第五話 『風の帰還』 その11




 ―――決闘はそうして、終わる。


 ドワーフの誇りは、砕かれたのだろうか?


 民も戦士も、落胆に沈む……。


 『人間の戦士』に、負けたから?




 ―――山岳地帯に無敵の城塞を築いた戦士たちは、不幸な定めを感じ取る。


 彼らの心にあった、正直な心。


 敵は……ファリス帝国は、あまりにも大きい。


 人間どもの数は、あまりにも多いのだから……。




 ―――子供たちが大人たちの恐怖を感じ、涙ぐむ。


 ソルジェは腕を組み、勝者の構え。


 彼は知っている、この程度のことで、あきらめるのなら?


 敗戦は必定、好きな死に方を選ばせてやることも慈悲だろう。




 ―――ソルジェは魔王さ、慈悲深く、やさしいけれど、神ではない。


 祈るだけの者には、手を貸さない。


 逃げるだけの者には、手を差し出さない。


 運命と戦うことを実践する者にだけ……彼の剣は共に在る。




 ―――そうだ、負け犬ドワーフどもよ。


 ここは僕らの国じゃない、誰の国だ?


 誰が護る?ソルジェではないよ、彼はあくまでも助っ人だから。


 逃げたままかい?綺麗に死ぬ?そんな下らないことに、僕らの団長は貸せないぞ。




 ―――ソルジェは沈黙する戦士たちを、軽蔑している。


 彼は思い出している、守るために特攻してみせた9年前の自分たちを。


 翼将と、その偉大なる四人の息子たちの歌は、決して死の美学のためには非ず。


 その未来は失われたが―――母と妹、そして妹が産む子供たちのための歌だ。




 ―――腑抜けしかおらぬなら、滅びてしまえ。


 そう叫びたくなるほどに、彼の『祈り』は強いんだ。


 彼は、本当に世界を変える気でいるのだから、亜人種が滅びる運命をね。


 だから、滅び行く亜人種たちよ、ドワーフたちよ、彼を失望させるな。




 ―――彼があきらめたとき、『未来』は閉ざされる。


 妻たちとの快楽に溺れるだけの彼を、誰も責められはしないだろう?


 どんな形であれ、幸福を求めるのはヒトの本能。


 そのために、ヒトは産まれてきたと僕は信じているよ。




 ―――でも、彼は、戦うことを選んだ。


 逃げることはないよ、彼が世界に絶望しない限り。


 さあ……運命の選択の時が来たよ?


 グラーセス王国のドワーフ諸君、君たちは、生きるための闘争を選べるかい?




 ―――誰もが、無言であった。


 これが……選択か?


 大いなる歴史を持つ、ドワーフの戦士たちは、死の美学を選んだのか?


 ……ああ、ならばよいさ、ソルジェはムダは好まない。




 ―――『未来』を信じ、それに指を伸ばす者たちのところへと向かうだろう。


 あきらめた者になど、くれてやるべき時間はないのだ。


 これは、ソルジェと世界の大戦さ……血の一滴も、ムダには出来ない。


 その血を流すのはね、彼の愛する妻と仲間たち……『パンジャール猟兵団』だから。




 ―――呆れたソルジェは残酷だ、僕たちの命を背負う経営者は金塊だってあきらめる。


 彼の愛を疑うことは理解できないね、彼は『家族』のために、世界を変える男だよ。


 愛する者のためだけに、命を使う……下らぬ滅びに、くれてやる時間はないのさ。


 ……行こうぜ、オットー、ここはもうダメだ。




 ―――竜騎士が剣を収めた……そのとき……。




 ―――『姫』は語るのさ……。




「あきらめるな、馬鹿者どもがああああッッ!!……我々は、滅びるときに在るのではないッ!!」




 ―――そんなことのために、私の腹に『風』を継ぐ生命は宿らないッ!!


 生きることを、あきらめるなッ!!


 腕を断たれた我が父の『死に様』は、そのような逃げに非ずッ!!


 ただ望んだのは、『未来』!!次の命のために、戦い、生きぬいただけだッ!!




 ―――死に呑まれることを、私は許さないぞッ!!


 負けの美学など、滅びの歌になど、価値など、どこにもないのだッ!!


 あがけ、もがけ!!それでも、生きることを捨てるなッ!!


 みじめに泥だらけになっても、腕を振り上げつづけろッ!!




 ―――全ての腕を失い、足の骨さえ砕けたらッ!!


 その声で、『未来』のために、祈りを叫べッ!!


 その祈りは風となり、新たな戦士の心に受け継がれていくッ!!


 敗北などに逃げるな!!うつくしい死に方など、ありはしないッッ!!




 ―――命のために、生きて戦えッ!!


 あらゆる力を捧げるのだ!!貴様たち一人一人の『人生』の全てを出し尽くせ!!


 死地に向かうこのときに、頼れる異邦の友が側にいるのなら……。


 その男の剣と共に在ることを、素直に認めろッ!!




 ―――それは、我らの生きた道が、正しかったことの証だッ!!


 死をも恐れぬ友が、貴様のそばにいてくれるのならばッ!!


 貴様の生きた道は、間違いなどでは無かったことの証だッ!!


 人種など、些細なことは気にするな、死地を駆け、勝利を目指す風ならばそれで良いッ!!




 ―――いいか、ヘタレた敗北主義者どもッ!!


 我が父が、死んだそのときッ!!


 我が父のそばには、人種など問わぬ仲間の死であふれていたッ!!


 それが、『荒野の風』の生き様だ!!その死に様が、我が父の人生の全てだッ!!




 ―――彼らは父の盾になり、父は彼らの盾となったッ!!


 それが、『荒野の風』の生きた道ッ!!


 それが、彼らの生きた道ッ!!


 『荒野の風』が立ったまま死んだのは、死の美学などではありはしないッ!!




 ―――命のために、ただ前を見て、最後のときまで戦い抜いただけのことだッ!!


 うつくしい敗北など、父は一瞬たりとも求めてなどいないッ!!


 どんなに無様だろうが、命の限り、自由のための風であっただけだッ!!


 ドワーフだから……ただ『勝利』を目掛けて、駆け抜けただけだッ!!




 ―――強きドワーフの同胞たちよ!!父の風が流れる偉大なるグラーセスよッ!!


 私と共に、全てをこの戦に捧げることを、今、誓えッッ!!


 異邦の友と肩を並べ、知恵ある者の戦術を信じ、生きるためだけに戦えッ!!


 我らは、命の全てをこの戦に捧げて、敵を砕き、必ずや勝利するッッ!!




「―――戦えッッ!!負けることなど、微塵も考えるなッッ!!知恵も勇気も友情も、あらゆる力を戦槌に込めてッ!!ただただ勝利のために、命を燃やせッッ!!それが、それだけが、グラーセスのドワーフに許されたッッ!!たった一つの生き様だッッ!!!」


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