弓兵も、中庭にいた兵士たちもオレの姿を見て、弓やボウガンを構えてくる。だから?攻撃するよ、君たち全員にね!


 もう、抑えることは無いさ。竜太刀に『風』をまとわせていく。唸り怒れる殺戮の竜巻だよ。そうだ、たった一人を斬るための刃ではないぞ―――ッ!!


「『魔剣』、『ストーム・ブリンガー』ぁああああああああああああああッッ!!』


 竜太刀が放った破壊の風の一撃が、中庭の天井であるアーケードを大きく切り裂いていた。梁にいた兵士たちの肉体ごと、この『風』の魔剣はそれを断ち切ったというわけさ。


 血の赤を帯びて、切断された鉄柱が結束力を崩壊させていく。足場が沈むね?空と大地が近づいていくような気持ちだよ。


 そして?


 幾つもの梁を破壊された、このアーケードの崩壊が始まるのさ。こんだけ壊せば、そりゃ落ちるよね。


「く、崩れるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」


「た、退避だあああああああああああああああああああああッッ!!」


 まったく。ヘタレどもめ。ちょっと天井が落ちてきただけで、情けないぜ。


 ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッ!!


 崩壊と破滅の音が中庭に響いた。ああ、もちろんオレは猟兵だ。最強の戦士だよ?考え無しにこの一撃を放ったわけじゃない。落としたのは屋根の半分に過ぎないのさ。


 つまり?少女たちの閉じ込められた檻と、あの鎖でつながれた少女には、何一つだって降り注いではいないということだ。


 そうだ。


 だから、慌ててくれるな、そこの猟兵を騙る若き戦士よ?冷静になれよ、空から降ってくる赤毛の大男を見たぐらいで、恐怖に凍てついているようでは―――猟兵などとは呼ぶに値しないな。


「敵だああああああ―――――――」


 竜太刀が、その青年を一刀両断に切り裂いた。返り血を浴びる。勝者に対する敗者からの赤い贈り物だよ。普段より赤く染まった赤毛を揺らして、オレはその中庭を駆けるのさ。


「射殺せえええッ!!」


 さすがは『ガレオーン猟兵団』と言ったところか?あの衝撃を生き残った戦士たちは、当初からのプランの通りに、オレへと矢を打ちまくってくる。四方八方からの矢の雨だ。


 連携が取れているな。脚を狙う係と、頭を狙う係。ふむ、いい練度だぞ、感心してやる。オレは竜太刀で何本もの矢を叩き落としながら、中庭の古い柱の影へと滑り込むように飛び込んだ。


 ああ。背中に矢が突き刺さってるぜ、二、三本だけね。これは、『急所じゃ無くていいからとにかく当てる係』の連中の仕事だな。リエルの対毒の秘薬を飲んでなければ?……ジャスカ姫みたいに吐き気を催していたかも。


 ありがとうよ、我が正妻殿。おかげさまで、クソ痛いだけで何とかなってる。深さは大丈夫、『竜鱗の鎧』の寿命がさらに短くなっただろうけど、致命傷までは至らない。つまり、まったく問題はなし。


「あそこに隠れているぞ!?」


「取り囲めッ!!」


 猟兵気取りのバカどもが、一斉にオレへと迫ってくる。言葉と行動が一致しているね?そういうのは……君たちの関係性を現すね。即席のチームということがバレバレだ。


 君らは間違いなくベテランだ。武術を十年以上は経験し、戦場で多くを殺して来ただろう。分かるさ、狩りになれた猟犬どものように、考え無しに足並みをそろえてこちらに迫る、その姿を見ていたらね。躊躇の無さがベテランである証拠の一つだと納得するよ。


 理想的な攻めだ。手傷を負った敵に対して、とにかく手数と物量で攻め込んでくるというのはね―――だが、惜しいかな。即席の絆では、興奮状態で走る君らの隊伍に……突破のための隙が見え隠れするぞ。


 功を焦る彼らは……いや。おそらく、オレへの『賞金』に惹かれているだけの彼らは、我先にと、この場に雪崩込もうとしている。ほら、戦友を無視しているから、肩と肩がぶつかってしまい、バランスが崩れちまうヤツらが続出だ。


 オレを殺せば大ボーナスか?……ガラハドのクズ野郎が、オレの命にどれだけ懸けたのか知りたくもあるが―――今は、君らに『風』をプレゼント。ほら、真空の刃さえ、おびない、ただの横風だぞ?


