第六話 『白き獅子の継承者』 その10


「―――……いたい……いたいよう……っ」


 ……それは、ああ、そうさ。小さな女の子の泣き声だった。

 オレたちが屋上から降りたったその足場からなら、こないだゼファーが破壊して着地した、あの死体だらけの中庭が確認出来た。そうさあの植物が蔓延るアーケードの下に、『彼女』はいた。



 仰向けに寝かされている。右脚は鎖でつながれている……おそらく、その場に刺した杭とね。子供の力では、抜くことなんて出来ない……。


 しかも……彼女は、腹部にケガをしているようだ……服は赤く染まっている。出血は多いが、止まっている……?クソ……ッ、痛ましくて、見ていられないが……それでも、見るしかなかった。


 アーレスよ、頼むよ。


 オレは眼帯を外して、左眼の魔眼の力を全開にする。


 魔眼が……残酷な現実を、教えてくれるのさ。そうだ、あの少女は……あのハーフ・エルフの少女は、『手術』されている。腹に……『何か』を埋められている。そして、傷口は縫われたんだ。


 ……ああ、チクショウめ……ッ!!


「……ガラハドッッ。あの、クズ野郎め……ッッ」


 絶叫しそうになるほどの怒りを、奥歯を噛んで殺すのだ。オレは獣のような表情をしたのかね?その深刻な怒りから、リエルとミアは、あの少女こそが『オレ専用の罠』だと悟れたようだ。


 そうさ。


 オレの魔眼なら、あの子がどんな状態に置かれているか―――いいや、『あの子たち』が、どんな状態に置かれているのか、ここからでも分かるんだよッ!!


「……ソルジェ。どういうことだ?」


「……あの子は、腹の中に『爆弾』が埋められている」


「っ!?」


「そ、そんなことって……ッ!?そ、それは、すぐに、爆発するのか!?」


「……いいや。時計が……時計が、カチコチと動いている。時限式だな」


 そうだ。


 ガラハド・ジュビアン。あのクズ野郎ッ!!……子供をエサにして、オレを爆殺する気かよッ!!


「じゃ、じゃあ……そのタイマーは、いつまでなのだ!?」


「二万の援軍が、到着するよりは先のはずだよね……っ」


 そうだ。ミアは理解している。この罠のルールを。二万の援軍がここに到着するより先に、オレたち『パンジャール猟兵団』が何かを仕掛けるためにここに来るとガラハドは理解している。


 だから?二万の援軍が到着するのが、オレたちにとっての時間切れ。つまり、それより先に襲ってくるオレを、誘導するためには、あの子の爆弾はそれより先に爆発するのさ。


「どれぐらいだ!?どれぐらい、時間が残されているのだ!?」


「……あと、十数分だ」


「そ、そんな……ッ!?」


「どうして、そんなに早く……ッ!?お兄ちゃん……まさか、他にもいるの?」


 ミアは、賢い。そうさ、オレとガルフで、戦場と暗殺に関することは教え込んでいるからだ。怒りに震えて、赤くなった涙目で、泣きながらだって、冷静を装える。


「……ああ」


「うそ、そんなの……ひどいッ!!」


 リエルは感情を露わにする。彼女の視力と魔力の才ならば、あの子がハーフ・エルフだと気づいただろう。そうだ、オレとリエルが作るガキと、同じ立場の『狭間』の存在だ。感情移入してしまうのは、当然のことだ。


 だから、ミアがリエルのほほをパチンと叩いていた。


「―――ミア……」


「リエル。ここは、どこ?」


「……ッ!?……ああ。すまない。戦場だ。大丈夫ではないが、大丈夫。冷静に動く」


 いい仕事だぞ、ミア。戦場で冷静じゃなくなれば、ムダにケガしちまうからな。リエルは己を取り戻した。深呼吸で、無理やりに心構えを作る。ミアはそれを確認した後で、オレの方を向く。涙目で。


「……他に、何人いるの、お兄ちゃん」


「近くに檻がある。そこに6人だ。全部で7人。皆、幼い女の子―――多分だが、7才」


 そうだよ。


 ガラハド、貴様は、そういうクソ野郎だよ。


 知っているもんな?オレの『妹』が……『セシル・ストラウス』が死んだのが、その年齢だということを……ッッ!!そのために、そのためだけに、お前は……『狭間』の子を誘拐したのか!?それとも、奴隷として買って集めたのか!?


