第五話 『風の帰還』 その8



 ―――戦の最中であれど、蛮勇なるドワーフ族は酒宴する!!


 姫が帰還したのだ、『荒野の風』の娘が戻った!!


 シャナン王は、兄を慕う強攻主義者たちにアイドルを放つ!!


 ジャスカ姫は、彼らの支持を集めてしまうのさ!!




 ―――彼らはジャスカ姫で、自分たちの誇りを強めようとする。


 彼女を取り込み、謀反さえ企もうとしている?


 いいや、そうではないのさ……彼らが焦がれているのは神話だね。


 『荒野の風』のように、激しく生きて、激しく散りたいだけだった。




 ―――ヒトの心は愚かだから、死ぬときさえも美学を求める。


 死を背負った者が見せる強さはあるね、それは消えゆくことを恐れぬ命の力。


 でもね、そうじゃない力もあるんだよ……姫は、死を超えてここにいる。


 その彼女を?死を願うバカごときが、操れるわけがないだろう?




「―――シャナン王よッ!!そんなことはあり得ない!!」


「そ、そうだ!!姫が、『敗北者』であるレイド・サリードンの軍を継ぐのは、まだ認めようではないかッ!?だ、だが……その異邦の男を、『貴族戦士』に任命するなど!?」


「ありえぬことだ!!」


「王国二千年の歴史を紐解いても、かようなことなど聞いたこともないッ!!」


「今度こそ、大地母神の呪いを買うぞッッ!!」


 ……へへへ。


 さっきまでの祝宴ムードが台無しだよ。オレ、世界で一番のドワーフの天敵にでも就任しちまったみたい。ああ、オレが頭のおかしい竜騎士サンで良かったぞ。


 そこらの凡庸な青年実業家ごときではな、この殺気立つ厳つく酒臭いオッサン戦士どもの群れを前にして、こんなに楽しげな気持ちになれないだろうなあ?


 くくく!!


 最高だぜ、笑いが出てしょうがねえぞッ!!


 強いヤツらが、そこら中にいやがるんだからなッ!!


 なあ。アーレスよ?ドワーフほど強い戦士たちならば、オレたちの『食欲』も十分に満たせてくれるよな?……戦いてえ、片っ端から、かかって来いよッッ!!


 ―――さあて、シャナン王よ。おあずけはナシだぜ?狂犬よりも狂暴な竜騎士サンに、いつまでも好物の肉の前で、待ちのお座りなんざ、出来ねえってハナシだぜッ!?


「―――待ちなさい、戦士たちよ」


 ……そして、凜然とした言葉が酒宴の場に響いていた。


 殺気立つドワーフの上級戦士たちが、発言者のことを見ていた。そう、彼女だった。ジャスカ・イーグルゥ姫だ。段取りと違う。ああ、シャナン王め笑っている。アンタのサプライズか?……それとも、彼女の将としての才か?……どちらにせよ、見ものだな。


「ひ、姫?」


「いいかしら、ドワーフの戦士たち?」


「な、なんですかな?」


「納得できないのは、分かる。あの赤毛のことを、貴方たちは知らないもの」


「そうです!!そ、それに……彼はドワーフではない!!」


「あら。私も、半分は人間だけれど?」


「で、ですが、半分は『荒野の風』の血ですぞ!?偉大な王家の血です!!」


「だが……彼はドワーフなどの血は、一滴も引いていない異邦の人間だ!!」


「『騎士』とやらの言葉に飾られようとも、シャナン王と貴方の策は、人間を『貴族戦士』に定めるということです!!」


「ウフフ。そのことが、気にくわないのね」


「そ、そうです、それに、だいたい貴方のことだ―――」


 ドガン!!


「あはははははッ!!」


 オレだけが爆笑してた。空気読めてない?


 でも、サイコーだったじゃん、今のパンチ?ジャスカ姫ってば、自分に詰め寄ってきたドワーフの貴族戦士を、一撃でのしちまったぜ!


