第六話 『白き獅子の継承者』 その9


 ―――ゼファーは闇に紛れて、無音で飛んだ。


 猟兵たちも言葉はない、ただただ静かに作戦を頭のなかで繰り返す。


 ヒドい作戦だなと、誰もが考えていた。


 それでも、血を捧げるしか確実性はない。




 ―――護りたい人たちが多いと、苦労も多いのは現実だ。


 ジャスカ・イーグルゥとの冒険で、彼らが築いた人間関係は深かった。


 猟兵たちは、彼らに死んで欲しくない。


 大きな『未来』のためでもあるよ、ソルジェの見る『夢』は、彼らの『夢』だから。




 ―――だから、どんな『痛み』にも耐えられるのだ。


 耐えがたい苦しみだろうが、どんな絶望が待ち受けていようが。


 絶望を喰らって、立ち上がる。


 それこそが、無敵の戦士……『パンジャール猟兵団』なのだから。




 ―――ゼファーが着陸したのは、『忘れられた砦』より二キロ手前……。


 αとβの二つのチームは、それぞれのルートで砦へと向かう。


 切り立った尾根の道を、『風』の魔術を頼って、無音の殺し屋どもは駆け抜けた。


 朝焼けが訪れようとしている、それは血のような赤―――とても不吉な色だった。




 ……朝陽が目に入る。ふん、逆光か。あまり好ましい状況ではないが、それでも進むしかない。敵兵は……当然ながらいるな。上手く潜んでいる。山肌に何人かが、軽装で弓矢を持ってしゃがんでいやがるぜ。まあ、五カ所のツーマンセルなんだが……そうだ、『やっぱり10人さ』。


 しかし、よく隠れている。呼吸も抑えて、身も屈め、岩肌の黒の濃い灰色に融け合うような服まで着込んでいるぞ。


 魔眼を使わなければ、すぐには見つけられなかっただろう。さすがは『ガレオーン猟兵団』と言ったところか?……オレたちと同等と呼べるレベルではないものの、なかなか高度な傭兵たちばかりではあるな―――『地獄蟲』の群れをあっという間に片付ける。それを成す腕前はあるのさ。


 だが、隠れられたつもりになっていることが災いだな。まあ、それだけ静かに岩に融け込んでいれば、普通はすぐにはバレないものだがね。


 常識を超えた相手には、常識で身を守ることは出来ないぞ。


「……始めるぞ。ヤツらは、ツーマン・セル。一カ所に二人ずつ潜伏している。そんな連中が五組もいる。ここを越えるためには、お前たち二人の力がいる」


「うん。同時に殺すよ。リエルの矢と、私のスリングショットで、即死させれば問題ない」


「ああ。だからこそ、私たち二人を選んでくれたのだろう」


 そうだ。遠距離暗殺のエキスパートたちだからな。


 二人は岩壁を這うような姿勢で進み、それぞれの射撃位置へと移動する。そして、二人は呼吸と動作を合わせて、矢とつぶてを放つのさ。どちらともが、頭部を撃ち、見張りの任務にある連中を殺してみせた。


 『ガレオーン猟兵団』どもも油断はしていない。だが、こちらが強すぎるのさ。リエルとミアは無音で山肌を移動して、次々とツーマン・セル狩りを繰り返していく。


 二人は崖で遊ぶ鹿みたいに身軽で、迷うこと無く斜面を移動し、殺しまくっている。


「……さすがは、オレの正妻殿と、妹だな」


 圧倒的ではないか。恐れ入る―――さて、オレにはすべきことがあるぞ。『忘れられた砦』への潜入ルートも大切だが……『罠』を確認したいところだな。


 オレも蛇に化ける……いや、今回は猿かも。


 軽装の二人とは違い、オレは音の出にくい特注品とはいえ、鎧を着ているのだからな。蛇のように這えば、鎧が岩で削られて音が鳴る。それは、あまり好ましくない。


 だから、猿になるんだ。姿勢を低くし、両足だけでなく両手も使って、オレはこの急峻な稜線を降りていく。無音の暗殺のための角度と、順番を相談している少女たちの側を通り抜けて、その巨大な砦の最上部へ接近していく。


 魔眼を用いる。見たままの状況しか、瞳には映らなかった。どういう意味か?……正規の見張り台は、無人だってことさ。死角に隠れているわけでもない。魔眼だけではなく、風の反響でも確かめるが、いない。


 帝国軍と組んで、オレたちを……というかオレを殺そうとしている以上、ゼファーの存在を知らないはずがない。竜だからな。現状、世界の表舞台にいるのはゼファーだけだろう。他の竜たちは、おそらく未踏の秘境だとか?深いダンジョンにでも棲んでいるのさ。


 ―――あるいは『耐久卵』の状態で、孵化するのを待ち続けているのかもしれない。


 どうあれ、この竜という圧倒的な戦力の詳細を知ろうとしたはずだ。ガラハドよ、貴様は、オレがどんな剣を買うのかさえ、知りたがるほど、オレを嫌っているのだからな。そうだ、研究し尽くして殺すためにね。


 そんなガラハドが、この見張り台を空にしている意味?