 だが、我先にとオレへと達しようとして、ぶつかり合い、もつれかけた足下を、すくうとどうなるのかな?ビュオウと唸る一瞬の突風が、彼らへ足払いを食らわすのさ。ほら、落ち着きのないバカどもには有効。


 何人もが、もつれるようにして転けてしまう。オレは、彼らで『壁』を作ったぞ?何の壁か?オレへの突撃してくる数を減らす、オレの盾のことさ。もつれて転んだ戦士たちの横から、刀や長剣を抜いた戦士らがあふれてくる。


 だが、さっきの突撃に比べると、かなりまばらだよな。だから、オレは柱の左に躍り出て、『壁』の左からあふれた連中目掛けて飛びかかるのさ!!


「来たなッ!!」


「賞金首は、オレのもんだあああッ!!」


 血気盛んな戦士たちだ。恐怖を知らぬ貌をしているな。群れているから安心か。分かりやすい。だが、孤高をも知る猟兵の前に―――この、ソルジェ・ストラウスさまの……魔王の行進に、君らごときの手勢では、どうにもならんことを教えてやろう。


 ああ、そうだ。これは、魔王の力を帯びた突撃ッ!!


 ただ速く、ただ強く、とにかく乱打するッ!!


 地を蹴り、斬撃を放つ!!踏み込み、斬り捨てる!!大振りで落ちてくる剣を、篭手つきの裏拳でへし折りながら、突きで貫くのさッ!!


「け、剣が……お、折れたああああああ……ッ?!」


 腹を竜太刀で貫かれ、致命傷を負った男は後ずさりする。彼は驚愕しつつも、現実を再確認しようとしているな。自分の手が握っている剣を見つめるのさ。そして、そこに見事な断面を見つけた。


「か、勝てるかよおお、こ、こんなバケモノに―――」


 そう言いながら、彼は顔を歪ませながら仰向けに倒れた。


 そのうち死ぬだろう。さて、オレの魔眼は背後さえも感知する。右に回り込んだ連中は、狡猾だった。オレの背後を取ったことで、確実に殺せると踏んだ。


 物欲しげにこっちの背中を見つめながら、ジリジリと近寄ってくる。


 オレは、彼らを気にせずに、雷を呼んで、もつれて倒れている連中を焼き払う作業を始める。雷は彼らの肉体を駆け回りながら、悲鳴と共に、焦げた肉の香りを放つのさ。


 そして。


 オレへと近づいていた男たちにも、『雷』の激痛が訪れる。魔術地雷だよ。オレは、柱の裏側にいくつか仕掛けていた。ああ、踏まなくても、発動するのさ。オレの任意のタイミングでね。


「あぎゃががあがああ!?」


 焼けていく彼らに、興味は無い。もう致命傷を与えているからだ。指一本動かすための行動は取れはしないよ。オレはその柱を捨てて、次の柱へと走る。


「いたぞ!!撃てッ!!」


 弓兵隊はマジメだね。ビュンビュン、オレを目掛けて矢を放ってくるよ。まだ、7人いるのか?……走りを加速させ、さらに竜太刀を盾代わりにして弾き。オレはまた柱の陰に飛び込んでいた。


 ジリ貧だって……?そうさ。オレには時間が無いからな。


 目を動かして、だいぶ近くまでやって来た、鎖でつながれた少女の姿を確認する。魔眼でタイマーを透視するのさ……あと、7分……このままのペースでは、間に合わない?


 いいや。そうじゃない。何のために、弓兵どもの数を数えたと思っているんだ?あとは、術を編むための時間が、もうちょいあればいい。さて、経営者スキルの話術の出番だ。


「―――おい、『ガレオーン猟兵団』の弓使い諸君!!」


「なんだ!!命乞いか!?」


「臆病者だな!!」


「そこから、出て来い!!」


「この亜人びいきの魔族野郎ッ!!」


 言いたい放題だ。傭兵なんて口の悪いクズどもばかりだからな。しかし、魔族野郎?魔王を貶すと、そんなトコロに落ち着くのかね。まあ、どうでもいい。


「よく、オレと戦う勇気があるもんだよ!!君たちのことを、気に入っちまった!!だからね?……イケメン竜騎士である、このオレさまがね、君らにちょっとしたプレゼントだ。選べよ?光るのと、熱いのと、よく切れるヤツ。どれがいい!?」


「あのガルーナのトカゲ野郎、何を言っているんだ?」


「テキトーなこと言って、油断させるんだよ。うちの団長もよくやるだろ?」


「似てるのな。異母兄弟だっけ?」


 ……由緒正しいこのオレさまとあのクズ野郎が、異母兄弟だと!?勝手に変な人間関係に収めやがって。まあ、いいさ―――。


「お、お前!!」


「なんだよ!?」


「か、顔に、何か、光ってる!?」


「いや、お前もだぞ!?」


 『ガレオーン猟兵団』の連中が、ようやくオレの『呪い』に気がついてくれた。そうだよ、『呪眼』。『ターゲッティング』だよ。オレが、わざわざお前らを『数えた』のは……『見た』のは、これを仕掛けるためさ。


 それに呪われたら最後。その金色の『呪い』に対して、オレの魔術は襲いかかる。逃げても追いかけていくぞ?