 そうだよ、『狭間』には、妙に能力が高いヤツがいる。うちのギンドウとか、今この場にいるジャスカ姫だってそうだ。


「―――妊婦で人妻で将軍で、そのうえ誇り高きグラーセスの王族の私に……弱く臆病なタマ無しドワーフごときが、気安く近寄るんじゃない」


「な、なんですと!?」


「わ、我々を侮辱しているのか、ジャスカ姫よッ!?」


「分かっているのかしら?今ね、戦時下よ?殺し合いを全力でしている最中なのよ?強い男がいるでしょ!」


「そ、それは我々だった理解している!?」


「理解していない。実践出来てなければ、理解しているとは言えないわ」


「ぬ、だ、だが!!ドワーフの戦の美学を!!死に様の美学を軽んじるのか!?」


「国家存亡の危機だからこそ、我々の血だけが、この戦に参戦すべきなのだッ!!」


「異邦の、しかも『敵と同じ』、人間族の戦士など、認められるわけがなかろう!!」


 ―――『敵と同じ人間族』か。


 なんとも、オレには反論しにくい言葉だよ。狭量な意見ではあるものの、それは事実とも言えることだから。


 だが、本音を吐き出せてスッキリだろ?オレにもアンタらにも、その事実は引っかかるところらしい。


 人間と亜人種。


 気にしないでいられるほどの自由は、なかなかヒトは持てない。


 さて。どう切り返してくれるんだ、我が妻の親友よ?二つの血をもつ、定めの姫よ?オレの探す答えの手がかりか―――あるいは、答えそのものを教えてくれ。


「……ふん。男って、本当に細かいことでうるさいのね。人種だとか、国籍だとか、そんなクソどうでもいいことで、私の戦を穢すんじゃないわよ」


「な……ッ!?」


 ああ。またオレの口元がニヤリってなる。だって、いい動きだ。姫が肉切り用のナイフで、貴族戦士のひとりの首根っこに押し当てていた。アレでも殺せるよ?ドワーフのナイフは、切れ味がいいからね。


「勝つ気がないなら、ここで死ぬ?そんな弱兵は、私の国にはいらないわ」


「か、勝つ気ならば―――」


「―――負けの美学を語る男に、『未来』を背負う資格はないのよ」


「……ッ!?」


「でもね。貴方たちが正しいかもしれないから、強さで証明してくれるかしらね?」


 姫が殺気をゆるめて、ドワーフのアゴ髭を掴む指から、いきなり力を抜いた。戦士が、バランスを崩して、酒宴の料理が載ったテーブルに転けてしまう。


 姫は、そのナイフを彼の頭の隣り合った、焼きイノシシの頭部に投げつける。いいね、刺さったよ、見事に。


 誇りを穢された戦士は、怒り心頭といったご様子だ。


 さて……オレの姫は妊婦さんだ。君らの小汚い指を、一本でも触れさせるわけにはいかないよね……?


 オレはイスから立ち上がる。


「もう、お腹はいっぱいかしら、サー・ストラウス?」


「ああ。腹ごなしの運動は、いつでもいけるぞ」


「なら。ちょうどいいわね?……ドワーフの戦士たちよ!!アンタたちの『強さ』と『正さ』を、この男にぶつけてみたらいい。もしも、勝てたなら、彼を殺していいわよ?」


 サイコーに痺れる言葉だな。


 オレの命をクライアントは軽く見ているのか?いいや、信用されているだけだって、分かっているよ。


 いきり立つドワーフたちが、大声で歌う。殺せ、殺せ、殺せ!!ああ、サイコーに盛り上がってきたじゃないか!!


 さて……ああ。やっぱり、君かね?


 ここで酒を飲み始めてから、しばらくして君は遅れてこの場所にやって来た。そして一滴も酒を口にすることなく、ただ、オレを見つめていたな。


 ゲイだとするのなら、オレに妻が三人もいることを教えておきたいね。でも、君はそうじゃない。いや、性癖までは知らないし、興味もないが―――君は、オレの竜太刀を見つめているんだ。


 欲しいか?


 この大いなる力を秘めた、至高の刀が?


 ……いいよ。オレに万が一でも勝てたなら、くれてやるさ。オレの首を取り、アーレスの新たな飼い主になれ。アーレスも文句はないだろう。


「ギュスターブ!!王国の若き戦士で、最も強い貴様が、我々に代わり、その赤毛の異邦人を殺せッッ!!」


「―――うむ。決まったな!!」


 ようやくシャナン王が出て来た。彼はその巨大な体躯を玉座から立たせると、その傷だらけの指で、窓を差した?……ああ、お外でやれってことか。


「闘技場ですかな、王?」


「いいや。君らの戦は、もっと大勢に見せるべきものだ。大広間。ワシの民衆たちの前でぶつかり合え。君らの『力』、どちらが上なのか、民に知らしめてみせよ」


「ハッ!!」


 ギュスターブがマジメに返事する。ふむ、武骨な男だな。しかもマジメ。いいね。君になら、もしもの時にこの竜太刀をあげたとしても悔いはない。


「じゃあ!行くわよ、ドワーフども!!サー・ストラウスと、王国一番の勇者の決闘よ!盛り上がってきたわね!!」


 妊婦さんがとても楽しそうで何よりだ。


 オレは鼻歌と軽やかな足運びで歩く彼女の後についていく。


 ドワーフたちも、その重い腰を跳ね上げて、足早に、この決闘の場へと向かうのさ。


「民にも知らせろ!!なんとも楽しみな、決闘の時間だとなッ!!」


「了解しました、陛下!!」


 陛下も盛り上げてくれてる。いいね、ドワーフ王国の野蛮なノリ。オレのハートに死ぬほど馴染むわ!!


「……負けぬぞ、赤い髪の剣士よ」


 姫とオレを追い越していきながら、ギュスターブはオレに告げた。


 静かに深い殺気。


 だが、憎しみは感じない。


 君はリスペクトをくれている。戦士としての技量だけで、オレを見て、判断し。最高の敵だと理解してくれているね。


 素晴らしい若者だ。


 オレより、ちょっと年下かな?


 いいね。マジメな鍛錬の成果で、オレに挑め。


 そうすることで、君は君の物語を表現しろ。それを読むことで、オレは君たちに与えねばならないコトを悟れる。


「……ああ。オレも負けないよ、ギュスターブ。オレの首を取れたら、君が欲しがっている剣を持っていけ。君なら、三人いる妻の誰も、君を恨まん」


「ああ。そうさせてもらう」


 うむ。好青年だ。


 正々堂々と戦い、オレを殺して、竜太刀を継ぐ?


 そんな男に殺されるのも最高だが―――まだ、今日は死ぬべき日ではないな。


「いい戦いになりそうね?彼は凄腕だわ。私が雑魚を仕留めてあげたから、いきなり美味しいところから食べられるわね!」


「たしかにそうだな」


 雑魚をいくら蹴散らしても、雑魚の骨が折れるだけ。明日からの戦にマイナスだ。しかも雑魚を潰しても評価は上がりはしない。


 それが、いきなりメインディッシュから……たまらないね!!


「喜んじゃって、狂戦士はシンプルなのね?」


「戦いに血が喜ぶのさ。それは、君にだって分かる感覚だと思うがね」


 あれだけ楽しそうに暴力を振るえる女だ。才能はあるはずだぜ。


「否定はしないわ。貴方よりはスマートに生きていると思うけれどね?」


「ゲリラのリーダーより、雑な生き方しているかね?」


「ええ。ちがうの?」


「……うん。否定はしない。自覚がないわけでもないよ」


 そもそも、オレもたくさんのゲリラ組織を回って、帝国と戦っていたワケだしね?死神あつかいされてて、全くモテていなかった、オレの暗黒時代さ。


「でも!盛り上げられて、良かった!!ゴハンをたくさん食べた後は、最高の戦士たちの剣戟の音が、うちの子にとって最高の胎教よね!!」


「いい子になりそうだ」


「もしも、この子が女だったら、貴方の息子の婚約者にしてあげる」


「良かった。母親三人は美女だけど、オレに似た目つきの悪いガキが出て来たら、女にモテない可能性もあるからね」


「でも。きっと、この子は男の子ね。次の子に、期待しなさい?」


「そうだな……おお。人々の集まりが早い!!」


 バカな国民性だ!!


 ウルトラ、親近感を覚えちゃうぜッ!!


「盛り上がってるわね!!」


「ああ。君の言葉で、本当に場が盛り上がった。いい仕事だね」


「賢い女だもの。あれぐらいは朝飯前よ。昼ご飯食べた後なら、さらに楽勝」


「なるほど、じゃあ、アホ族のお兄さんは、暴力の腕前を見せるよ。ガキの頃から、これだけは得意なんだよね!」



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