第五話 『風の帰還』 その5


「ハハハハハハハッ!!」


 御者席にいる大柄ドワーフが大爆笑している。どっちの意味だろうな?


「……これで、まさかのおヒト違いだったら、オレ……かなり恥ずかしいだけど?」


 全力で御者のじいさんに爆笑される?そんなゲストってダメ過ぎるだろ?


「いいや。恥ずかしがる必要はない。赤毛よ、貴様の眼力は正しいぞ!!」


「そうか。恥かかないで良かった」


「……ふーむ。ただ者ではないんだろうとは感じていましたけれど、まさかの『頂点』ですかぁ」


「大臣や将軍以上の存在とは思っていましたが、まさか王ご本人とは」


「フフフ。楽しかったぞ、この遊びはな―――」


 御者のじいさんが……いいや、グラーセス王国のシャナン王が変装をやめる。白いヒゲと白髪のカツラを脱ぎ捨てて、金髪碧眼の中年ドワーフという本来の姿へと戻っていた。


「―――しかし、オットーくん」


「なんでしょうか、陛下?」


「ワシは君がワシの正体に気づいてくれると期待しておったんだぞ?」


「それは、すみません。でも、団長の洞察力も素晴らしいものですよ?」


「この中で、最も知性的ではない彼がかね?」


 ウソだろ?


「王よ。聞き捨てならんぞ?ガンダラとオットーには負けるよ?だが、オレの頭の性能が、ここでヨダレ垂らしながら寝ている貴方の姪には負けてない!」


 失礼と承知で言わせてもらうぞ、その真実をね?


「ふむ……なかなかに度胸があるな」


「そりゃどうも!?でも、そんな胎児の頃からある生来のモノより、26年も生きて培った知性を褒めてくれませんかね!?」


 オレはたしかにアホ族だが、王よ。間違っても貴方の姪っ子よりはマシなはずだ!!


「ハハハハ!!面白い男だよ、ソルジェ・ストラウス……君は、ワシの兄上によく似ているぞ!?」


 この寝息を立てているお気楽女の原材料の片方に似ているから?……喜べるものかね?ガンダラが、ニヤリと口元を歪めていやがる。コイツ……人ごとだと思って、楽しんでいるな?その性格は、君の悪いところのひとつだと思うぜ!


「いやいや、失礼したよ。ワシも口が悪いひねくれた男でな。正体を見破られたことが、少しは口惜しくてね?」


「アホ族のくせに出しゃばって、すみませんね」


「そんなにいじけるな」


「……ああ。分かったよ。オレも男さ、もういじけない」


 でも、ヒトを姫よりアホ扱いしたことは、忘れない。


「無事に解決して良かったよ」


「……それで。シャナン陛下」


 ガンダラがオレのコントの終了を見計らい、いつもの冷静沈着な表情と声で、王へと語り始める。


「どうした。デカいの?」


「なぜ、御者などに化けておられたのですか?」


 フツーの質問だ。でも、大人ならそうすべきなのだろうな?国一番のVIPが、ジイサンの変装してまで、オレたちに会いに来ていたのだから。


「気になるかね?」


「ええ。それはまあ」


「……君らの人となりを、確かめてみたかった」


 人となりね。やっていたことはオットーとの魔牛談義だけであったが?


「ワシはね、人間観察には自信があるのさ。そのおかげで、自分の政敵が放ったスパイを嗅ぎ分けて、対応してきたからね」


 政敵―――自分の兄のシンパとかもか。うむ、兄弟で王位を巡って殺し合う、か。その重たい定めを生きぬくには、たしかに人間観察の能力は必須だったかもしれない。


 ドワーフにだって、隠者ガルードゥのような男もいる。おそらく、片腕を失う前の、全盛期の『荒野の風』ことシャルロン・イーグルゥの熱烈なファンの一人でもあっただろう。この国の闇に潜む殺人カルトまで敵に回して生きぬいたのか。


