第六話 『白き獅子の継承者』 その1


「おつかれさまだな、ソルジェっ!!」


『おつかれさま、『どーじぇ』っ!!』


 王城の中庭に降りたったゼファーの背にはリエルがいた。


 ああ、不思議なもので、ふたりに『おつかれさま』と言われると、緊張の糸が緩む……オレはジャスカ姫が見ている前だというのに、ふらふらとした足取りでゼファーに近寄ると、そのまま大きな顔面に両腕で抱きしめた。


「あああああッ!!ゼファー!!リエル!!オレ、なんかもう今日、ムチャクチャ疲れたあああああああッ!!」


『あはは!!おつかれ、おつかれ、『どーじぇ』!!』


「おう!!なんか、今日は死ぬほど疲れたぜえッ!!ああ、ゼファー、ハグさせろおおおッ!!ゼファー成分を補給するんだああッッ!!」


 オレは鉄より硬いゼファーのうろこにほおずりする。うん!ざらざらしてる!!


「な、なんだか、色々あったようだな。いつにも増してゼファー愛がスゴいぞ」


「おう。大変だった……たくさんのヒトに会って、たくさんのハナシして……なんか若いドワーフと試合して……ああ、大金ゲットしちまったんだけど!?で、でも!!ウルトラ、疲れたあああああああああああああッッ!!」


「そ、そうか……じゃあ。すぐに帰ろう?ゴハンも出来てるぞ?」


「メシ、最高だああああああああああああああッッ!!」


「うむ。だいぶ心身が消耗しておるようだ。いつにも増して変だな。さて、ジャスカよ、こっちに……ん?あれ、そういえば、ガンダラとオットーは、どうしたのだ?」


 リエルがキョロキョロして猟兵の仲間たちを探している。


「むう。ふたりとも、時刻には正確な連中のはずだが……?」


 相変わらず森のエルフの姫さまは、時刻に厳しい。種族あげてそうなのかな?それとも人一倍マジメそうなリエルちゃんだけのことなのかね。


「遅刻とは……許されんな!!」


「ああ、リエル。そうじゃないのよ」


「え?ジャスカ、どういうことだ?」


「じつはさ、あの二人はここにしばらく残るんだよ。ガンダラはシャナン王の臨時軍師になったし、オットーはついさっき発掘された遺跡の調査だ」


 そうだ。アレも最重要装置……『忘れられた砦』と同じぐらいの切り札になる。


「ふむ。二人とも、重要なお仕事だな。でも、ソルジェは残らなくてもいいのか?」


「ああ。頭脳労働は彼らに任せる。オレはここにいても役に立たない」


「たしかにな」


「言ってくれるね、リエル」


「疲れているときのお前は、思考能力が低下してる。いつもの洞察力も使えんだろ」


「……そうだな。ああいう閃きは……今は出ない」


「お前は疲れすぎなのだ。今夜はもう休め。明日からは、忙しくなるだろう?」


「ああ。そうだな……忙しくなる。オレは、こっちの王城よりも、むしろ、あっちの『砦』にいて、ゼファーの機動力を使う任務に当たる方が効率的だ」


「うむ。その認識はきっと正しいぞ」


「……ありがとうよ。ちょっと落ち着いた。さすがは、オレのリエル。ああ、お前の作ったメシが食べたいぜ」


「そ、そうか!……あ、あの二人にも、私特製の肉たっぷりのシシ鍋を食べさせてやりたかったが、残念だな」


「ああ。連中も口惜しがるだろう。肉と汁!!ああ、ホント、腹減った……」


「お前、だいぶ酒臭いが……酒宴で何かを食べたのではないのか?」


「すぐに暴力沙汰になったんでな」


「アハハハ!……ダメな大人だな」


 そんなオレを好きでいてくれる君が大好きだ。そう言ってみたかったけど、恋愛脳の姫さまが、オレたち夫婦のいちゃつきをニヤニヤしながら見ているから止めておく。そんなセリフ言ったあと、あの厄介な姫さまにからかわれたら?


 ……リエルが恥ずかしさのあまり、混乱するかも?下手すれば、ゼファーに命じて飛び去られるかもしれん。


 そんな姿を見てみたいけど、ガチで腹が減っているから、そんな実験する度胸がない。


 いくらリエルが狩り上手だと言っても?無限の獲物を取れるわけじゃないのだ。姫の部下の良く訓練された若いクズどもと、ドワーフの野蛮な戦士がうじゃうじゃいる砦だ……肉が尽きるのは時間の問題だ。


 このチャンスを逃せば?リエルの手作り?シシ鍋を逃す!!オレは、今、ジビエ/野生肉が食べたいのだ!!明日に備えて、野生の血肉で胃袋を満たしたい。


「飲んだけどさ……肉は、食べてねえんだあああああああッ!!」


「えっ!?ちょ、ちょっと!?」


 オレはゼファーの背によじ登ると、そのままリエルの背後に回り込む。よし!!もう、乗ったぜ!!どんなことが起きても、逃がさんぞ!!本能のままに、両腕でオレの恋人エルフさんを抱きしめるのさ!!


