第五話 『風の帰還』 その6


 ―――賢き王は笑うのだ、いいとも君と手を組もう。


 君の狂気と『夢』に、ワシも運命をかけてみようではないか?


 それぐらい、くれてやらねば、兄上との邂逅を超えたとは言えぬだろう?


 この国を、君の狂気に委ねよう、ワシは楽しくてしょうがないぞ。




 ―――笑う王の声を聞きながら、眠っていたふりを続ける姫も笑う。


 さすがは『魔王』ね、一国の王になんていう態度なの?


 でも、たしかに貴方らしい、貴方はやはり『魔王』よね。


 強くて、怖くて……私たち『人間以外』の絶対的な庇護者でもある。




 ―――許してあげるわ、私の叔父上へのふざけた態度も。


 貴方も叔父上と同じく、『王』の一種なのだから。


 ああ、カミラ……貴方の夫は、怖い生き物ね?


 貴方たちは、皆、うつくしくて怖くて狂っていて、激しく愛し合っている。




 ―――狂気の『魔王』に、命懸けで愛して貰えるのなら?


 私の趣味ではないけれど、貴方たちは幸せを得られるのかもしれないわね。


 絶望を喰らって、何度でも立ち上がった、狂った獣たち。


 私には、『パンジャール猟兵団』の強さが分かったような気がするわ。




―――誰よりも狂っているから、誰よりも怖い。


 誰よりもヒトを愛しているから、誰よりも怖い。


 誰よりもやさしい未来を願うから、誰よりも怖い。


 誰よりも怖い存在であることを認めているから、誰よりも強いのね。




 ―――愛と狂気とやさしさが、混ざって黒を成している。


 魔王の黒い風が、世界を呑もうと暴れていく。


 この風は、呪いや病のようのにヒトの心と体へ絡みつくのね?


 今では、すでに……叔父上さまも、魔王軍の一翼なのね?




 ―――魔王に惚れて、魔王を求めてしまったそのときから。


 ヒトは魔王の支配を受け入れていく、彼と一緒に狂った『未来』を願うのね?


 人間たちが定めた法を、戒めを、全てその風がなぎ払ってくれる。


 そう信じたときから、私たちは、きっと魔王の軍勢なのよ。




 ―――ねえ、サー・ストラウス?


 貴方の子供たちと、私の産むこの子供と。


 貴方の『未来』を望む、世界の大多数ではない願いのために。


 命が尽きて、果てるその瞬間まで……やさしく怖い魔王でいてね?




 ……後にアミリアをも呑み込む、グラーセスの『聖なる嵐』、ジャスカ・イーグルゥ。―――その女王もまた『魔王』の仲間の一翼なのさ。




「……常識が無いことを、ものすごく叱られそうだよ」


「今さらではないでしょうか?大丈夫ですよ、団長?」


 やさしいオットーに、やさしい声で慰められている。でも、オレ、男だから知っているんだよ?男の口にする、『大丈夫』なんて言葉は信用しちゃいけないよ?だってさ、深夜十二時にさ、自宅に女性を招く時にさえ使う言葉なんだぞ。


「……大丈夫なわけじゃないか?きっと、さっきの無礼な行いが、オレとクライアントの関係性をこじらせるんだ。そして?……オレたちの報酬は、少なくなっちまう」


 オレって、いつもそんなところがあるよ?