 その眼力は、たしかに評価すべきモノなのかもしれない。


「……それで、王よ。我々はどんな風に貴方には見えたのだろうか?」


「まずは、オットーくん」


「はい!」


「合格だ。君の知性はとても頼もしい。一晩中、魔牛について語りたくなったよ」


「いえいえ。私の知識などは、陛下の足下にも及びません」


「そういうワシを立ててくれるトコロも、実に好ましいな……まあ、冗談を抜きに言わせてもらえれば、家畜の情報を足がかりに、君は多くの情報を引き出したな。途中で、まさかとは思っていたが……その、まさかだった。君は天才だな。だが、うちの食糧備蓄は19ヶ月分だ」


 オットーはニコニコしているように見える。口元は微笑んでいるよね。目はいつもの横一直線の色気の無さだったけれども。


「そして、巨人くん」


「はい、陛下」


「……君も素晴らしい知性だな」


「私はとくに何も見せてはいないと思いますが?」


「君の場合は、こちらの情報網に引っかかっているよ。ルード会戦の作戦を立案したのは君らしいじゃないか?赤毛の魔王の軍師として」


「当初はそうです。ですが、現場で大きく作戦をアレンジしたのは団長ですよ」


「そうだとしてもだ!その後は、ルード王国で王国軍の教官を務めていたと聞く。なかなかに魅力的な男ではないか」


「お褒めにあずかり、光栄ですね」


 うちの団員たちは高評価だな。当然だけどね?でも、オレはきっと下げられそう。さっきから、かなり無礼だったしね……まあ、そっちの方が気が楽なんだけど?国家元首に無礼を働いてしまったのだ、けなしてもらった方が気楽だな……。


「それで。赤毛―――ではなく、私の姪!」


 フェイントかけられたよ?


「……よく寝ている。妊婦と聞いたが、誰が仕込んだ?」


「オレたちじゃないよ?アミリアの代表の息子、ロジン・ガードナー。それがアンタの姪っ子の胎児の父親だ」


「……ふむ。なかなかに数奇な血だな」


 たしかにね。敵対する組織の長の子供同士のロマンスか……なかなか熱い恋愛をしていたものだな。


「王よ、貴方の兄も同じような恋愛をしていたのだろう?」


「うむ。人種も身分も立場も超えた。なるほど、ジャスカよ、君はどこまでも兄上の血なのだな……」


「こっちに来て、会ってやればどうだ?」


「魔牛の手綱を素人には任せられない」


「じゃあ。この床に隠れている護衛だか暗殺者にでも、頼めばいいだろ?」


 オレは鞘に入れた竜太刀の尖端で、狭い牛車の室内を小突いた。そうだ。このコンコンと鳴る板の裏側に、一人のドワーフがいる。


「……『それ』に気づいたのが、ワシの変装がバレるキッカケの一つか」


「そうだな。オレたち三人は、一目この馬車……じゃなくて、ベヒーモス車を見たときから分かっていたよ」


「ほう。どうしてバレた?やはり、厚さかね?」


「ええ。その厚みは、いくら装飾を施してもごまかしきれません―――暗殺でもされるのではないかと不安になりましたよ」


 ガンダラが不満げに語った。そうだね、こういう行為は信頼を損なう。


「そうだ。実に悪趣味だな。おい、君。微動だにしなかったのは正解だ。もしも、少しでも動いていたら。オレは容赦なく君を刺し殺していたところだぞ……?」


 鉄靴の底で、その床板をこする。そうだ、全部丸見えだ、ここが頭で、ここが心臓。オレは君を好きなような死因で殺せるよ?


