第五話 『風の帰還』 その12
オレはそのときヒトが生き返るのを見ちまったんだぜ?
ああ、死霊とお話し出来る頭のおかしい変わり者の摩訶不思議ストーリーではない。ただ、ヒトの心が変わる奇跡を、目の当たりにしただけだよ。
死んでいたのさ、あきらめていた。ドワーフどもはな。そして、死に向かう心を、現実逃避の美学でうつくしく誤魔化していた。
散り際の美学?
死の美学?
クソ食らえだな。死にたければ、勝手に死ねばいい。オレの貴重な時間と、オレの愛する『家族』の血を、一滴だって捧げてやる価値はない自己満足だ。
だから、オットーも、うなずきかけたよ。
彼は『パンジャール猟兵団』の猟兵だ、オレの『家族』だ。
9年前から壊れてしまっているオレのコトを、世界の誰よりも理解している人々のひとりだよ?……そんな彼は、オレの絶望を知り、そして、やさしい彼でさえも、この滅びに晒されたヘタレどもを『見捨てる』ことを許容していたんだ。
だが。状況は確かに変わったのさ。
死者どもは生を望んだ。
腐って濁った瞳どもが、光を注がれて命にあふれる光景を見たんだぜ?
ジャスカ・イーグルゥ。
貴方は、やはり姫君だ。
その高潔な魂、その不屈なる闘志!!
故郷を思う気高さ、民草を信じる愛!!
あらゆる定義の強さを帯びた、君の言葉は奇跡を起こしたんだぜ?ドワーフ・ゾンビどもは、生命の歌を叫んでいた。この二千年の時を耐え抜いたらしい、石造りの王都が、その歌で震えているぞ!
どんな地震のときよりも、大きく!!
ただひたすらに、ドワーフの誇りを歌っているッ!!
皆が、死を否定して、生きていたいと願う。子供たちは、死んでたまるかと叫んだな。
ああ、そうさ。オレはね、そんな、あり得ない願いを帯びた『祈り』のためならね……オレと、オレの最愛の『家族』たちを―――『パンジャール猟兵団』を、君たちのための剣とするよ。
流してやろう、君たちが、『未来』を願い、それを手にしようともがくというのなら!!絶望にもあらがい、不可能を可能としたいと戦うのならば!!
オレの命と、オレの命よりも大切な人々で編まれた『パンジャール猟兵団』の血を捧げてやろう。オレは、愛する者たちを、死地へと誘う。絶対など、ない。リエルが、ミアが、カミラが、オットーが、ガンダラが……そして、ゼファーが?
この土地で死ぬかもしれないんだぞ?
オレがどれだけ彼らを愛しているか、分かるのか?
分からないだろう、オレではないのだから。
だがね、そんな何より大切な命を、君たちに貸すんだよ。
オレが君たちのその願望が、その祈りが、その戦いが……『パンジャール猟兵団』の命を危険に晒すほどの価値があると、信じているからさ。
ああ、アーレスよ。
オレはようやく理解しかけているのだ。
9年前、お前はオレに望んだな?
裏切り者のファリスを滅ぼせと。
ガキだったオレには、そのやり方は分からなかった。でもな、今はそうじゃないんだ。見えている。たしかに、オレの目と……お前の眼で、見えているじゃないか?
歌っている人々が見えるか?『未来』が欲しいと、魂と血を震わす人々の姿が!
そうさ。
彼らを集めるんだ。
『未来』を閉ざされてたまるかと、命懸けで歌う仲間たちを集めるのさ。
それをオレは束ねてみせる。
支配するわけでもない、君臨するわけでもない。
ただ、オレと『パンジャール猟兵団』は、彼らの剣となって―――共に在るのさ。
練兵場の片隅で、イスに座っている。夕暮れに染まる城塞都市を見つめながら、オレはひょうたん酒をあおるんだ。ああ、美味い。形もユーモラスで、とても愛嬌があるが。中身は辛口と来たかね?
