第五話 『風の帰還』 その10
「はあああああああッ!!」
「……む!」
鎖につながれた刃が、その軌道を急激に変えやがる。
風をうならせ、切り裂く音。土のカーテンの向こうで踊る姿。
……そうかね、その『鎖』は、君の戦槌の石突きについているのかい。そして、それを操ることで、刃を自在に使うのか?
……ドワーフには珍しい技巧だな。なるほど、だから経験値で上だと思うオレに、それで挑んだのか?
竜太刀への執着の視線から察するに、剣術のほうにも相当な自信があるはずだが……こちらの方が、オレへの勝率が高いと踏んだな。ああ、好判断だよ。剣では、あまりにも分が悪かったな。
「もらったあああ!!」
角度を変えて、死の刃が直上から降り注ぐ。なるほど、見慣れぬ間合いからの一撃だよ!!これは集中力が要求されるね!!
しかも―――雷をまとっているか。
避けられるが……君の完成されたパターンに付き合うのは、あまりにも愚策だな。オレは竜太刀でその空から降り注いだ刃を受け止める!!
ガギュウウウウウウウイイイイインンンッッ!!
「『我が雷よ、敵を撃て』ッッ!!」
短い言葉が呪文となって、刃に宿っていた神速の雷撃がオレの体を走り抜けていく!!肉が、電流を浴びたせいで、熱く、その身が裂けそうになる。そして、これが狙いだろう。電流を帯びた体は、一瞬だけ、遅れを取る。
そこを―――君は狙っていた。
「もらったあああああああああああああッッ!!」
『雷』をまとっていたのは、この一撃のため。
最初の威力で土の壁を作り……戦槌に鎖をつける瞬間を隠した。そして、鎖つきの刃でオレを攻撃し、魔術を潜ませ、その雷でオレを撃った。
完璧だな。
おかげで、雷にオレは貫かれた―――ように見えているのなら、甘いな。
オレの竜太刀は『炎』の質の魔力をまとっていたよ。『雷』の大半を遮断してしまう『炎』の盾さ。
気づかれぬように調整した魔力ごときで産んだ雷ならば、この程度の防衛術でもどうにか御せるものだ。ある程度の電流が体を焼いたが、オレの生命力なら、ムシして次に備えられる。
知っているか?
ああ、君なら知っているだろう。
かつて、この連携を破られたこともあるのさ。雷の牙を耐えたドワーフがいた。それは、オレの知らない物語だ。でも、その翌日か数週間後に、君は、このダッシュをそれに組み込んだな。
雷みたいに迅速に、ギュスターブの筋肉質の肉体がオレへと肉薄していた。魔力で仕留められなくても、この神速の肉弾こそが、『本命』。
そうだよ、きっと戦槌では、かつて防がれたのさ。振りかぶるフォームは隙が大きいから。だから?戦槌を捨てて、最高速度を磨き直してきたのさ。
オレの視線を落ちていくその戦槌に誘導させながら、左の拳を打ってくる。細かな技巧は実にドワーフらしいぜ。その全てにムダがなく、実用性に満ちている……ッ!!
しかも、『チャージ』に強化された、君の正拳突きだっていうのだから、シビれるねえ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
咆吼を歌う。筋力を全て、この一撃に捧げているのさ!!肋骨を締めて、骨の連結まで強めて、強打を撃つ!!それこそが、君らドワーフの太く頑丈な骨格にのみ許された、岩をも砕く、無敵の鉄拳打突ッ!!
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンッッ!!
拳一つが、この音を出すっていうのだから……殺人的だね……体術もバカに出来んなぁ。
「う、ウソでしょッッ!?」
姫よ。その瞳で見た光景を、ウソだと口にするのは、正直な君の生き方ではないな?
なんのことはない、受け止めてみただけさ。
岩をも砕く、無敵の鉄拳打突?
