第五話 『風の帰還』 その15


「……あら?サー・ストラウス、どうしたの?」


 ジャスカ姫はシャナン王の部屋で、長話を楽しんでいたようだ。侍女たちに通されたオレは、彼女をあの小汚い『ボルガノン』の砦に連れ戻すための言葉を口にするのが、なんだかためらわれる。


 高級家具があふれるこの豪奢な部屋、そして高級スイーツにあふれたテーブルを見ていると、あのボロボロのみじめな砦に連れ戻るという行為が、彼女に相応しいのかどうか。


 ジャスカ姫は、もうこの国のカリスマだ。王城に留まっていた方が、正しいのかもしれないな。


「ああ。帰るのね?ええ、分かったわ!!ねえ、そこのメイドさんたち?この甘いお菓子をたくさん、包んでくれるかしら!?あっちの砦には、可愛い女子が三人もいるのよ!!」


「ふむ。食糧と武器、そして人員も送り込むが……菓子も持たせよう」


 何だかんだで姪っ子には甘いんだろうな。シャナン王がそんなことを言っている。ふむ、彼女も戦士か。この贅沢な空間よりも、戦友たちがいる場所を望むか。いや、旦那がいる場所か?


 いかにも、この姫らしくていいではないか。


「……ん」


 彼女に感心していたオレの瞳が、彼女の背後にある彫像を見つけていた。見覚えがあるな……『魚』の像か……ふむ。オレはガンダラから返却されていた道具袋に、武骨な手を突っ込み、ガサゴソ中を探っていく。


「どうかしましたか、団長?」


「どうしたの、サー・ストラウス?王さまの前で、また変な行動?」


「心外だな……オレは、いつもマトモな世渡りを心がけている」


「ハハハハハハハハハッ!!」


 どういう意味の爆笑だね、シャナン王よ?


 まあ、深くは考えないけどね。傷つくだけだろ?分かってるよ、その笑いの意味がオレの精神衛生上、良くないことだってことぐらい。


 オレの指が、そのアイテムに触れていた。


「……よし!!あったぜ!!」


 そうわざとらしくアピールして、オレはこの場にいる連中の視線を集めるのさ。オレがそこから取り出したのは、隠者ガルードゥのほこらでミアが回収していた『鍵』さ。ミア曰くの、『何か大切そうな鍵』。


「あら。それ、まだ持っていたの?」


「何だね、それは?」


「……隠者ガルードゥのほこらで回収した、『何か大切そうな鍵』だ!」


「ガルードゥ……あの忌々しい狂人か」


 王とヤツとの人間関係が垣間見れる一言だった。ああ、彼らはやっぱり仲が悪い。根が深そうだな……数十年来の憎悪の交流があったのかも?


「ヤツの品か?正直、窓から捨てて欲しくなる。ワシを狙って呪いを吐きそうだ!」


「……まあ、待ってくれ。何かコレさ……ほら、見てみろ?外れるんだぜ?」


 オレはその鍵をキュキュキュっと捻って、二つに分解する。鍵の部分と、魚の飾りが外れていた。な?面白いだろ?


「だから、どうしたのだ?」


 王にウケが悪い……。


「もう、あんな変態ジジイのコト忘れましょ?窓から捨てなさい」


「君らね……こんな細工が施されたアイテムに、興味とか無いのか?」


「ドワーフ王はそんな壊れた鍵などいらんよ」


「ドワーフの姫もいらないわ。変態野郎のコトを思い出して、妊娠のゲロがあふれそう」


 ……だから、それは『つわり』だぞ、姫よ。


 くそ。こうなれば、『探検家』よ!!オットー・ノーランよ!!その偉大な探索能力と膨大な知識量で、コレがどんなアイテムなのかを分析―――って、いない?


 背後にいたはずの大人しい系の男子が消えているぞ?……あ。いた!!アイツ、オレが目をつけていた『魚』の像のトコロにいる。もしかして、ソレは、やっぱり、コレと関係があるの!?


「オットー!!そこにも、何かあるのか!?」


「え?……ああ。そうですね、ありますよ?」


「え?像が?」


「その像が、どうしたというのだ?」


 ドワーフ・セレブどもが食い付いてきた。オレのクソみたいなガルードゥの鍵よりも、この豪華な部屋の調度品の方に興味があるそうだ。そりゃそうだな。


 分かるよ?


 自分を呪っている根暗野郎の居住地から持ってきた『壊れた鍵』なんて、オレだって窓から投げるかもだし?


 ……それに比べて、この1メートル50センチはある大きな石像だよ。王家の部屋にあるような調度品さ……うん。こっちのが大事!


「シャナン陛下、この像は、いつからここに?」


「分からぬな。我らが子供の頃にはすでにあった。何代も……あるいは、もっと大きな桁の数の王たちと、共に過ごしてきたモノかもしれない」


「ふむふむ。なるほど……」


「で。どうなんだ、それのどこが気になるんだ、オットー?」


「まずは……この目ですね?」


「目玉が!?……どうした?」


「それがですねえ」


 オットーの指が、その大魚の目玉を押した。いいや、押して、横にスライドさせる。


 ズズズズ!


