第六話 『白き獅子の継承者』 その7


「……団長!!リエルちゃん、大変っすッッ!!」


 うむ。カミラか……ミアが起こしに来ると思っていたが、なるほど……セックスしまっくて、あられもない性の欲望を果たした状態を見せてしまう可能性があったものな。


 オレとリエルの身体能力で、全裸になり狂った蛇のように絡まり合って?精も根も尽き果てる勢いで愛し合う―――バカを言え。恋愛小説ではない、それはもうシャーロン・ドーチェ作品ではないか!?


 ダメだよ、それはミアの汚れなき心には早すぎる。


「……カミラぁ。いい判断だ!」


「ええ?ね、寝ぼけてませんか?お二人とも、ちゃんと起きるっすよ!?」


「ん。あれ……カミラ?……さ、三人とかは、ま、まだムリで―――」


「そうじゃないっす!!戦関連っす!!ビジネスっす!!『忘れられた砦』に、大異変っすようッッ!!」


「……なんだと?」


 オレとリエルの眠気が消えちまったな。うん、猟兵モードだ。心を冷たくして、研ぎ澄ませ。『オレたちは、冷たい刃、そして敵を砕く勇猛なる牙だ』。


 リエルも、オレと同じような『言葉/マントラ』を心の奥で唱えて、精神を作りあげているはずだね―――リエルの翡翠色の瞳が開かれる。いつものクールな『パンジャール猟兵団』最強の射手が戻ったぞ。


「……カミラ。状況を説明して?」


「はいっす!!―――現在は、早朝6時15分……っ。『忘れられた砦』側にいる、フクロウの秘密通信は、4時45分に来るはずが……」


「来てないのか?それで、ミアとゼファーが向かったのか」


「はい、ソルジェ団長!ミアちゃんとゼファーちゃんが、夜空に紛れて、『忘れられた砦』に近づいたところ……そ、その」


「カミラ、何があったの?」


「……そ、それが……吊されていたっす」


「……何だと?」


「と、砦のてっぺんのあたりから……王国軍の斥候隊の四人が……み、みんな……み、右脚以外の……ほ、他の手足を……き、切り落とされて……ッ」


 ―――知っている。クズ野郎の仕業だ。


 ヤツは戦場で、それを好む。捕らえた敵の手足を、一本残して切り落とし、残りの一本に縄をかけて、つるすんだ。出血は進み、そして……やがて死に至る。ゆっくりと、殺すんだ。無慈悲にな……ッ!!


「反吐が出る……っ。ソルジェ。その外道ぶりは……ッ」


「ああ。間違いねえ、ガラハド・ジュビアンだ……ヤツめ、『忘れられた砦』で、オレたちのことを待っているらしいな。カミラ、ミアとゼファーは?」


「……す、すでに生命反応ナシと判断し、ドワーフさんたちの遺体は、か、回収していません」


「いい判断だ……砦に向かってきていたはずの、帝国軍の補充兵は?」


「その数、2万……およそ、5時間後に到着の予定。それに……っ」


 まだ。不幸なことがあるのかよ。


「落ち着け、カミラ。それで、他に何が起きたんだ?」


「……『地獄蟲』が、掃討されているっす!!」


「な、なんだと!?わ、私の呪術も使って呼び寄せて、かなりの数だぞ!?」


「……ガラハドと『ガレオーン猟兵団』なら、可能だ。ヤツらはオレたちよりも個の力では劣るが……練度の高い連中が100人で動く。蟲の駆除は、ヤツらなら早い」


「ぬう。あと1000匹呼んでおけば良かったか」


「いいや。あそこは、『罠』なんだ。来てもらわなくては、困る。それは、いい」


「た、たしかに。そうだったな。あそこに呼び寄せて―――『聖なる洪水』とやらで一掃する計画だったな!」


「だが、素通りされるのは、マズい……」


「そうだな。それでは、罠じゃなくなってしまう……5時間後には、起動させないとな」


「そ、それと!!」


 おいおい。まだあるのか?