そうだよ、でも―――オレの手のひらは、砕けない。
「つ、掴んでるわよ!!アレを!?ドワーフの必殺技を!!手で止めてる!?」
「……ッ!?」
優秀な戦士だな。ギュスターブよ。オレが君の拳を掴む指から、わずかに攻撃の意図を酌み取っていたな?だから、オレの竜太刀の大振りを躱せることが出来た。まだ、君は本当に有能だ。脚にも『チャージ/筋力増強』の『雷』をかけている。
そうでなければ、避けられないタイミングで攻撃してはいた。本当に見事だよ。
だが、この極端な運動の連続で、ドワーフ族最強であるはずの君の下腿の筋肉は、かなり痛められただろう。だから、君は着地を無様に演出する。胴体で転がり、転がったまま戦槌へと向かう。そして、立ち上がるのさ。
「……痙攣しそうになった、ふくらはぎを、伸ばして戻しながら転がったか。いい動きだ、複数の意味を同時にこなす」
「……見抜いてしまうのか。オレの無様の意味さえも!!」
「ドワーフならではの脚への『チャージ』か。他の種族は、それをやらない―――やれない。脚の筋繊維は体重を支えているからなぁ」
そんなところで筋力任せの超加速なんて強いたら?
「……速度に重さが加わる。もしも、それをすれば、筋繊維への負荷は増大し、千切れる。ドワーフの頑丈さだけに許された荒技だ。だが。壊れなくても、つるぐらいのことは起きるんだろ?」
「……お前は、試したことがあるのか、ソルジェ・ストラウス」
「もちろん。戦士ならば、一度はやってみるさ。そして、宇宙一痛いこむら返りのせいで、二度とやる気にはならないがね」
「……さっきのは、何だ?」
「ああ。『ハンズ・オブ・バリアント』という。竜騎士に伝わる技巧だよ」
オレは揺らぐ青い魔力を帯びた左の指たちを、順番に踊らせる。魔力の装甲はガタガタで、指を動かしただけで、崩れてしまう。これの守護が無ければ、体のどこかが壊されていたな。
「魔力の『爪』か」
「うむ、『爪』であり『篭手』でもある。だから、お前の拳も受け止められた」
「……魔術の壁で、威力を相殺?器用なことを」
「ああ。お前以上を見せつけるのが、仕事なんでな」
「……なるほどな!!だが、まだ、負けぬ!!」
戦槌を振り回し、鎖と刃が空に舞う。
「この鎖がまの軌道の真髄を、初見で読めるのか―――」
バキイイイイイイインンンッッ!!
鎖がまとやらが、空で砕け散る。
何故かって?『風』をまとった竜太刀で受けながら、その刃に圧を入れてね、砕いていたからさ。
驚愕するなよ―――反応をにぶらせてはマズい。ストラウスの嵐が行くぞ?
「くうッ!!」
戦槌を構えなおしたか!!よくぞやった、そうでなければ、使い物にならんほどに、お前を打ってしまっていたぞ!!
ガギュウイインンッ!!
「お、重いっ!?」
「―――ああ、それでも、なお。全力ではない。だから、これほど早くに、荒々しく、連携するぞッッ!!」
アーレスの殺意が刃を煌めかせ、オレの全身の筋肉が、最速無双の乱撃となって、ギュスターブに襲いかかる!!
「ぐうううううううううおおおおおおおおおッッ!?」
ギュスターブの肉体が、そして戦槌が、その激しい竜太刀の暴力に悲鳴を上げていく。肉が切られて赤が散り、斬撃を受けた高純度ミスリルの戦槌が、火花を『出血』させながら、壊されていく。
「せ、戦槌が!?ど、ドワーフの、戦槌が、く、崩れるッ!?」
ステップで逃げる?だが、ムリだ。まだ、全力ではない、これから、どんどん速くなるぞッ!!
「ぐおおお――――――ッ!?」
ガギイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンンッッッ!!!
戦槌が、折れた。いいや、このオレが折ったのだ。
ドワーフたちは悲鳴をあげる、勇者の武器が壊されたことを嘆く歌でもある。
そして、自分たちの鍛冶技術の結晶体が、まさか太刀の乱打を浴びたことで、削られ、へし折られるとは想像したこともなかっただろう。
「ぐうおおッ!!」
武器を失い、オレの首刎ねの斬撃を全力のステップで避けたギュスターブは、大地に転がっていくのさ。それでも、彼は、戦意を失っていない。その転倒の半分は技巧だ。今は、指に力を込めている、足の指もだし、崩れたように地面に触れた手の指にまで。
走って飛び込んでくるつもりさ。『スピアー/体当たり』だよ!