「港町ゼドーだってそうじゃん?オレ、なんだかんだあって、依頼主と揉めたんだ」


「ゼドーですか、懐かしいですねえ。海が綺麗な街でした」


「うん。その海に、オレ、元クライアントを、ばらまいていたじゃん?」


「あれは、あちらが悪の組織だからですよ」


 オットーの倫理観は潔癖系だ。悪党を殺すことを善行だと、彼の種族は心得ているのかもしれない。素敵な倫理観だよね。


 やさしくて、ストイックで、悪には鬼より厳しい。そんなオットーはオレたち『パンジャール猟兵団』の頼れるお兄さんだよ。だから、オレ、今、オットーに愚痴をこぼしているんだ。癒やされたい。


「団長は、悪くなかったです。私はそう信じています。彼らは、死ぬべき悪党でした」


「そうだ。ただのしみったれたマフィアだと思っていた。密造酒と賭博とか?あと違法でワクワクの売春宿とかやってる程度の!!」


 そういうのも経営していたけどさ?……あいつら、人身売買までやってた。亜人のガキどもを誘拐してきて、口に出しにくいことを散々していたのさ。


「……ガキにセックス強要しようとしてたから?……ついキレたんだ。そして、あの名前も忘れたマフィアのオッサンを細切れにして、笑いながら海に撒いてた……オレ、カッとなると危ないヒトになるんだよ、オットー……」


 自分でも分かる。ヒトより、ちょっとだけ短気なんだ。


「大丈夫ですよ。『手を組もう』と言っていたじゃないですか、シャナン陛下も」


「……いや。死ぬほど安く雇われるのではないかな?……とてもお安く、貴方の敵を殺して差し上げますって?……『激安宣言』しちまってたんだぞ?」


「……あ、ああ。そう言えば、そうでしたねえ」


「あの直後、快諾されたもん。どうしよう?あのまま成立していたら?……相場の半値とかだと?……もう、クラリス陛下との契約で約束された報酬では、まかないきれない程の出費が発生しているのだぞ?」


「ああ。カミラさんの救出は、任務ではなく団の自腹ですものねえ?」


「そうだ。乾パン一つから肉の一欠片ですら、社会を牛耳る商人って連中は金を要求するんだ!……オレたちさ、ルードの『アジト』を、金と愛国心を持っているルード王国人に売り払うことになるかも?」


 ……ああ。なんて、甲斐性無しのお兄ちゃんだ?


 あのミアに白い目で見られてしまうぞ?


 ミアがみんなで暮らせる『家』が欲しいと言ったから、がんばって買ったのに?七回ぐらいしか、あそこの『アジト』で寝ていないんだが……。


「……まあ、金が無いのは仕方がないですよ?慣れていますからね?みんな、許してくれますよ。ほら、自給自足なんて、余裕じゃないですか」


 うん。食べられる草を熟知してるもんな、オレたち?とくにリエルと君なんて、森さえあれば死ぬまで自給自足出来ちゃうよね?


 てんぷらさえ覚えれば、食べられない草なんてありませんよね?……君の哲学に、オレ、苦笑いで答えた夜があった。


「なあ?……ミアに失望されないかな?クソお兄ちゃんだよ?みんなのお家を売るんだよ?王さまに宇宙一偉そうな態度してしまうという、ウルトラなアホを晒したせいで?」


 一時間前のオレよ?どうしていたんだ?騎士としてのマナーとか、一応はアーレスに習っていたじゃないか?


 ……9年の野良騎士生活が、王家に対する基本的な礼節さえも忘れさせてしまったのだろうか?……ていうか、ビジネスマンとして、どうなのだ、オレは?


 基本的に、『金を持っている客』に媚びねば、経営など出来ぬのだぞッ!!


「たしかに、偉そうでしたね。あれでは、どちらが王さまなのか、分からないほどでしたねえ。フフフ」


 どうして笑うんだい、オットー?オレの非常識さが、そんなに滑稽かな?


「……オットー。オレ、さっきの失態を忘れない」


「そうですか?」


「そうです。私が、敬語もロクに使えない、アホな経営者ですよ」


「ああ。そう自虐しないでください。大丈夫ですよ、きっと?……少なくとも、ミアさんは貴方に失望したりなんて、しませんよ」


「そうだと、いいなあ……っ」


「だって団長は、後悔していないでしょう?」


「え?陛下に対する口の悪さは、ちゃんと反省しつつも後悔しているけど?」


「いいえ。そちらじゃありません。カミラさん救出のせいで、大赤字ということ」


「ああ。そっちは後悔していない。だって、行方不明の団員を探しに行くのは当然じゃないか?『家族』だぞ?探すに決まってる」


 オットー?どうして、こんな言葉でお前は笑う?


