第六話 『白き獅子の継承者』 その6
「ど、どんな特殊な行いだ!?わ、私は、経験値がゼロなのだぞ!?そ、そんな上級者なコトを要求されても、ぎ、技術的に、ムリかもだし!?」
「そうじゃない。リエルとさ、ハナシがしたい」
「……ハナシ?」
大きな瞳をパチクリさせながら、彼女は顔に垂れそうになっていた、あの美しい銀色の長い髪を手で直した。
横を向いているからね?顔にかかりそうになる……その仕草が、色っぽい。アゴと首のあいだに、オレは妙に興奮してしまうが、がんばる。
耐えるんだ。オレは、彼女を抱きたいだけの男じゃないもんね!!
「……グラーセスに来てから、一緒に行動出来なかったからさ?」
「ああ。そうだな、ちょっと……」
そのまま言葉が途絶えてしまう。だから、オレは恋人として訊くのさ。
「さみしくさせて、すまないな」
「うん……い、いや。お前は、悪くない。必死に行動している。カミラを救助するために奔走したし、ジャスカや、このグラーセス王国を帝国軍の侵略から、護ろうと、必死だ!!知っているぞ、私は、そんなこと!!」
「そうか……」
「私の配置だって、戦略的に、間違いなんて、どこにも無かったぞ!!だ、だから……さ、さみしがるなんて、正妻として、間違いで……っ」
リエルが心のなかで暴れる感情に耐えられなくなったのだろう。マジメな少女は大変だな。恋人のための感情にさえ、素直になることを許さないのだから―――だから?
男の方ががんばろう。オレ、彼女のより年上の大人男子だからな。何よりも、リエル・ハーヴェルを愛する、ソルジェ・ストラウスだからだよ。
「……オレも、さみしかったぞ」
「え……」
「素直になると、君が一緒にいない時間が、なかなか辛いんだ」
「そ、ソルジェ……わ、私もだ!!さみしい!!お前が、そばにいないと、辛いんだぞ!!」
「ああ。オレもだ」
「で、でも……それは、ちょっと独占欲が強すぎるというか?……そ、それは正妻の権利だし?……で、でも……仕事でがんばるお前の、負担になるのは、イヤだし……なんか、間違っているような気がして、その……っ」
「いいんだよ。リエルがそれだけオレを考えてくれている証だから」
よしよし。リエルちゃんの頭を撫でてやる。うん。複雑な顔しちゃっているな……。
「こ、これは、悪くないが……」
「キスのほうが良かった?」
「き、訊くでないっ!?……わ、私が、そういう類いのコトを訊かれて、素直になりにくいコトぐらい、分かっているだろう!?」
「うん。君の恋人だからね」
「お、おう……っ」
感情の起伏が大変だな。リエルちゃんは、むーっと、唇と目を力強く閉じて、何かに耐えている。だから、オレはリードしなくちゃ。
「グラーセスの地下迷宮でのこと」
「……え?」
「それに、今日行った、王城での出来事」
「……うん」
「そういうのをさ、今から話してもいいかな?」
「あ、ああ。でも……その、私たちは、フクロウやハヤブサの通信で、情報交換は密にしているじゃないか?」
「そうだな」
暗号に省略された情報を、オレたちは鳥の足輪にくくって運ぶ。既存の文字を弄って作る一つの文字。その一つは、膨大な情報を秘める、数学的な暗号さ。
ロロカ先生が、三分で作り。他の者は、『ルール』を知らないと一生解けない暗号だ。知能の差って悲しいよね。
だから、鳥の足輪に隠せるサイズでも、オレたちは作戦の状況をしっかりと伝えられる。それぐらいの絆と練度で、オレたちは結ばれているのさ。
でも。
でもね……。
「……そういう記号じゃなくて。言葉で、伝えてみたいんだ」
「言葉で……か?」
「ああ。君とね、昨日から今日にかけて起きたコトを共有したいんだ。オレはさ、かなり濃密な冒険をしたんだから……それをさ、君と共有したい」
「……うん!私も、共有したいぞ!!お前が、どんな冒険をしていたのか。どんな敵と、どんな思いを込めて剣を振って戦ったのか……お前が、どんな悲しみや苦しみや、喜びを知ったのか……」
ああ。ほんとに、話したい。オレの物語を、君に共有して欲しいんだ。オレの物語が、君の物語であってくれると、オレはどこまでも嬉しいんだ。オレの人生に、とんでもない価値が生まれるんだぞ?