『雷』を帯びて、オレを貫く気だね。ベヒーモスの突撃よりも、はるかに強くな!!
サイコーだが、通じない。オレはそれを反らしながら、君の首をたやすく折るだろう。それは、とても魅力的だ。強き戦士の命を喰らうことほど、戦士として最高の悦びなど存在しないのだから。
―――でも、ガマンしろ。オレ。そして、君もだ?
死ぬな、ギュスターブ。今日は、君の命日ではない。
「ソルジェ・ストラウスッッ!!」
ああ、知ってるよ。本能さ。今ここで、真の戦士ならそれを出すのを止められない。だから、笑ってるね、ギュスターブ。死の美学か?……君は傲慢だな。さてと、『強者』のつとめだ、君に慈悲を与えるよ。さて―――未完成な技ですまんが。『これ』で気を失ってもらおうか?
「『魔剣』―――」
「だ、団長、殺しては、いけませんッ!?」
オットーが反応していた。ああ、『バースト・ザッパー』かと思ったか。彼を肉片にするつもりなどない。早とちりとは、君にしては珍しい。だが、そうだな、君も、この新技は知らないからね……?
北の地で、オレは学んだよ。ヴァシリ・ノーヴァのじいさまからね。自由の風を帯びた、この太刀筋ならば……偉大なる彼の慈悲が、君を護るよ、ギュスターブ!!
「―――『ストーム・ブリンガー』ぁああああああああああああッッ!!」
竜太刀に集めた『風』を横薙ぎに一閃するのさッ!!
あのとき、死霊の騎士たちが見せた、最後の突撃ッ!!
大いなる風へと化ける、疾風の魔剣だよッ!!
ザシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!
破壊の風が、戦場を抜けていた。
風を浴びたギュスターブの体が、その超音速の打撃のせいで、肉体を破壊される。まとっていた鎧を粉々に砕かれながら、彼の肉体は空へと舞って、やがて大地に墜落しそうになる―――。
でも?オレよりもやさしい男が走り、ギュスターブを受け止めていた。
オットー・ノーラン。オレの頼れる仲間がね。
ギュスターブは気絶している。そうなるように、したからね。風を浴びさせ、横隔膜を揺さぶり、心臓を突き上げさせた。並みの戦士なら、子供の残酷な吐息に悪戯されたカエルみたいに破裂するが、彼ほどの勇者なら、どうにか耐えるだろう。
勇者を破壊された民衆が、押し黙る……ふむ。これは、やり過ぎたかな。
王のそばにいる上級戦士たちを見た。怯えているのかね?
いや、ひとり、怒っている。斧を手にしているね……民衆にも敵意が満ちていくな。さて、どうするかね……まあ、『あれ』が落ちてからの反応次第か。
ズズ……ッ。
ズズズズズズズズ……っ。
壊れた教会の音が、響いていた。民衆がその音に気づき、それを見る。教会の頂点にある尖塔部分がズレていき、落ちていた。伝統的な建築物が崩壊する音が城塞都市に響いていく……。
そうだ。『風』の『魔剣』の『本体』だ。ギュスターブに当てたのは、大地に反射させた余波だった。本体は、空振りさせていた。でも、あの尖塔に当たり、オレは罰当たりな破壊者へとなっているね。
笑う王と、爆笑してる姫を見た。
上級戦士からは、戦意が削がれている。平和が訪れたようだね。でも、大人男子として、公共物を破損させたのだから、為政者さまに謝罪しよう。これは事故だ、損害賠償など払えん―――いや、払えるぜ―――でも、払いたくない。
「……王よ。スマンな、街を壊してしまった」
「いいさ。うちの英雄を壊さないでくれたなら、それで十分だ!!」
良かった。オレの金塊は無事らしい。あと、オットーの腕のなかで、意識を取り戻したギュスターブくんもね!!
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