いいコンセプトだと思うよ。意外性があって、とってもね。
そのドワーフの地酒の一種を楽しむオレの前に、あのドワーフの戦士がやって来ていた。
「サー・ストラウス」
「おお。立てるようになったか?オレの正妻殿の薬は効くだろ?」
リエルの自慢をしながら、オレは自力で歩行できるようになったギュスターブ・リコッドの腹を叩くフリをする。叩いちゃいないよ?あくまでフリだけだ。明日から、死ぬほど戦ってもらわなければならない戦士に、無意味なダメージを与えるほど愚かではないさ。
「え、ええ。その……手加減、ありがとうございました」
「いいや。数年後は分からない。君なら、オレに迫れるかも」
「追い越せるとは、言ってくれないのですね?」
エリートめ?甘やかされて育ちやがったな?君は、四男坊の屈辱を知らないだろう。
「ああ。正直者だからね」
「フフフ。手厳しい。ですが、必ずや……また挑ませて下さい」
「おいおい、そんなに竜太刀が欲しいのか?」
「……ええ。そして、それよりも、貴方に勝ったという名誉が」
「名誉ならば、個人的な勝利よりも、君の家族たちを救うことを誇れ」
「……はい。申し訳ありません」
「……なんだか大人しくなっちまったな」
「オレは、その……比較的、マジメかつ地味な男のようで」
「ハハハハハハッ!」
「え?なにか?」
「いいや……」
コレはからかい甲斐のある男かもしれないな。自分のことを、マジメと呼ぶ男か。天然モノである可能性は大だな。
楽しくなってきたので、ひょうたん酒をまたあおる。ああ、辛口だあ!!
「……君は、面白い男だ。死ぬなよ?」
「はい!生きて、姫さまに仕えますッ!!」
「……惚れたか?」
「そ、そういうわけでは?」
「いいんだよ。人妻とのロマンスとは、冒険に満ちている」
「お、オレは、そういうのではありません!!」
「……そうかい。ああ、アレか?あそこでタオル持って待機しているドワーフ女子が、お前の恋人なのか?」
「え?」
青年の恋か。若いね。オレなんてヨメが三人もいるからさ、なんか恋愛マスターと呼んでも過言ではない身分だぞ?相談してくれ、いいコメント君に与えることが出来そうだ。
「ああ。サー・ストラウス!アレはそういうのではなく、うちの妹です!」
「……そうか」
「ほら。顔とか、オレと、そっくりでしょう?」
「……君、妹さんに嫌われてたりしてない?」
「……すごい洞察力だ」
くくく。やはり、天然モノだな。
「―――反抗期というヤツでしょうかね?」
「そうだ。その反抗期を終わらせ、君の不倫劇が成功するかどうかの後日談を聞くためにも、生き残るぞ」
「はい!!」
オレは、この黒髪のドワーフの肩を叩く。
「……もう家に戻れ。家族の避難を手伝ってやるんだ」
「ええ」
「……オレは、一度妹を失っている」
「……っ!?」
「侵略者に敗北するということは、そういうことだ。いいな、勝つぞ?」
「イエス・サー・ストラウスッッ!!」
マジメな男は、オレに敬礼をした。オレは肩をすくめる。さっさと行けというジェスチャーだったが、ユーモアを理解する能力が少なそうなコイツに伝わったかどうか?……でも、ヤツは妹の元へと走った。
オレの悲しい物語を聞いて、さみしくなったのかね?愛すべきシンプルさだな。オレは彼らドワーフ兄妹の幸福を祝って、ひょうたん酒を呑む―――飲み干した。
「―――団長。飲みすぎは体に悪いですよ?」
オットー・ノーランだった。彼はこの練兵場による帝国軍の馬上槍対策を、ドワーフの戦士たちに教えていたのだが……どうやら、それも終わったようだ。
「このひょうたん酒は、辛いからへっちゃらさ」
「そんな根拠に乏しそうな都市伝説を……信じてはいないですよねえ?」
「……うん。まあね?でも、度数は低いから大丈夫」
「まあ、お酒を飲まない団長も想像がつきませんし?」
「そこまでアル中野郎だっけ?」
「そうならないように、私やリエルさんたちが注意しておくのです」
「……なるほど。愛を感じるね。それで、首尾はどうだい?」
「ええ、上々ですよ。さすがは伝統ある武の国の戦士たちといったところでしょうか」
「だよね?……ここから見ていたから分かるよ」
そうだ、才能にあふれているとまでは言わないが、才能はそろっている。頑強な肉体に優秀な装備品、そして―――姫が与えた、大いなる闘志。
「いい技量だ。まあ、内戦で磨かれた技巧は、どうにも内向きなだけだ」
「ですね。他流試合の少なさが、彼らの可能性を狭めてもいた―――でも」
「もう過去のハナシだ!」
「はい。彼らは、自分たち以外を認識した。『他者』を認めるということは、この土地のような閉ざされた文化においては、かなり難しいことですが……皆の心に、貴方が力で、姫が心からの叫びで『風』を伝えました」
「……アミリアを旅して周り、荒野を放浪したドワーフの魂は、仲間たちの元へと帰還したというわけだな」
「ええ。風の帰還ですね。『荒野の風』は、この国を救いますよ」
「だろうね。彼らは君の指導を、どこまでも真剣に受けていた」
防御にまつわるオットーの技術は、オレよりも上だ。あの棒術と才能が生み出す絶対的な護りの空間を突破するのは、なかなか困難だぞ?
