第六話 『白き獅子の継承者』 その8


 オットーと話して作戦を煮詰めていく、アインウルフが教えてくれていたおかげで、オレ以上に彼は作戦を練ってくれていた。内容については、オレと同じようなことを考えていたな。


 だから、悪い予測については、その全てが当たる気がするね。二人の猟兵の勘が、同じ軌道を予期しているんだ。外れるほうが難しいよ。


 本当に慌ただしく時間が過ぎていく、朝食も栄養摂取優先で、花がなかった。鎧を着ながら、口には焼いたトーストさ。ジャスカ姫と、彼女の護衛をするように鎧を着込んだ男がやって来る。


 彼には……見覚えがあったな。昨日のことだ。見事な『逃げ足』を見せた、戦場の『間合い』を理解することの出来る男。マリー・マロウズちゃんの婚約者だな。そいつを副官に選んだか?フフフ、いい判断だ。


「ちょっと、サー・ストラウス!?あの作戦は大丈夫!?」


「ああ。任せろ。必ず、砦は起動させてやる。オットーと、作戦は煮詰めた。そちらの方は任せてくれ、命に替えても、成し遂げる」


「……ッ!?……そんな事態なのね?」


「戦場だ。常に死ぬ覚悟はしているだろう?……お互いに、シャナン王とガンダラの作ってくれたプランに従おう。敵は多いんだ、命を張るしか、勝てん」


「そうね。分かったわ。生きぬけとは言わない。勝利して来て」


「……ああ。姫もな」


「もちろんよ。私は、勝つわ。そして、この子のための『未来』を築く……」


 ジャスカ姫の母の手が、鎧を着込んだ腹に触れる。


 そうだ。その生命のためにも、勝たねばならん―――オレが、何を失ったとしても。


「姫よ。これはセクハラではないのだが」


「何?キスでもしろっての?貴方の妻たちが、武装してそこらにいるのに?」


「……そうじゃないさ。ただ、その腹に触れさせてもらえないか?」


「……ええ。ほら―――これで、横からなら触れるでしょう?」


「ああ」


 オレの手が、姫が緩めてずらした鉄板のあいだから差し込まれていく。そこは女の腹だ。まだ妊娠初期、夫であるロジン・ガードナーが気づけなかった大きさだものな。


 指が、新たな生命の弾力を感じることはなかった。だが、魔眼がある、アーレスがくれた、この特別な瞳が。命を……新たな命が帯びる『雷』を、たしかに、オレは見るのさ。


「大いなる嵐のようだ」


「ええ。貴方に似た子が産まれてくるわ」


「……誤解を招くような言葉だな」


「赤毛じゃないでしょうけどね。でも、魂は似たようなモノよ」


「オレは『荒野の風』に似ているらしいからね」


「そうよ。真の英雄にとって、死は終わりではないのよ」


「ああ。オレもそう思う」


「……もしも、貴方の命がこの戦で尽きたなら、貴方の名前をこの子につけてあげる」


「……そいつは、赤面レベルで光栄だな」


「ソルジェ・ストラウスの伝説はね……『風』になるわ。だから、貴方は不滅の存在になっていく―――『自由』を求める戦士たちの心に、継がれていくわ」


 なるほど。


 それならば、オレは安心して命を危険に晒すことが出来るな。


「まあ。こんなときにも笑うのね?」


「そういう生き様なんだよ、ストラウスという生き様は」


「分かったわ。伝えてあげる。貴方の歌を?」


「ありがとう、ジャスカ・イーグルゥ姫。貴方の友情に、感謝する」


「ええ。もしものときは、任せない。私たちが、『風』を継ぐ―――でも、可能な限り、無事に帰ってきなさい」


「……ああ。死ぬ気はない。覚悟をしているだけで、あきらめることはない」


「そうね、貴方から死の美学は感じない。生命力に満ちているわ」


「そうでなければ、『パンジャール猟兵団』の長はつとまらないからな」


 死ぬことに恐怖は無いが、生きることを楽しむことにはしているからね。ガルフ・コルテス。アンタの教えだよ……姫は、オレをまっすくに見た。軽口ばかりを叩く口は、真剣な言葉で告げた。