 ふざけやがってッッ!!


「……これが、ソルジェ専用の『罠』か……ッ。卑劣なマネをッ」


「……それに、『風』を操って嗅いだ。お兄ちゃん、地面に……」


「あの子の近くじゃないが、あの中庭に……大量の油も撒かれているな―――」


 クズ野郎め。執念深すぎるだろう。


 そうだ、あの7人の女の子たちの腹には、時間差で作動する爆弾がある。タイムリミットの……三時間半後までに、次から次に爆発していくスケジュールだよ。それで、オレを煽るつもりなのさ。


 セシルを……殺しているつもりだろ?オレの妹を、殺してるつもりだろう?それをオレに見せて、苦しめる気だな。お前は、これを考えて、これを実行しているあいだ、あの子たちの腹に、爆弾なんぞを埋めているあいだ……笑っていただろう―――?


「……クズ野郎めッ」


「……お兄ちゃん。行くんだね?」


「……おうよ。『お兄ちゃん』だからな」


「……ソルジェ。冷静になれとは言わない。だから、現状で最高の仕事を考えろ。私もミアも、お前の作戦を実行する。自分たちが死のうが、お前が死のうがな」


「うん。リエルの言う通りだよ、お兄ちゃん」


 ……すまんね。本当に、すまんよ。


 オレは、愛すべき彼女たちを抱き寄せる。震える腕でね。恐怖ではない、怒りだけで震えているのさ。それでもオレは猟兵。『パンジャール猟兵団』の団長だ。怒り狂っていたとしても、プロだよ。だから、彼女たちの耳元に、作戦を告げるのさ―――。


 そうだ。


 クソ酷い状況だが、オレはこれを無視できない。


 あきらめるのが合理的だというのは、百も承知だが―――残念ながらね、オレにはこの状況でも、どうにか出来るだけの力があるんだよ。ムチャクチャ、リスクが大きいけどな。だから、逃げないよ。オレはね、セシルの『あにさま』だからじゃない。


 それもあるが、それだけでもない。


 オレが、『魔王』、ソルジェ・ストラウスだからだよ。


「……あの檻を観察した。十分な頑丈さだ。杭で四カ所固定されているが、まったく問題はない」


「ゼファーで、かっさらうんだな」


「そういうことだ」


「それで、爆弾は?」


「摘出するしかない。あの子が十数分後、なら……三時間半後まで、次々に爆発するだろう……計算高くて、細かいガラハドのことだ。おそらく、15分おきで爆発するな」


「摘出するまでの時間は、それだけか!?」


「あまり深い場所には入っちゃいない。あの子たちも、その手術を受けて意識が保てているんだ。傷は見た目や印象より浅い。取り出せない深さじゃない」


「……そう、だな。縫い合わせている傷口をほどけば」


「私のナイフでも、行ける?」


「ああ。技量よりも度胸の勝負だろう。おそらく、すぐ摘出できる。大型の爆弾じゃない。火薬はわずか」


 ほんとムカつくね。火薬と魔術地雷の二段構え。どこまでも、猟兵の技術と知識を穢しやがって、あのクズ野郎……ッ!!


「呪い針を打ったのかもな。だとすれば、主な火力は、あの子自身の魔力か?」


「その仕組みは、君のほうが詳しそうだな」


「ああ!どうにかなる!救出さえ、出来れば……ミアのナイフでかっさばいて、摘出し、私が魔術で、術を停止させればいい!!あとは、エルフの秘薬と……傷口を縫合すれば、死ぬことはない!!」