「回ったわよ!?」


「なんと!?そんなところが、動くのか?」


「……王よ。子供の頃からあったのだろう?目玉ぐらい突いてみないのか?」


「そんなことをしているほど、余暇の多い生活はしておらんかったわ!!」


「そ、そうか……」


 たしかに王位を巡って兄弟たちで殺し合ったり?ガルードゥみたいなカルト野郎どもに嫌われたり?……ああ、兄貴と一緒に、地下迷宮を制覇したりしないといけなかったんだもんな?


 魚の像の目玉なんて突けるほど、ヒマのある子供時代ではないか。


 オレ、恵まれていたんだな?王、バッタとか捕まえたことも無さそう……。


「……ふむ。それで、オットーくんよ?それは、何だ?」


「んー。多分、『鍵穴』ですね?」


「コレかッ!!」


 オレはドヤ顔で掲げる。その二つに分解された『壊れた鍵』を!!


「でも?この目だま、くるくる回るだけで、『鍵穴』なんて、ないわよ?」


 人妻妊婦姫がその細い指で『魚』さんの目玉をぐるんぐるん大回転させる。回る。そうか、縦に軸が入っているのか?……天球儀みたいに回り続けるだろうな。


「あーあ、サー・ストラウスがまた知ったかぶりを発揮しちゃったわね?」


 え?


 あの女……ッ。くそ、クライアントでも姫でも、あと妊婦でも無ければ、悪口言い返してやるのにッ!?


「いえいえ。この鍵は、いるっぽいですよ?」


「やっぱりか!!オレとミアの勝ちだぞッ!!」


「で。何なのだね、その壊れた鍵は!?」


 オットーは、オレから受け取った『鍵』と『魚のかざり』を左右の手に持つ。


「なあ、それが鍵なんだよな!?」


「この『鍵』の部分……鍵に見えて、じつはそうじゃないんです」


「……ん?」


「どういうこと?」


「もったいぶらずに、教えてくれんか?あのクソ暗殺者のソレは何だね?」


「この鍵の凸凹は……暗号ですね」


「暗号が、その凸凹に刻まれているというのか、オットー?」


「ええ。『右に7回、左に9回、右に4回、左に8回』……ですね」


「そういう鍵ね!?任せなさい、盗賊スキルもゲリラの必修よ!!」


 盗賊姫が黒い履歴を語ったが、王さまは聞こえなかったフリをした。


 ああ、健康的な判断だ。彼女の半生をほじくり返しても、やさしい記憶は出て来ないだろう。ロジン・ガードナーとのロマンスにさえ、オレは興味ないし。


 盗賊の技巧を指使いに宿らせて、ジャスカ姫は『魚』の目玉を回転させていく、ああ、つまりダイヤル式の金庫だろうね。ジャスカ姫が舌舐めずりをしながら、その作業を完成させる。


 ガチリ。


 何かが外れた音が聞こえる。そして?次の瞬間、『魚』の口が開いた、ガコン!と指を挟んだら骨が砕けそうな音と共にね。


「まあ。この『魚』、口のなかに牙と……ヘコみがあるわよ?」


「『終わりが沼の大魚の口へ、小さき魚の勇気を差し出せ』……鍵のヘコみに、古代の南方ドワーフ語で、彫られています」


「そう。じゃあ、サー・ストラウスの出番ね?」


「ん?オレがやってもいいのか?」


 こういうの、好きだぞ?分かってくれたのか、ジャスカ姫?さすが人妻、男の心理を知り尽くしているな!!


「いや。だって、勇気とか書いてあるんでしょ?勇気は代償をかえりみないわ。牙が降りてきたら、指とか手を、はさまれて潰されそうじゃない?」


「……オレのなら、いいのか?」


「いいえ?貴方なら、どうにかするでしょ?私は、繊細だもん、妊婦だし?」


「……べつにいいけどよ?」


 妊婦を盾に取られると、どうにも弱くていけないな。オレはあきらめのため息を肺から出して、唇を不満げに尖らせつつ、オットーから『小さき魚』を受け取るのさ。


「……さて、これを……ふむ。なるほど、この角度でなら、ガッツリと挿せそうだ」


「ええ。そのままゆっくりですよ……団長、慎重に。奥まで挿したら、即、腕を抜いて」


「おうよ、パターンは読めてる―――」


「―――バクンンッッ!!」


 盗賊姫がやると思っていたコトをやり、それでもオレは妊婦のご機嫌を取るために、素早く手指を魚の口から抜いた。


 クソ女め、爆笑してやがるぜ。ああ、妊婦じゃなかったら……クライアントじゃなかったら……ああ、いいや。止めておこう。


「だ、団長。私がやりましょうか?」


「いい。オレの指なんて、こんな魚に食われちまえばいいんだよ」


 自虐しながら、作業を再開。まあ、途中まで差し込まれている『魚』を『大魚』の喉奥に突っ込むだけの簡単なお仕事―――からの、即座に手を出す!!


 ガギュンンンッッ!!