 ハーフ・エルフの少女たちよ。いつか君らが愛する男の子を成すための腹に―――爆弾なんざ埋めやがったクズどもに―――ハーフ・エルフのあいつの術で、ギンドウの作った術で、天罰を与えてやるよッ!!


「―――『雷槍・ジゲルフィン』ッ!!」


 オレは破壊力たっぷりの、その怨念の紫に染まった雷電を、崩壊した天井目掛けてぶっ放していた!!


 紫電が天井に帯電したかと思うと、次の瞬間には、七つに分けた雷の槍が、黄金色の呪いが刻まれた兵士たちの頭部へと降り注ぎ、その頭部を砕いてしまう。


 ……魔力を使い過ぎだな。『呪眼』は、かなり魔力を喰いやがる……。


 それに、毒矢も効いて来ているのか?対毒の秘薬といえども、完全ではない。毒が多すぎれば、さばき切れずに、オレの体力を蝕むだろう……。


 体力も魔力も、その残りに余裕があるわけではない。だから、出て来るなら、さっさと出て来いガラハド・ジュビアン―――しかし、ヤツは出て来ない。


「……チッ」


 もう、時間が無い。オレは、ゼファーに合図を送る。


 そして、その合図を送りながら、あの少女の元へと走り、彼女の脚を縛っている鎖を、竜太刀で断つ。そして、彼女のことを、片腕で抱き起こしていた。


「生きているな?」


「……だ、だれ……っ!?こ、こわいことは、も、もう、しないで……っ」


 怯えきった貌が、彼女の身に起きた不幸を連想させてくる。クソめ。世の中は、やはり間違っている。


 奥歯を噛むよ。セシルを笑わせるために、がんばって練習した笑顔を作るために。頼むよ、セシル……力を貸してくれ。オレは、この子を安心させてやりたい。


「―――ヒドいことなんてしないさ。約束するよ、この命にかえても、オレは―――」


「や、やだ!!」


 拒絶したのは、オレじゃない。オレじゃなかった。


 彼女の小さな腹の中で、魔術が動き始めていた。彼女はお腹を押さえる。オレには分かる、タイマーが、急に加速した。そうだよ、ガラハド、貴様だな……ッ。この子ごと、オレを焼き払う気か!!


「やだあああ!!ば、ばくはつするの、やだあああ!!」


「―――ごめんよ」


 オレは、謝る。


 謝るよ、こんなヒドいことをするんだから。


 やっぱり、オレはヒドいヤツだ。


 ガラハドと変わらない、クズ野郎かもしれない。


 でも―――それでも。『君のお腹を裂いてでも……オレは、君が『未来』のために、世界と戦うことを望むんだ』。


「……きっと、人生で一番、痛いぞ。でも、必ず、助ける。だから、歯を食いしばってくれ」


「……う、うんっ」


 セシルのための笑顔が出来たのかな。オレは、よく分かんなかった。でも、すべきことをする。助ける、『命にかえても』―――そう誓ったんだ。だから、オレは悪魔みたいなことをするのさ。


 竜太刀を背中の鞘に収めて、オレは自分の右手に、『ハンズ・オブ・バリアント』を発生させる。五本の指が、青い魔力の揺らぎを帯びた、魔爪へと化ける。ハーフ・エルフの少女は、セシルみたいに勇敢だ。


 歯を食いしばる。生きるための痛みに、耐えるために。


 だから、オレは、一思いにそれをやった。彼女の腹に魔爪を突き刺し、爆弾を指が掴む。彼女に激しい苦痛を与えながらも、それを抜き出す。赤く染まった、その爆弾が、オレの手のなかにあった。魔眼が、もうすぐそれが炸裂することを教えてくれる。


「くそがッ!!」


 運命を呪うための言葉を吐く。それでも猟兵の体は動くのさ。俊敏に、その爆弾を投げ捨てながら、とにかく少女のことを抱きしめていた。爆発はすぐだった。もしかして、このハーフ・エルフの子の魔力を吸ったせいなのか―――とんでもない爆発力だ。


 せいぜい、高くて小せえ香水瓶サイズだったのによ!?


 背中が焼ける。背骨が砕けそうだ。吹っ飛ばされながらも、とにかく彼女を護ってやろうと全身で包む。ああ、クソが。全身が爆裂にさらされたせいで、死ぬほど痛いが……希望も湧く。


 これだけの強い魔力を秘めた少女なら?……クソ悲惨な運命とだって、戦って……勝っちまうさッ!!

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