だから?……彼に仕込まれたドワーフ戦士どもは、アインウルフの高速騎馬隊の槍を、受け止められるようになるだろう。この特訓は、物覚えのいい戦士に教えられた。彼らは各部隊に戻り次第、オットーの対策を皆に教えていくだろう。
付け焼き刃に過ぎないが、効果はあるさ。アインウルフの最強の攻撃を一度でも耐えることが出来たなら?……この技巧は、戦場の結末を左右することになるだろう。
防御の極意は?
相手に混乱をもたらせるコトさ。攻撃の作戦とは、即ち知恵と秩序の結晶だから。混乱させれば、緩むのさ、まったく無意味なほどにまでね。
『最強の手』が通じないと理解してしまえば?
彼らは困るだろう。そして、かなり考え悩み、攻撃の精度は落ちる。疑心暗鬼はいい防御だ。相手の想像を超える何かを見せよう。それで、攻撃はいくらか消える。
「見物だな、戦場でどれだけやれるものか」
「今の彼らなら、深手を負っても、一度は立ってみせるでしょう」
「怖い戦士たちを作っちまったかね?」
「きっとそうです。団長は、好きでしょう、そういう戦士たちのことを?」
「当たり前さ。うちにはオレを含めて、13人と一匹いる!!」
「ええ。団長、そろそろ……いい時刻になっていますよ?」
「うむ……ギンドウの時計を見るまでもないな」
古き城塞都市の岩作りの街並みが、夕日に沈んでいく。ゼファーによる敵の監視は継続している。ミアが背に乗り、上空から何度も奪われた砦を偵察しに行ってくれた。
ヤツらは『待ち』に入った。
援軍との合流を待つ……?
いいや、『忘れられた砦』の現状もそろそろ理解しているだろう―――オレたちの仕業だとは思うはずだ、あふれんばかりの『地獄蟲』の群れのことを。
彼らもバカじゃない。
自分たちが援軍と合流する前に、グラーセス王国軍が仕掛けて来ることぐらい理解しているのさ。つまり、最も遅い場合でも、明後日の早朝だと考えているに違いないね。
猶予があるのさ、お互いに。
だから?
軍略を練れるというものさ。
「さて……インテリ・チームに合流しようかね?」
「ええ。ガンダラさんに合流しましょう」
「酒宴にも参加せずに、暗いお部屋に閉じこもってばかりのスキンヘッドの巨人さんは、オレたちのためにどんな素敵な策を思いついているのだろうかな?」
「楽しみですね」
「ああ。後は……」
オレの脳裏に『魚の鍵』が思い浮かぶ。
うむ……今はガンダラに預けた袋のなかにあるね?
そろそろオットーに見せて、分析してもらおうじゃないか。何でも無いのなら、シャナン王にでも献上しようか?カルト野郎ガルードゥの末路も、教えておいてやりたいね。
『穢れた血を王に立てる』……ふむ。内戦の火種は、どこかに残っているような気配だ。
どこかにいるのかもしれない……というか、オレのアホみたいな洞察力が、ピンと来ている男がいるよ。
あの二人と、同じ『雷』を使う男―――黒髪で青い瞳のドワーフよ、君は瞳も髪も黒い妹と、どこか違う。あんまり似ていない。
オレはね、君が王族の隠し子か何かかもと考えている。
この狭い国だ。
楽しみは交尾と酒と食事だけだろ?
下賤な身分であろうとも、うつくしい女は生まれてくるものさ。そういう女を抱いてヒマを潰すという道も、否定しがたい魅力があるよね?ギュスターブ・リコッドがそうでなかったとしても……そういう火種は、あちこちにいそうだ。
まあ、賢き彼が、そんな見え透いた手にかけられることも、そうは無いだろうがね。
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