 竜で上空から奇襲されることを理解しながらも、開けていたか?……中へ潜入されることを嫌っていない様子だな。一つの階層丸ごとが地雷だらけかもしれんぜ?……あるいはオイルだらけで階層ごと焼き尽くすとかな。それぐらいのことはやるだろう。


 そもそも、それぐらいしなくては、オレたちを狩ることなど、とてもムリだ。


 この通路は……やめておいた方がいい。


 いくらなんでも怪しすぎるからな。警戒されていない道だって?……それを辿った先に罠が無いと、考えられるわけがないだろう?無警戒こそが、罠さ。誘われている。誰が、行くか、そんなコース。


 さて。


 この正規のルートが『罠』だとすると?……ここを通らずに『連中』は配置についたはずだよな。『連中』……そう、今、リエルとミアの同時狙撃で全滅させられた、見張りたちのことだよ。


 彼らは……どこからか来た。この正規ルートではない場所からな。


 オレは音もなく背後に回り込んできたミアを、左手の指を揺らして呼ぶのさ。すぐに彼女はやって来る。これまた音も無くね。


「……ミア。敵の死体をさぐれ。おそらく、『鈎つきのロープ』……そんなものを所有しているはずだ。回収してきてくれ」


「了解……っ」


 そして、ミアは風になった。その究極の身軽さを使って、崖のような角度の山肌を駆けて、飛んだのさ。その軽薄な跳躍は完全に制御されている。


 そして、斜面のあいだのくぼみ……おそらく自然ではなく、過去のドワーフたちに人為的に山肌をくり抜くことで作らった『見張り台』の一種へと降り立つ。そう、さっきまで敵が陣取っていたそこにね。


 ミアはすぐに命令を実行した。兵士たちの装備を漁る。そして、彼女の親指が、そのくぼみから、天に向かって飛び出した。


「……見つけたみたいね」


「ああ。鈎つきのロープ。それさえあれば、訓練された猟兵なら―――ガルフ・コルテスの知恵を継ぐ者たちならば、どんな斜面だってクリアするよ」


 まあ、ミアのように、斜面を駆け上れる超人的な機動力というのも存在しているがな。ミアは、オレとリエルのそばにすぐ戻ることはなく、他のくぼみへと飛び込み、そこでも死体を漁った。欲張っているわけではないな……オレたちの分のロープを確保するつもりだろう。


 3分後、ミアは鈎つきロープを回収して、戻って来た。リエルがほめてやる。


「素晴らしい走りだったわよ。風みたいだった」


「えへへ。リエルも、今度やってみたらいいよ。スレンダーだから、出来る」


「どうかしらね?……まあ、しっかりと訓練してからだな。さて、収穫は?」


「ほーい。鈎つきロープ。5本ね」


 5本、オレたちは三人で、ミアはギンドウの作った『チェーン・シューター』があるのに?……と、オレは考えない。ガラハドがクズ野郎だって知っているからだ。


 オレは試しに鈎つきロープの一つを手に取る。


 これはアホみたいな発想の盗賊道具だ。ロープの先についた鉄の『鈎爪』を、登りたい壁や家屋の屋根なんかに引っかける。


 そして?そのまま、ロープを伝って登るんだよ。アホみたいな理屈だが、熟練度のある技巧をもってすれば、とても使える道具さ。シンプルなモノは使い用だ。


 こんな崖だらけの斜面やらを移動するときには、本当に役に立つ。


 でもね?……このロープはダメだ。


 オレの指がロープの『鈎爪』を引っ張った。シュポンという可愛らしい音と共に、抜けてしまう。これを使えば?体重かけた瞬間に、真っ逆さまに高い場所から落下してるね。


「……やっぱり、そういうの?」


「そうだ。ミア、よく分かったな」


「まあね!……たくさん、持っているんだもん」


「ほとんどがニセモノ。使えるのは、各一人か、それ以下だな」


「うん。ロープに切れ目入っていたのは、持って来なかった」


 ああ。クズ野郎の執念深さを感じて、胃が悪くなりそうだ。


「細かいヤツだ。この鈎あたりにも、毒が仕込まれているかも?」


「……あらかじめ、『対毒の秘薬』もろもろを、摂取していて良かったな」


「ああ、君のエルフの秘薬は頼りになる」


 そう言いながら、オレは使える『鈎つきロープ』を選別していった。使えるのは、三本。リエルに二本渡す。どこかで使えるかもしれないからね、予備さ。ああ……やはり、ミア以外にも使える『チェーン・シューター』の開発に本腰を入れろ、ギンドウ。