 首を断つことも出来るし?その肺を切り裂き、血に溺れさせて殺すことも出来るよ。君の若く、恋する乙女のように拍動を早めているその心臓の、左右の心室をつなげてやることもね。


 捕食者の血が騒ぐ。


 オレの舌が、殺し方を想像することの邪悪な悦びに動かされるのさ。上唇にその赤い舌が這う。殺すことと、食欲じみた本能が、オレのなかでは一つだ。


 そうなると、息を吸うようにヒトを殺せる。意識さえも必要とはしなくなるんだ。


「ああ、暗殺者よ……たとえ、オレが寝ていても安心してはいけなかったぞ?オレは……寝ていても、君の殺意に反応して、即座に刺し殺すぐらいの芸当はやるんだ」


 竜太刀の鞘の先で、『彼女』の頭のすぐ上の板を、コツンと鳴らす。


 オレの殺意を浴びて、その護衛は体を初めて震わせていたな。


 ああ。すまないな。オレは、オレに敵対行動をする生物を、賞賛と殺意をもって歓迎する気質なのだ。怯えないでくれ。今のは、ちょっと悪趣味だったよ。


「くくく。怖がるな。敵でないのなら、殺さないよ。だが、今でも狙っていることを忘れるな?……姫と彼女の胎児を狙うそぶりを見せたなら、たとえ女のドワーフでも、殺すぞ」


「……ほう!性別までも見抜けるか?それが『魔眼』とやらの力かね?」


 ふむ、オレも研究されるようになってしまっているな。ガンダラが一瞬、視線を上にやる。そこにはきっと何もない。ただ、考えてくれていたのさ。オレの魔眼が研究されて、無効化されてしまうことを、彼は恐れてくれたんだよ


 魔眼、こんな鎖国の地の王ですら、知られているのか?……多用は控えるべきかもしれないが、『使える力』を封じるのは趣味ではないな。弱くなる努力など、バカバカしいだろう?


 ならば、隠すよりは、誰もがひれ伏すほどに極めるのが竜の眼としての正道か。ふむ、『呪眼』……『ターゲッティング』も覚えたしな。まあ、心配するほどのことはないか。


 ほら見ろ?ガンダラの目もいつも通り、ただ静かに前を見ている。オレが無謀なことをしているのなら、彼は止めてくれるだろう。


 だから?


 シャナン王に、この眼のことを語ることにしよう。


「……ええ、シャナン王よ。この眼なら、床板一枚なら確実に見透かす」


「なかなかの異能だな」


「まあね。あと、暗がりでも見えますよ?……それで、王よ。この女子が何なのか、説明をしてほしいですな。どちらかと言えば、この床裏の彼女のために?」


「安心しろ。彼女は信頼できる女だ。長年、ワシの護衛をしている」


「……分かったよ。殺さない。ああ、すまないな、王を長年喜ばしてくれている、そのキュートな体を見て、少し脅かしてみたくなっただけだ。忘れてくれ、護衛ちゃん」


 床は無言だった。うん、それぐらいの関係性でいいかな。


「ハハハ!頼もしい。赤毛よ……ソルジェ・ストラウスよ!」


「なんでしょうかな、シャナン陛下?」


「君はとても面白い。残酷さと抜け目の無さと、愛嬌を感じる」


「面白がっていただければ、幸いですな」


「……ずいぶんと、多くの家族を亡くしたのか?君は、悲劇に削られて、ヒトらしい部分を色々と失い、狂暴さと愛が際立っている……そんな印象を受けるよ」


 ヒトらしい部分を、色々と失っている……か?


 なるほど。


 たしかに貴方は慧眼だと思います。


 シャナン王よ……その言葉に、オレは自覚させられることが、幾つもありますな。ヒトが持つべき幾つかの価値観を、オレはとっくの昔に失い、そのまま壊れている。


 妻を多く娶るのも、ミアを妹にしてしまうのも。どこか狂っていますよね?オレは失われてしまった何かを補おうとして、滑稽なまでに必死だからかもしれません。不安で仕方がないのですよ。魂の中から壊れて、欠落したヒトらしい部分を……彼女たちを愛することで、補おうとしているのかもしれない。


 ヒトを愛することは、ヒトらしいだろう?