「う、うひゃあ!?な、なんだ、急にいッ!?」


「食べたい」


「ば、ばかな!?ま、まだ、夕暮れだぞ!?し、しかも、王城の庭だぞ!?ジャスカがニヤニヤしながら見ているのだぞ!?」


「……肉が、食べたい」


 ぐううううううう。


 オレの腹がキュートな悲鳴をあげる。どこのキュートさがあるのかだって?ほら、耳をすませてよく聞けよ、まるで竜の寝息みたいだろ?


「……そ、そっちか」


「……可愛いエルフさんも食べたい」


「え、エルフは、食べ物ではないのだっ!?」


「……知ってるよ」


「じゃ、じゃあ、食べちゃダメだろ……?」


「―――ねえ?そろそろ乗ってもいいかしら?」


「うおおおッ!?い、いいともさ!!ぜ、ゼファー。ジャスカのために、背を低くしてやるのだ。彼女の腹には新たな生命がいるのだぞ!」


『うん!わかったよ、『まーじぇ』!!……はい、じゃすか!』


 ゼファーが新たな命を抱く女のために、その偉大なる頭と背中と翼を、大地に屈めるのさ。そうだ。ああいう命にはな、誇り高きお前でも、かしずくべきなのだ。


 竜が垂れた首の横を歩いて、やがて母になる女が竜に飛び乗る。とても元気良くね。


「……ジャスカよ。そんなに動いて大丈夫なのか?」


 女だから、きっとオレ以上の心配を抱くのだろうね。リエルが心配そうに訊いていた。


「うん。いけるわよ?」


「いや、お前ではなく、腹の子だ。あまり激しく動くと、かわいそうだ」


「……うん。そうね。まだ、妊娠しているって実感は、乏しくてね?ゲロ吐くだけだし?でも、気をつけるわ」


「うん。気をつけたほうがいい。もしもがあっては、大変だからな」


「ウフフ。そうね、私たちが創るこの国の『未来』を、生きていく子供がいなくちゃね」


「そうだな。がんばろう!」


「……でも。悪いわね、リエル?」


「何がだ?」


「旦那さまの背中を借りちゃって」


「返してくれるなら問題はない」


「……なるほど。強いわ。さすがは正妻さまね」


「まあな!ロロカ姉さまにも、カミラにも、その座は譲らぬぞ」


「ですって!可愛い奥さんね!」


「ああ。宇宙一だよ」


「そ、そーだけど!?……ひ、人前で、そんな風に言うべきではない」


「アハハ!そうよね?今夜ベッドの中でよね?」


「は、は、は、破廉恥姫があああッ!!貴様の腹に、赤子がいなければ、ブン殴っているところだぞおおッ!!」


「やったー。赤ちゃんバリア無敵い!!」


「うぬう!!新たな命を盾にしおってからにぃッッ!!卑怯者めえッッ!!」


「はいはい。ごめんなさいね?」


「うぬ?」


 ああ。リエルちゃんの怒りが躱されちまった。そうか。うちのバカ詩人とかアホ・ギンドウとか不幸なジャンとかは、こういうさらりと躱すが出来ないんだよな。だから、リエルちゃんってば、ジャスカ姫に避けられちまった。


 自然に謝られると、対応できないようだな。


 オレも、今度、試してみようか?公衆の面前で胸とか揉んだ後で、『はいはい。ごめんなさいね?』と言えば―――ダメだな。普通に左ハイキックか肘で頭部を攻撃される。


「ん。あれ、ソルジェ。さっきから、人一倍うるさいはずのお前が静かだな」


「ああ。たぶん、腹へりが過ぎているんだろうなあ……」


「そ、そうか。すまんな。おい、ゼファー、行こう!飛んでくれ!!」


『うん。とぶよ、『まーじぇ』!『どーじぇ』!じゃすかも、しっかりとつかまって!』


 オレたちはそのやさしさに満ちた幼い竜の声に、心を癒やされながら……そのいつかあらゆる存在よりも偉大な竜になモノの翼を見ていた。それはやわらかく、風を叩き、全身の骨格をやさしく揺らしながら、風へと乗った。


 オレが知る限りで―――もっとも無音の飛翔だった。


 竜騎士のサポートなしでか?……まぐれではあるだろうな、ゼファーは自分でも上出来すぎるこの飛翔に驚いている。だから、ここで手助けしてやる。オレのブーツの内側が、ゼファーのうろこを叩くのさ。