 ハハハ!!……野蛮なドワーフ文化め。ベタな罠だが―――ちょっとは威力を考えろ!!そんな音させているモノに噛まれた日には、成す術もなく手首が消えているぞ!!


 常識がなく、あるのは威力だけ。そんなドワーフ文化に激怒したオレがいた……だが。オレの怒りとかには他の三人は無関心のようだ。


 まあ、いいよ。オレだって、グググとかいう音を立てながら、床の一部が開いていく光景に見入っているもの。今このとき、最も驚いていたのは、ずっとここで生活していた王だった。


「ああ、なんと言うことだ?」


「……ロマンを感じるよな」


「バカを抜かせッ!?あんなクソ外道のガルードゥが、ワシの部屋の隠し通路の鍵を持っていただと!?……タマが無事だったのが、奇跡のように感じるわい」


 あの去勢済みの狂ったジジイが、アンタのタマを刈り取りに、この通路から這い上がって来るのか……ほんと、グラーセスのドワーフ族って何考えているんだよ?もっと、普通の生活が送れないものなのか?


 まあ、いいよ。他人様の文化にドン引きすることなんて、旅慣れたオレにはよくあることさ。それより今は、ロマンを追いかけたい。ドワーフ王の隠し通路?そりゃ、入るだろ?


 オレとジャスカ姫とオットーがその通路に近づく。よく見れば、王までいる。


「王よ。おたくらの文化は粗野で残酷だ。やめておいた方がいい」


「大きな誤解を受けているようだな、客人」


「そうかね?少なくとも、ついさっき片手を潰されかけた。入り口でそれなら、奥はもっと危険かもしれない。貴方はここで―――」


「―――君は、自分の寝室の床に、こんな穴が開いてるのに、他人に調査を任せるか?……調査隊が戻って来て、大丈夫。そんな言葉をくれたとしても、気になって夜も寝られないだろう?」


「たしかに。では、参りましょう。オレとオットーが先に行きますよ」


 オレたち庶民なんて、ドワーフ文化の盾になってやるよ……そんなヤケクソな気持ちもあったが、この通路は意外と短くて安心した。罠も、結論から言えば、一つもなかった。


 そして……その通路の奥に、オレたちは『古い鎧』と、壁画を見つける―――。


「お宝ね!!」


「君のところの財宝だから、盗んでも得にも損にもならないな」


「夢が無いことを言うわね?」


「オットーくん、その鎧は?」


「……古い『鎧』ですね……500年は昔のモノです……」


「だから、ボロボロなの?」


 そう考えるのも納得のいく考え方だけど。オレはそうじゃないと確信する。その鎧は、飾られているが……偉大な王を称えるためでなく、狩った獲物を見せびらかすように吊している―――そんな印象を受ける。


 なぜかだと?……鎧を掛けた台座に、あまりに乱雑に掛けてあるし……何よりも戦闘の痕跡だらけだ。数カ所に穴が開いているし、この大きな裂け目は、太刀……いや、斧によるものだろうね?鋼が裂かれて歪んでいる……おそらく、それが致命傷。


 さらに、奥の壁画も印象的だった。


 王冠をかぶった戦士が、赤く染まった池に半身を沈めている。槍と剣と、斧と矢。それらが彼には突き立てられたまま、うなだれている。目は見開いたまま。そして壁画の四隅には、民衆を現すドワーフたちだろうか?


 兜、羽根つき帽子、神官の頭巾、はげ頭のドワーフたちが、『王』を睨んでいた……。


「……王よ。これは、王家への挑戦に、成功した者たちのレリーフかね」


「……そうだろう。これは、我らの歴史にある、『血の滅び』―――王権を、四大諸侯らが奪い取った物語だ……ククク!探していた、最後のピースが、ワシの足下にあるとはな」


「叔父上?こんなクソ縁起悪いモノを探して、どうする気ですか?」


「……なるほど。王が、『沈む』―――ここにも、『忘れられた砦』と同じような装置があるっていうことか」


「うむ。そうだ、赤毛よ。おい、オットーくん!」


「ええ。この壁画……うなだれた王の『目』が、『スイッチ』となっています」


「……つまり、押しちゃったら?」


「王が『沈む』……『王城』あるいは『王都丸ごと』、濁流に呑まれるのかもな?……ククク。なるほど、この赤い池は……王の血があふれただけではないのだな。民の血までが融けた赤だとするのなら―――仕掛けの威力は十分そうだ」




 ―――そうだ、それが最後の一欠片。


 それで、ソルジェたちの『策』は完璧となった。


 あとは作戦を実行するだけさ……ああ、あと、嬉しいこともある。


 王はその『鎧』を融かして、最高純度の魔鋼を取り出すことを許したよ?




 ―――最高純度の、魔鋼だよ。


 売るも良し、何かの武器や防具に変えるも良しだ。


 いい褒美だねえ、ソルジェ。


 鎧を直すかい、それとも―――君が今、考えたことに使うのも良いよね。




 全てには、そうだ―――『寿命』があるんだ、『再生』を願う夜も近いのさ。


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