第五話 『風の帰還』 その14


 さて。ガルフ・コルテスのマネしてみると、色々なことに気づかされるものだね?皆、『酔っ払いには警戒しない』もんで、色々と重要なお話しもしてくれる。


 ああ、ガルフよ。


 アンタがときどき分からなくなるね。


 飄々とふざけて生きていたのか?……それとも、そのフリをしながら、ヒトから大事な情報を抜き取りまくっていたのか?


 酔っ払いのフリも……してみるもんだな。


 まあ、少々、本気でアルコールが回ってはいるんだがね?


 ガルフも、こんなだったのか?


 半分ふざけてて、半分は本気……でも、怖いだけのオレでは、聞けなかった言葉を多く聞けたし……プライド高そうで、家柄も良く、言うこと聞いてくれなさそうな若いマリー・マロウズちゃんも、しっかり躾けられただろ。


 こういうオレの行動も、ぜーんぶ、ガンダラくんの大きな手のひらの上での出来事なんだろうね。だから、ドンドン酒を飲めとまで言うのさ!


 このバカな行為に意味は大きくある。戦術的な意味さえあるよ?


 まずは信頼関係の構築。オレを宣伝しておきたい、『強さ』も『怖さ』も見せつけただろう?『一対一』でオレに勝てるヤツはここにいない。絶望するぐらい、オレはそれらを見せてやった。


 だから、『楽しいお兄さん』という面も宣伝しないとね。君たちの仲間ですよ、敵意なんてありませんよ……そう説得してもいるんだよ。外交ってやつをしてる。


 あんまり、オレをアホ族だと思わないでくれよ?そこそこ、戦については頭が回るのさ。


 だいぶ仲良しアピール出来たんじゃないかな。


 ほんと……コレは必要だよ。ビジネスの一つさ。だってね……ちょっとさ、調子に乗ってギュスターブを殺しかけた。


 力を見せつけるつもりだったが、あの若手が想像以上に強いし、根性あった。だから、本気を出していたね。殺意こそ無かったから切れ味は鈍かったけど……その分、強さを発揮しすぎてしまった。


 ……ドワーフどもが、引いてしまうほどにね?


 姫の演説のおかげで、彼らは目覚められたが、闘志が掻き消されていた―――『人間』に対する恐怖。それを作ってしまったのは、悪いコトだよ。


 しょせんオレは、彼らの中では『人間』でしかない。そして、『オレ/人間』への過度な怯えはドワーフたちの士気を挫いてしまうだろうよ……。


 それは、あまりにも良くないことだ。敵に怯えるという心理は、サイアクなことだ。力が下のヤツにでも、負けてしまうようになるからね……。


 でも、『人間』が酒飲んで、うろついてたら?


 『人間』に対する『恐怖』は、いくらか薄まるだろ?……オレの名誉を犠牲にしてね、オレは献身的にグラーセス王国に貢献しているというわけだ。


「―――というわけです。分かりましたか、団長、そしてオットー?」


「ええ。ガンダラさん、全部、覚えましたよ」


「頼みますよ、オットー。私は陛下について動きます。姫の砦の方は、団長と貴方にお任せします。つまり、副官代行、頼めますね?」


「はい!不詳、オットー・ノーラン。全力で、ソルジェ団長をサポートしますよ」


「ならば、安心です。それで……団長、作戦概要の把握は出来ましたか?」


「……ああ。いい策だよ。緻密で細かくて、そして大胆だ。じつに君らしいね」


 ガンダラから作戦の全てを説明され終わった時、オレはそんな言葉で締めくくった。だから?彼もオレのことを労う。なにせ、オレたち仲良しコンビだもんね。


「団長も、お疲れさまでした」


「ああ。いい外交だろう?……オレも楽しかった。オレは、ちゃんと『人間』の水準を下げられたかな?」


「……ええ。酔っ払った貴方を見て、ギュスターブ殿を殺しかけた時に生まれたしまった『恐怖』も、かなり弱まったでしょう―――」


「ここからも、見えたのか?」


「ええ。昼前からドワーフの才能たちと、ここに籠もって、策を作りあげていました。ですが……伝わりましたよ、ギュスターブ殿を応援する声と―――貴方の荒ぶる力に怯えて生まれた沈黙も」