『ッ!!』


 ゼファーに集中が戻り、彼は首を垂らして重心を操作した。グラーセスの王城の城塞から黒い翼が夕焼けに焦げる空へと還る。それは静かな滑空で、まったくの無音であった。


 竜を見物しに来ていたドワーフの戦士たちが、ゼファーの巨大な翼に、驚きの声を上げる。そして……この風に融ける無音の飛翔にも、驚いたはずだ。


「いい飛び方だ」


『う、うん!あかちゃんがね、ちからをくれたかも!?』


「……ああ。きっとそうだな、お前はやさしいもん。私のゼファー」


 『マージェ/母親』はそう言いながら、ゼファーの首のうろこを撫でてやるのさ。ゼファーが得意げに笑った。


『うん。ぼくは、そのあかちゃんみたいなこたちをね、まもっていくんだ』


「そうなのね。ありがとう、ゼファーちゃん」


 ジャスカ姫の言葉だった。


『うん。ひゃくねんごも、にひゃくねんごも……ぼくは、そういういのちを、まもる』


「ああ。お前に守ってもらえるなら……二世紀後の『未来』は安心だ。あとは、オレたちが、その『未来』を今から創るのさ」


「そうだな。がんばろう!……でも、今は、砦に戻ろう。そしてゴハンを食べて、戦うために休むんだ」


「おう。そうだな。ゼファー、『ボルガノンの砦』に向かってくれ」


『わかったよ!やさしくとぶよ!でも、すぐにつく!きょうは、『かぜ』がいいもの』


「そうだな。グラーセスの空が、『荒野の風』が戻ったことを、喜んでいるぞ、姫よ」


「そうだと思ったわ。私には空を飛ぶための風は見えないけれど、ほほを愛でるように吹く、東風のことは分かるわ」


『じゃすかはね、このとちに、かんげいされてるよ』


「でしょうね?私、とってもいい女だもん!!」


「あはは。母親とは、強いものだな」


「何よ?貴方もそのうち、宿すんでしょ?」


 オレの正妻エルフさんが夕焼けよりも、その長い耳を赤くしていた。


「そ、そうだけど……あまり、いうな!!」


「照れてる。可愛い!!」


「うう。からかいおって……おい。ソルジェ。お前もジャスカを止めろ?あれは、色々と調子に乗りすぎているはずだッ!!」


「ドワーフの姫さまは、そういう性格なんだ、あきらめちまえ。クライアントだぞ?」


「そ、そーかもだが!?」


「そーよ?ビジネスよ、ビジネス?」


「うう。団の財政のために、や、ヤツからの辱めに耐えねばならぬのか!?」


「……ああ。そういうことだ。大人は大変なのさ」


「ああ。どうして、ダメな大人も多いんだ?」


 そうだねえ。いい大人ばっかりだったら?……もっと世界は素晴らしく。オレたちみたいな金で雇われる戦士なんて、いらなかったんだろう。


「ダメな大人ばかりだから……オレたちは戦うのさ。なあ、リエル?」


「……なんだ?」


「そう言えば、オレ、リエルの背後を取ったぜ」


「だ、だから、どうした!?そ、空の上では、セクハラ禁止だぞ!?セクハラ飛行は、命に関わるし、ゼファーの教育に、良くない!!」


「ああ。そういうのじゃないさ」


「……え?」


「……なんか、新鮮なポジションだなーってな……?いつも、ゼファーに乗るときは、お前は、オレの背中にいるもんな」


「……ああ。そう言えば、そうだな」


「ひょっとして、オレの背中が好きなの?」


「せ、背中フェチなどではないぞッ!?」


 背中フェチ、なのか……?


「……たしかに。背中って、魅力的だよな」


 オレは目の前にあるその細い背中を見つめる。銀色の長い髪はサラサラで、ザクロアの温泉でも嗅いだ、花の香りを漂わせていたな。ふむ……狩りに行く前には、風の魔術を使って、この香りも散らしていたハズだが?


「お前、さっき風呂に入ったのか?」


「か、狩りで、泥だらけだっただけだ!?……お、お前のためじゃ、ないんだからな」


「まあ。愛する旦那さまに、泥だらけの姿じゃダメだーって思ったのね?」


「そ、そーではないのだあッ!?た、ただ、泥だらけだし、汗だらけだからで!?」


「ハハハハハハッ!!」


「ど、どうした、ソルジェ?なんで、笑う?」


「……いいや。みんなのために泥だらけになって、汗だらけになって狩りをしてくれるオレのリエルが、誇らしくてな?」


『うん!『まーじぇ』、みんなに、たくさんたべてもらいたくて、がんばってた!!』


「そ、そういうのは、口にするでない!!て、照れるだろうがああッ!?」


 ああ。照れてくれ?


 照れてる君を見るのが、とても嬉しい。


 竜の背の上で、やさしくて強い、君の可愛い顔をを見る至上の幸せを……このオレにくれよ?リエル・ハーヴェル?銀の髪が夕焼けから来る風に乗って、花の香りが空に散り。オレは誇らしくて、笑顔になった。


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