 そういう相手の想像を超えたレベルのアイテムがあると、敵のプランを無視して行動が出来るから、楽なんだけどな―――。


「さて。行くか」


 オレは鈎つきロープを握りしめて、ミアの作業中に見当をつけていた場所へと向かう。それは岩山と砦の境目さ。山肌と砦がくっついているような形になっている、この超巨大要塞……その継ぎ目みたいなところ。


 こういうところは、雑になっているものさ。手抜き仕事というわけじゃなくてね、複雑なところというものは、欠けたり壊れたりしやすいものだ。ほら。砦の上部を構成しているブロック、そいつが砕けてる場所があるね。


 鈎つめの後もあるな。間違いないね、ここを使って、あの猟兵どもは下から這い上がってきた。もしくは……正規ルートに罠を仕掛けるより先に、あっちからやって来て、このくぼみに鈎を引っかけてロープを垂らして、他の連中が登ってきたのかもしれない。


 ヤツらは100人しかいない。


 100、その単位をガラハドのクズ野郎が崇拝しているからだ。10かける10、その行動単位で『ガレオーン猟兵団』は動く。その秩序は絶対で、欠けたら欠けた人数だけ補充するのさ。ガラハドが気に入った戦士たちを招く。


 ヤツらはたしかに仕事が出来る。能力も高い上に、さっきのロープ一つにまで見せる緻密な悪意。あれが経営のコツなんだろうよ。あと、オレたちと違って、全員人間族だということも特徴か?……人間族第一主義者の金持ち豚のファリス帝国には、重用されやすいのさ。


 ヤツらの裕福さに嫉妬はしちゃいない。オレにも、シャナン陛下がくださる金塊があるのだからな……。


 とにかく―――ヤツらは100人で動く。あと90人だ。


「……降りるぞ」


「ええ。慎重にね。足下には地雷はないけど……下の突き出た足場の奥には、槍を構えた男がいるかも」


 ほんと、あり得そうなハナシだから怖い。でも、だからこそ、オレがやる。リエルもミアも働いたばかりだからな。


 それに、君たちに読めないリスクを負わせるわけにはいかない。オレなら、死角から槍で襲われても、このアーレスの瞳があるから、どうにでもなる。


 オレは欠けたブロックに鈎を引っかけた。そしてロープをつたって、ゆっくりと砦の側面を降りていく。高さにして7メートルほどだ。慎重に動き、魔術で風を体にまとわせ、音を最小限にした状態で、降下していった。


 着地する。敵の気配を探るが……誰もいない。油で燃やされそうな気配もない。魔術地雷もない。オレは上にいる少女たちに指を振って合図した。リエルはロープを伝って降りてきたな。


 ミアは手甲のギミックを起動させ、『チェーン・シューター』をブロックに撃ち込む。そして?巻き上げとは逆の仕組みを頼るのさ。まるで、蜘蛛のように、彼女は音も無く上空から降りてくる。


「見事なものだな」


「うん。ギンドウちゃんの最高傑作……さて、先っちょを、巻き戻す」


 手甲に魔力を注ぐと、その細い魔銀の鎖をミアの魔力が伝って走る。


 そして、ブロックに撃ち込んでいた先端部の『形状』を、魔力で変えたのさ。突き刺さっていた『矢』の形から、尖りを無くした。すると、あっさりと手甲に全てが回収されていく。


「……ギンドウめ。『飛行機械』の発明なんていう夢物語を考えずに、こういう役に立つアイテムを作ればいいのにな!」


 リエルがオレと同じことを考えている。さすがはオレの恋人エルフさんだ。


「さてと……このフロアを調べに―――っ!?」


「……ッ!?」


「……っ!?」


 オレたち3人は、その音を感じ取っていた。小さな音……いいや、声だ。しかも、泣き声だよ……イヤな予感しかしない。だが、確認しようじゃないか、ガラハドよ。


 貴様が仕掛けた『オレ専用の罠』とは……どんなモノなのか。無視できない音が聞こえているね。いいよ、喰らってやるさ、貴様の『罠』をな……。


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