「―――ええ。だから、貴方は大丈夫。ミアちゃんは、その貧乏なら耐えられますよ?」


「そうかい。お兄ちゃん……ミアの願った『家』を売る、甲斐性無しのクズ野郎だけど」


「本当のクズは、お金のためにカミラさんを見捨てた場合ですよ?」


「……え?そんなクズと、オレ、タメはるぐらいダメなの?」


「い、いいえ。そうじゃないですよ!?」


「……そうかい。ああ、オットー……オレ、ゼファー人形を作りたいんだ」


「はい!?」


「ゼファーを人形にしてさ、みんなで売るんだ。だって世界には、竜が足りないだろ?」


「足りては、いないでしょうねえ」


「だろう?だから、世界一可愛いゼファー人形を製造したら、売れるんじゃないかな?」


「……変なビジネスで、赤字を取り返そうとしないで下さい!そういう経営は、いけません!絶対に、いけませんからね!」


 オットーが、かなり真剣にオレのゼファー人形を否定している……そんなに、売れないのかな、オレのゼファー人形?


 ……キュートだろ?牙がたくさん生えてて、空を飛んで、ヒトを生きたまま躍り食いしちゃうんだぞ?……愛が、形となったような存在だろうに。


「オレ、どこかの闘技場でもある都市に、出稼ぎに行こうかな?」


「……手早く稼ぐには、いい案です。けれど」


「……けど?」


「団長ほど強いと、対戦カードが成り立ちません」


「で、でも。ちゃんと手加減するよ!?」


「雑魚に殴られるのとか、ガマンできないですよねえ?棍棒なんかで殴られるかも?」


「そ、それは……ッ」


「だから、向いていません。団長にはムリですよ」


「でもよ、闘技場だろ?強いヤツとか、一杯いるんだろ?」


「そういませんよ。団長は、すでに眠っていても暗殺者を殺せる領域……そんな怪物と一対一でやれるヒトなんて、世の中に何人もいるわけないじゃないですか?」


 そんな、オレが強すぎるからダメなの?ていうか……。


「おい、闘技場って、強さを求める強者ばかりじゃないのか?」


「基本、『食い詰めた人間が自分の大ケガを見世物にするところ』です。高名な武術家なら、弟子を取るなり、軍隊の武術指南とかでお金を得ています」


「……じゃあ、何?闘技場ってさ、雑魚しかいないの?」


「腕が立つなら、そんな掃きだめみたいなところには、いかないでしょう」


「……なんてこった。そんな夢のないトコロだったとは……っ!!」


 ザ・ショービジネス……みたいな世界ではなかったのか?


「試合とは、どちらかが勝つか分からないのが楽しいものですよね?」


「じゃあ、オレの試合のオッズとか、死ぬほど低くなりそう」


 鎧を装備した重装歩兵とか、素手で殺す方法、いくらでも思いつくもの。目隠ししても殺せるし、片腕でも十分に殺せるな……オレなら、オレに賭ける。そうしないと、お金失うだけだもの。


「ええ。そうなると試合も組んでもらえず……ギャラも出ませんよ」


「……うう。じゃあ、オレ、料理本を出すしか、もうあの『家』を手放さずに済む方法は無いのかな?なあ、それしかないのかな?」


 アイデアを貸してくれるかい、オットー・ノーラン。君のてんぷら技術をさ、本にしちゃわないか?どの草でも食べられるんだろ?


 ……『野草てんぷら―――貴方のお家の庭に生えている、本当に美味しい自然の恵みたち―――』っていうタイトルじゃダメかな?