「……あと、北方のルートからも、傭兵団と思われる集団が、4000っす!!」


「ガンダラたちが来たルートか。4000……第六師団の2万4000と合流されるのを防ぐのは、難しそうだな」


「2万と8000……グラーセス王国軍のい1万と4000の、倍となってしまうではないか……ッ」


「倍なら、まだ手の打ちようがあるんだ……しかし、4万4000になられると、どうにもこうにも、分が悪いな」


「……ガラハドたちは、『忘れられた砦』の『罠』に気づいてしまったのか?」


「いいや。そこまでは分かるわけがないだろう。だが……オレたちが仕掛けるとすれば、あそこだと予想をつけるのは難しくない」


 弱兵ばかりだからな。混乱に陥れるのは、難しくない。いいや……アミリアの兵たちばかりというのなら、アミリア代表の息子であるロジン、そして分離派組織『ガロリスの鷹』のリーダーであるジャスカ姫……二人の説得で、混乱を招くという現実的な策も、想像はついていたはずだ。


 オレたちにゼファーという機動力があることを、ヤツは知っているさ。こちらの行動については、いつだって不気味なほどに詳しい男だからな。


 ゼファーがいれば、ジャスカ姫のロジンの二人を『忘れられた砦』に、絶妙なタイミングで運ぶことも出来ると理解していた。


 だから、ヤツは邪魔をする。


 この二万を止められなければ……グラーセス王国軍に勝ち目など、無くなるのだからな。


「……やることは、一つだ」


「そうだな、ソルジェ団長!」


「そうっすね、ソルジェ団長!!」


「……『パンジャール猟兵団』で、乗り込むぞ……ガラハドどもを排除して、『忘れられた砦』を取り戻すぞ……それ以外に手段はない」


 ヤツらも『猟兵』なのだ……ガルフの技と知恵を継いでいる。あらゆる戦略を嗅ぎ取り、対応してくるはずだぞ―――そうだ、知恵とは、経験とは、未知のものにさえ有効だ。


 敵意を読め、状況を読め。


 戦略を読め、思考を読め。


 具体的な『罠』に気がつくことが出来ないとしても……そこに、『何かが』あるはずだと気がつくのだ―――ッ!?


「……どうした、ソルジェ?」


「……いいや。違うな。こいつは、オレたち専用の『罠』だ……違うぞ。全員で行ってはいかん。ヤツなら……ガラハドならば、オレたちが全員で乗り込んでいき、ヤツらを殲滅するという目的など百も承知」


 そうだ。


 たかが百だぞ?


 並みの傭兵よりは強いが―――金に集まったヤツらの腕も魂も、オレたちの『強さ』の前では紙くず同然……。


「ヤツは、何かを用意している」


「何かっすか?」


「それが具体的には、どういったモノなのかはオレには分からんが……」


「わざわざ、私たちを呼び寄せたということは……私たち、全員を殺すための罠がある?」


「……おそらくな。弱く、劣ったヤツが、強者に勝つために選ぶ手段の大多数は非道なものだ―――」


 そう。


 どうあれ、クズが強者であるオレさまに勝とうとするんだ。正々堂々やれば、絶対に負けてしまうオレたちに?……たかが、猟兵もどき百人で、勝てるわけがない。だが、それを成せると確信を抱けるほどの、卑劣……なるほどな。


「何か、ピンと来たのか?」


「……ああ。クズが考えることなんざ、古今東西、そんなに種類はねえんだ。とくに、オレに有効な『策』ってものはな……」


「どんなことだ?」


「……今は、言えないな」


「なんでっすか!?」


「オレの考えが間違っている可能性があるからだ」


「……え?」


「なるほど。固定観念を持てば……それで、足をすくわれるかもしれないということだな」


「そういうことだ。カミラ、オレを信じられるか?」


「もちのろんっすようッッ!!」


「なら、信じておけ。『どんなことになっても、オレは戻ってくる』」


「……ふ、不吉っすよう!?」


「信じられないか?」


「……し、信じるっす!!」


「リエルは?」


「信じる。お前の言葉ならな、ソルジェ団長」


「ありがとう。さすが、オレの女たちだ」


 オレは笑うが。彼女たちは、笑えない。ああ、そうだな。うん。この笑顔は強がりだ。君たちまでする必要はないな。さっきの言葉を、信じてくれていれば、それでいい。


 リエルが、オレをじっと見つめながら、ゆっくりと唇を動かす。


「……ガラハドどもが仕掛けているのは、『避けられない罠』……ということか、ソルジェ団長?」


「そうだ。間違いなく、オレ専用のね。ヤツは、オレのことが嫌いで嫌いで仕方がないからな。そのうえ……オレに詳しい」


「研究され尽くされているっすか?」


「ああ。ストーカーなみに詳しいんじゃないか?嫌いなヤツを研究するのも、男は楽しめるんだよ」


 男の執念とか、劣等感ってものは、なかなかにえげつないものだからな?……だからこそ、男は強くなれる。嫌いなヤツを殺したいから、腕を磨き、強さを得るんだ。嫌いなヤツがいるということは……強さや出世への唯一の手段だ。