「そうだ。後は『罠』だが……ヤツらは、きっと人質には興味がない。オレにだけ集中してくるはずだ」


 そうだ。そうでなければ?……死ぬのはヤツらの方だから。


「ああ。間違いなく、お前に全てが集中する」


「つまり、オレを『囮』にすれば、万事解決だ」


「……解決ではなく、罠にドハマりするだけだが―――」


「―――でも、お兄ちゃんが『囮』なら、あの子たちの多くを助けられる」


「おう。オレが引きつける、リエルとミアで、あの子たちをゼファーで運べ」


「……その後は……いや……いい」


「そうだ。それから先は、いい。オレが『囮』になるのは、計画通りだ。オレを罠に掛ければ、ヤツらは油断し……『本命』のβチームが、仕事を果たす」


 躾の悪い狂犬の対策。オレに食い付かせている内に、仲間たちは進むって寸法。これが一番、仕事を成功させやすいし―――罠に利用されている、あの子たちまで救える。これ以上の最良を期待するほど……オレは楽天家でもないのさ。


「……フフフ。泣きそうだが、泣かんぞッ!!」


 オレのリエルが、そう言ってくる。


 ああ。その強さと気高さと……泣きながらでも、そんな言葉を口に出来るお前のことを愛しているぞ。


「……お兄ちゃん。必ず……後で助けに来るからね。絶対に拷問されるけど、死んじゃダメだからね」


「ああ。それでいいぞ、ミア。ストラウスは、こういう時は笑うもんだ」


「……うんッッ」


 その愛しい黒髪を、オレの指がわしゃわしゃっと撫でる。


 くくく。いいね。オレたちほどの真の兄妹は、世の中にそういないだろう?


 血のつながりなんてモノよりも、絆のほうが強いのさ。


 そうだ、お前は、ミア・マルー・ストラウス。


 オレの妹だよ。


 そう。


 オレはシスコンで有名な、ソルジェ・ストラウスさんだよ?―――シスコンとしてね、この状況を見過ごせないのさ。だからね、アホな選択だと承知の上で、オレたちはそんな救出作戦を実行する。


 リスク満載。


 ……アホな生き様かい?


 いいんだよ、オレはアホ族なんだから。


 それにね。誇りってものはね?命よりも大事なときがあるんだよ。大した誇りを持っておられない人々には、分からないかもしれないけれど。オレの誇りは、世界有数に輝いているんだよ。


 命惜しさに曇らせるほど、安い価値じゃないんだよね。


 あの子たちはね、いたい、いたい……と泣いているんだ。オレの耳に、届いているのさ。泣きそうになるよ、放っておけばいいのかね?そうかもね、常識あるヒトなら、皆そう言うだろ。他人のガキのために、ムチャして死ぬなんて、バカげてる。


 でもね、オレはそう思えない。


 どうにもね、セシルの叫びが聞こえているんだ。


 ―――あにさま、たすけて、あついよう、あついようッッ!!


「…………くくくッッ!!」


 笑うよ……オレはストラウスのあげくに、猟兵でもあるんだからねッ!!


 どこか、狂っているだろう?


 愚かで、バカで、アホだろう?


 自分でもそう思わなくはないんだが、ストラウスも猟兵ってものも、そんなものだ。ああ、神さまよ?……ありがとうよ。9年前の、やり直しだ。


 人間びいきの神さまからすれば、亜人びいきの魔王のオレなんぞは嫌いだろうが。力で証明してやろう。この生き様で知らしめてやるぞ。オレはね、9年前より、強くなっているのさ……。


 助けることで、示してみせる。


 なあ、オレの『力』をね……あの世から見ていろ、ガルフ・コルテス。アンタを継いだ、どっちの猟兵が、本当に怖い存在なのかを……これからアンタに見せてやるよッ!!




 ―――ソルジェとガラハド、『白獅子』ガルフ・コルテスの『息子』たち。


 最高の殺戮者なのは変わらないけれど、戦いの哲学は大きく違っているよ。


 ガラハドはね、『狂気』で敵を壊していく。


 あくまでも、『理性』に訴えかけるシステムってことさ。




 ―――ソルジェはね、そうじゃないんだよ。


 圧倒的な暴力で敵そのものを壊してしまう、策なんて、彼の本質ではないんだよ。


 ソルジェはね、『恐怖』で敵を怯ませていく。


 ただひたすらに、『本能』へ刻みつけていくんだよ……。




 ……さあ、団長同士の力比べさ、『狂気』と『恐怖』。どちらが、怖いのかな?


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