「……ご武運を、サー・ストラウス」


「ああ。そちらもな…………おい、隣の君?」


「え?は、はい!!なんでありましょうか、サー・ストラウス!!」


 ドワーフにしても短躯の男が、オレに敬礼しながら返事した。うむ。そうだ、オレは彼の名前を知らないな。見事な『逃げ足』こそ知っているが……。


「―――君の能力は知っている」


「さ、昨日は、ありがとうございました!!おかげで、父から継いだ兵を失うこともなく、あの場を退却することが出来ました!!」


「……そうだな。だが、君の指揮は最高だった」


 オレやリエルの援護などがなくとも、最小の損害にしたはずではないかね?


「あのとき。他にも策を考えていたな?」


「え?ええ。ぬかるみがありますので、そちらに逃げようとしていましたし……最終的には、地雷原に入るつもりでした。我々なら、法則が分かりますので」


「……ああ、それなら合格だ。この戦の要は、君の得意な退却戦術だ。敵に背を見せることを恥と思うな。いいな?それで救国が成るなら、誇りに思え。『誘い込め』……我々の戦は、今日、終わるわけじゃない」


「……ええ。誇りを失ったとしても、取り戻せばいいですから」


 ―――フフ。さすが、『逆さ豚舐め』より戻った男は違う。


「屈辱の瞬間、君は、何を想った?」


「え?……その……マリー……ですかね?」


「恋人だったな、彼女は?」


「え、ええ……とても優秀で、ちょっと細身だけど、とても好きです」


「いい言葉を聞かせてもらったよ」


 屈辱には、愛で耐えるか。ふむ、オレも見習おう。


「……がんばろう。お互いに、いい『未来』を掴もうじゃないか」


「……は、はい!!」


「さて……君の名前を、教えてくれるか?」


「レイド・サリードンでありますッ!!」


「レイド・サリードンか。うむ、覚えておく。戦場を、制御しろ。君と姫ならば、戦場の全てを見通すことも可能だろう」


「……はい!!全力全霊で、当たります!!サー・ストラウス!!貴方も、生きて下さいね」


「……ああ。がんばりたまえ」


「……男の子同士の会話は、終わったかしら?」


「ああ。もういいぞ。副官を借りて、すまなかったな」


「いいえ。さて、レイド。行くわよ!!私たちも、軍議よ!!今日も明日も大変!!敵軍の『間合い』が見えるアンタに、期待しているわよ!!」


「はい!!姫さまッ!!」


 グラーセス王国を支える、次代の将たちが歩き去る。


 うむ。


 いい後ろ姿だぜ、ジャスカ姫、そしてレイドくん。


 君らの背中ならば、多くを背負うことが出来るだろう。あとは、オレたちの番だ。


 鎧を着終わったオレは、後ろへと振り返る。


 そこにはオレの猟兵たちがいた。


 リエル・ハーヴェル、ミア・マルー・ストラウス、カミラ・ブリーズ、オットー・ノーラン……王城にいるガンダラは合流させなかった。彼の頭脳は、シャナン陛下にとってだけでなく、王国軍にとって最重要な存在だからな。


 ゼファーも、外にいる。だが、この左の魔眼のおかげで、オレの言葉はあの子に届いている。だから、問題はない。


「チーム分けをするぞ」


 その言葉に猟兵たちがうなずいてくれる。


「まず、αチーム。リーダーは、オレだ。そして、リエルとミア。ついてきてくれ」


「ああ!!任せろ!!」


「うん!!了解、お兄ちゃん!!」


「βチームは、オットーがリーダー。カミラよ、彼の指揮と、策に従え。作戦と命令は絶対に遵守しろ。それが、オレへの愛の証明だ」


「は、はい!!」


 ……すまんな、ズルい言葉だ。君の深い愛情を、こういう風に利用するとはな。だが、そうでなければ、傭兵としてキャリアの少ない君は、判断を誤るかもしれない。


「……団長。あとは、お任せください」


「うん。信じているよ、オットー。君なら、必ず成し遂げられるさ」


「……ええ。辛い任務になりますが……あそこで2万の兵を仕留めねば、この戦に勝利をもたらすことは出来ません」


「……おうよ。さて、それでは、行くぞ。戦の時間だ」


 猟兵たちの返事を聞きながら、オレたちは『ボルガノンの砦』のてっぺんへと向かった。すれ違うドワーフの戦士や、『ガロリスの鷹』の戦士たちから、敬礼と言葉で送られる。傭兵相手に、肩入れ過ぎだぞ、君たちは。


