第五話 『風の帰還』 その9


 老若男女のドワーフが、勢揃いだな。城塞都市グラーセスの民たちが、この中央広場に集まってきていた。背の高い建物も多いから、どの窓からもドワーフの丸い顔が、オレたちを見るために突き出ている。


 ほんと、好感が持てる民族だ!!


 昼間っから、ヒトが殺し合いをするってのに?あんなに嬉しそう。赤ちゃんも連れてここに来てるよ?ドワーフ族って、面白いよなあ!


 オレ、アウェイだって分かってるよ。


 だから、調子に乗って遊ぶんだ。民衆に手を振ってみる!!


 ブーイングだ!!おお、闘技場とか、こんなイメージ!!


「引っ込め!!」


「死にやがれ!!」


「クソ人間が!!」


「オレたちの国から、出て行きやがれ!!」


 大人の口から出る言葉の八割は悪口と文句だってこと、26年も生きてきたら理解しているけどさ?ああ、十割の悪口を浴びるのは、初めてだな!!


 世界の全てが敵だらけってカンジ!!


 はあ、たまらない。この孤高なポジションに、オレの魂がワクワクのドキドキだよ!!


「―――スゴい悪口ですねえ。豪雨のような罵詈雑言ですよ……しかも排他的で差別的な言葉も多い……」


「それはそうだろ。侵略者と同じ種族だぜ。しかも外国人。彼らの怒りを買うのは、至極当然なことだ」


「おや、意外と冷静ですね?もっと、怒るかと考えていましたけど?」


「オットー。オレは26才、妻も3人いる立派な大人だ」


「そうですねえ。過剰なぐらい大人な部分はあるみたいですが」


「ハハハハ!大丈夫、同時に3人ぐらい抱けるっつーの!!商売女相手にさ、金払ってやったことあるだろ、男なら一度ぐらいッ!?」


「私の愛は慎ましいですから」


「ヒトの愛など、それぞれだ。慎ましいことも素晴らしい。そして、こういう身内トークで、オレの緊張を解いてくれようとする君の配慮も素晴らしいぜ」


 ああ、そういう癒やし系のところが好きだぜ、オットー・ノーラン。


 だが……今、君は不安そうな顔をした。オレが敵に負けるとでも?いいや、そんなことを考えられるほど現実を知らない男でもない。何を、懸念した?


「どうした?」


「……いいえ。団長の洞察力。磨きがかかっています」


「ありがとう。人生経験が生きているのかね?」


「過剰な恋愛経験で磨かれたのならいいのですが……洞察力に優れすぎてきていますよ……瞳の魔力に、呑まれないようして下さい」


 ……同じ『瞳術』の使い手としての警告なのかな。


「概念さえも、見えてしまう。団長の眼の進化は著しい……きっと、『忘れられた砦』を初めて見た瞬間……その『本質』さえ感じ取ったのでは?」


「……ああ。たしかに―――『実用的』と感じたぞ」


「それに……シャナン王の正体を見抜いたときも―――貴方は、初対面で、ほぼ情報の無い彼の正体に、気がつけた」


「ふむ……実は、シャルロン・イーグルゥの幻覚は見たよ。敵の呪いを分析していると、そいつの過去や思念まで見えたんだ。だから、シャナン王の体格と、瞳の色が兄貴に酷似していることも理解出来た」


 『荒野の風』の顔を知っているからこそ、シャナン王に気づけた……だけでも、無さそうなんだよな。自分でも分かる、このアーレスの眼は、進化している―――。


「……強まっていますね、魔眼の能力が」


「ああ。危険性はあるかね?うちの守護竜みたいな存在からのプレゼントだが?」


「当面はありません。ですが……注意して下さい」


「どういう風に?戦になれば、使うぞ?」


「……敵の心をみだりに覗かないように……悪い影響を受ける可能性があります」


「……了解。しばらく、尋問は君に任せる。それでいいかな?」


「ええ。そして、近いうちに、私のレクチャーを受けて貰えますか?……強くなった『瞳術』で身を滅ぼした者を、私は誰よりも多く知っています……」


「教訓に満ちた、深い言葉だね」


「はい。ですが、完全に支配できれば、貴方の強さはさらに増すでしょう」


「極めろ、されば問題ナシか」


「ええ。さて……とりあえず、魔眼についは保留です。眼前の問題を解決いたしましょう」


「うん。いいカンジに悪口の津波をキャンセル出来ていたよ。ありがとうな、オットー。冷静さを保てた」


「いいえ。部下として、当然のことですよ」


「その気配りが、ガンダラやシャーロンにもあればいいのに」


「みんな違う。だからこそ、我々は結束しているのだと思いますよ?」


 ああ。癒やされる言葉だ。


 こういう癒やされる言葉を、癒やされるボイスで語れるようになりたい。


 でも……今のオレには、これが精一杯さ。


「―――待たせたね、ギュスターブ。大地の味を知る覚悟は出来たかな?」


 オレは竜太刀を肩に担いで歩き、さっきから広場の中央で戦槌を構えたまま静止している青年ドワーフに語りかけていた。


 精神集中を破り、彼の目は開く。


 うむ、いい瞳だ。殺気に満ちているではないか?……強いね。鍛錬と、実戦もこなしているな?