 ヒトは獣だからね。


 その本能は、死ぬまで変わらない。


 だから、ヤツのことも想像がつくし……ヤツもオレを予想できる―――。


「逃げ切れない『罠』がある。ならば、最小限の人数でハマるしかない」


「つまり……お前、なのだな?」


「ああ、クズ野郎のターゲットは、オレだもんね?……ハマるしかないなら、ハマる。そして、どうにかそれを打破して、砦の主導権を取り戻す。そうでなければ、この王国が滅びる」


 だから、やるしかない。


 ああ、今日もハードな一日になるなあ……。


 でも、ありがとう、お袋。『戦場で死んで、歌になりなさい』。ストラウスの哲学は、早朝でもオレの心に響いているぜ。おかげで、まったく恐怖はない。まあ、かなりイヤだが、『罠』にハマってヒドい目に遭うよ、オレ。


 社会人だ、ビジネスはがんばらないとね?


「で、でも……や、やつら、クズで残酷な連中っすよね!?そ、そんな連中の『罠』に、ソルジェさまを、行かせるのは……っ」


「カミラ。『私たち』が、なんでソルジェの『妻』なのか、理解できているな?」


「……ッ!!」


 カミラが、泣きそうな顔から……強さを取り戻す。


「……うん!!わかったっすよ、リエルちゃん!!」


 そうだ、猟兵には、恐怖は似合わない。ただひたすらに、信じろ。オレは、ソルジェ・ストラウスさまだぞ?……どうにか、してみるさ。


「……ソルジェ団長」


「どうした、リエル?」


「『罠』にかかりに行くのなら……私かカミラのどちらかは連れて行け」


「そうっす。そこは、ゆずれない。自分たちは、貴方の『お嫁さん』だから」


 ―――リエルよ、カミラよ……ああ。ほんと、すまない。


 オレは、仲間に……『家族』に血を流すことを、強いてしまうのか……。


 だが。


 ヤツの……ガラハドの狙いは、あくまでもオレのはずだ。オレたちの能力は把握できていても、ヒトの心を理解できないガラハドは、オレたちの関係性までは知らない。愛とか、多分、ヤツの脳内辞書には無いからね?


 つまり、必殺の『罠』は……オレに対するものだけか。


 そうかい。


 ああ、なんか、大体、分かっちまったな―――しょせん、クズの策など、発想力が知れている。オレが一番、イヤがることをすればいいんだよね?……ほんと、底が浅いハナシだぜ。でも、確かにオレだけはハメられるだろう。


 オレがオレであるための行動を、強いられるんだろう?


 拒めば、たしかにオレの心も哲学も腐って落ちる―――ほんと、クズ野郎め。


 今日は殺せんかもしれんが、明日か明後日には、ぶっ殺してやるぞ。ガラハド・ジュビアンよ。ああ、楽しみだ。


 だから?


 今日の屈辱と痛みに耐えられそう。


「……オットーを呼べ。15分以内に、作戦を煮詰める。そして、αチームとβチームに分ける。『本命』と『囮』だ」


「なるほど……それで、お前のチームに入るのは?」


「……これは私情を挟まない。ビジネスのハナシだ」


「わかってるっす!!」


「もちろんだ。プライベートとビジネスの違いはつけられる。それで……?」


「……リエル。オレと来い」


「……了解だ、ソルジェ団長」


「カミラ」


「は、はい!!」


「……お前は最も新しい団員だ。ガラハドも、お前を理解できない。つまり、こちらの最高の切り札だ。オレとオットーが作る作戦を実行しろ。キツい道だが、必ずどうにかなる。信じろ、オレと、お前と、『パンジャール猟兵団』を」


「イエス・サー・ストラウスッ!!」



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