 しかし。悪い気持ちはない。


 死ぬななどという軽い言葉は言わない。


 戦い抜こうぜ、お互いに、命の全てを出し切って。


 階段をのぼり、そして……オレは竜に出逢うのさ。


 ドワーフたちにより、黒鋼の『鎧』を装着させてもらった、戦の竜だ。


「……ゼファー、カッコいいぞ」


 ゼファーは静かにうなずく。オレの覚悟を知っている。心でつながったコイツは、誰よりもオレを理解してしまえるからな。だから、はしゃがない。ただただ真剣に。今のゼファーは子供ではない。


 『パンジャール猟兵団』の、戦竜だ。


『……いこう、『どーじぇ』。てきを、たおさなくちゃ。『みらい』が、まもれない』


「ああ。その通りだ。行くぞ、ゼファー」


 オレたちは、ゼファーの背に乗る。その大きな背中はオレたち全員を乗せられる。ミアが先頭、オレとリエルがつづいて、後ろはカミラ。オットーが最後尾。


 ゼファーが、羽ばたく!!


 力強く空へと昇っていくのさ―――。


 高地だからな。東の果てから昇る、朝焼けの光はまだグラーセスの大地には届いていない。それなりの寒さもあるが、まったく冷えは感じない。


 戦いへの熱が、心と肉体に宿っているからな。


 それは炎のように、オレたちを温めていく―――ガラハド、貴様のために血を流してやろう。確実に、この戦を勝利へと導くために。


 ああ、オレには珍しい現象なのだが。


 貴様のことを、もっと早くに殺しておくべきだった。


 脅威は摘出すべきだよな?


 初めて会ったときから、理解していた。お互いは、お互いを認めることは出来ない。貴様はオレへの憎悪が深いし、オレは貴様を軽蔑していない瞬間など、感じたこともない。


 貴様はクズ野郎。


 クソ野郎でもある。


 ゲスだ。


 生きるに値しない間違った命だ。


 産まれたことさえ間違いだ。


 世界に不幸しか呼べない。


 貴様のためなら、いくらでも悪口が心に浮かぶ。


 そうなのだ。


 ガラハド・ジュビアンよ、お前はその程度の男でしかない。


 無価値なだけではない、有害だ。


 ただの『害悪』。


 そうさ、知っていたよ。初めて貴様に会ったときからな。その日の内に、斬り捨ててしまえば良かったよ。ガルフの頼みなんて、無視してしまえば良かった。


 ああ、捕虜を刻んで遊び、女を犯し、子供の皮を剥ぎやがったな。


 無意味に街に火を放ち、ただただ暴力に酔いしれていやがった。


 根っからのクズ野郎だ。


 だが……貴様は―――ガルフ・コルテスの『子供』だからな。


 あの日、貴様を殺そうとしたとき、ガルフは、やめてくれと言った。だから、殺さなかった。ガルフはオレの恩人だからだ。貴様のような無価値な男のためじゃない。ただ、ガルフの声が、そう言ったから見逃してやったんだよ。


 でも……もう、終わりだ。


 『罠』にかかってやるよ。


 その上で、確実に仕留める―――どちらが、ガルフ・コルテスの本当の跡継ぎなのかを決めようじゃないか?あの酔っ払い野郎の『血』を引くのは、どちらかを決める。


 ああ、ガルフ。すまないな、お前が拾って育ててしまった、あのクズを。今回こそは処分するよ。ビジネスのついでにな……。


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