オレのリエル・ハーヴェルは、必死になっていた。
「あのな。酒宴の席で、他人から聞かされるお前の伝説は、たしかに、誇らしいんだ」
「カッコいいか?」
「うん!カッコいい!強いヤツに勝ったとか、どんな難題を解決したとか……でも」
「でも?」
「……さみしいだろ。その伝説に、私が参加していないのは」
「そうだな」
「だから、その伝説を、せめて夜には私の耳に語って聞かせろ」
「長くなるぞ?オレは、ハナシが長い厄介な男だ」
「いいんだ。私は、そういうお前が、す、好きなわけだし……?」
リエルが死ぬほど照れてる。ああ、可愛いなあ。
「ああ。わかった、今後はそうする。長話は覚悟してくれよ?」
「お、おう。分かったぞ、ちゃんと聞く。だから、聞かせろ」
「うん」
「あと」
「あと?」
「……伝説じゃなくても、特別なことがなかったとしても。歌にはならぬ、ただの一日だったとしても……それでも、いいんだ」
リエルの左手が、オレの胸の上に伸びてくる。ハートを知りたいのか?心臓はね、とっておもドキドキしているんだよ。君は、今……君の瞳は、とても深く、オレを魅了しているんだ。
エメラルド色の光りのなかに、囚われそうになる。ああ、竜に乗って、空の高みを競っているときに―――空に吸い込まれて、上昇しているのに、堕ちていくような気持ちになるが……あのときと同じだ。首の後ろから、背骨にかけて電流が奔る。
「……普通の日のことでも、いいのだ。だから、私に話してくれ、ソルジェ・ストラウス。お前の特別ではない日のことだって、私は一緒にいて……それを、共有して、生きていきたいんだ」
「……ああ。聞いてくれるか?つまんないことも、たっぷり言うけど?」
「いいぞ。私は、お前の声も好きだから」
「ああ。それとさ?」
「うん?」
「君の願いばかり叶えるのは、ズルい」
「そ、そう言われると、そうだけど?」
「だから。君の物語も、オレに話してくれるか?」
エメラルドの深淵が、大きくなって。まるで、太陽みたいに、あふれて輝いていた。
「ああ!!私も、私も、たくさん話すぞ!!私の物語を、お前に……暗号でも、伝説でも、歌でもなく。ただただ、拙いかもしれないが……ただの、私の唇から生まれる言葉で!!お前に、伝えたい!!」
「うん。教えてくれよ、君の物語を」
「うむ!!教えてやる!!どんなことを、思いながら、その料理を作ったとか。どんな意味を込めながら、お前の影を踏んだのかとか……教えてやるぞ、ソルジェ・ストラウスに、リエル・ハーヴェルの物語を!!」
「……ああ。それじゃあ、今日は、オレから話そうか?」
「うん。とーぜんだ。言い出しっぺだもん」
「そうだね?じゃあ―――」
「―――マクラ」
「え?」
「マクラが欲しい」
「オレの?……ああ、そういえば、足下の方にお前が持ち込んだヤツが?」
オレの足指が彼女が持ってきたマクラに触れる。うむ、取ってやるかね?
「いや。そーじゃない」
「え?」
「だ、だから……」
「だから?」
「お、お前、き、気づいていないか!?」
「気づいているかもしれないが、それではないかもしれない。そんなときは、質問を使うことで、確かめるのさ?」
「か、からかっているのか?……だ、だから!!」
「だから?」
「……う、腕マクラがいい。こ、こっちの、心臓に近い方の、腕がいい。左腕が、いい」
リエルちゃん。
オレの背中に次いで、左腕も好きなの?
パーツ・フェチか……いいや?頭は悪いが洞察力はインテリどもを唸らせるオレには、なんとなーく見当がついたよ。
ハートに近いからだろ?