 貧乏系主婦の心をつかまないかな?みじめな食生活を、良いようにとらえたカンジしないかな。


「……ま、まあ?とりあえず!落ち着いて下さい、ソルジェ団長?……今は、陛下の秘書をお待ちしましょう」


「……うん。きっと、安い契約なんだろうなぁ―――ごめんよ、ミア。お兄ちゃん、ダメダメ経営者さんだよ……っ」


「そうとは限りませんよ?……さて、ちょうど、秘書さんが来られたみたいですよ」


「おう……せめて、愛想良く笑っとこう」


 ニヤリ。


 オレはグラーセスの王城にある応接間のひとつで、営業スマイルを浮かべている。


 ドアがノックされる。


 コンコンと音が鳴る。ああ、胃が痛い。


「ど、どうぞ!」


「はい。失礼いたします―――って!?」


 『細身』のドワーフ女性が、オレを見て驚いていた。145センチぐらいの小柄な女性だ。骨格は確かに頑強そうだよね、肩幅は大きいし、耳も丸みを帯びて、ちょっと大きい。でも、男のドワーフほどの短躯で太い肉体ではないのがドワーフ女子というものだ。


 人間族とよく似ているよ、このメガネをかけたマジメそうな秘書さまは。


 そんな秘書さまが、オレのスマイルから跳び退いていた……。


「こ、怖い顔で、お、おどさないでください!!さっきのは、むしろ姫さまを守るための護衛だったんですから!?」


「……ああ。さっきの床板にいた娘じゃないか。君が、王の秘書なのかい?」


 サイアクだ。どうやって殺そう?みたいなこと言いながら、虐めたばかりだ。良好な人間関係など築けるわけがないよね。


 アレがトラウマになっているのか?オレの笑顔を見て、跳び退いたぞ?……この契約に期待できない要素をまた一つ発見だよ。


「……は、はい!私は、シャナン陛下の秘書官で、マリー・マロウズです!以後、お見知りおきを!」


「ええ。ご丁寧にどうも。オレは、ソルジェ・ストラウス。先ほどは、本当に無礼を働きまくり……何というか、すまなかった」


「い、いえ。あんな暗殺者みたいなマネをしていたこちらこそ、悪いのですから」


「……それで、マリー・マロウズ」


「はい?」


「……今度の契約金は―――」


「―――法外な値段ですよ」


「……え」


 ―――3シエルとかかな?オレたち、1シエルずつもらって、追い出されるのかな?


 まあ、そうだよね?……あれだけ尊大な態度してしまえば、追い返されても仕方ないレベルだもん。応接間でお茶を飲めただけでも、むしろ上出来なレベルで―――。


「我が国は鎖国政策を採用しており……外貨準備は少ないのです。ですから、あなた方への報酬は、『700万シエル相当の金塊』となります。これで、よろしいでしょうか、ストラウスさま」


「……ん?」


「え?……あれ?ま、まさか、こ、この額では少ないと!?」


「団長ッッ!!」


 探検家がオレの肩を抱きしめていた。どうした、金塊がどうした?


「やりましたね!!大金持ちですよッ!!」


「え?……オレたち、草を喰って生活していくコオロギみたいな身分では?」


「ちがいますよ!!大金です!!やりましたね!!」


「……本当?マリーちゃん、オレ、『家』を売らなくてもいいの?」


「そ、そちらの経済状況までは把握しきれませんが……一般的に、外の国では10万シエル程度で家屋が買えると学んでいます」


「うん。そんなカンジだよね」


「だから、きっと常識外れな豪邸でない限りは、おそらく手放さなくて済むのではないかと?」


「……そ、そうだな……ええっと?でも、マジのハナシ?悪い冗談じゃないよね?傭兵なんかに、そんなに出すの?」


「え、ええ。私も驚き、シャナン陛下に確認しましたが……事実です。ストラウスさま、我々、グラーセス王国は、『パンジャール猟兵団』を、『700万シエル相当の金塊』で雇いたいのですが……その、足りて、ますよね?」

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