「やりすぎたかね?」


「幾分か」


「……でも、それなら姫の言葉も冴えただろう?」


「ええ。いい演説でした。彼女らしく、感情たっぷりです。まさに、『荒野の風』が戻った―――マリー・マロウズでさえ、涙を流していました」


「『荒野の風』の生き様を、よく伝えてくれたよね。この亡国の危機に際しては、彼らにとって最良の希望だったのだろう……後は―――」


「―――勝つだけ、ですな」


「おう!さて……シャナン陛下のところに行って、姫さまを回収しよう」


「私はここで作戦を煮詰めますよ。では、オットー、頼みますよ、団長を」


「こちらは任せて。貴方も、ムリをして体を壊さないようにして下さいねえ?」


「……ええ。ありがとう。気をつけます」


「オットーには、みんな素直だな」


「彼の人徳ですよ」


「あはは……面と向かって言われると、照れますねえ。さて。それでは、団長」


「ああ。それじゃあな、ガンダラ。死ぬなよ?」


「ええ。お二人も」


 名残惜しいが、ビジネス優先。オレたちは滅びる定めの国を存続させなくてはならない。ムチャなことを言っていることぐらい、分かっているよ。


 それでもあきらめない。


 全てを尽くして、勝ってみせるぞ、今回も―――。


「……おや。団長」


「ん?どうかしたかい、オットー?」


「見て下さい。いい月ですよ?」


 そう言われて、オレはその言葉に窓の外の夜空へと誘われる。うむ、たしかにいい月だった。白くて、丸く……満ちている。欠けるところはないようだな。


「高山地帯のせいか、空気が澄んでいて……普段よりも美しく見えますねえ」


「ああ。いい月だ」


「酒が美味しくなりますか?」


「うん。でも、今は酔い覚まししながら歩く」


「肩に担いだひょうたんの中には、まだあるのでしょう?」


「ああ……でも、今は月が見たい。いい月だ……ガルフを思い出す」


「……ええ。白い満月に、欠けたところは無い日でしたね」


「最後の夜に酒を飲んだぞ?」


「そうでしたね」


「そして、オレは『パンジャール猟兵団』の団長になった」


「はい。私たち12人に異論はなかった。皆が、貴方を認めましたよ」


「そうだね。照れるけど、本当に誇らしいことだ」


「これまで、幾つもの集団に所属して来ましたが、ここは最高です」


「うん。オレもそうだ。こんなに居心地の良い場所はない」


「ええ。ガルフ・コルテスと、ソルジェ・ストラウスの『風』に満ちている……二人は大きく違いますが、自由への渇望は、よく似ています……」


「……でも。だいぶ、変わって来ちまった」


「……ええ。前団長であるガルフ・コルテス氏は……『大義』を背負うことは嫌っていましたから」


「ああ。ガルフは、自由だった。全てから自由……守るべきモノは、最小限でいいとしていた。その哲学のおかげで……皆、無事だった」


 そうだ。これだけの強さを持つオレたちだ。


 大義を持たずに生きれば?


 死ぬことはない。


 帝国から隠れて生きれば、安全だろうよ。


 それぐらいは出来る。『オレたちだけの楽しい人生』ならば……。


「オットー」


「なんでしょうか?」


「……オレはさ、ワガママかい?」


「……そうですね。ある意味では、コルテス氏よりも、欲深い……」


「……だよね」


「彼は、『私たちだけでいい』と考えていました。大義など、背負い、それに囚われた戦いで不幸になることを、拒絶していましたね」


「そうさ。でも、間違いとも言えない。彼の選択ならば、オレたちの被害を免れる」


「……そうですね。帝国は大陸最大の覇権国家です。それを打倒するのは、あまりにも遠い道ですよ……ソルジェ団長は、『世界が欲しいのですよね』?」


「うん。自由な世界を創りたい……それって、傲慢だろうか?」


「ええ。傲慢ですよ。それでも―――」


「―――それでも?」


「命を費やすに足る、大きな野望だと思いますよ!世界を、手に入れるなんて」


「そういうの、オットーはワクワクしてくれているかな?」


「ええ。私だけじゃなく、『パンジャール猟兵団』の全員が」


「……へへへ。オレは、ガルフを超えられるかなあ?」


「超えているところもあるし、永遠に及ばないところもあるでしょう」


「……素直な言葉だ」


「ですが、団長は納得して下さるのではありませんか?」


 うん。


 そうだ、納得している。


 だって、オレとガルフは別人だから。


 超えてる部分と、劣っている部分があってもいいのさ。


「―――ガルフは、今のオレたちを見て、どういうのかな?」


「面白いコトやりやがって、ワシにも参加させやがれ!……とか?」


「……そうだな。危険な仕事は嫌がっていても、最終的には賛成に回っていた」


「派手なコトも、好きな方でしたからね」


「ああ……巻き込めば、ついて来てくれたんだろうな……今度みたいな戦にもね」


「彼も我々、『パンジャール猟兵団』のメンバー……『最強の傭兵』……猟兵ですからねえ」


「器用なじいさんだったな」


「ええ。経験値の塊のようなヒトでしたね」


「そうだ……そして、囚われることはなかった」


 誰よりも自由で、誰も憎まなかった。


 オレは多くを憎んでいるな―――帝国にまつわるモノの多くを。


 ガルフ・コルテス。


 オレは、団員たちを守れているかな?


「―――団長」


「なんだい、オットー?」


「迷われる必要はありません」


「どういうことだい?」


「我々は、好きで、貴方の道についてきているのですよ?だから、何の責任も感じないでください。我々は、『家族』。たった一つの群れです。行きますよ、地獄の底まででも」


「いいや。そこじゃない」


「え?」


「オレたちは、やさしい『未来』にたどり着くのさ」




 ―――ソルジェだって、迷いそうになるときもあるのさ。


 愛する『家族』を、危険にさらす?


 そのことに、葛藤はいつだって付きまとうのさ。


 それでも、いつも迷いは消える……自信家の顔に戻るんだ。




 ―――いいか、オットー。


 オレたちは、大陸最強の『パンジャール猟兵団』。


 あらゆる敵を切り裂いて、この粘っこくまとわりついてきやがる不自由を!!


 ぶっ壊して、食い千切って、『未来』へ行こうぜ?




 ―――そうだよ、僕らは迷う日もあるけれど、覚悟を決めている。


 戦うよ、自分たちが『正義』と掲げた『未来』のために。


 そうだ……戦うよ……ガルフ・コルテスの『影』とだってね……。


 知っている、理解している、彼の強さは、異常であったこと……。




 ―――僕らの『父』が、普通の存在であるわけがない……。


 ヒトには幾つかの貌があるものさ、ガルフ・コルテスだって、そうなんだ。


 ……彼の『影』を継いだ者が……アミリアから旅立っていた。


 二万の帝国兵士たちと共に、ガラハド・ジュビアンたちが来る……。




 ―――決めなくちゃならない、どちらが真の『猟兵/最強』なのか……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る