ウルトラ可愛い。いいぜ。うるさいかもしれんが、聞いてくれ。オレの心臓の鼓動をさ?そいつは、心から漏れてくる音だ。君のその長くて可愛い耳に、聞いて欲しいな。
「ほら。いいぜ?」
「う、うむ!」
オレが伸ばした左腕に、頭を上げて、すぐに降ろして、二の腕に乗った。
「……えへへ」
「いいマクラか?」
「ああ。よく眠れそうだぞ」
リエルは頭を少し動かして、オレの腕マクラ適性を確かめる。いいカンジらしい。そいつは良かった。筋肉鍛えすぎてて、岩みたいかもと心配してた。
「なあ、ソルジェ!」
「ん」
「早く、話せ。ここはな、とても寝心地がいいんだ。眠ってしまうかもしれん」
「うん。それはそれでいい。マクラはそう使うもんだろ?」
「そうだが……その」
「その?」
「……お前は、その……したいのだろ?」
「セックスのことか?」
「ちょ、直接的に言うな!!私は処女なのだから、は、配慮しろおお!?」
「分かりやすい言葉だから嫌いじゃないんだが」
「デリカシーは覚えろ。せめて、え、えっち……とか?ち、巷では、い、色々、言い方というものがあるではないか?」
「ああ。配慮する」
「……で。そ、その……したいのだろう?……そ、それ」
「そりゃあ、したいよね?男だもん」
「そ、そうか!だから、話し終わったら、その、し、してもいい……ぞ?」
「ああ。でも、今日は。それよりも、君と話したい。ダメか?セックスよりも、君と話したいっていうのは、失礼かな?」
「……ううん!いいぞ。お前がそれを望んでくれるなら……私は、なんだか、お前のことが、今よりも、好きになりそうだ」
「……それは嬉しいね」
「で、でも。どうしても、ガマンできなければ、し、していいからな?私は、お前の正妻だから、こ、子作りするのは、当然だし……こ、子供だって、私は、ジャスカを見ていたら、わ、私もその……」
「ああ。オレも衝動的な男だから、いつまでもガマンできないさ」
「うん……それでいい」
「でも、今は、オレの長話に付き合ってくれるか?」
「……ああ。聞かせろ、ソルジェ・ストラウス。お前の、物語を、全てだぞ!」
そして。
そしてオレは長い物語を聞かせていく。本当に長い二日間だ。色んな感情が心からあふれた。悲しみも、苦しみも、悩みも、不安も。喜びも、愛も、友情も、敵への怒りも、ダンジョンの謎を解く満足感も。
色々なことを、思い出せる限り、リエルに話したんだ。
リエルは、楽しそうに聞いたり、ガルードゥの発言には怒りを表してくれたりした。もちろん、オーダーの通りに、下らないコトも話した。『逆さ豚舐め』―――ディアロス文化の『角』に触れたら殺す―――に匹敵する衝撃だったんだ。
笑ってくれた。
バカだなあ、とは、ドワーフ文化への攻撃なのか。こんなコトを恋人にベッドの上で話しているオレへのツンなのか、分からない。うちの正妻ツンデレ・エルフさんは、今夜はとってもデレ多め。
夜が更けて来た。
だから?
だから、一番大切な言葉を伝えて、二人で眠っちまうことにした。伝えきれないことは、宿題にする。アホ族にとって、宿題とは、ためておいて後で消化すればいいものだからね?
さて。
最も大切な物語は、とても短い言葉ですむ。
「―――愛してるぞ、リエル。おやすみ」
「―――うん。おやすみ、ソルジェ。愛してるぞ」
―――物語の果てに、恋人たちは眠るのだ。
安らかな眠りだよ、とてもぐっすりと眠れてしまう。
素晴らしい恋人たちの夜だね、可愛い系の愛に満ちている。
リエルは、ソルジェの夢を見る。
―――魔物と戦い、妹のために料理をつくる男の夢だ。
絶望に耐えながらも、カミラを見つけた男の夢だ。
いつの間にやら、クラリスの願いをも超えて、グラーセスのために戦う男の夢だ。
弱き者のために剣を振るい、その過酷な道を正義と信じる竜騎士の夢だ。
―――にんまりと笑う、自慢をするのだ、夢の世界にあったとしても!
ああ、誇らしい。
ソルジェを愛していることは、リエルの誇りであるのだ。
いつまでも、リエルはソルジェを愛するだろう。
―――その『生き様』の全てて、その『死に様』の全てで。
一生をかけて、リエルはソルジェの影を踏む。
ソルジェの影を踏むのは、正妻の特権だからだ。
そして、ソルジェのために、敵を射抜くのさ。
―――復讐の旅に、大いなる意味が加わった。
故郷を滅ぼされた憎しみのための矢は、今では、愛の色をも込めて放つ。
愛しい男の『心の音』をつかんだその指は、男の心から吹く風を識る。
『未来』が欲しい、誰もが、生きていていい『未来』。
―――亜人種も、『狭間』も、関係ない。
そんな『自由』を目指して、もがく、その大いなる風が。
リエル・ハーヴェルの『誇り』になったんだ……だからね、ソルジェ。
君は……きっと耐えられる。
―――ガラハドの、邪悪な『罠』が与える、離別の苦痛にだって……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます