第五話 『風の帰還』 その7
ああ。ウソだろ?……700万シエルって?
13人で割っても、全然、幸せな金額ではないか……?
「……あ、あの!?ストラウスさま!?おーい!!」
視界のなかで、小さなドワーフ娘がピョンピョンと跳ねている……ああ。そうだ、ビジネスをしなくては、だって、オレ、イケメン実業家だもん!!
「……取り乱してしまって、すまない。ミス・マロウズ、ちょっと、その……想像以上の金額だったので、驚いてしまった」
「そ、そうですか。それでは、この報酬に不満は無いのですね?」
「ああ!バッチリだ!!オレたちは陛下の剣だ!!」
「ありがとうございます。交渉が決裂したら、私、陛下に見せる顔がなかったです」
「……しかし。ずいぶんと高額なのですねえ」
マジメなインテリ、オットー・ノーランがそう質問する。彼は疑問をすぐ口にしてしまうタイプの好奇心旺盛な大人男子だ。探究心が強いんだよね。
「え、ええ。我々は傭兵を雇うことは、ほとんどありませんから。相場に疎いのだと思います……もちろん、極めて高額だということは理解していますよ?」
「そうですねえ。相場の十倍近いですよ?」
「そ、そんなに!?……やはり、高すぎましたか?」
「大丈夫!!値段の分は、働けばいいのだからッッ!!」
こんな夢のような大金を、減らすわけにはいかない!!オットーくん!!君の優れた超感覚で、オレの心を悟ってくれ!!オレ、欲しい、この、マネーっっ!!
猟兵同士の熱い絆は、きっとオレたちを繋いだんだね?
オットーが、その感情表現に乏しい顔面を、オレのほうに向けた。
「……そうですねえ。それだけ働かされるというコトでしょうねえ」
「……ん?」
「団長。高額ということは、かなり危険なのでしょう、『忘れられた砦』の開放という作業は」
……なるほど。
死ぬかもしれない任務だから、葬式代も込めてということかい。
「あ、あの!!た、たしかに危険ですが!!我々も、全力でサポートいたします!!だ、だから……断らないでくれませんか?……も、もちろん、現状、我々の置かれている立場の深刻さを考慮すれば、見捨てられるのが当然なわけですが―――」
「―――安心しろ。マリー・マロウズ。オレたちは、君らを見捨てない」
「お金が、たくさんもらえるからですか?」
「……いいや。帝国軍を、死ぬほど憎んでいるからだよ……オレはね、3シエルでも、戦うつもりだったほどさ」
「……フフフ。それなら、私たち、高く払い過ぎちゃいましたね」
「ああ。だが、それだけ働くさ」
そうだ。この国を救うよ。なあ、オットー?危険は承知だろう?オレたちは猟兵、戦場で死ぬのが定めだ。
賢いオットーはオレの顔から心を酌み取ってくれるのさ。オレの帝国への憎悪と怒りと、そして『ガロリスの鷹』への友情とかもね。
「……そうですねえ。今後を考えても、お金はたくさん欲しいところです。ハイリスク・ハイリターンを楽しんでこそ、猟兵というモノですよねえ」
「ああ。オレたちの明るい『未来』のために、お金を貯めようぜ!」
「……ふう。安心しました。お仕事引き受けてくださって」
「心配性だな」
「こちらの戦力の倍近い敵軍が、王都の近くまでやって来ているんです。安心なんて、出来やしませんよ」
マリー・マロウズは窓から外を見ている。そのメガネは太陽光を浴びながら、心配そうな彼女の瞳のすぐ側で、光って輝くのさ。
「……そうだな。安心は出来ない状況だ。軍勢同士のにらみ合いだが……やがて、敵の増援がやって来るはずだからな―――しかし、こちらから打って出る程の破壊力はない」
「……はい。だから、困難な戦況です」
「悪いが、君たちには、結束も無いようだからね」
「……陛下の策を、消極的と嫌う戦士たちもいます」
「そういうヤツをまとめるのに、ちょうどいい女が戻ってきたから、安心しろ」
「ジャスカ姫ですか?」
「ああ。彼女は劣勢な戦いを知り尽くしている。何度も心は折れただろう。だが、今の彼女は、この父親の母国を救う気でいるぞ。迷いのひとつも無いままに」
「……そうですね、『荒野の風』の継承者……その蛮勇さに、結束を作ってもらうのも手段かもしれません」
「任せておけ。ジャスカ・イーグルゥ姫の剣は……『パンジャール猟兵団』は、帝国軍を切り裂くよ」
「頼るしか、もう無いのが現状です。ドワーフの特攻美学に、私は殉ずるつもりはないのです……臆病になるつもりはないです。ただ、勝って、生きていきたい」
メガネの奥にある赤土色の瞳が、静かな闘志をたたえている。若いねえ。そして、だからこそ護ってやりたくなる目だよ。オレたちみたいに、失ったモノが多すぎるとね、そんなに自前の命に、あんまり前向きになれなくなる。
生きることを優先するのなら、オレたちみたいな生き方をするべきじゃない。
死に最も近い場所へ、好んで戦いに行くなんてのは、異常行動だ。
オレたちは壊れているし、狂っている。
戦場で暴力を振るい、死を与え、そうすることで魂が癒やされるのだよ。
……でも?
オレたち狂っている者たちからしてもだね、生きたいと願う者たちに魅力を感じないわけじゃない。それが、オレたちの仲間ならば―――全力で応援してやるのさ。命懸けでね。
君らが死にたくないのなら、オレたちが戦場で敵と自分たちの命を捧げよう……いつか、オレたちの醜い殺し合いの果てに生まれるその世界で、オレたちを想い歌ってくれるのならば?オレの魂は、そういう死に方でも満たされる。
「……そうだね。君は生きるべきだ。若く、生きることの尊さを知っているようだから。そのために、全力を尽くそう」
「はい!……傭兵というのは……いいえ、猟兵という存在は―――」
「―――なんだい?」
「どこか、怖くて……それなのに、やさしさも覚えます」
「死を感じれば、命を深く識れる」
「怖いから、やさしさも認識できる……?」
「そんなカンジだろう。さあて、商談成立だ……あとは、姫さまの『援護』と行こう」
「……彼女の『将軍』への就任に、反対する戦士たちも出るはず」
「任せな、嬢ちゃん。オレは、そういうバカを黙らせる魔法の言葉を知っている」
「……どんな言葉です?」
ドワーフの小さな才媛は、ニヤリと悪者みたいに唇で、オレへと訊いた。
「『殴り合いで決めようぜ?』……素敵な言葉だろう?」
「ええ。ドワーフ族にも、通じやすい言葉です」
「じゃあ、さっそく―――」
「―――ああ。ちょっと待って下さい!」
オットーがオレとマリー・マロウズの動きを止めた。勢いに任せて、姫と王と上級戦士たちがいる議場に乗り込みたいんだがねえ……でも、インテリの言うことを聞くのが、いいリーダーだ。
賢いオットーよ、君は一体、何を思いついたんだね?
「マロウズさん。シャナン陛下とは連絡がつきますかねえ?」
「ええ。もちろん。私はシャナン陛下の腹心のひとりですから」
「……『将軍』のですねえ、『副官』のポジション……そこに『騎士』を置いてくれるように連絡してもらえませんか?」
「……『騎士』?……つまり、『貴族戦士』のことですか?」
「そうです。グラーセス王国では、そういう存在なのでしたね」
職業軍人であり、その地域の支配者。それが『騎士』だ。たしかに、『貴族戦士』という言葉は、オレたちの文化における『騎士』に近いイメージを抱く。
「……ミスター・ノーラン。『貴族戦士』は―――『騎士』は世襲です。領土を持つ存在です。陛下の権威を使えば、どこかの領主の領土を分けることも可能。新設するのは、不可能ではありませんが……この戦時下で、国を割るようなことになりかねません」
たしかにな。自分のシマを分割される?貴族戦士とやらが、納得するような行為ではないだろう。王族であり、今朝の襲撃の功労者である姫が、父親の領土を継承するという状況とは異なる。荒れそうだな。
「いいえ。そんなことにはなりません。姫の領土を分ければいいのですから」
「え?……彼女の領土を?そんなに広くもありませんよ!?多くの者に恨まれることになる!!その大きなリスクに納得するような候補者が、出てくるとは考えられない―――」
「―――いいや。いるね」
オレはオットーの考えが分かったよ。だから、オレは悩む眼鏡ドワーフちゃんお頭をさする。
「あの……失礼ですよ、サー・ストラウス」
「おお。すまない。既婚者だったかね?」
「いいえ。婚約者はいますけどね、ヘタレの」
「そうかい。まあ、なんだか起きやすい位置に頭があるもんでね」
ちょうど、ミアの背と同じぐらいだからな、彼女も?
「……それで。『誰』を新しい『貴族戦士』にするというのです?言っておきますが、私は、すでに先祖伝来の土地を継承しているため、なれませんよ?」
「先祖伝来の土地を継承していなければいいんだな?それなら、大丈夫そうだ」
「え……ちょ、ちょっと。まさか!?」
「『オレ』を君たちの国の『貴族戦士』に任命してくれ」
「な、なんですって!?が、外国人を、『貴族戦士』に!?そ、そんなの、前例がありませんよ!?」
「だからいいんです。確実に、デコイとなりますからねえ?」
「え?」
デコイ……つまり、『囮』というわけだ。オレは、そういう存在をやるわけだね。
「そうだ。姫の正当性に難癖つけるような連中は、外国人で、しかも人間の『貴族戦士』の就任の方にこそ過剰反応するだろ?」
「じゃ、じゃあ。貴方は、姫の『盾』になるわけですか!?」
「そういうことだ。それならば、姫の名につく傷も少なく―――」
「―――ケンカっ早いドワーフの上級戦士が、ソルジェ団長に挑む機会をつくりやすい」
そうなれば、ドワーフ族はシンプルだろう?
力を信じるのなら、力で語れというハナシだ。
「オレの『騎士』就任に苛立つドワーフが出たそのとき、オレが王に求める言葉は一つ。不服ならば、力で示せだ。そうなれば、シンプルな形になれるさ」
マリー・マロウズはしばらく考えている。
マジメな彼女は、こういう奇策を思いつきにくいか?
でも、理屈は分かるだろ?
ケンカを売られやすくして、『いい物件』をオレが買うということさ。
ミス・マロウズは、神妙な面持ちになる。シンキングタイムは終了したらしい。その表情をしたということは、オレの策に乗る気はあるらしいね。
さあ、言ってみな。どんな懸念があるわけだい?
「……かなりの猛者が、貴方と戦うことになりますよ?」
「ああ。なんだそんなことなら、大丈夫だよ。残念ながら、ヒトの形をした者が、オレに武術で勝ることは無いのだ」
「……スゴい自信ですね?……ドワーフの戦士を、舐めていませんか?」
「舐めちゃいない。ただの真実だ。オレはとんでもなく強いよ。だから、ケンカは任せろ。王国最強のドワーフたちを、手加減しながら半殺しにしてやるよ」
「……同族を応援したいような気持ちになっちゃいますね」
「それが郷土愛というものだ。だが、今は、愛より暴力を優先させるべきだ。力に従う君たちの文化だ、オレに負けることでしか、オレを認められないさ」
「……たしかに、手っ取り早い。『最強の貴族戦士』……いいえ、『最強の騎士』が補佐として『荒野の風』につく……武闘派は、貴方たちを中心にまとまるかもしれない」
「おそらく姫だけでも十分だろうが……オレも高額の報酬を受け取った男だ。たくさん仕事をさせてもらうよ」
「……分かりました。陛下に訊いてみます。結果は、間違いなくOKでしょうけどね」
「そうだ。陛下は分かっている。もめ事を起こす必要があることも、そのもめ事を即座に解決した方が、結束を作るのは早いということをな」
「貴方の剣に、託しますよ?暴れん坊たちを、組み伏せて下さい」
「心得たよ、ミス・マロウズ。さっきも言ったが、そういうことは大の得意だ」
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