 愛する者のために、狂った殺戮の獣になることも、オレにはヒトらしく思えます。


 たぶん、貴方の素晴らしい眼力は、オレの『本質』を見ているのでしょう。


 オレが彼女らを強く求めているのは、依存でもあり、失われた部分を代償しようとしているからかもしれません―――狂暴さと愛のままにあることで、狂った獣なりに、心の安息を求めているのでしょうな。


 ですが……狂暴さも、愛も。オレの真実です。オレは野に棲む獣のように、オレの家族を命懸けで愛して守って、戦い、いつか戦場で死ぬでしょう。そして、それを誇り以外の何物にも思うことはないのですよ。


 オレは、そういう生き物です。


「……ええ。オレは、ガルーナを……生まれた国を、ファリスの豚どもに食い荒らされてしまいましたから。多くを失い、9年前のあの日から、そのまま狂っている」


「敗北を知る狂気の男か。それでも、ファリスに抗い続けるのかね?……あきらめ、快楽にでも溺れてはどうだ?君ならば、それも叶うだろう?美しい『妻たち』もいるのだろう?」


「……その快楽に溺れるのも一興かも知れませんが、戦うことを放棄することだけはありえませんな」


「どうしてだ?時の過ぎ去るのは早い。おそらく、己の欲望を追求しているだけでも、人生は終わるぞ?」


「ええ。ですが、オレの魂はすっかりと狂気と『夢』に囚われています」


「狂気と『夢』、ね?」


「奪われた者たちに、日々、誓っております……家族だけではない。ガルーナだけでもない。オレの指の一つ一つに、ファリスに殺された仲間たちの命が宿っておるのです」


 そうだ、忘れることはないぞ?その血の重さを。いくらファリスの豚を殺しても、この指には絶望がまとわりついている。重く、粘るのさ。許されることもなく、ただそれはついて回る。だから、この『祈り』をつづけるのだ。


「命の全てを費やしますよ。彼らの無念を晴らし……そして、オレの見たい『未来』をこの指で、掴み取るまではね」


 そうでなければ?


 オレのような狂った獣など、生きていてはいけないのですよ。


「興味深いな。君は、どんな『未来』を望むのかね?」


「ただ、安らかな風が在る世界ですよ。難しいモノではありません……ただ、誰もが存在していい世界が一つ、欲しいだけです。あらゆる人種と、『狭間』の子らも……死なずに遊べる森が欲しいのですよ」


 だから。それを邪魔する帝国を、殺して砕いて滅ぼすのですよ。単純なことだな。


「くくく!!やはり、君は……『荒野の風』に似ているなあ!!」


「……もしも、そうだとするのなら。光栄ですよ」


「ぜひ、死ぬときまで、そのままでいてくれ。もしも、そうであるのなら、君の風は世界の誰かが、永遠に継ぐことになるだろうから―――君の風が凪ぐのは、見たくないぞ」


「ええ。そう在るように、お袋に育てられていますから。全うしますよ」


「……ああ。兄上に会わせたかったよ。すまないな、ワシが王になってしまい」


「いいえ。『荒野の風』が決めたこと。貴方との出会いは、彼と出会うよりも、大きな意味をオレに与えるはずですよ」


「ハハハ!プレッシャーだな!!」


「所詮は、オレたちなど戦でしか愛も正義も示せない狂った獣。王よ、やることは決まっている。『忘れられた砦』、アレを起動して……この国を救うだけだ」


「……アレのことまで知っているかね。さすがに抜け目のない集団だな、君たちは」


「当然です。なにせ、この大陸で、最も有能な13人と一匹で作られていますからな」


 そうだ。


 オレたちは狂った獣の群れだろう。


 ただ、望みのままに在ることを、命懸けの殺戮で表現するだけの野蛮な動物ですよ。


 だから、世界の覇者にも噛みつける。


 絶望さえも呑み込んで、笑って戦場で遊べるのです。


「グラーセス王国の、賢く偉大なシャナン陛下よ……我ら、『パンジャール猟兵団』を雇って下さいませんか?……オレたちの『未来』を求めてくれるなら、とてもお安く、貴方の敵を殺してさしあげますよ」

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