 ……幾たびかの内戦を経たのか?同胞の血を浴びる罪深さを知り、それでもなお精進することへ怯まなかったか。戦士としての道をブレずに歩く君の愚直さを、オレはとても気に入るぞ。


「……大地の味なら、何度でも舐めてきた」


「だろうね。君は勝利しか知れないような甘い国で育ってはいないからな」


「……ああ。他国は知らないが、オレの一族、そして、ドワーフの戦士たちは皆が有能な戦士であった。何度も、負け、そして鍛えられた。戦場で散ることへ、躊躇はない」


「……ドワーフの死の美学か」


蛮勇なる戦士の誇り。彼らの誇りは無謀と同一さ。死ぬことさえ、戦いに織り込む。オレたち猟兵に似ているね。


「貴様の技量……オレよりも、わずかに上だということは理解している」


「なるほどね。いい判断だ。適切だよ」


 戦士にとって、それを認めることは屈辱だろう。だが、それでも認めた?戦う前に。逃げたわけじゃない。現実を見直すことで、冷静さを帯びることで、勝率を上昇させただけのことさ。


 一流だよ、若者。


 君の経験は、君が殺して来た敵の命は……君の糧となって、強さへと至った。


 オットーが反応しているぞ?……彼も、認めてくれた。勝率0%だったはずの君は、劣等感を超えて、より真摯に現実へ挑むことを選んだおかげで、わずかながらに強さを上げた。


 君の勝率は、10%はあるかもしれない。


「―――認める。赤毛の剣士よ、お前はこの国の誰よりも強いはずのオレより、優れた戦士であるのだろう」


「謙遜しても意味はない。格上の武人として、断言してやろう。そうだ、オレは君よりも優れた戦士だ」


「ああ。だからこそ、全力で行く。貴様はこの戦のために、ジャスカ姫のために……いいや、グラーセス王国のために、戦おうとしている。そのことを、オレは疑っていない」


「疑う必要などないことだからな」


「……面白い。近所に生まれて来ていてくれれば、ヒマをしなくてすんだのにな」


「いなければ、探しに行け。待っていては、欲しいものを手にする日は来ない」


「お前は、そうして強さを磨いたのか?故郷から遠く離れて?未練はなかったのか?」


「……そうだよ。もう、『それ』は、帝国に焼かれて無いからね」


「そうか。だから、貴様は戦うか。この血の縁の無いはずの国のために」


「いいヤツだろ?」


「そうかもしれんな!!だから、無礼なオレを殺してくれても構わんぞ?こちらもそうするつもりで攻めるのだからな!!」


「……ああ。手加減をしてやるつもりはない。君の強さなら、オレに勝つ可能性ぐらいはある。もしものときは……オレの竜太刀の錆になれたことを誇るといい」


 殺すかもしれんな。


 戦士の最良の楽しみ方は、それだからな。


 悪気は無いが、強い者には……そうしてしまう。無垢な衝動があるんだよ。


 世界が、わずかに静かになった。


 ああ、さすがはドワーフの国。戦士たちよ、分かるのか?オレが本気になり、君たちにもその強さを理解させてしまったかね―――。


「……客人。そろそろ始めるぞ、これ以上は、待ち遠しくて耐えられん!!」


「……ああ。来な。オレたちの決闘に、他人の出す合図なんてものは、不必要に決まっているよなあ、ギュスターブ!!」


「うむ!!そうだとも、ソルジェ・ストラウス!!ギュスターブ・リコッド!!参る!!」


 ハハハハ!!


 来やがるぜ!!ドワーフ王国、現役最強戦士とやらがッ!!


 ギュスターブの脚は速い!!ドワーフの水準を超越した動きだ。その160センチそこそこの小柄な筋肉の塊は、雷を帯びて走った。


 『チャージ』の使い手か!!


 ジャスカ姫は面白がっているだろね?自分たち父娘と同じ魔力の使い方をする戦士の姿に!!


「はああああああああああッ!!」


 気合いを帯びた叫び。そして、殺気があふれる大振りだ!!竜太刀で防ぐ―――そんなことは考えない。威力を考えれば、当然のことだった。


 オレの脚はバックステップを踏む。


 そして、次の瞬間、ギュスターブの戦槌は、大地を深く破壊していた!!


 ドゴオオオオオオオオオオオオンンッッ!!


 完璧な舗装がされていた市民たちの広場が、その暴力で破壊されていた!!敷石が破裂し、その下にあった土が、弾けて宙へと舞い上がるのさ。


 とんでもない威力だ。


 『雷帝斬り』よりも魔力はないが―――威力なら、似たようなものかもしれない。ギュスターブの個人的な能力の高さが、荒野の風の奥義に基礎的な攻撃を近づけている。グラーセス最高の戦士か。


「しかし。当たらなければな……どうする?」


 そうだ。オレは避けていた。そして、反撃の準備もある。している。だが、戦士としての勘がギュスターブへ向かわせない。『罠』を気取っているからさ。


「―――こうするのさッ!!」


 ギュスターブが、土煙のカーテンの向こうから叫ぶ。


 届いたのは叫びだけではない、銀に煌めくなぎ払いさ!!


 土砂を真一文字に切り裂いて、銀色の必殺が飛来するッ!!


 ザガシュウウウウウウウウウウウウウッッ!!


「―――甘い!!」


 ガキュウイインンッッ!!


 オレの俊敏さが、『それ』を竜太刀で弾く余裕を与えてくれる。弾いた瞬間に、お互いの鋼が火花を散らし、オレの目は『それ』の姿をハッキリと見たのさ。ふむ……なんだ、『鎖』と……『刃』?



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